62 神獣の子育てと家出騒ぎ
「ちょっと、クオン!家出ってどうしたんだよ!もしかして、飛び出して勝手に来ちゃったのか?」
『いいの!だって冬は雪でもイツキの処に来れたのに、お母さん、雨期はお休みしよう、って言ったの!私は毎日イツキに会いたいの!』
……はあ?もしかして、俺に毎日会いたいから家出して来たってことかっ!!
クオンは確かに冬も大雪とかふぶいていなければ毎日来ていた。今日も朝が激しい雨が降っていたからお休みだっただけで、確かに家に来る率としてはクオンとロトムが一番高い。余程天候が悪い時以外は皆勤賞だ。
そんなクオンが母親に雨期はお休み、と言われたのなら、恐らくきちんとした理由があるのだろう。
「なあ、クオン。お母さんはなんで雨期はお休みしよう、って言ったんだ?」
ひしっと抱き着いて来たクオンを、布で濡れた身体をぬぐいながら聞いてみる。落ち着くように当然なでなでもしているぞ!
『狐火の訓練をしろって言うの!雨だと濡れても消えない訓練にいいからって。でも、今だって訓練はしているのに、イツキに会えなくなってまで訓練をしたくないの!』
イヤイヤと頭を振りながら胸元にすり寄るクオンが可愛くて、まだ生乾きな身体をギュッと抱きしめた。
クオンは一番俺に懐いてくれているもんなー。尻尾ももっふもふだし!可愛くて仕方がないな!でも、確かに訓練は大事だけど、クオンはまだ恐らく一歳にもなってないもんな。神獣だからしっかりしているけど、その神獣だからこそ確かにもうちょっと訓練にもゆとりがあってもいいのかもしれないな。ただ、神獣のことは俺は全然分かっていないからなぁ……。
「それでもしかして、訓練を放り出してここに来ちゃったのか?その時にお母さんは一緒だったのか?」
『……ううん。お母さんが居なくなった時に抜け出してきたの。だって、お母さんがいたら私、すぐに捕まっちゃうもん』
まあ、そうだよなぁ。でも、捕まるのはクオンも分かっててここに来たのか。
「……なあ、クオン。家出っていったって、お母さんはすぐにここに迎えに来ると思うぞ?だから、クオンがどうしても譲れない、って思うことを考えて教えてくれないか?そうしたら俺がお母さんの譲れない、ってことを聞いて、どちらも納得できるように考えてみるから」
『……うん。じゃあ、考えるからその間は抱っこしていてね?』
「ああ、分かったよ」
隣でドワーフ達に作って貰った子供用ベッドに寝ているユーラをチラッと見ながら、またぐりぐりと俺の胸元に頭をすり寄せたクオンに、最近俺がずっとユーラにつきっきりだったから、寂しい思いをしていたのかな、と気が付いた。
世界樹の新たな守り人のユーラのことは、子供達も種族が神獣、幻獣、精霊だからかとても大事に見守ってくれている。いつも朝、家に来た時は俺に挨拶をした後は決まってユーラの顔を覗いて行くのだ。
セランやロトムなどはたまにユーラの小さな手にすり寄ったりもしているし、ユーラを見守る顔は皆穏やかだ。
当然クオンも毎朝俺に飛びついて挨拶した後は、ユーラの顔を眺めて尻尾を振り振りしている。最近その揺れている尻尾をユーラが目で追っていたりして、その内俺のように手を伸ばしてもふもふするのでは!と思っていたりした。
だからユーラのことをクオンはちゃんと好いてくれているし、小さな弟のようにかわいがってもくれているけれども、やっぱり兄弟に下の子ができて母親が下の子の面倒を見るのに忙しくて、ちょっと寂しくなっちゃうような感じで寂しくなってしまったのだろうな。
まあ俺は母親じゃないけどな!……ん?でも、俺は皆の保護者でもないし、ただ預かっているだけだし保母さん的な?いやいや、保母じゃなくて保父さんな!母親じゃないからな!
