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うちのお嬢は出迎えたい

 何度も言うように、私――セヴァスが仕えるロレーヌ家はイウロパに並ぶものがないと言っていい名門貴族です。


 そのため、彼らに仕える人間は数多くいます。


 従属領主としてロレーヌ家の庇護を与えてもらっている、中級から下級貴族。

 館の管理などを行う使用人や、領地を守るための私設騎士団。


 主の生活全般をサポートし、いざとなれば護衛となって主を守る執事に至っては、幼少のころから共に育てられ、ロレーヌ家のお歴々に絶対の忠誠心を抱くように教育されます。

 執事や家令というモノは、もっとも近くにいるがゆえに裏切られてはいけない手駒ですからね。


 私もそんな執事教育を受け、今に至っているわけですが……今それは良いでしょう。

 とにかく、ロレーヌ家には多くの人間が雇われており、それはもはや巨大な国家と言っても差し支えない組織体系を作り出しているわけです。

 当然、


「やっ! 久し振り!」

「……………」


 お嬢が寝静まった寝室の天井裏から突然顔をだし、私に話しかけてきた黒ずくめの女性も、ロレーヌ家に仕える家臣の一人です。


 所属は暗部・諜報部などと呼ばれる後ろ暗いところ。

 正式名称はつければ実態が把握されやすくなるということで付けられておらず、知っている人間はもっぱら好き勝手に呼称をつけるという、かなり面倒くさい部署におられる方です。


「お久しぶりです、シノブ殿。今宵はどのような御用件で」

「もう、弟弟子なのに堅いよ、セヴァス。同じロレーヌ家に仕える者として、もっと砕けていいんだから!」

「はぁ……ですが、ゲンゾーさんからは姉弟子や兄弟子は敬うようにと」

「お師匠(とう)様ってばまだ故郷の癖が抜けないのね」


 そして、私にあの小石をはじいて弾丸にする技――指弾術を教えてくださった師匠――ゲンゾーさんのご令嬢でもあります。

 ゲンゾーさんには幼いころから、格闘術諸々を教えていただいているのです。執事として主の傍に侍る以上、武器等の持ち込みが禁じられる場に行くこともあるでしょうから。

 その関係上、私とシノブ殿も会う機会は多く、同じくお嬢の身の安全を守るものとして、それなりの仲を構築しているわけです。


「で、雑談をしに来たわけではないでしょう? 何用で?」

「うん。この前のコロッセオの調査報告と……あと、捕まえた召喚士の尋問の結果をね」

「やはりそちらで捕まえていましたか……」


――できれば、旦那様経由で先に帝室に報告していただいてほしかったのですが……。


 と私は、調査が進んでいないとため息をついていた殿下を思い出し、内心で謝罪の言葉を告げておきます。

 とはいえ、召喚士を捕えたことを隠匿したのには、何か理由があるはず。ひとまず私はシノブ殿の話を聞くこととします。


「で、結果は」

「バッチリ。腕はよかったからか信頼を得ていたみたいね。雇い主の名前までしっかりゲロってくれたわ。まぁ、だからこそ、帝室に報告できなかったわけなんだけど」

「……それほどまずい相手ですか」

「下手すりゃうちの旦那様が破門食らうかもしれないわ」

「……ということは」


 破門。

 まぁようするに信仰する宗派からの追放令。イウロパの人間は皆例外なくイリス教を崇めていますので、そんなものを食らっては、大貴族とは言え大打撃は免れません。

 そして、それほどに絶対的威力を持つ攻撃を振るえる存在は限られます。つまり、


「教皇猊下か……あるいは」

「えぇ。ことの黒幕は枢機卿よ」

「…………………」


 どうやらお嬢は厄介な御仁に目をつけられてしまったようです。



…†…†…………†…†…



 翌日。いつものように、早めに起き、女子寮の中庭で、打撃訓練にお嬢がはげまれている時でした。


「おや?」

「どうしましたセヴァス」


 私が指弾で放った小石を、微動だにしない(ように見える)まま次々と撃ち落していくお嬢は、私があるものを見つけた声を上げると同時に止まりました。


「あれは……掲示板?」

「いまどき立札とは珍しいですわね」


 寮母をしておられる中年女性が、なにやらえっちらおっちら看板を担ぎながら、中庭から見える寮の入り口にやってきたではありませんか。


「セヴァス」

「御意に」


 当然のごとくそれが気になったお嬢の指示を受け、私はひとまず中庭から離脱。寮の玄関へと到着し、入り口前の地面に立札を打ち立てる寮母殿の元へと到着します。


「寮母殿、それはいったい」

「あぁ! ロレーヌ家の。実は今日緊急の来客があるということでね? 全授業は休講。代わりに二限目の時間帯に、服装を正して学園玄関前に集合するようにという指示が出されたんですよ。というわけで、ここに立札を打っておけば、全員見るでしょう?」

