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うちのお嬢は勇者みたいになりたい

「素晴らしい方でしたわね! きっと真の淑女とはああいった方を指すのですわ!」

「え、えぇ……そうですね」


 その夜、お嬢は珍しく興奮した様子で、今朝やってきたルーセンティア様を絶賛しておられました。


「年老いてなお凛としたたたずまい。柔らかな口調に、気づかい溢れる仕草と言動! 女性とは慈しみと、大いなる愛を持ってこそ大成するという、素晴らしい見本と言っていい方でした。あぁ、私もいずれはあのように」

「お嬢、夢と妄想は違うのですよ?」

「何が言いたいのかしら?」


――率直に申し上げて無理ではないかと。


 という助言をオブラートに目一杯包んで言った私に対し、せっかくの気づかいを悠々はぎ取って意味を理解されたお嬢の視線が突き刺さります。

 それに慌てて私が視線をそらす中、お嬢はため息を一つ漏らされ、


「ですが、あなただってそう思うでしょうセヴァス。私があんなふうに歳をとれたらどれほど良いか」

「まぁ、否定はしませんが」

「あの物腰で今もなお戦場を駆ける戦乙女であるなど、信じられませんわ!」

「……………」


 お嬢の言うことに、私は内心で同意しました。

 年を取って衰えているのを加味してもなお、ルーセンティア様には戦闘者としての立ち居振る舞いは感じられませんでした。

 あれはまさしく、ナイフやフォークよりも重いものを持ったことがない麗人の仕草。到底荒々しい戦場で、魔族を殺してきた人間の動作ではありません。


――本当にあの方が勇者なのか?


 手元にそろっている情報から、私の内心は疑念で満ち始めていました。

 お嬢の誘拐を画策した枢機卿に、それとつながっている十星勇者の訪問。そして、本来なら帰るべきところを、ルーセンティア様は、わざわざこの学園に泊まられ、明日の朝食を頂くと言っておられます。

 戦時下であるがゆえにと、子供の食事がおろそかになっていないか確認するために。


――怪しい。実に怪しい……何か企んでいるとしか思えない。


 今回やってきたルーセンティア様は実は影武者で、お嬢誘拐のための陽動であると考えることすらできます。

 だからこそ、


「とにかくお嬢、そんなに尊敬しておられるなら、ひとまず今日は寝て、明日の朝食で話し掛けてはいかがです?」

「そ、そうね! 私ってばちょっとはしたなかったわよね!」

「いえ、お嬢はいつでもはしたないとか、そういったところは天元突破されておられるので、そのあたりは気にしていませんが」

「……あなたにはあとでお話が必要なようね、セヴァス?」

「かしこまりました。お嬢の普段の生活態度をレポートにしてあるので、それを用意して迎え撃たせていただきます」

「もうっ!」


 お嬢を怒らせつつも、何とか就寝していただき、そっと部屋の明かりを消します。

 そして、いつものように部屋を退室し、


「シノブ殿」

「なぁに、弟弟子?」

「お嬢の護衛をお願いします」

「……あなたはどうするの?」

「少々確認を。私ならば、迷い込んだという言い訳も効くでしょう」

「了解……気を付けてね」


 お嬢の護衛を姉弟子に任せ、敵の本拠地へと移動を開始しました。



…†…†…………†…†…



 ルーセンティア様は現在、空室があった学園が保有する学生寮の一室に泊まっておられます。

 本来ならば、れっきとした客室があり、学園長もそこに泊まっていただくつもりだったみたいですが、ルーセンティア様はあえてそれを拒否。「学生の気持ちをわかるためにはこちらの方がいいでしょう?」と、学園長を説き伏せ、この部屋に泊まる許可を取っておられました。


 現代の英雄が見せた、とことんまで生徒のことを考える姿勢に、教師の皆々様は頭が下がる思いを抱き、生徒たちからは歓声が上がりました。


 そして私も、内心で喝采を上げていました。

 なにせ、貴族の子息令嬢が集まると言っても、所詮は子供が使う共同寮。そんな大げさな警備体制が構築されているわけでもなく、中途半端な潜入技術しか持たない私でも、十分侵入可能でしたから。


「手間がかからないのはいいことです」


 お嬢の寮からこっそりと抜けだし、さすがに玄関は夜勤の寮監様が監視されておられるので回避。

 目的の寮の外壁を駆け昇りながら屋上へと侵入。

 そのまま、屋上入り口の鍵をケンゾーさん直伝のピッキングで攻略し、私は悠々寮の中へと入ります。

 そして、


「あら?」

「……………」


 入った途端、ランタンを片手になぜか屋上に続く階段を上ってこられたルーセンティア様と鉢合わせしました。


「なっ!」

「あらあら、ずいぶんと可愛らしい泥棒さんね?」

「クソッ!」


 慌てて着ている燕尾服のポケットに手を突っ込み、その中にある鉄球を掌に仕込みます。


――これで装弾はできましたが、さっきの口ぶりからしてっ!


「外壁をとんでもない速さで駆け上ってくる人がいたから、いったい何事かと思って様子を見に来たのですけれど」


――やっぱりバレてるぅうううう!


 その事実に思わず狼狽し、私はらしくない、冷静さに欠いたセリフを口にしてしまいました。


「う、動くな! あなたは今私の射程の中にいる!」

「あら? 泥棒さんらしく暗器でも使うのかしら?」


 ガッツリ見破られている気がしないでもありませんが、装弾が終わり、こちらが攻撃準備を終えているのは事実。自分が有利な場所にいることに変わりはない!

 そう判断し、必死に自分を奮い立たせる中、ルーセンティア様はおっとりと笑い、


「わかりました」

「……え?」

「撃たれたら嫌ですもの。そちらの言い分に従うわ」

「……………………」


 何されるかわからない現状であるというのに、あっさりと白旗を上げてきた。


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