3 料理番になるようです?
そこにまたポトリと生肉を落とされ、さっさと食べろと促される。
「あ、ああ、ありがとう。じゃあ、焼いて食べてみる……か」
足元のまだ血がしたたる肉は、何の肉だかも知らない。だが、食べるしか今生き残る為には選択肢はなかった。
まあ、食べて肉が合わなくて死んだとしても、もう一度は死んだ身だしな。もう死ぬかどうかなんて気にせず、とりあえず食べてみるか。
焚火のように燃えている火と塊のままの肉を見比べ、このままどうやって焼いたらいいのかを考えて一度巣へ戻り、尖った小枝を見繕って何本か枝から手で折ると、火の傍で俺のやることを見ている親鳥に尋ねてみる。
「あの、水は近くにあったりするか?この肉と枝を洗いたいし、水も飲みたいんだが」
さっき泉で水は飲んだが、たったの一口だ。それからの急展開で、ひどく喉がかわいていた。
「……ピュー。ピィッ!」
面倒な、と言わんばかりにため息をつきつつ、巣のある逆側、崖の方を羽で示される。
やっぱり言葉が通じているんだな、と思いつつ手に肉と枝を持って巣を回ってみると、崖の途中からしみ出した水がチョロチョロと流れ出ていた。
「おお、これもキレイな水だな。どれ、一応飲んでみるか」
水に手を入れて洗ってから、手ですくって飲んでみると、泉よりかは少し土くさいが、それ以外の変な味はしなかった。これなら生水でも飲めそうだ。
水をたっぷり飲んでから、最初に枝を洗い、次に肉を洗ってから枝を刺してみる。
「うっ、やっぱりナイフか何かで先を尖らせないと刺さらないか……。ここには巣に使っている枝くらいしかないし、どうやって肉を焼こうかな……」
うーん、とあちこち見回してみたが、背には水が滴る崖、左手は切り立つ崖、前に鳥の巣と少しの空いたスペースに、右手は親鳥が起こしてくれた火と親鳥が横になっても余るスペースがあるだけだった。
そのどこもがむき出しの土さえほとんど見えず、岩山だけに岩と石で覆われている。
「ああ、この岩を使えばいいのか。石を組み合わせれば、かまどのようにできるかな?」
そこでとりあえず肉と枝を水場の石の上に置き、火の傍へ戻りながらあちこちに転がっている石を物色する。手頃な石を見つけたら火の傍で石を組んだ後は、大き目な平たい石を水場で洗ってから一番上へと乗せた。
「うん、これで肉くらいなら焼けるだろう。じゃあ、細い枝をいくつか集めて、かまどへ火を移そう」
何をやっているんだろうと、親子の鳥が見守る中、今度は巣へと行ってまた適当な太さの枝を集める。
巣に使っていただけあって、乾燥状態も良さそうだ。
両手で持てる分だけ選んだ枝をかまどの脇へ置くと、コの字へ組んだ石のかまどの中で枝を組んだ。
「ま、こんなもんかな。あとは火が上手く着けばいいけど……」
残しておいた細くて長めの枝を手に、次は燃え盛る火の方へ行き、枝を火の中へ入れる。
「おっ、やった!これならいけるだろう!」
燃え移った火を消さないようにかまどの前へ行き、膝をついてかまどの組んだ枝へと火のついた枝を入れる。
「消えないでくれよ……」
ふうっと息を吹き込むと、小さくなっていた火が大きくなり、他の枝へと燃え広がった。その火がしっかりと燃えているのを確認してから枝をくべて上に渡した平らの石が十分に熱せられるのを待つ。
濡れていた石から蒸気が上がり、乾いた石が熱を発してくると、水場から肉を持って来て石の上へと肉を乗せた。
じゅうっという音とともに、肉の焼ける匂いが辺りに広がる。
「ピュウー……」
「ピュイー……」
「ピピピピピッ!ピュイッ!」
なんとか洗った枝で肉をひっくり返していると、巣の方から騒がしい鳴き声がひっきりなしに上がる。
「ん?なんだ?ちょっと待ってくれよ。中まで火を通さないとならないからな。本当は肉をもっと薄く切れたらいいんだが、ナイフなんてないしなー……」
ついでに調味料も全くない。
騒ぐ雛の様子は気にはなったが、今は焼ける肉から目を離さずにどこも十分に火を通すようにだけ神経を使う。
縦にしたり、横にしたり、斜めにしたりしつつ、一塊もある肉が焼きあがる頃、ドサッと目の前に肉の塊が上から落とされた。
「えっ?」
顔を上げると、すぐ上に親鳥の姿がいつの間にか居て、嘴で後ろを見ろと促した。
そーっと後ろを見ると、巣から半分以上乗り出すように三匹の雛がバタバタしていた。さっきまで夢中で食べていた獲物の肉は、途中で放り出されている。
「……も、もしかして、肉を雛の分も焼け、ってことか?」
「ピュイッ」
クコンと親鳥に頷かれ、雛たちにはまたピュイピュイ鳴かれた。
あー、確かに肉が焼ける匂いって、食欲を誘うもんな。普段は生肉しか食べたことがなくても、食べたくなるか……。
