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うちのお嬢は外出したい

 週末の二日――安息日に設けられた休学日。

 その初日に、お嬢はいつものように制服を纏いながら、背後に控える私――セヴァスに言い含めた。


「ではセヴァス。行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

「いつものように私の後ろに誰もいないか注意しなさい」

「心得ております」

「よろしい。まったく、貴族というのも不便な物ですわ。趣味の一つも自由にできないなんて」

「流石です、お嬢。普通の貴族の令嬢がするような趣味じゃないことを棚上げし、貴族制度そのものを罵られるとは。私のような暗愚の輩には到底考えつかぬ感性かと!」

「バカにしていますわよねっ? バカにしていますわよねっ!」


 正直な感想を言っただけの私に、いつものようにプリプリ怒りながら、お嬢は学生寮から出ていく。

 その足取りを、いつになくはずませながら。



…†…†…………†…†…



 マルティラ学院正門前にて、お嬢は何時ものように許可証をだし、敷地から出て行かれます。

 その背中を離れたところで見ながら、私はため息をつき、お嬢にばれないよう……というより、お嬢の休暇の邪魔しないよう、視界に入らないことを念頭に入れて追跡を開始しました。


 主を危険にさらしてはならないという執事の最低条件と、令嬢としてではなく、ひとりのヴィクトリアとして趣味を楽しみたいというお嬢の我がまま。

 それらを両立させようとした結果、私は、お嬢が趣味をしに出かけるときは、このように隠密行動で追跡し、陰ながら護衛することが慣例となっていました。


「はぁ……なんだってこんな真似を」


――お嬢も、もっとこう……貴族令嬢らしい、ドレス選びとか、パーティーとか、そういったことを趣味にしてくれれば、私もこんなにコソコソしなくてもいいのに。


 と、私が漏らし掛けた瞬間、脳裏に令嬢然とした態度で舞踏会を開き、選びに選んだドレスを次々と着回していくお嬢の姿が思い描かれ、


「いや、無いな。お嬢がそんなこと言いだしたら、旦那さま方は家族総出で別人説疑うだろうし」


 私がそうつぶやいた瞬間、視線の先で、おっさんみたいな大声を上げながらお嬢がくしゃみをした。

 その姿に、何故だか私は無類の安心感を覚え――絶望する。


――私、もういよいよダメかもしれん。


「ん?」


 そんなくだらないことを考えていると、視界に、不審な人影が入り込んできた。


「あれって……」


 動きは全くのど素人。外では目立つマルティラ学院の上等な制服をそのままに、その人物は花壇の影からお嬢を見つめていました。

 そしてお嬢が正門から平然と出て行ったのを見て、彼女もそそくさと正門を通ろうとし、


「って、ちょっと。何勝手に出ようとしているの?」

「え?」

「外出許可証は? 外に出たいなら教師の方に許可貰ってないと通せないよ?」

「そ、そんなっ!」


 ガッツリ、正門の憲兵にとっ捕まっていました。


――そりゃそうでしょう。いくら平和なロマウスとは言え、貴族の子供たちは悪党どもにとっては垂涎の獲物なのですから。無防備に出歩きなんてしたら、数秒で誘拐されてしまいますよ。


 当然、在学中に貴族の子供たちがそんなことに巻き込まれては、国際問題待ったなしなので、学園からの出入りは厳しく制限されています。

 お嬢みたいに、学園から「寧ろ襲う側の犯罪者の身の安全が危ぶまれる」と判断されて、半ば顔パスで通れる方がおかしいのです。

 というわけで、


「あぁ、すいません」

「え?」


 私は仕方なく慌てふためく少女に助け舟をだすことにする。

 一応お嬢をつけていた不審人物ではあるのですが、


「お嬢様がどうも外で待ち合わせしたのに、外出許可証を忘れたみたいでして。護衛は私がつくので、今回は大目に見てもらえませんか?」


 悪い気配は感じなかったので。



…†…†…………†…†…



 というわけで私は、ある女子生徒を伴い、お嬢の隠密監視を続けることになりました。

 あくまでお嬢から視線を外さぬまま、私は後にぴったりとついてくる少女に問います。


「それで、うちのお嬢に何か用ですか? リットリオ男爵家ご令嬢様」

「わ、わかっていたんですか?」

「あの入学式のお嬢の失敗はなかなか忘れがたいモノでしたからね。お嬢の被害にあわれて、あなたもさぞ迷惑をこうむったでしょうに」

「え!? ち、違います! 私はただ」


 そう。お嬢をつけていたのは、あの入学式の時、お嬢に盛大に注意された挙句、「所詮ガキだから、マナーとか期待していません」と辛らつに吐き捨てられた、あの男爵家令嬢――エトワール・フォン・リットリオだった。


 あの後、すぐに謝罪に伺った私は、しっかりと彼女の顔と名前を憶えていました。

 執事として当然のたしなみというのもありますが、ひどく気弱そうな女の子で、謝罪に行ったときは涙ながらに気にしていないと言われてしまい、こちらの方がいたたまれなかったくらいだったので……。


「ただ……ロレーヌ様に謝りたくて」

「お嬢に謝る?」


 だからこそ、エトワール様が告げたその言葉は、私にとっては意外な物でした。


「どうして?」

「わ、私が……話を聞いていなかったから、あの人に恥をかかせてしまって。今だってお友達ができていないようですし。私が……私があの人の生活を壊してしまった」

「何をおっしゃいます! あなたのせいなどではありませんよ!」

「ではどうして、あの人の周りには誰もいないのですか! 仮にもロレーヌ家の令嬢だというのに、誰一人としてあの人の近くに行こうとする人はいないのですよ?」


――それはお嬢がワンパンで巨岩を砕くなんて豪語する変人で、貴族の常識では理解しがたく、それゆえに下手に近づいて怒らせたら制御できないと恐れられているからですよ?


