うちのお嬢はチームを助けたい
お嬢たちが眠りについてから、時は少し遡る。
野営地付近の森の闇の中……。
「次の失敗は許されないぞ?」
「し、仕方ないじゃないですか旦那! デミドラゴンを一蹴するような魔法使い(・・・・)だなんて、全然知らされてなかったんですからっ!」
「言い訳はいい。とにかく迅速、丁寧にだ」
「わかっていますよ。そのために今回はオレッチのとっておきを連れてきたんでさぁ!」
闇の中で蠢く二人の男は、そんな会話を交わしながら、魔力を循環。
闇の中に光り輝く魔法陣が生み出され、おびただし数の何かが吐き出される。
「蹂躙しな、我が軍勢。標的以外は皆殺しだ」
『ヴゥルルルルルルルルルルルルル』
敵に気付かれないよう、うなり声によって返答を返しながら、その軍勢は静かに前進を開始した。
…†…†…………†…†…
一瞬見えた赤い瞳孔が、私に敵の種別を教えてくれた。
「レッドオーガ? 単体でCは固いオーガの特殊個体ですが……」
――あれは本来、火山地帯や砂漠地帯と言った、過酷な環境にのみ生まれる個体だったはず?
内心首をかしげながら、私は、
「とはいえ、先制させるわけにはいきませんね」
ポケットから取り出した、拾っていた小石を取り出し、左手にセット。親指の力でそれをはじき出した。
自分で言うのもなんですが、私それなりに鍛えております。そのおかげで、私がはじき出した小石は音を引き裂きながら闇を駆け、チラチラと輝きを見せる赤い瞳をうがち貫きました。
『ギュォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
「な、なに?」
「モンスターです! リンネルさん、ご令嬢方を起こしに!」
激痛にもだえ苦しむ声を聴き、実戦経験が豊富らしいリット様とスキッピオ様が即座に反応。武器を取りながら立ち上がり、悲鳴が聞こえた方へと油断なく構えます。
「そんな! 私だって戦う!」
「そんなこと言っている場合ではありません!」
そう。私もその一体の眼球をえぐってから気づいたのですが、もだえ苦しむ一体を踏みつける足音が、あとからあとから聞こえてくるではありませんか。
「あれはさすがに無理です! さっさと逃げをうちますよっ!」
つまり、相手は団体。それも、
『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
『『『『『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』』』』』
つまり、敵のレッドオーガは、次から次へと反響が起こるほどの咆哮を上げる、軍勢と言って良い数だったということです。
…†…†…………†…†…
何かと警告は受けていたけど、結局のところ余裕そうな雰囲気を出していた夜営訓練が、突如として死の危機がある撤退戦へと変わった。
「な、なんなんですかあれ!」
もう泣きそう。というか泣いているエトワールとかいう令嬢の悲鳴を聞き、私――リンネルは思わず唇をかみしめる。
――本当に何なのあれは? 聖都近郊森にあんな奴らが出るなんて聞いてない!
そう思いながら背後を振り返る私の目には、本来動きにくいはずの森の中を自由自在に疾走する、真紅の鎧を着用した赤い肌の鬼達の姿が見えました。
レッドオーガ。
幸運にも偶々真面目に聞いていた魔獣学の授業で解説していた、砂漠地帯や火山地帯に生息する、強い炎属性をその身に宿した食人鬼達。
その膂力は非常に強いうえ、炎の魔力を使いこなし、魔力を噴出して高速移動したり、噴出する魔力を使って膂力を強化し戦うなど、知能が低いオーガのくせにかなり芸達者な連中だと聞いている。
その解説に偽りはなかったのか、もう隠れ潜む気がない奴らは、鎧の隙間から炎を噴出させ、
「来るぞっ!」
「わ、解っています!」
森の中を逃げ回る私たちめがけて、砲弾のように飛んでくる!
それを見て、殿の二人の一人――リットが警告の声を発し、それに反応したスキッピオが応戦。飛来するオーガの眼球めがけて槍を付きだし、見事にその目をうがち貫いた!
『ギュゥオオオオオオオオオオオオ!』
「だぁっ!」
でも、槍と小柄なスキッピオの体が、その突撃に耐えきれなかった。
音を立てて半ばから槍が圧し折れ、その勢いでスキッピオが倒れる。
どうやら足を怪我したらしい。もだえるように身をよじるスキッピオは、立ち上がることができない!
「スキッピオ!」
「足をとめないでっ! もとより相手の方が早いんだから、ためらっている暇は!」
「でも、それじゃ」
――あなたを見捨てることに!
そう考え、私の足は完全に止まりかけた。でも、次の瞬間、
「走りなさいと言われたでしょう!」
「っ! なにをっ!」
私は、振り返ったあの腹立たしいヴィクトリアとかいう女に、手を引かれた。
「見捨てることなんてできないわ!」
「ではあなたも一緒に死にますか! 一人が死ぬか二人が死ぬか、これはそういう判断を問われる場です。そして、スッキピオは前者を選びました! その自己犠牲を、無駄にすることは許しません!」
「私は!」
でも、私はそれを振り払った。
ここであいつを置いていけば、私はきっと一生後悔すると思ったから。
だから!
「どうしようもなく性根がねじまがった、貧民出の女よ! 素直に助言も聞けない、どうしようもないクソガキよっ! でもね、自分を慰めてくれて、また一緒に立とうと言ってくれた人を見捨てられるほど、人間やめてもいないのよっ!」
「っ! ……そう」
すると、目の前の令嬢は少し目を見開いた後、
「あなたは兵士失格よ。守るべき指揮官である貴族を危険にさらしてなお、仲間を助ける選択をとった」
「……っ! 失格で結構よっ! また失望したっ?」
「えぇ。一貴族としてあなたを雇うかどうかと聞かれれば、雇うという答えはまず出ません。ですが」
私と同じように、足を止めた。
私とリットがそれに驚き、同じように足を止めた時、令嬢――いいえ。
「兵士としては認められなくても、人としては好感が持てますわ」
ヴィクトリアはそう言って笑い、だれもいないはずの闇に隠れた木の枝を見据えた。
「ですから、助けてあげますわ。ええ、せいぜい感激にむせび泣きなさい? リンネル」
瞬間、倒れたスキッピオに到達しかけていたレッドオーガ達が、森の中から飛来してきた何かに穿たれた。
『ギュォオオオオオオオオオオオオオ!』『グッガァアアアアアアアアアア!』
各々悲鳴を上げのた打ち回るオーガ五体をしり目に、突如森の中から現れた誰かが、スキッピオを抱えてこちらへと舞い戻ってくる!
「セヴァス! 救援要請は!」
「それが不思議なことに、この近くには先生方も冒険者の方もいなくて……」
それは、先程から姿を見かけなかった、ヴィクトリアの執事だった。
「既に排除されたってこと? それとも警戒の隙を狙われたのかしら? いったい誰がこんな真似をっ!」
「わかりません。ですが、緊急事態であることには変わりないかと」
「そうね。セヴァス、背中を任せるわ」
「御意。我が主の命のままに」
「え、ちょっと!」
そのままヴィクトリアとセヴァスとかいう執事は、そのまま私たち全員を背後にかばい、瞬く間に、とまった私たちを包囲したレッドオーガ達と相対する。
「では、どこのだれの企みか知りませんが……」
「ロレーヌ家に喧嘩を売ったことを、後悔させて御覧に入れましょう」
戦闘にはいる。
その背中が、私にはどうしようもなく、かっこよく見えた。