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皇子殿下はお嬢に勝ちたい

 夢を見ていた。


 可愛らしい女の子……の皮をかぶった悪魔の夢だ。


 初め、俺――ルクセントはその女の子に興味はなかった。父上から、あくまで俺が好きな相手を見つけられるまでの代わりだと言われていたし、美人ではあるがちょっと変な奴という噂もきちんと聞いていたからだ。


 でも、一応仲良くやるつもりはあったのだ。


 俺の都合で、好きでもない男と勝手に婚約させられるのだ。彼女はおれ以上の苦痛を味わうことになるだろうと知っていたから、俺はできるだけ彼女に優しくするつもりだった。

 だが、あろうことかそいつは、ロレーヌ公爵家で初めて会った俺に対し、


「なんです、このチビ? おまけに、許嫁がいるのに身分の低い女を溺愛しそうな目をしていますわ。浮気上等の相手なんて願い下げですの!」


 なんて、いきなりとんでもないことを言ってきた。

 生まれて初めて浴びせられた罵詈雑言。それに俺と周囲の空気が固まる中、奴は至って平然とした顔で背後に、控えていた執事に告げる。


「セヴァス。行きますわよ」

「あ、あの……お嬢。いちおう第三王子殿下ですのでその……無視して遊びに行くというのは」

「くだらない。自分の愛を、誰かに手伝ってもらわないと見つけられないヘタレに用はなくてよ。大体なんですあの小っちゃいのは? 同い年とは思えませんわ。せいぜい弟くらいにしか見えなくてよ」


 当然のごとく、人より背が低かったことを気にしていた俺は、真正面からそれを指摘され、頭が真っ白になるくらい怒った。

 そしてわけのわからぬ叫び声をあげながら、あの悪魔に殴り掛かったことは覚えている。

 だが、悪魔はその攻撃を悠々と躱し、


「それに私、自分よりも弱い男に興味はありませんの!」


 体の芯まで響き渡る打撃を俺に叩き込み、俺の意識を闇へと沈めた。

 辺りが騒がしくなるのを聞きながら、俺はかすんでいく視界でそいつを見た。

 公爵に滅茶苦茶怒られ頬を膨らませる、勝手気ままな悪魔の姿を焼き付けるために……。



…†…†…………†…†…



 再会したそいつは……なんというかもう、驚くほど変わってなかった。いや、体や顔つきは成長していたが……その性根がまるで変っていなかったのだ。


 通常の貴族令嬢が、周囲に取り巻きを作り一大派閥の形成に尽力する中、入学式あいさつで気難しい貴族称号を獲得し、所詮一人であると侮った貴族令嬢にバックブリーカーを決めて追い返し、軍人学部にいたブルティング元帥家令息を伸して何食わぬ顔で貴族学部に帰ってくる。

 休暇にはコロッセオに足繁く通っているらしいが……まさか闘士として参加してないだろうな?


 噂のもみ消しに東奔西走しているセヴァスティアの姿が学園で散見されるので、あの執事には本気で同情する。

 とにかく、やることなすことすべてが無茶苦茶だった。流石はロマウス貴族界で変人の名をほしいままにする女。学園に来ても自重するつもりはないらしかった。


 だが、だからと言って……俺から喧嘩を売るつもりはなかった。

 仮にも相手は貴族令嬢。残念なことに、男の俺がそいつに対して決闘を申し込むわけにはいかなかった。


 そう。残念だった。あいつに戦いを挑めないことを……俺は本気で悔しがった。なぜなら、俺はあいつに勝ちたかった。戦って、勝って、あの時の屈辱を晴らしたかったのだ。

 そのために、いままではしていなかった走り込みや体術の教練を組み込んでもらったし、難しいと言われている身体強化魔法だって覚えた。

 ファー兄様に頭をさげ、実戦さながらの騎士団の稽古にも混ぜてもらった。


 男として譲れないものがあったから。


 だから、食堂であいつが何か企んでいるのを見た時は好機だと思った。

 決着を、今日ここでつけると決めた。


 だが、結果はまた惨敗。


 やはりまだまだ、俺はあの悪魔に届かないらしい……。

 これからも要訓練だな……と、俺は内心少しだけ笑う。

 俺はこの時少しだけ楽しいと思ってしまっていた。あいつに勝つために努力する日々が、悪くないと思ってしまえていたのだ。


――まったく。


「俺も相当な変人だ……」


 それを認めてしまえば、意外とすんなり心は落ち着いた。負けは負けとして受け入れられた。次もまた努力しようと……そんな気持ちが芽生えたのだ。


――どうせあの変人のことだ。どうせすぐにぼろを出して、また俺に喧嘩を売ってくるだろう。


 と、内心で笑みを漏らしながら。

 ただ、一つだけ言いたいことがあるとすれば、


「一撃……じゃなかったよな?」


 自分の顔面めがけて遠慮なく放たれたあの拳だけは、ホントちょっと理不尽だと思います。



…†…†…………†…†…



「一撃……じゃなかったよな?」

「そうですよね、殿下。もっと言ってやってください」

「うぅ、悪かったですわよ。耐えきられちゃったのを見てついカッとなってしまって……」

「セヴァス様にではなく殿下に言った方がいいと思いますけど」

「あ、あとでちゃんと言います!」


――この学園の保健医が優秀な治療魔法の使い手で助かったといったところか。鼻血を噴出しながら吹き飛んだ殿下の顔は、そのなんというか……いろいろあれだったので。


 そんな会話をしつつ、殿下を保健室で寝かせた私たちは、互いに顔を突き合わせてため息をつきました。


「仲直り、できたかしら?」

「流石お嬢、めげませんねえ! とりあえず今日やったことを三行でまとめてみてはいかがでしょうか? 許してもらえる要素がかけらほどでも見つかるかもしれませんよ?」

「バカにしていますわよね? バカにしていますわよねっ!?」

「でも本当にどうしましょう。これじゃ許してもらうなんて夢のまた夢……」


 エトワール様の言葉に、私とお嬢はどんよりと落ち込みながら、


「……よし、あとは保健の教諭にお任せしましょう?」

「に、逃げるんですか!?」

「ち、違いますわよエトワール。これは戦略的撤退! 戦略的撤退ですの! どうせ今の状態で許してもらうことなんて叶わないわけですし、一度体勢を立て直す時間が必要ですわ!」

「馬車の当て逃げは、当てるだけなら犯罪になりませんが、逃げたら犯罪になるんですよ?」

「お黙りセヴァス!」


 私達の忠言を無視し、お嬢はさっさと踵を返し保健室の扉へと向かう、そして。


「それに殿下は、私に気安い友人としての立場を求めていなくってよ」

「はぁ?」


 意味不明な言葉を残し、保健室を出て行ってしまった。

 その背中に、私とエトワール様が同時に首をかしげ、後を見てみると。


「あれ? あの、セヴァスさん。殿下……ちょっと笑っていません?」

「なんですか殴られたのにこの満足げな笑みは。気持ち悪っ」


 何やら拳と拳で通じ合ってしまったような……そんな満足げな笑みを、殿下は浮かべておられました。


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