「ふふふ。クオンは甘えん坊だもんな。よーし!じゃあ、久しぶりにちょっとだけ遊ぶか!」
クオンを抱っこしたまま立ち上がり、こっちを見ていたユーラの頭をそっと撫でると、抱っこしたクオンを高い高いをしてグルグルと回転した。
『キャー!もっと、もっと回ってー!』
「ほ~ら、ほ~ら、飛んでっちゃうぞーー!」
『キャハハハハ!もう一回!もう一回やって!』
ぐるぐる回転した後は、三人でまったり座っていたアインス達の上へポーンと放り投げた。ふかふかの羽毛の上で弾んだクオンは、顔を輝かせてポンっと飛び降りると俺へと突進して来た。
何度か繰り返すと、満足したのか来た時のどこか不満気な表情はなくなり、満面の笑みを浮かべていた。
んー。そういえば、ユーラが来てから、こうして子供達と遊んでないもんなぁ。ユーラの世話は手間はかからないけど、ずっとだっこかおんぶしているし、そうすると子供達と遊ぶとどこかぶつけるかと気になっちゃうからな。でも、最近ではユーラも大分感情が出るようになったし。ずっとつきっきりでなくても平気かもな。こうして子供達皆と遊ぶ時間をとるようにしよう。
満足そうに笑うクオンを抱っこし、全身を撫でてもふもふしながらそう考えていると、ふいに気配を入口の方で感じた。
「さあ、クオン。クオンはお母さんにどうしても譲れないことは何か答えは出たかな?」
『んーー……。訓練も、私の成長に大事だって、ちゃんと分かっているの。最近群れのお姉ちゃん達も訓練を頑張って、少し大きくなってたし。でも、そのお姉ちゃん達が私と同じ頃よりずっと私の方が成長しているの!だから、どうしても無理な時以外は、毎日イツキに会いたいの!』
「そうか……。クオン、もうすっかりお話できるようになったもんな。最初の頃はお話もできなかったのにな」
『うん!狐火だって、ちゃんと使えるのよ?ただ、どうしてもまだ小さい火しか出せないけど、それでも毎日ちゃんと頑張ってるの!』
よしよし、クオンは頑張っていてえらいな、と頭を撫でると、とってもうれしそうに笑った。
「と、いうことですが、どうでしょうか?こうしてユーラが誕生したことで、この世界が安定へと向かう為に神獣の成長も大事なことなのでしょうけど、俺にはそこらへんのバランスや成長具合などが全く分かりませんので」
『……そう、ですねぇ。確かにクオンはまだ生まれて約一年でしたねぇ。どんどん成長するので、逆に私の方が焦ってしまっていたようですねぇ』
『お母さんっ!イヤっ!私、帰らないの!イツキと一緒にいるの!』
スッと表から入って来た母親の姿に、クオンがイヤイヤと顔をふりつつ俺にしがみついたまま登って行き、俺の後頭部にしっかりとしがみ付いた。
ク、クオン、ちょっと指、指、痛いから!
そうは思ってもさすがにそう指摘できない雰囲気に、俺よりも大きな九尾の狐の優美な姿と相対して口を開いた。
「なあ、クオン。さっきちゃんと俺が話し合おう、って言っただろう?そう頭からお母さんを拒絶しちゃダメだぞ?と、いうことで、どうですか?クオンの言い分を認めて貰えますか?聞いた感じ、それ程無理でもないような気がしましたが」
クオンが言ったのは、きちんと訓練をするからできるだけ毎日ここに来たい、ということだけだ。ここから譲歩するとなると、クオンが毎日早めに帰って訓練の時間を増やす、ということになるだろうけど、そこまで急ぐ必要は俺的にも感じられないんだよな。これが訓練をしたくない、って言うなら、クオンを諫めるところだけど。
『はい。今回は私の方が悪いようですねぇ。クオンや。きちんと朝と夜に訓練をするなら、天候が悪い時以外は毎日来ることを認めますよ』
「ほら、クオン。お母さんもこう言っているぞ?」
『……うう。本当?あと、たまにはお泊りもしたいの。お泊りもしていい?』
『そうですねぇ。訓練で成果が出たら、その時はご褒美にお泊りをしてもいいですよ。それでいいですか、イツキさん』
「ええ、俺の方はお泊りは大丈夫ですよ。クオンが来ると、楽しいですしね」
家では賑やかなアインスとツヴァイもいるが、クオンがいるととても明るくなるのだ。
『……うん、分かった。じゃあ、明日から訓練、頑張るよ。でも、今日だけはお泊りしてもいい?』
『……フウ。仕方ないですね。では、明日は少し早めに迎えに来ますからねぇ?』
『うん、分かった!朝も自分で訓練しとくの!』
自分の言い分と今日のお泊りを認められ、喜んだクオンは俺の頭からポンっと飛んで、お母さんに抱き着いて行った。
やれやれ。これで一段落かな。俺ももっと子供達のことをきちんと一人一人みないとな。ちょっと反省だな。
こうしてクオンの家では一日で終わったが、お泊りの際にユーラがそっとクオンの尻尾に手を伸ばしていたのがとても微笑ましかったのだった。
家出、事件か!って感じでしたが、もふもふ回だったり。なのに長引かせて申し訳なかったです。
明日も更新できるように頑張ります。
どうぞよろしくお願いします<(_ _)>




