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2/10

当日の朝

「寒い……」


 夜の長い眠りから目が覚めて、最初に出た言葉がその一言だった。おそらく気温は十度を下回っているだろう。こんなに寒くては、ベットから出たくない。そもそもその毛布は部屋の床に落ちていた。


 春翔は毛布を拾いなおして、毛布にくるまり目を瞑った。

 

 ー


 ーー


 ーーー


 春翔は思い出す。


 今日、入学式じゃね?


 春翔は近くに置いてあるスマホに手を伸ばす。充電はしっかり百パーセント。昨日充電し忘れたと、起きて早々絶望に胸を苛まれるのは嫌なのだ。


 時間は六時半。十一時半にはベットに入り目を瞑って、六時半に起床する。それが春翔の生活リズムなのだ。

 確か入学式は九時からで、八時半までには教室にいなければ行けなかったはず。

 少し早いが、準備に時間をかけるに越したことはない、と春翔は上半身を起こして、毛布を畳む。部屋に漂う冷気に身を震わせて、ベットから降りた。


 眠い目を擦りながら、トントンと階段を降りていく。リビングに着くと、良い香りが鼻をくすぐった。


「おはよう」


 春翔にそう声をかけたのは彼の母親、由美である。

 家用のラフな服装の上から、エプロンをつけている。長い髪がうっとおしくならないように後ろで一つ縛りにされていて、前髪はピンで留めてある。

 

「おはよう。父さんは?」


「お父さんならもう仕事に出かけたわ。昨日のトラブルの対応だって」


 春翔の両親は共働きで、普通の会社員だ。

 彼の父親ーー直倫は仕事先が遠いらしく、朝早くから出勤しているのだ。対して母親の方は、仕事先はそこまで遠くないらしい。だから家のことをある程度済ませてから、会社に向かっているのだ。


 そんな両親の姿を見ていると、社会人にはなりたくないものだなと、春翔は肩を軽くすくめた。


「ご飯、もう用意できているから。早く食べな」


 食卓の前には、白いご飯、わかめと豆腐の味噌汁、卵焼きにウインナーと、朝から中々の量が置かれていた。


「母さん。朝からこんなに食えないんだけど……」


 そう言いながらも、春翔は椅子に腰掛けて、手を合わると味噌汁を口にした。

 上手い。これこそ母の味というものなのだろうか。猫舌の俺に合わせてか熱すぎず、けれど冷めすぎてもいない。ちょうど良い飲みやすさだ。まだ肌寒さが残る季節なだけあって、美味しさが口の中に広がる。


 食えない、と言いつつも米粒ひとつ残すことなく完食。

 春翔はリビングにあるテレビに目を向ける。朝の情報番組が流れており、それをボーッと眺めた。


 やがて立ち上がり、お気に入りのカップを用意。お湯を沸かし、瓶に入っているインスタントコーヒーの粉をスプーンで掬い、入れる。沸騰したのを確認して注ぎ、スプーンでかき混ぜた。


 春翔の朝は、これを飲むことで始まりを迎えるのである。

 もちろん砂糖も牛乳もいれない。息を吹きかけ、ちびちびと熱いブラックコーヒを味わう。


 美味い。

 こうして家で手軽にコーヒーを飲めるなんて、良い時代へとなったものだ。と、存在しない前世の記憶を思い出すかのように、春翔はコーヒーを飲んでいた。


「ほら。早く準備しないと。あんた寝癖酷いんだから。入学式からそんな格好だと、女の子にモテないよ」


 春翔よりずっと前に朝食を食べ終え、身支度を整えながら、由美は春翔に言った。


 春翔は寝相があまりよろしくない。

 実際、朝も毛布を跳ね除けたことによる寒さで目が覚めたのだ。

 寝相を良くしようと思うのだが、結局無意識の間に起きている事象。春翔にはどうしようもない。

  

「ごちそうさまでした」


 食器をシンクに置いて、洗う。

 水が冷たく手の感覚がなくなりそうだが、それを我慢して洗った。


 洗面台に向かい、歯を磨く。

 顔を洗い、髪を整える。

 寝癖は治り、いつも通りの春翔の髪型へと戻った。


 自分の部屋へと戻り、制服に着替える。 

 初めて袖を通す制服に、若干の違和感を覚えるものの、時期に慣れるだろう。


 灰色のズボンに白色のシャツ。紺色のブレザーに、ストライプ柄の水色のネクタイ。

 中学校は学ランであったため、春休み中はネクタイの縛り方の練習をしていたのだ。初めは玉が小さくなったり、苦戦していたのだが今では難なく付けることができる。


 俺は部屋にある鏡の前に立ち、自分の制服姿を見る。


 まだ見慣れていないため、ブレザー姿の自分が似合っているのかどうかすらも分からない。ネクタイを真ん中にくるように調節、入学記念に買ってもらった手提げバックを肩に担いで、再び一階に降りた。


「入学式って確か午後からだったわよね?」


「うん」


「母さん、午前は仕事だけど午後休暇とるね。春翔の入学式には間に合うと思うから」


「別に無理してくるものでもないと思うんだが」


「息子の一生に一度の高校の入学式よ。行くに決まっているじゃない」


 さも当然と言わんばかりの表情を由美は浮かべていた。


「んじゃ。行ってくる」


「はーい、行ってらっしゃい」


 春翔は玄関のドアを開く。

 外気温に、俺は思わず身震いした。


 外は晴天。

 まさに入学式に相応しい天気である。

 春翔は足を一歩前に踏み出し、これから三年間通う学校へと向かった。

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