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猫屋敷  作者: 夏目 凪海
8/11

さすらいの一匹猫とさみしやの少女。

挿絵(By みてみん)

レオが捕まる檻の前に現れた男は、自分の名を呼ばれ、彼に不敵な笑みを送る…。


「まさか…こんな簡単に捕らえられるとはな…。さすが…ローズの考えだ」


レオは黙ったまま、男を見つめ続ける。


「お前…猫に化けるそうだな。……猫になってもいいようにお前の手枷と足枷は特別なものにしてある。…身体に合わせて自在に大きさが変わるんだ…。すでに体感済みだろ。くく……逃げられなくて悔しいか?…それとも……俺が憎いか?…」


男は不敵な笑みを浮かべたまま、挑発するように低い声で一人話し続ける。


「……お前に俺の考えていることは分からない」

とレオは静かに呟いた。


「くくく……興味もない。……雑魚(ざこ)の息子の考えることなど…どうでもいい」

そう言ってレオのことを見下し笑う男。


レオは俯き、身体の後ろで(こぶし)を強く握り込む…。


「お前は不死になったようだが、ここからは一生出られない…。(キー)はいただく。あー…お前の嫁になったそうだな?…奪われたら辛いか?……ついでにお前が大切にしていそうなあのふざけた屋敷も壊してやろうか……そうしたら…お前はどんな表情をするだろうか……くくく」


ニヤつきながら、レオを煽り続ける男。

そんな中、レオはゆっくりと目を閉じ、握り込んだ手をゆっくりと開く…。


「…好きにすればいい」


静かに目を開きながら顔をあげ、レオは微笑む。


「あの屋敷にも…彼女にも……俺は何の未練もない。ただ…長期間、身を隠すのに便利だっただけ」


レオは微笑んだまま、静かにそう言った。


「この……ムカつく……その笑みを向けるな……その笑みを見ると…はらわたが煮えくり返そうなほど……腹が立つ…!!!……必ずお前の全てをぶっ壊して…絶望に満ちた表情に変えてやる……!!!…必ず……!!!…」


男は唸るように言い、檻の柵を殴る。

ガンッという音が牢屋中に響き渡る。


「……狼さん」


そこへ2人の間を遮るように、色気のある穏やかな口調で呼び止める女の声が聞こえた。


「ローズ…か」

唸っていた男は落ち着きを取り戻し、振り返って女を見る。


「手下たちがお呼びよ。会議のために集めていたでしょう…?」

女は余裕ある雰囲気で男に近づき、耳元で囁く。


「そんな時間だったか……」


女は一瞬レオの方に視線を向け、彼と目が合う。

レオに微笑みかけ、その場を後にする。


男も一度、レオの方に視線を向け…「まぁ…。楽しみにしてるんだな、くく」と再び不敵な笑みを浮かべ立ち去っていった。


微笑んでいたレオの口元は、徐々に下がっていき、真剣な表情へと戻るのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


時は戻り…1月6日、突然訪問してきた猫たちの正体がひいおばあさまのルナと新しい相棒猫のレネだということを知る。


ルナからレオが〔狼の子〕だと聞かされたキトだが、ルナの話を聞いているうちに、彼に対し迷いの感情を抱いてしまったことを反省する。


そして、次はルナが彼との出会い話を聞かせてくれるという。


「私の両親はとても忙しくてほとんど家にいなかったの。話し相手と言えば、住み込みメイドのミモザと猫たちだった。一人っ子で兄弟はいないし、山の中に住んでいたから同年代のお友だちもいなかったの。両親は親戚との仲も悪かったから会うこともなかったし。ミモザは優しくていい人だったけど、家事で忙しいから遊んでくれることはほとんどなかったから、猫たちと遊んでたわ。それでも両親に放っておかれている気がしてずっと寂しい気持ちだった」


語り始めたルナの声に、キトは黙って耳を傾ける。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「じゃあ、ミモザ。ルナのことお願いしますね?ルナ、いい子にしてるのよ」


