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うちのお嬢は友達ができて嬉しい

 闘技場内に、鉄がひしゃげる音が響き渡る。


「え?」

「……なんですと?」


 滅多にきかないどころか、コロッセオ開設以来一度として響き渡らなかったその言葉に、観客や《黒狼の咆哮》たちの動きが止まります。

 その視線の先には、ひしゃげて崩れ落ちた一つの檻の姿があり……その向こう側からは、


『グルゥルルルルルルル……』


 腹に響く重低音のうなり声と共に、新緑の巨体が姿を現した。

 調教途中なのか、体のあちこちに傷を作り、新緑色の鱗を輝かせる、小山のような体。

 背中からはその体に匹敵するほどの大きさを持つ翼が生えており、蛇と蜥蜴を足して二で割ったような頭部には角が生え、輝く瞳には自らをとらえた人類に対する憤怒の色が見て取れました。

 間違いありません。あれは、このコロッセオで調教が可能な最上級魔獣。《黒狼の咆哮》でも未だ戦いは挑めぬであろう破壊の権化、


亜竜デミドラゴン


 瞬間、わたくしの声に反応したかのように、新緑のデミドラゴンはこちらの方をぎょろりと睨みつけました。

 即座に戦闘態勢に入る私ですが、よくよく見るとその視線は、私より三段ほど下にずれているようにも……。


「って、まさか……お嬢を狙って!」

「え?」


 驚くエトワールさんに対し、私が思うことはただ一つだけ。


――な、なんて無謀な蜥蜴なんだ! せっかく逃げ出せたのに死にたいのかっ!?


 ですが、そんな私の内心など知らないデミドラゴンは、咆哮を上げたのち翼を広げ、お嬢めがけて一直線に飛翔します。

 お嬢も自分が狙われていることに気付いているのか、先ほどまで首を絞めていた中年男性をペイっと投げ捨て、いつもの棒立ちになる。

 そして、デミドラゴンの突進が眼前まで迫った時だった。


「せっかくの試合……邪魔しているんじゃ」

「ヴィクトリア様!」

「え!?」


 いつものように神速の拳を鼻っ面に叩き込もうとして、驚き固まる。

 守られる必要がないお嬢の前に、まるで守るように立ちふさがった一人の少女がいたから……というか、


「え、エトワール様ぁああああああ!」


――しまった! いつのまにか居なくなっているぅううう!?


 と、即座に横を確認し、それを確認した私に対し、お嬢が背中を向けながら一言。


「セヴァス、あとでお説教ですからね?」


 瞬間だった。お嬢たちめがけて飛来し、エトワール様の目と鼻の先までやってきていたデミドラゴンの顔面が、


「ふっ」

「え?」


 エトワール様の頬をかすめるように放たれたお嬢の拳打によって陥没。苦悶の声など上げる余裕もなく肩まで頭部がひしゃげたデミドラゴンは、その巨体を三回転させながら宙を舞い、コロッセオ内部の地面へたたきつけられた。

 それをみて、相変わらずすぎるお嬢の力に頬をひきつらせながら、


「お話ですらないんですね……」

「理由はあなたがよく分かっていますわよ」

「今回ばかりは甘んじて受け入れます」

「その覚悟やよし。腕の一、二本は覚悟しておきなさい」


――私なにされるのっ!?


