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うちのお嬢は勝利したい

 ベンチからわずかに離れた中庭の広場。

 誰もいない広大な芝生の上で、模擬戦用の木剣を構えたシューと、無手の制服姿で姿勢よくたたずむヴィクトリアが相対する。

 その光景を見て、巻き込まれた俺――テスカは、あのお嬢様の従者らしいセヴァスとやらに、


「あぁ、とうとうやっちゃったよ、お嬢。どうするんだ、これ……旦那様になんて言えば」

「君も苦労しているみたいだね」

「まったくですよ! あのお嬢は私の心配なんて微塵も顧みてくれないんだから!」

「大丈夫だよ。貴族の令嬢で戦闘経験があるなんて言うのは、基本的に習い事の範疇でしょ? シューは仮にも中等部一年の学年主席だ。いろいろ傲慢なとこはあるけど腕は確か。いい感じにヴィクトリアちゃんに軍人の道をあきらめさせてくれるさ」


 慰めの言葉をかけていた。


――あの言動から見てあのお嬢様はかなりのお転婆みたいだしな。そりゃ従者も苦労する。


「え? 中等部一年学年主席?」


 だが、俺の言葉に帰ってきたのは、意外なことに驚愕と冷や汗だった。


「まずい。そんな実力者を倒しちゃったら、お嬢の目論見が達成に近づく」

「ん? なんか言ったか?」

「い、いえ……」


――ほんとか? 何かぼそぼそ言っていたような気がしたが?


 と、明らかに何かを隠すように視線をそらすセヴァスに、俺が疑いの視線を向ける中、二人の決闘がとうとう始まろうとしていた。


「かまえなくていいのかい?」

「ええ。私に武術を教えてくださった先生が言うには、構えとはすなわち身構えているということ。それが自然になっては、一度構えてからでないと戦えなくなり、とっさの戦闘の時に不意を打たれる可能性があると教えられたので。自然体。いわゆる無形こそが私の構えですわ」


――何とも小賢しいことをいう子だ。いや、彼女の教師がよかったのか?


 内心テスカが感心する中、シューは右手を腰に回し木剣を顔に前に立てるように構えた。

 イウロパ貴族の間に広く伝わる、由緒正しい刺突剣技――フェンサーの構えだ。


「つまり、僕はまだまだ未熟ってことだね。ご高説痛み入るよ」

「え? あ、いえ。そう言ったつもりで言ったのでは……」

「いや、いいさ。確かに心構えという点では、僕は君を下回ってしまった。恥ずかしい限りだ。でも」


 だが、あくまでシューの余裕は崩れない。そのまま剣を前に突き出すように構え、上下に剣先を揺らしながら、あいつは言う。


「実戦では、負けるつもりはないよ」


 同時に、シューの腕が瞬時に伸び、ヴィクトリアめがけて剣を突き出した!

 シューが実家で教えてもらった刺突剣技の一つ――《ワッグテイル》。

 ワッグテイルという鳥が尾を上下に振る様子をまねたその剣技は、上下運動する剣先で、刺突する先を誤魔化す奇襲剣技。


 この剣技の重要点は遅と速の緩急。上下に振る際には視認できるほど遅く。いざ刺突するときは、視認できないほど素早く。

 その急激すぎる緩急によって、相対する相手の視線外へと剣先を移動させ、刺突先を見失わせるのだ。

 特に才気あふれるシューの刺突は神速と言っていい領域であり、これを用いて放たれた刺突の進行方向を、ほとんどの人間が誤認する。


 だが、ヴィクトリアは誤魔化される域にさえ至っていないのか、シューが刺突を放った瞬間もなお、棒立ちのまま元の位置に立ちすくんでいた。


――やはりこの程度か。シュー、間違って攻撃当てんなよ?


 と、テスカが内心ひやひやする中、それは起こった。

 まるで霞か何かだったように、眼前のヴィクトリアが消失する。


「え?」


 同時に、シューの間の抜けた声が残響を残す前に、


「えいっ!」

「っ!」


 可愛らしい掛け声とともに、シャレにならない衝撃音が響き渡り、シューがまるで矢のように飛んで行った!