「フウ……。わかったよ。雛たちなら半分レアでも大丈夫だろうしな。ただ一度には焼けないからな?あと、鋭い刃物なんてないよな?刃物ではなくても、肉が切れればいいんだけど」
一度に焼くなら、大きな塊肉よりも切って焼いた方が効率が何倍もいい。ついでに俺は丸かじりよりも薄切りにした肉を食いたい。そう思って親鳥に尋ねてみると。
じっと俺の顔を見つめた後、ふいっと飛んで行ってしまった。
「ん?もしかして、刃物を取りに行ってくれた、とか?まさかな?でも……俺の言葉が分かっているみたいだしなぁ」
んー?とつい考え込んでいると、焦げた匂いとぶすぶすと黒煙が立ち込めて来た。
「うわっ!焦げちゃってるよっ!せっかく焼いたのに!いいか、お前ら。今焼いてやるけど、大人しくちょっと待ってろよ!」
慌てて肉を転がし、近くの石を水場で洗うとその上へ焼けた肉を乗せた。
「ピュイ、ピュイッ!!」
「ピュウー、ピュイッ!」
「ピピピッ、ピピピピピッ!!」
その肉を見て騒ぎ出した雛たちに、慌てて肉を遠くへ遠ざける。
「だからちょっと待てって!これをやってもいいけど、まだかなり熱いから!もうちょっと冷めないと、お前達は食べられないだろうよ!」
「ピィーピュイッ!」
「ピュイ、ピュイッ!!」
「ピィー、ピピピッ!!」
「大丈夫だから寄こせって言っているのか?……でも鳥って、こんな熱い物食べて大丈夫なのか?」
子供の頃に犬は飼ったことはあったが、鳥は飼ったことはない。でも、犬も熱い物はダメだった筈だ。
確か、テーブルから落ちた肉をそのままジロウ(飼い犬の名前)が口でキャッチした時も、慌てて吐き出していたもんな。
どうしたもんかと雛たちとにらみ合っていると、そこへバサバサという羽音と共に親鳥が戻って来たようだ。
「ピイーーーーーーッ!」
一声甲高く鳴くと、騒がしかった雛たちの声が止んだ。
親鳥の方を振り返ると、まだ焦げて湯気を立てている肉の塊を、パクッと一口で飲み込んだところだった。
「え、えええーーーーーーっ!!」
「「「ピュイーーーーーッ!!」」」
思わず俺と雛たちが揃って声を上げると、フンッと鼻息を返された。
あれ?もしかしてこれは親鳥の分も、今後は俺が肉を焼かなければならない、とか?それに熱い肉を食べても平気みたいだな。まあ、さっき火を吐いたくらいだから、火に強い種族なのかもしれないな。
茫然としながらそんなことを考えていると、ポイッと手に持っていた物を投げ渡された。
「へ?あれ、これ、カバン?かなり古いみたいだけど、もしかして森にあったのか?」
「ピィッ!」
いいから開けてみろ、と促され、カバンを手に取ってあけてみると、トートバックくらいの肩掛けのカバンなのに中に入っている物も底も見えなかった。
「えっ、なんだこれっ!!も、もしかして、これってファンタジー定番のマジックバッグってヤツなのか!?」
真っ黒で歪んだ空間だけがあるカバンの入り口を恐々と見ていると、早くしろ、とばかりにまた親鳥にせっつかれた。
そこで恐る恐る手を入れてみると、頭に知らない言葉の羅列が浮かんだ。
「うわっ、もしかしてこの世界の言葉か?ああ、そうか。俺が話しているのは日本語で、別に異世界転生特典の言葉の自動翻訳とかはされていなかったのか!」
俺の魂はこの世界産だと魂の管理官は言っていたが、だからといってこの世界の言葉が分かるかといったら自我が斎藤樹なだけに無理だ、ということだ。
これは人里へ行っても、どうにもならなかったってことか!でも、この親鳥には言葉が通じているんだよな?なんでだろう?
そっちの方が不思議か、と思って親鳥を見上げると、鬱陶しそうに大きな嘴でガツンと頭をつつかれた。
「イタッ!死ぬ、そんな大きな嘴でつつかれたら、人なんてひとたまりもないからっ!!」
『今更お前を殺す訳ないだろう。殺すなら、最初から殺しているわ!いいから、さっさとカバンから必要な物を取りしてみろ!』
「まあ、そりゃあそうだけどさ。でも、このカバンの文字が分からないから、中に何が入っているか……ってんん?」
今、低い声がしたよな?
そーっと顔を上げると、また親鳥に「フンッ」と鼻息を飛ばされた。
もしかしなくても、今、しゃべったのこの親鳥、だよな?しかも、なんか言葉が日本語に聞こえていたような……?
そんな、まさか、と思いつつ、目線に促されるままカバンへ手を入れると、今度はさっきとは違って、日本語で中に何が入っているかが聞こえたのだった。
……ねえ、もしかして。いや、もしかしなくても、この真っ赤な大きな鳥、は、神様とかそれと同等の存在、だとか……?ハハハハ……。俺って、世紀の列車事故に巻き込まれて死んだのに、実は運が良かったんだったりして?
いや、良かったとしても悪運では?と突っ込む自分の声を聞きつつ、無言でカバンの中見を確認したのだった。