かつての勇者はお嬢が欲しい
――これは少し意地悪し過ぎたでしょうか?
私――ルーセンティアは、目の前で眉をしかめ、うなりながら何かを考え出した執事の少年――セヴァスティア君の様子に、内心で苦笑いをうかべます。
――でも、この問いかけは必要な物ですしね……。
「実際のところ、魔族と魔王の力は年々大きくなっているのが現状です。勇者も世代交代ごとに強力な武人を招集することによって、何とかその均衡を保っていますが……その均衡も今や徐々に崩れつつあります。そんな状況下で、新世代の星となりうる人物が現れたのですよ? ロクヴァイセでなくとも、いずれヴィクトリアさんはほかの誰かに勇者候補としての勧誘を受けていたでしょう。ならば、ここで私のバックアップをうけながら、勇者を目指すのは悪いことではないはずですよ?」
確かに勇者は苛酷な仕事ですが、それ相応の見返りもあります。枢機卿の支援はそのまま絶大な宗教権力の保持へとつながりますし、魔王の一人でも討伐すればそれこそ人類の英雄です。イウロパ全土でその名が叫ばれ、英雄として後世に名を刻むことができます。貴族としてこれほど誇らしいこともないでしょう。
少なくとも、私は話を聞いただけで、ある確信を抱いていました。
ヴィクトリアさんが勇者になれば、恐らくは史上最強の勇者となることができるだろうと。
そう考えたからこそ、私は聞きました。
本当にいいのかと? やり口が気に入らないというのならロクヴァイセを除いてあげるから、勇者になること自体は、あなたの主に考えさせてもいいのではないかと。
そして、私の意地悪な問いかけに、
「……お断りします」
「あら……」
熟考を重ねたうえで、セヴァスティア君は私の提案を否定した。
「はぁ……そう」
「驚かないのですね?」
「なんとなくそんな気はしていましたから。それでも一応、理由を聞かせてもらえるかしら。私としてもヴィクトリアさんの才能は惜しいのよ?」
「それでもです。お嬢は勇者となって魔族を狩るような、血生臭い人生を望んでおられません」
――贅沢で傲慢なことだとは思いますが。と、セヴァス君は勇者として戦う私を慮って、一言断わりを入れた。
「そう言われたの?」
「執事は主の表情から望むものを読み取るものです……と言えればよかったのですが、そのとおり。実際にはっきりと言われてしまいました」
そう言いながら、セヴァスティア君は笑いつつ、昔のことを話してくれた。
「あれはお嬢が随分強くなった頃の話です。旦那様は物凄く嫌そうな顔をされておられましたが、お嬢には言っていただいた通り才能がありました。それこそ、このまま武術の腕を伸ばしていけば、きっと世界を救える豪傑にいたれると周囲が思うほどに。だから私は、直接お嬢に行ったのです。『すごいですねお嬢! このままいけばきっと十星勇者にだってなれますよ』って。対してお嬢がまたひどい答えを返してくれまして」
その過去語りは、困った人だという心情を、言葉から溢れ返るほど込めたものだったけど、
「『嫌よ。趣味で体鍛えているけど、血生臭い人生はごめんだわ。私は黙っていても平和な暮らしができる公爵令嬢なのよ? どうしてわざわざ危ない戦場なんかに出なきゃいけないの?』って。べつに戦場で戦う兵士を下に見ているわけでもないんですが、どうしてこうまぁ……もうちょっとましな言い方ができないもんかと」
同時に、主を心から慕っている忠誠心が感じられました。
いえ、というよりこれ忠誠心というよりも……。
「ですが、主の願いがそれであるならば仕方ありません。旦那様もその言葉を聞いて喜んでおられましたし……。私達、ロレーヌ家使用人一同は、たとえお嬢が魔王を殺せる逸材だったとしても、お嬢を切った張ったの世界に連れて行くことは許容しかねます」
「……たとえそれが、世界を救う人材をあえて世に出さない愚行だったとしてもですか?」
「ええ」
迷うことなく答えるセヴァスティア君に、私は少し迷った後、僅かに殺気をにじませながら、再び問います。
仮にも私は十星勇者。殺気のみで魔族を怯えさせることができる、猛者であると自負しています。
そんな殺気を受けてなお、セヴァスティア君の答えが変わらないのなら……。
「それで世界が滅びたとしても?」
「くどいですよ?」
……ここまで、躊躇いなく答えられるなら、その言葉は本気の言葉ということでしょう。外様が何を言ったところで揺らがないほどに。
「たとえどれほど世界がお嬢を求めたとしても、それで世界が救えるのだとしても、力ある者としての責任を取れと罵られても、お嬢自身が戦う気がないという以上、我々はお嬢を戦場に出すつもりはありません。これはロレーヌ家の総意であり、私の意志です」
見込んでいただいて申し訳ありませんが、どうかお引き取りを。と、いまだに殺気の影響が抜けきっていないだろうに、セヴァスティア君はあくまでロレーヌ家の執事として、私に優雅に頭を下げた。
――これは、説得は無理そうですね。
それを心底思い知らされた私は、苦笑いと共にセヴァスティア君に頭を下げる。
「わかりました。戦いたくないという人を戦場に出すほど、今の戦況はひっ迫していません」
「え? でもさっき」
「ウソも方便ですよ、セヴァスティア君」
「あっ! きたねぇ!」
ようやく私が嘘をついていたことに気付いたのか、わずかばかりにセヴァスティア君の本性が見えたのが唯一の収穫でしょうか。
――きっとこの主従は、将来大物になりますからね。人間性を知っておいて損はないでしょう。
そう見込んだ私は、悪戯っぽく笑いながら未来ある若者に祝福を与えます。
「えぇ、勇者ですもの。欲しいモノのためなら、なんだってしますよ?」
大人は汚いものなのですよという、未来への教訓という形で。
――さて、ではセヴァス君の説得が無理そうですし、本人に直接あたってみますか。えぇ、本人が望むなら邪魔はしないと、明言していただいたところですしね! そのためには……ええ。もうちょっと権力もっといた方がいいですかね?




