うちのお嬢は一撃で決めたい
「仲直りするべきだと思うのです!」
「なんなのですいきなり?」
翌日の昼食時。今日はきちんと授業を受けてからやってきたお嬢に対し、いつもの四阿にやってきたエトワール様が放った第一声がそれでした。
「仲直りって……だれと?」
「普通に考えて、ルクセント殿下ではないかと」
「……なぜ?」
心底不思議そうに首を傾げられるお嬢に、私は思わず額を抑え、エトワール様は眩暈でも憶えたかのようにふらりと体を揺らします。
「なぜって……仲が悪いよりいいでしょう! 仮にもルクセント殿下は主君の家系なんですよ、ヴィクトリア!」
「そう言われましてもねぇ。再会したのだって入学してからですのよ? 仲直りもクソもないと思いません?」
「え? そうなんですか?」
「エトワール様。よく考えてください。自分のことを散々こき下ろしたあげく、腹にパンチ決めてくるご令嬢に、何度も会いたいと思う人は何人います?」
「……………」
「エトワール? その沈黙はどういう意味かしら?」
哀れエトワール様。正直であるがゆえにお嬢を擁護することができなかったのか、ちょっと悲しそうな顔をしながら、エトワール様は顔をそむけられます。
「ねぇ! やめて! セヴァスの余計なひと言は、生まれたころから言われているから、別に気にしないけど、あなたにそういった態度を取られると傷付きますわ!?」
「お! お嬢に更生の兆し」
「お黙りなさい!」
「っ! いいえっ! いいえヴィクトリア! だからと言って努力しなくていいということにはなりません!」
「お、持ち直した」
――お嬢と仲良くなってメンタル鍛えられましたね、エトワール様。
と、私が内心感心する中、何とか持ち直したエトワール様は、フンスと鼻息を荒くし、言う。
「いいですかエトワール様。相手はルクセント殿下。未来のロマウス皇帝ですよ! 仲良くしておくのに越したことはありません!」
「私、そういった利益重視の友好は長く続かないと思っていますわ」
言っていることは正しいのだが、なぜだろう……。初めから仲良くしようとせず、喧嘩売ったお嬢が言うのは間違っているのでは? という気持ちが、私の脳内から離れてくれません。
ですがエトワール様は諦めません。不屈の闘志で何とかお嬢の説得に懸られます。
「言葉を尽くして謝ればきっとわかってくださいます!」
「ワタクシ間違ったことを言ったとは思っていないの。そんな状態で謝っても上辺だけの言葉になるのではなくて?」
「唯一無二の親友になれるかも!」
「もうエトワールがいますから……」
「え? あ、ありがとうございます」
お嬢の心からの言葉を聞き、エトワール様はチョット嬉しそうにはにかむ。
――エトワール様。流されている、流されている。
「はっ! そうじゃなくて」
「エトワール。心配してくれるのはありがたいですが、私ほんとうにあの方には興味がないの。一方的に憎まれている状況は、そりゃ有難くないですけど……私情で瞳を曇らせるような不明な方ではありませんもの。ならば、互いに会わないようにしながら、距離を保ち放置が一番ですわ」
嫌いな相手とも、嫌いなまま上手く折り合いをつけるべき。そんな大人みたいな小賢しいことを抜かしながら、お嬢はエトワール様の意見を封殺した。
これにはさすがのエトワール様もどうしようもなかったのか、がっくりと肩を落としそのまま俯かれてしまった。
――あぁ、エトワール様でも勝てませんでしたか。仕方ない。
というわけで、私はエトワール様に助け舟を出すことにしました。
――昨日の話で、お嬢がルクセント殿下を嫌っていたのは、一方的な感情によるものだと分かりましたし、仲直りしてもらうのは私としても大いにありがたいですしね。
「お嬢、そう言わずに」
「あら? あなたがルクセント殿下をかばうなんて珍しいわね?」
「そりゃ、いつものようにお嬢がたぐいまれなる人間観察で、王子がヤバいって感じ取ったんじゃないかと思っていたからですよ」
そう。お嬢は基本的に人間の性根を見抜く力が高い。そうでなくてはロレーヌ公爵家で活躍するような人々を見つけてくることなどできなかっただろう。
腕や外面はよくても、性根が腐っている人間はこの世にはごまんといる。お嬢はそう言った人々を一目で見抜く力に優れていた。
だからこそ私は、初対面であれだけ嫌ったルクセント殿下にも、何らかの問題があるのではと警戒していたのです。
「ですが、結局お嬢があの人を嫌っていたのって、要するに勘違いでしょう? なら、王族と友誼を結ぶのは悪いことではないかと」
「貴方までそんな……先ほども言いましたけど、利益重視の関係は」
「それに、お嬢が言う《げえむ》ですか? その状況に本当になった場合、殿下を味方につけておけばかなり有利に立ち回れると思いますが」
というわけで、私はさっくりとお嬢のアキレス腱をつくことを決定。さっさと仲直りしていただくべく、その話をお嬢に耳打ちした。
瞬間、お嬢の表情から嫌そうな色が消え、花のような笑みと共にお嬢は立ち上がる。
「い、言われてみればその通りね、エトワール」
「え?」
「ワタクシ少し頑固でしたわ。こんな可愛げのない女では、殿下が怒られるのも仕方ありません。ありがとうエトワール、あなたのおかげで謝る決心がつきました」
「え……え?」
つい数秒前と違い、意見を百八十度転換させたお嬢の言葉に、エトワール様が目を白黒させる中、お嬢はそのまま四阿をしずしずと出ていき、
「ではちょっと殿下に謝ってきますので。今日はこの辺で」
そして、そのまま校舎に戻っていくお嬢の背中を、エトワール様はしばらくじっと見つめた後、
「あ、あの……セヴァス様?」
「なんでしょう」
「何言ったんです?」
「大したことではありませんよ?」
そう言って笑う私に、なんだか胡散臭い者を見るような目を向けてこられるのでした。
失礼すぎません?