 という本音は、さすがに私の口からは言えませんでした。いちおう私はお嬢に仕える執事。主を貶めるようなことを人に吹き込むなど、たとえそれが事実だったとしてもできません!

 だから、


「たとえそれが事実だったとしても、気にする必要はありませんよ」

「ど、どうして!」

「お嬢は強い人ですから」


 言わない代わりに、日ごろの生活で示すことにしました。

 絶対誰にも見せるなと言われたが、背に腹は代えられません。


――このままじゃこの子、責任感に押しつぶされて首つりそうだし……。


 と、内心言い訳をかさねながら、私はそっと手を合わせ、お嬢への謝罪としました。

 無論、絶対許してくれないでしょうから、無断の謝罪でしたが、私の心は特に痛まなかったので大丈夫でしょう。



…†…†…………†…†…



 私――エトワールは、初めて見るロレーヌ公爵令嬢・ヴィクトリアさんの休日に驚きを隠せなかった。

 まず初めに驚いたことは、街の人たちとの距離感が驚くほどに近いことだ。


「また学園抜け出してきたのかい、お嬢?」

「お嬢! いい魚が入ったんだ! 一皿食っていくかい?」

「お嬢! お供の執事はどうしたの? あぶねーぞ!」

「マキマキだー!」

「マキマキおじょー! きょうはそのかみのセットのしかたおしえてもらえる?」

「おはようございます、お嬢! お勤めご苦労様ですっ!」


 すれ違う人たちみんなが、笑顔と共にヴィクトリアさんに声をかけていく。初めは危ないと思ったガラの悪そうな人たちも、ヴィクトリアさんの高貴さに恐れをなしたのか、ほぼ直角に腰を曲げた礼をしながら、ヴィクトリアさんに道を譲っていた。

 でもなぜだろう? ガラの悪そうな人たちの時だけ、ヴィクトリアさんの笑顔が引きつり、セヴァスさんが必死に笑いをこらえていたような気が……。

 とにかく、街の人たちはみんなヴィクトリアさんのことを知っていて、私たち学校の生徒以上に親しいように見えた。


「お嬢は、入学式前からよく外出しては、変装してこの町に入り浸っていましたからね……。あれだけ目立つ髪型していちゃ変装しても意味ないってわかった時にはもう手遅れでして、この街じゃちょっと抜けたお嬢ちゃんとして通っているみたいです。もっとも、神聖ロマウス公爵家の令嬢だと知っている人は皆無ですが」

「え? そうなんですか?」

「知っていたら、ほとんど王族と変わんない公爵令嬢にたいして、あんな態度はとれませんよ。あれはお嬢が最後の一線を隠すようにと、ご命じになられたが故の結果です」

「どうして、そんなことを」


 セヴァスさんが言ったように、公爵家というのは貴族たちの中でも特別な地位にある存在です。

 王族の血を引き、貴族たちの中でも最も貴い爵位。権力も財力も桁違いな、国一番の貴族。

 当然使える力は多くて強大。それをひけらかせば、何一つ不自由のない生活を送ることだって難しくないのに……。


「私もそういったのですが、お嬢曰く……それじゃあつまらないでしょう。とのことです」

「つまらない?」

「ええ。お嬢はこの世に誰一人同じ人間がいないことを知っている。だから人は面白いのだと。でも、公爵家の威光の前には誰もが皆等しく頭を垂れ、すり寄ってこようとしかしない。何もかも違う人間が、まるで同じ生き物のような行動しかしなくなる。お嬢はそれがつまらないらしいです」


 変わっていますよね。といいつつも、セヴァスさんの顔には笑顔が浮かんでいた。

 その笑顔から私は察することができました。


――あぁ、この人。口ではいろいろ言っているけど、そういうヴィクトリアさんが好きなんだ。


「っ! そうか。だからヴィクトリアさんは、学校でもあまり公爵令嬢としてふるまわれないんですね! 無理やりその力を使って友達を作ろうとせず、自分らしさを見せてくれる人を探すために」

「…………………」

「あ、あれ? 何んで黙るんです?」

「あぁ、ええっと……まぁそんな感じです」


 何故だろう。正解したはずなのに、セヴァスさんが非常に気まずい顔をしている気がする……。まるで、何か言いたいのに言えないような、そんな顔だ。

 そんな雑談を交わしているうちに、ヴィクトリアさんは目指す場所に到着したのか、元気よく挨拶しながら、ある建物に入っていった。そこは、


「宿屋ですね……」

「一応この町で一番大きな宿屋ですよ! 探すの苦労しました。その辺の安宿でいいなんて……。お嬢ってば、令嬢としての自覚が無いにもほどがあります」


 そんな風にセヴァスさんがプリプリ怒る中、ヴィクトリアさんはすぐに宿屋から出てきました。

 顔を隠すように頭に布を巻きつけ、体がすっぽり隠れる褐色の外套を纏うという、怪しい風体で。


「なんですあれ?」

「変装ですよ? これから行く場所はあまり貴族令嬢が近寄っていい場所ではないので」

「いやでも……後」

「それ以上はいけない!」


 私が指さそうとした手をさっと降ろさせ、セヴァスさんは首を振った。

 私が指さそうとした場所――ヴィクトリアさんの後頭部からは、頭の布で隠しきれなかった縦ロールの金髪が、ヴィクトリアさんの歩調に合わせてぴょこぴょこ跳ね飛んでいました……。


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