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うちのお嬢は好敵手なんていらない

「はっ!」


 目が覚める。

 白い天井が見えた。


「こ、ここは?」


 慌てて身を起こす白いベッドに寝ていた僕――シューは、勢いよく首を振り辺りを見回した。

 僕が目覚めたことに気付いたのか、傍らで座りながら本を読んでいたテスカは、手元の本を閉じて声を放った。


「お、目が覚めたか。大丈夫か、シュー? 回復魔法で完全回復したはずだから、痛みとかはないはずだが……指何本に見える?」

「……あの子はどこに行った?」

「重症か。医務の先生呼ぼう」

「三本だ、三本! それよりもあの子はどこだっ!」


 テスカは何かを迷うようなしぐさを見せる。あとで聞くと、どうやらあの従者君に口止めを依頼されかけたらしい。あと、アアも見事にプライドをへし折られたのだ。妙な私怨を僕が抱いているかもしれないと思ったようだ。

 まったく失礼にも程がある! 仮にも騎士の家系である僕が、決闘の敗北で私怨を抱くわけがないだろう!


「聞いてどうする?」

「っ!」


 だから僕は、その質問に堂々と答えた。


「無論、もう一度あの子に会い、ライバル宣言をしてくる!」

「……は? えっと、なんで? 仮にも相手は女の子だぞ?」

「そんなこと関係ない! あの一撃を食らった時だけが、僕に生きていると思わせてくれた! あぁそうだ! 僕は負けた! 格が違った! 彼女こそが僕らの世代最強の戦士だろう! だからこそ、だからこそだっ! もう一度会って、今度は好敵手として彼女に名乗りたい! 彼女こそ僕の運命だっ!」

「……あっ、やべぇ。思ったよりも重症だったわ。どうもまずいところを打ったらしい」

「おい、どういう意味だ、ソレ!」


 それがテスカの判断だった。まったく失礼極まりない!

 僕はただ単に、あの子とお近づきになって(近接戦的な意味で)、熱いパトスを交わしたいだけだっ(拳と剣的な意味で)!



…†…†…………†…†…



 翌日の昼休み。いつもの四阿で昼食を取り終えたお嬢は、貴族令嬢らしからぬ様相で頭を抱えていた。


「……どうしましょう」

「どうしましょうね」

「どうすれば……軍人学部に入れると思う?」

「まだ言ってんですか?」


 もういい加減飽きてきた私――セヴァスの冷たい言葉に、お嬢は目に力を入れ振り返る。


「だって、ここにいてはいつ没落するかわからないんですのよっ!」

「だから大丈夫ですって。どんな人生送ろうが、お嬢がそんな性格ねじまがった人になるわけないじゃないですか」

「あなたの信頼は嬉しいですが……」

「お嬢の性根はすでに、別の方向にねじれ狂っているんですから」

「肉体言語での会話がお望みかしら?」

「昨日それで失敗したのを覚えていないのなら、ご随意に」

「キ――っ! ああ言えばこういう執事ですことっ!」

「そういう仕事ですので」


 主人をいさめ、誤った道は正すのがそばに仕える者としての最低限の義務。私はそれを果たしているだけでございます。

 お嬢も、そのことはよく理解しているのか、それ以上は声を上げず、不満そうに頬を膨らませながらも握りしめていた拳を開く。


「とにかく、ほとぼりが冷めるまではおとなしくしてください、お嬢。本当なら、ブルティングの元帥家子息を、神聖ロマウスの公爵令嬢が殴りつけたってだけでも大スキャンダルなんですから」

「あの人、そんなに偉いところの貴族でしたのね……。とにかく、わかっていますわよ。私だってさすがに昨日はやりすぎたと反省しています。きちんと謝罪の礼状も送りましたし、今年一年はおとなしくしていますわよ」

「賢明な判断です」


 それに、お嬢が問題視している事件は、高等部に入ってから起きる物。時間としてはまだまだ余裕がある。


「ですが、私は誓いますわ。高等部に入るまでに、必ず軍学部への転属を成し遂げて見せ……」


 それでもなお、しつこく決意表明をしようとするお嬢に、私があきれ返っていると、妙な騒ぎが聞こえてきた。

 発生源は中庭入口。


「どうしたのかしら?」

「さぁ。だれか有名人がきたみたいですが?」


――女子生徒たちがあげるキャーという黄色い声と、握手を求める声が聞こえますし。


 やがて騒ぎはどんどん大きくなり、とうとう中庭入口に到達する。

 あふれかえるような令嬢たちの群れ。その中から、


「あ!」

「あら?」


 顔を出したのは、金のポニーテールが特徴的な美男子――シュー様でした。


「御礼参り? まずいですわ。クラスメイト達にあれを見られるのはさすがにちょっと……」

「あぁ、人並みの羞恥心があったのですね、お嬢」

「その涙の理由を後できっちり聞かせていただきますわよ、セヴァス」


――ご成長なさって!