…†…†…………†…†…
そして昼休み。いつものように私を従えたお嬢と、心配だという理由で見に来たエトワール様は、殿下が食事をとられている食堂の前へとやって来ていました。
ですがお嬢は正面入り口ではなく、入り口付近に生えている木陰に身をひそめ、何かを待ち構えるように息をひそめておられます。
「あの、ヴィクトリア。いかないのですか?」
「ふふふっ。そう焦る必要はないわ、エトワール。それに、男女が仲を進展させるためには、しゅつーえーしょん……。もとい、しゅちゅえーしょ……もう一回! しゅ、しちえーしょ」
「シチュエーションですか?」
「そうそれよ! それが大事なのよっ!」
私の助け舟に乗っかり手を叩きながら、お嬢は「いいこと言った!」といわんばかりに胸をはる。
その声を聞いて珍妙なもの見るような視線が、食堂に出入りする生徒たちから届けられますが、不幸中の幸い。お嬢はそれに気付かなかった。
対して、その視線にバッチリ気づいているエトワール様は、僅かに顔を赤らめておられますが、とにかくお嬢の話を聞くことを優先したのか、
「はぁ……そうですか。それで、ヴィクトリアはどんなシチュエーションを望んでいるのですか?」
「……あとで滑舌の練習付き合ってくれる?」
「いくらでも付き合いますともっ!」
「ありがとう! それでね、男性と距離を近づけるためには、必ずテンプレートがあるの!」
「はぁ、そうなのですか? それはいったい?」
正直男性として割と興味はあり、私もお嬢の話を促してみます。
「第一。自然なボディタッチ! 角でぶつかるとか、すれ違いざまに肩が当たるとか、そういうのでいいの! そうすれば相手は必ず私の顔をみます。いきなりぶつかってきてこの野郎と!」
「まぁ、あまりいい気分はしませんよね。顔ぐらいは確認したいと思うかと」
「そこで私の美貌に見とれてしまえばめっけもの。幸い私顔には自信がありますので、ルクセント殿下は私に会うたびに、背景に薔薇を飛び散らせているに決まっていますわ! それを直視してしまう! その破壊力たるや!」
「「…………………」」
同時に黙り込んでしまった私とエトワール様は、お互いの視線で意見交換をしてみます。
――うまくいくと思います?
――面がいいのは同意しますが、殿下には過去の思い出補正がありますから。嬢の背景にあるの、マンイーターではないかと……。
冒険者の間では割と有名な、ハエ取り草に似た人食い植物を思い浮かべる私に、エトワール様の顔が引きつります。
「続いて即座に決まるしおらしい態度の謝罪。涙目ならなおよしですわ!」
「そりゃまたどうして?」
「男は自分よりも弱い相手を守りたいと思う生き物。同時に、そんな小動物を自分の手元において虐めたいなんて言う、矛盾した性癖も抱えています! SもMもとらえて離さない、気弱そうな女性の演技は、大多数の男の心をつかんで離さない物なのです!」
「……………」
もうそろそろ私とエトワール様は、この後何が起きるか気づいていましたが、一度こうと決めたお嬢は止まりません。
今の私たちにできることは、盛大にやらかすであろうお嬢のフォローをどうするかという相談だけでした。
「そうなってしまえばあとはこっちの物! お詫びをさせてくれと次の約束を取り付け、お詫び代わりに手料理のお菓子でも持っていけば、フラグは立ったも同然ですわ! かつて数多の乙女ゲーを攻略した私の策に、不可能はなくってよ!」
「おとめげえ?」
「あぁ、発作みたいなものなので気にしないでください」
おほほほほほほ! 高笑いしながら立ち上がろうとするお嬢を必死に抑えながら、私は首を傾げるエトワール様にもフォローを入れておく。
――ふぅ、敏腕執事も楽じゃないな。というかお嬢、隠れているという事実をいいかげん思い出して。そろそろ周囲の視線が痛い。
そんな風に私たちが騒いでいると、
「なんだ、一体? 何の騒ぎだ?」
目標がやってくる。
「来ましたわ! ヴィクトリア、参ります!」
「いってらっしゃいませぇ」
「止めないんですね」
「止めたくらいで止まっていただけるなら、私はこんなに苦労していません」
私がボソリと漏らしたその言葉にエトワール様が目元を抑えます。そんな私たちをしり目に、ヴィクトリア様は人ごみを押しのけ、一直線に声の聞こえる方へと吶喊!
