再会
春翔が通う学校は、春翔の家から自電車で約二十分。
田舎ではあるが周りにはコンビニや飲食店、ガソリンスタンドもあり、特に不自由をすることもない。
本来ならば自電車で通学ーーと行きたいところだったのだが、高校指定のステッカーをもらっていないため、自転車登校は不可能。
幸いなことにも近くにバス停があったため待機。程なくしてバスが来て、春翔はそれに乗り込んだ。
貯金を切り崩して購入したワイヤレスイヤホンを取り出した。ノイズキャンセリングと外音取り込み機能を搭載し、高画質な音楽を楽しめるイヤホンなだけあって、金額はそれなりにした。貯めていたお年玉を切り崩して購入したため、ものすごく大切に扱っている。
音楽を聴きながらぼんやりと外の景色を眺める。小学生たちが集団登校している姿や、待ち合わせしているであろう中学生が立っている姿なども見受けられる。
バスは信号を超えて、橋を登ろうとしていた。橋の下には川が流れていて、やがて広大な海へと繋がっている。
バス停に止まるたびに、人々の乗り降りが激しくなる。気がつけばバスは満員になり、椅子に座れなかった人たちは吊り革に捕まってバスに揺られることとなった。
春翔は一番後ろの隅っこに座っているためあまり影響はないのだが、やはりどこか息苦しさを覚えた。
やがて高校近くのバス停へと止まる。
「すみません。降ります」
春翔は軽く頭を下げて、バスの人混みをすり抜ける。お金を入れて、春翔はバスから降りることができた。
疲れた……。
朝からこんな人混みに巻き込まれていては、学校どころではない。ステッカーもらったら、絶対に自転車登校だな。
そう思いながら、春翔は大きく息を吸う。
密閉されていた空間から一転、清々しさすら感じる。肺が冷たくなって、春翔は息を吐いた。
既にこの周辺には同じ制服を身につけた生徒たちがちらほら見受けられ、春翔はゆったりとした足取りで、高校へと向かった。
高校までの道のりは基本直線である。
住宅街に囲まれたところに高校があるため、子供たちとすれ違うことも多い。
バスから降りて十分ほど。
春翔の目の前には、聳え立つ一つの建物があった。
県立大北高校ーーこれから春翔が通う高校である。創立百四十八年の歴史を持つ高校なだけあって、見た目は古風な佇まいだ。
大北高校の正門をくぐる。
この瞬間、春翔は大北高校一年生となった。校舎へと入ると、クラス分けの表が貼られている掲示板があった。五クラスあるうちの春翔の名前は四組にあった。ネームパレードが貼られていた下足箱を開けて外履きをいれ、事前に届いていた上履きに履き替える。
トントンと踵を鳴らして、春翔は階段を登る。大北高校は三階建てで、一年生のクラスは三階にある。
普通は学年が上がるごとに、階が上がってくもんじゃねぇの?これから一年間、このなっがい階段の上り下りしなきゃいけねぇの?
一人で悪態を突きながら、ハアッとため息を漏らして階段を登った。
階段を登り終えて、春翔の瞳は長い廊下を捉える。手前から一組、二組と続いており、四組は奥側にある。
コツコツと春翔の上履きが廊下を鳴らし、やがて教室へとたどり着く。スライド式の扉に手をかけて、開いた。
四十人で一クラスであるこの教室には、既に十数人がいて既に会話を弾ませている生徒もいた。
入学式前のこの時間はかなり重要である。
この時間を逃す。もしくはスタートダッシュに失敗しようものならばーー
とりあえず、自分の席を確認しようと黒板に張り出されていた座席表に目を向けた。
春翔の出席番号は十二番。窓側から二番目、一番最後列の席だ。なかなか良い席ではないのか?日当たりもちょうど良さそうで、授業中は暖かさに包まれて、ウトウトしそうだ。
春翔は手提げバックを机のフックにかけて、ひとまず椅子に腰をかける。
少し早く来すぎてしまったのか、時刻はまだ八時前だ。
あぁ。
あったかいなー。
もうこのまま寝ちゃおうかな。
いやいや、だがここで乗り遅れてしまっては……。
顔を突っ伏せながら、春翔は太陽の光に包み込まれて行く。瞼は重くなり、やがて意識が遠のいて行く。
いけ……ない……。
ここで寝てしまって……は……。
プツンと春翔の意識はそこで途絶えた。
ー
ーー
ーーー
「ん……」
春翔はゆっくりと目を覚ます。
「……」
やってしまった……。
辺りを見渡せば、ほとんどの生徒がこの教室にいて、もうグループが完成している。
春翔はガックリと肩を落とした。
オワタ。もうこの一年間ボッチ確定です……
いや……まだボッチとは限らない。このクラスでそうなったとしても、他のクラスの奴と仲良くなれる可能性が……
そこで春翔は気がつく。
春翔の左隣の席がまだ空席のままだ。
まだ来ていないのだろうか。時刻は八時二十五分。八時半までに教室にいなければいけないため、このままでは遅刻になってしまう。
そうだ!
まずは隣の席の人と友達になれば良いではないか!そういえばその席に座る生徒は男子か女子か、どっちなのだろうか。
さっき席を確認したときは、自分のところしか見ていなかったため、把握していなかった自分を春翔は責めた。
チッチッと時計の針が進んでいく。
隣の席の生徒はまだ訪れない。
あと二分……。
ガラガラっと扉が開く音がする。
その音に春翔は瞬間的に反応し、その方向に目を向けた。
そこには栗色の髪の少女ーー
そう、昨日喫茶店で偶然見かけた女の子がいたのだ。少女は、座席表に目をやる。自分の席を見つけたのか、歩いて行く。
「はじめまして」
その少女の席は、春翔の隣だった。