 とハンカチで目元をぬぐう私に半眼を向けながら、お嬢は座っていた四阿の椅子から立ち上がり、中庭中央までやってきたシュー様と相対した。


「ごきげんよう。ええっと」

「シュー。シュー・フォリニア・ドルトニンだ」

「ありがとうございます。では、ドルトニン様と。それで、ブルティング元帥家の令息様が、私ごときにいったい何の用でしょうか?」


 謝罪の礼状なら書いたはず? と、ここで揉めたくないお嬢は、丁寧な口調でありながら、わずかな殺気織り交ぜた高慢な言動で、シュー様を威圧する。可及的速やかに追い出そうという魂胆のようでした。

 ですが、


「いいえ、我が運命の乙女よ」

「え?」


 まさかの想定外! あまりに予想していなかったその呼びかけに、お嬢の体が固まるのがわかります。実際私も、驚きのあまり、一瞬呼吸が止まりました。

 そんな私たちをしり目に、シュー様はゆっくりと膝をおろし、固まるお嬢の左手をとられました。そして、


「私と共に歩める人は、あなたしかいないでしょう。どうか末永きおつきあいをと思い、此度は参上した次第。今日はただ私の名前だけでも憶えていただきたく」


 持ち上げた左手に口づけを落とす。

 周りからの歓声が中庭中を埋め尽くす中、生涯初となる手の口づけによって再起動を果たしたお嬢は、顔を真っ赤にしながら、


「な、な……なにをっ!」

「お! お嬢が乙女らしい反応を? 令嬢としての自覚がようやく」

「黙りなさい、セヴァス!」


 まんざらでもないように、ニヤケそうになる顔を必死に抑えました。が、


「私の腹を貫いたあの鮮烈な一撃。まさしくあなたは芸術だ! これからも相手がほしいときはぜひとも私のところに来てほしい。私としても、君と共に踊れるなら光栄だ!」

「……………………」


 その言葉を聞いた瞬間、お嬢のニヤケ面は引きつりました。私も思わずズッコケかけました。

 そんなお嬢の態度の変化に気付いていないのか、最後にニッコリとした笑みを残したシュー様は、そのまま踵を返し中庭から出ていかれます。

 そして、シュー様の姿が見えなくなった瞬間、うわさ好きの貴族令嬢たちが一斉に中庭に入り込み、お嬢の元へとシズシズ近寄ってきました。

 どうやらシュー様との関係を聞き出したいようです。


――モテるんですね、あの人……。


 と私が現実逃避をする中、ようやく口を開いたお嬢は、


「ねぇ、セヴァス。つまりどういうことかしら?」

「お嬢、既に分かっていることをもう一度聞くのは労力の無駄かと存じます」

「ええ、それは重々承知していますが、それでも私現実を認めたくないの。あなたが感じたさっきの挨拶の意味を、率直に述べなさい」

「では僭越ながら意訳させていただきますと――『テメェの拳にほれ込んだ。またいつでも喧嘩しようぜ?』みたいな感じではないかと」

「そう……」


 軍学部に編入しようとは思っていても、これでもお嬢は乙女です。

 忌々しい《原作》なる予知夢に巻き込まれまいと軍学部を目指してはおられますが、じつは戦闘が好きというわけではありません。マーシャルアーツを覚えた理由も、筋肉がつかないため、貴族令嬢の護身用としては最適だったから……という効率重視なもの。あの強さはたまたま才能があったから生かさないのはもったいないと、鍛えて得たものにすぎません。


 お嬢はあくまで、無難に学園生活を過ごし、無難に卒業し、卒業後はマルティラ学園卒業という肩書を手に、いい旦那さんを手にしていい公爵夫人を務めるつもりだったりするのです。

 まぁ、まかり間違って軍人学部に入ったら、その目標は絶対叶わないと、私は愚考していますが。世界に名だたる女将軍として歴史に名を刻むことでしょう。

 とにかく、お嬢は非常にお強いですが、それを生かした未来設計を立てておられません。当然のごとく、軍学部の先輩との熱い拳の交流などを望んでいるわけもなく……。


「ど、どうしてこうなった!」

「でもお嬢、よかったですね? 友達が増えましたよ?」

「黙りなさい!」


 こうして、ちょっとおかしいお嬢の学園生活は幕を開けたのでございます。

 取りあえず旦那様に送るように言われた監視記録――もとい、日記にはこう記しておきましょう。


『初めてできたご友人は――好敵手と書いてトモと読む感じの人でした。まぁ、だれも友達いないよりかはましだと思われます』


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