 物騒すぎるお嬢の捨て台詞に、私が心底震える中、お嬢は、目の前の脅威が去り、


「あ、あ……はぁ」

「大丈夫ですの?」


 腰が抜けたのか崩れ落ちそうになったエトワール上の腕をつかみます。

 そして、


「あなた、入学式で私が泣かせてしまったエトワールさんでしたわね?」

「は、はひっ」

「あの時はごめんなさい。そして今日はありがとう。あなたが守ってくれたおかげで、迎撃する余裕ができましたわ」

「流石お嬢。素直に邪魔だったと言わない程度の分別はついたのですね!」

「お黙りなさい、セヴァス。もう一度念押しするわよ、お黙りっ!」

「あ、あのっ!」


 いつものように軽口をたたき始めたお嬢に向かって、エトワール様は言った。


「ヴィクトリア様」

「なんですか? エトワールさん」

「わ、私。その、ヴィクトリアさんが危ないと思ったら、勝手に体が動いてしまって。そ、その迷惑でしたか」

「そこのバカ執事が言ったことは気にしなくて構いませんわ。胸を張りなさい、エトワールさん。あなたは一流の騎士すら持てない勇気を発揮して見せたのですから」

「勇気? ……そうですか。だったら、今私の中に勇気が残っているうちに、あなたに言いたいことがあるんです」

「……なんなりと」


 その時のお嬢の表情は正直言ってお面のようでした。鋼で溶接されたかのような鉄面皮です。

 それはお嬢に、エトワール様が言ってきそうな言葉の心当たりが、あの入学式での罵倒関係以外に思い浮かんでいないからでしょう。

 ですが、その予想はいい意味で裏切られることとなります。


「……友達になって、いただけませんか!」

「……え?」


 なお、その言葉を聞いたお嬢は、私が今まで見たことがないような顔をしていたことをここに記しておきます。



…†…†…………†…†…



 コロッセオ騒動の翌日。いつものように中庭でお茶をたしなみながら、お嬢は眉をしかめていました。


「まったく、ひどい目にあいましたわ。折角の黒狼の活躍が、全部水の泡ではありませんの」

「その話題になるはずだった活躍の上書きした張本人が何をおっしゃいます」

「意図してやったわけではありません」


 コロシアムの騒動の後、お嬢たちはとにかくさっさとコロッセオを離脱し、何食わぬ顔で学園へと戻りました。


 本来壊れるはずのないコロッセオの檻が壊れた理由は気にはなりますが……調査する余裕は私達にはありません。なぜなら、檻が壊れた理由以上に、デミドラゴンをワンパンで倒した、正体不明の女の子の話題が、コロッセオ内で広がってしまっていたからです。

 あの場に残って悠長に調査なんてしていては、お嬢はコロッセオの観客たちにもみくちゃにされた挙句、正体がばれて学園とロレーヌ家がえらい騒ぎになっていたことでしょう。


「とはいえ、檻が壊れた原因も、気になると言えば気になりますわ。檻が劣化していたのなら、管理不行き届きで誰かしらを罰しなければなりませんし……。何者かが故意にやったのであれば、この神聖都市でやらかした罪を、思い知らせる必要がありますもの」

「ご安心を。すでにロレーヌ家の方には不審な事件として報告を上げております。調査の方はあちらの《影》がやってくれるかと」

「……うちの実家は暗部なんてない、まっとうな貴族だと思っていたのですけどね」

「何をおっしゃいますお嬢。影を作ったのはお嬢が雇った、自称ジパンゴ・ニンジャのケンゾーさんですよ?」

「あら? そうだったかしら?」


 どうやらお嬢主導で雇った人間が百を優に超えているので、お嬢自身誰を雇ったかいまいち覚えていないらしかった。


――ケンゾーさんも可哀そうに。『お嬢……いや、親方様の強さに惚れた! この人はきっと天下をとれる人だ!』 って、お嬢に心酔しているのに、まさか忘れられているとは……。


 今頃コッロセオにこっそり侵入し、事件の裏を取っているであろう老人に内心合掌しつつ、私はお嬢が置いたカップに新しい紅茶を注いでおく。


「そ、それでその……え、エトワールさんはまだなのかしら? ま、まさかすっぽかされたりしてないですわよね?」

「お嬢、まだ昼休みの予冷鳴り終わっていませんから。緊張のあまり前の授業を途中からサボって、中庭待機しているお嬢の方がおかしいんですよ」

「だまらっしゃい! せっかくの昼食のお誘い、遅れてしまっては申し訳ないでしょう!」

「流石です、お嬢。時間を守るレディーの鏡ですね! ですが惜しい。さっきの授業の先生が、お嬢が堂々と教室からでていくのを、半泣きになって眺めていたことに気付けていれば、百点満点あげられましたが……」

「バカにしているんですの? バカにしているんですのっ!?」

「率直な事実を申し上げただけです」

「は、反省はしていますわよっ!」

「お嬢いつも言っていますよねそれ?」

「同じ失敗はしていないでしょう!」

「それが事実だったとすれば、逆に『よくもまあそれだけ違う失敗を、見つけてくるものだ』ということになりますが……」

「屁理屈執事! 反骨執事!」

「何をおっしゃいます、私ほどお嬢のために身を粉にして働いている人間はいませんよ?」


 いつものようにお嬢の罵詈雑言が飛び、私はそれを悠々と受け流す。

 でも、いつもは二人だけの会話だったそれは……今日からは少し様相が変わります。

 そう、


「ヴぃ、ヴィクトリア様! お待たせして申し訳ありません!」

「っ! いいえ、大丈夫ですわエトワール! わたくし全然待っていませんわよ! あと様は外しなさい。私達お友達でしょう?」

「そうですよ、エトワール様。仮に待っていたとしても、それはお嬢がまた馬鹿やらかしただけであり、エトワール様が謝る理由なんて何一つとしてありませんよ」

「お黙りセヴァスっ!」

「ふふ、いつも仲良いですねお二人とも?」

「どこがっ!」

「仲がいいなど滅相もない! お嬢と対等に会話などしたら、内臓炸裂パンチが私の腹部に襲い掛かりますよ!」

「永遠に沈黙したいなら、そう言いなさいなセヴァスぅっ!」


 今日はお嬢に、本当の友人ができた記念日なのだ。


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