「緊急の来客?」


 いったい誰が? と、私は首をかしげながら、寮母殿に手伝いを申し出、立札を立てます。

 そして、


「っ! これは……」


 その立札に出ていた来客の名前――《第八位・十星勇者》ルーセンティア・マルティラティオーネ――の文字に瞠目することになるのです。



…†…†…………†…†…



「十星勇者?」

「お嬢……」

「何で知らないんだ、お前は……」


 それから数時間後。指示通り、玄関前に集まった私達でしたが、特別身分が高いお嬢と殿下は、ルーセンティア様に花束を贈呈する役として、他の生徒とは別の雛壇の上へとやって来ていました。


「し、知っていますわよ! イリス教会が認めた、魔王に比肩しうる個人戦闘能力を持つ、現代の英雄でしょう! 彼らこそがまさに人類の希望の星! かのオルリアーナの聖女――ジャンヌ・タリアスがきっかけとなったといわれる彼らは、現在魔王戦線において我が神聖ロマウスの兵士たちを守りながら、多くの魔族を討ち取っていると聞いています! 私が不思議に思ったのは、そのような方がこんな安全地帯にいることですわ! 確か魔王戦線に出ずっぱりで、休暇などはまれだと」

「その稀な休暇の間を縫って、ここに来られたのだろう。お前などとは比べ物にならない慈しみの心をお持ちのようだ」

「あら殿下。言葉に随分棘があるように聞こえましたが?」

「むしろ棘しかないと思っていたが?」


 おほほほほ! ははははは! と、不気味な笑みを浮かべられる二人に、教員の方々が「お願いだから暴れないでくれ」と顔を青くされる中、私は一人考えます。


――シノブ殿が引き出した供述を信じるのならば、お嬢を狙って陰謀を巡らせていたのは、かの枢機卿だということ。そして、十星勇者を推薦し、その称号を与えるのは、枢機卿と教皇猊下による勇者選出会議プティ・コンクラーベ。つまり、十星勇者は人類の希望の星であると同時に、枢機卿たちによってその権威を与えられた、教会の最高戦力という側面を持っています。


 お嬢を狙った教会陰謀が立て続けで失敗した時に、そんな人物がやってくるなんて。


――怪しい……正直死ぬほど怪しいと言えます。


 私から言わせてもらえば、今回マルティラ学園に訪れる勇者様も、この一件にかかわっているのではないかと思えるほどです。

 ですが、第八位勇者はもう高齢で、戦場に出る機会も減りつつあるという話も聞いています。それによってずいぶんと丸くなり、もとは教会シスターであった経歴も手伝ってか、今では優しい笑顔が似合われる、可愛らしいおばあさんになっているとも。

 そんな人が、お嬢のような幼い(普通ではないけど)少女を巻き込んだ陰謀の片棒を担ぐだろうか?


 私がそんな悩みに頭を悩ませている時、その話題の御仁が乗った馬車が、学校の正門を開きながらこちらにやってきました。


 その馬車は少々変わっており、馬車の後部には正面からでも見える高さに、十字の星飾りが取り付けられていました。

 シスター出身だというのは嘘ではないらしく、イリス様の象徴である十字星を掲げられた馬車からは、熱い信仰の心がうかがえました。


「来たか。姿勢を正せ、類人猿。粗相をするなよ」

「こちらの台詞ですわ雑魚王子。せいぜい覇気にやられて失神しないようにお気をつけあそばせ?」


 減らず口を叩きながら、同時にメンチ切り始めてしまわれた二人に、教諭方が慌てる中、私はそっとお嬢の制服の裾を引き、ルクセント殿下とお嬢の距離をさりげなく開け始めます。


 疑問はともかく今は公の場。お嬢が粗相しでかさないよう監視するのが、私の最大の仕事ですので。


「ちょ、せ、セヴァス。引っ張らないで。はしたない! はしたないから!」

「そう思われるなら、今はおとなしくしてくださいお嬢。相手は現代の英雄達の一人ですよ」


 それによって静かになる壇上にほっとした空気が流れる中、馬車は設置されたスロープを使い、紅い壇上へと登り、その中央で停止します。

 そして、馬車の扉が開き、中から黒い修道服に包まれた細い足が出てきました。


「《第八位十星勇者》ルーセンティア・マルティラティオーネ様! おなぁりぃいいいい!」


 軍人学部の教諭の一人が放つ、堂々たる名乗りと共に、その方は普通のシスターと同じような服装を纏いながら、皺が目立つ顔を嬉しそうに笑みの形に変え、


「あら、少し大げさではないかしら。主の教えに背き暴力を振るう女には、過ぎた歓待ですよ」


 と、少し申し訳なさそうに告げた。


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