…†…†…………†…†…



「センシュウバリツ。お嬢が習った武術マーシャルアーツはそういう名前らしいです」

「……………へぇ」


 天高く舞い上がるシュウ様の背中をながめながら、テスカ様は呆然とした声を出す。


――多分聞こえてないだろうな。


 とは思いつつも、同じように現実逃避をしたかった私――セヴァスは、淡々と解説を続けた。


「お嬢の師匠である胡散臭い東洋人の女性曰く、主に女性が学ぶ護身術の類だそうで、体にある魔力を体内で高速回転させて、一時的に身体能力・動体視力・反射神経を凶化……もとい、強化。それによって華奢な体型を維持しつつ信じがたい力を発揮し、さらにその状態で無数の技をひたすら反復させることによって、ほぼ無意識のうちに技を打ち出せるようにするという……まぁ理論としては難しくない武術だそうです」

「へぇ」

「そしてお嬢にとっては幸い……私達にとっては悪夢なことに、お嬢にはそのバリツとやらの才能があったらしく、お嬢はすぐに手が付けられない実力を手に入れられました。旦那様が持っていた騎士団と模擬戦をして、ひとりで騎士団壊滅させちゃったときはもう、変な笑いしか出ませんでしたし」

「だろうね……」

「本当は軍学部に入れるかという話もあったのですが……お嬢はあれで一応ロレーヌ家の第一令嬢で、御姉妹も二人の妹様だけですから、どこかから婿養子をもらってもらう必要がありましてその……軍人まがいのことをさせるわけにはいかないと旦那様が」

「それで貴族学部に入っていたんだね……」

「その通りです。ブッチャケあれも極力隠すようにときつく仰せつかっていたのですが、お嬢様があんな感じの方でして……。力で取り押さえることも難しく」

「難儀な話だ」


 そうこう言っているうちに、割とヤバい体勢でシュー様が地面に墜落した。どうやら完全に意識を刈り取られているようです。


「ちなみに、今のって何したの?」

「普通に放たれた刺突を見た後、その軌道から体を逃がして、お嬢にとっては隙だらけな胴体に思い切りのいい拳を叩き込んだだけですね」

「技とかは?」

「特にないそうですよ? 見て躱す。隙があるなら殴る。それがセンシュウバリツの教えだそうですから」

「それ格闘術じゃねぇよ」


 辛辣ともとれるテスカ様のツッコミに、私が我が意を得たりと大きく頷く中、にっこり笑ったお嬢が、


「見て見てセヴァスっ! 私勝ちましたわ! これで軍学部に入学」

「お嬢! その人多分重症です」

「……え?」


 う、嘘でしょう? そんな、だって中等部の学年主席だって。こんな華奢な女が殴りつけたくらいで……って、大変よ、セヴァスっ! なんか白目剥いてビクビクしておられますわっ! と、広場から聞こえてくるけたたましい悲鳴に、そっとため息をつきつつ、私はテスカ様に金貨十枚を差し出して、


「この件は全力で隠蔽したいと思いますので、どうかこのことは御内密に……」

「いや、あれはあれで頑丈な奴だし、着地したところを見る限り骨も折れてないみたいだから気にしなくていいよ。それに」

「それに?」

「いい薬になったと思うしね?」

「はぁ?」

「いや、なに。上には上がいるってことをさ。少なくとも、これであいつの退屈は払拭されるだろうしね」


 と、どこか嬉しそうにつぶやかれたテスカ様に、私は少しだけ首をかしげます。

 ですが、今はそちらを気にしている余裕はありません。

 意識を切り替え、倒れて動かないシュー様の周りをおろおろと歩き回るお嬢に駆け寄り、


「ではお嬢!」

「せ、セヴァス! どうしましょう!」

「見たところ致命傷ではないみたいですから、そのうち治りますよ。それよりもトンズラします! あと始末はあちらの方がしてくれるようなので」

「え? で、でも!」

「お嬢、こんなことお嬢がやったとばれたら、軍学部に移籍どころか退学になりますよ? 家から絶縁されちゃいますよ?」

「逃げますわよ、セヴァス!」

「流石ですお嬢! 自分の保身がかかった時の決断の速さはピカいちですな!」

「褒めてないですわよね? 褒めてないですわよね!」


 いつものような言い合いを繰り広げつつ、私達はそそくさとその場から離脱。先程出てきた垣根の中へと潜り込み、軍学部の校庭から姿を消すのでした。


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