「あ、私ったら足が滑った~」
なんてわざとらしいことを言いながら、ルクセント殿下めがけて超高速の突進を!
「うおっ!」
決めようとして見事に殿下に避けられた。
――殿下、鍛えられたのですね。成長なさって。
と、私が変な感動を覚える中、見事にルクセント殿下に避けられ、床に顔をたたきつけられたお嬢は、しばらく呆然とした様子で固まっておられましたが。
「……なぜ避けるのです?」
「むしろなぜ避けられないと思った。あの勢いでぶつかられたら危ないだろう」
――ごもっとも。
私とエトワール様が同時に頷きます。
ですがお嬢はめげません。一度やると決めたからには、お嬢はいつだって全力です。
ゆっくりと、殿下に背を向けたまま立ち上がり、制服についた埃をパンパンとはらい、そして、
「いやぁん! また足が滑った!」
「はははは! 足元から煙出しながら滑る足ってなんだ、ソレはっ!」
もはや手加減無用。お嬢は、マーシャルアーツの足さばきすら利用した神速の突撃を、殿下にかます。
しかし殿下もさるもの。身体強化らしき魔法の光を纏い、その場を跳躍。お嬢の頭上を三回転くらいしながら飛び越え、再び回避をなさいました。
突如食堂前で始まった、ロマウス最高権力者の子供たちによる闘争。
それに思わずと言った様子で拍手が送られる中、お嬢はちょっと泣きそうな顔になりながら、ルクセント殿下を指差します。
「る、ルクセントのくせに生意気ですわよ!」
「キッサマぁああ! とうとう殿下すらつけなくなったなぁっ! 何をたくらんでいるこのアイアンゴリラ!」
「き、筋肉はそんなについてなくてよ! 腹筋だってまだ割れていないんですから! 将来的にはフワフワモチモチになる予定でしてよ!」
「無理な目標を立てるんじゃない!」
「む、無理じゃないもん! 師匠だってボンキュッボンだもん!」
――お嬢、そこ今重要じゃない。
と、私が身振り手振りで示す中、お嬢はフーフーっ! と呼吸を整え、
「どうやら少々本気になる必要があるみたいですわね」
「奇遇だな……あの時の借り、ここで返す!」
「あの、ヴィクトリアは何をしにここに来たんでしたっけ?」
「もうそんなことよりも重要なことができたんでしょう?」
お嬢がこの年になるまで熱心に練り上げた体術。それをプロの戦闘者ではない、たかが王子に回避されるということは、すなわちお嬢の今までの努力が無駄であったと示すことに他ならない。
お嬢としては、それは許容できる事実ではなかったのだろう。
殺気すら伴うお嬢の無形の構えに対し、殿下は身体強化魔法をいくつも重ねがけし、その攻撃に備える。
そして、
「一撃ですわ」
「あの時の俺だと思うなぁあああああああああ!」
挑発のつもりだったのだろうか。皮肉げな笑みを浮かべ、指一本たてるお嬢に、殿下が疾走を開始する。
そして、
「シィッ!」
人の動体視力ではもはや取られられないほどの速度で放たれたお嬢の拳打。それが殿下の腹をぶち抜く!
「ぐあっ!」
だが、殿下は、
「まだ、だぁあああああああ!」
「なんということだ、お嬢の一撃に耐えるなんて!」
「あの、あれってデミドラゴンを一撃粉砕した攻撃なんじゃ?」
――応人用に手加減しているはず……。
と、誰に聞かせるわけでもない言い訳を私が内心で呟く中、衝撃に耐えきったことに笑いながら、殿下は一歩踏み出し、
「お、おれの勝ち……」
「知らなかったのですか? 拳打は連打できますのよ?」
躊躇いなく放たれた、お嬢の第二撃を顔面に食らい吹き飛んだ。