ルナが5歳の時、両親は仕事でほとんど家におらず、メイドのミモザがルナの世話をしていた。


ミモザはまだ若く16歳、金糸雀(かなりあ)色の髪の毛を二つに束ねている小柄な娘だ。

ルナの両親の仕事仲間だった彼女の両親は、仕事中の事故で2人とも亡くなってしまった。

行き場をなくしたミモザはルナの家でメイドとして働くことになったのだ。


この日も、ルナの両親は前の日に一度帰ってきて、朝にまた出かけていってしまうところだった。


ルナは口を尖らせ、頬を膨らませて、怒っている気持ちを表すが…両親は気づいてくれなかった。


両親が出て行ってしまった後の寂しい気持ちを(なぐさ)めてくれるのは猫たちだった。


「ミモ…お外行ってきてもいい?」


朝食後、キッチンで皿洗いをしているミモザに尋ねる。


「もちろん、いいですよ。でも、あまり遠くにはいかないでくださいね?あと日が落ちる前には戻ってくださいね」

ミモザは優しく返事をした。


ニコニコの笑顔で頷き、お気に入りの猫耳がついた紫色の帽子をかぶり、元気よくルナは外へ出て行った。


猫の一族では、ほとんどの者が相棒猫を作る。

けれど、ルナには特定の相棒猫はいなかった。


外に遊びに出ると、近くに住んでいる猫たちが彼女を囲むように集まってくる。

寂しいルナの話し相手になり、遊び相手になってくれる猫たちが彼女は大好きだった。


その日、ふと猫たちから新入り猫の話を耳にした。

川の近くの木の上に、金色の猫が住み始めたというのだ。

その猫は、近所ででかい態度をとり、猫たちに恐れられていた大柄のボス猫に屈することなく、ボス猫の目の仇にされていた一匹の猫を(かば)ったということで、猫たちの間では噂になっていた。


何と今日そのボス猫と決闘するというので、猫たちは見に行こうとルナも誘った。

彼女もその猫が気になり、様子を一緒に見に行くことにした。


川の側に行くと、睨み合う2匹の猫がいた。

2匹は、ルナも知っている近所で恐れられているいかつい大柄のボス猫と、金色のような毛が輝く緑の瞳が美しいイケメン猫だ。

木陰からこっそり見守る彼女は、その美しい猫に見惚れた。


「俺の食い物を奪った奴を庇ったお前は、俺に宣戦布告してきたということだ」

と偉そうに言う大柄のボス猫。


しかし、金色の猫は黙ったまま、何も言わない。


「おい!答えろよ!」

大柄のボス猫は、立っていた耳を水平にし、しっぽをピンと上にあげてぼわっと膨らませ、怒りをあらわにしていた。

ボス猫の恩恵を受け、味方についている猫たちも金色の猫を威嚇する。


近所では大柄のボス猫側と、そのボス猫につかない猫たちとで縄張り争いが絶えなかった。

ボス猫側につかない猫たちとルナは仲良くしてたので、一緒に見に来た猫たちと金色の猫を応援した。


「俺たちの縄張りを荒らしておいて、黙ってんじゃねぇ」

ボス猫がさらに威嚇し、金色の猫に圧をかける。


見ている猫たちは大柄のボス猫の気迫にたじろいだ。

けれど、金色の猫は全く恐がる様子なく、黙ってボス猫を見つめていたのだ。

ルナは堂々たるその姿にさらに惹かれた。


「縄張りを荒らしてしまったことは謝るよ」

と一言、金色の猫が言葉を発し、頭を下げた。


ボス猫は普通に謝ってくるその猫に驚いて、戸惑った。


「謝ればいいって問題じゃねぇ!いいから、俺と決闘しろ!」

ボス猫は大変お怒りだ。


「…俺は戦うつもりはないよ。ただ困っている様子だったから彼を助けただけで、縄張りを奪うつもりもない」

と金色の猫は、穏やかな口調で続ける。


「そっちから来ないなら、こっちから行く!」

そう言って、金色の猫に向かってボス猫と味方の猫たちが突進してきた。


その瞬間、何故か彼らに向かって突風が吹き、突進してきたボス猫たちは空に浮かび上がった。

そのまま川を挟んだ向こう側まで運ばれ、ゆっくりと地面に降りた。

ボス猫たちはキョロキョロと辺りを見渡し、戸惑っていた。


突風が吹いた瞬間、金色の猫の瞳がキラリと光ったような気がした。


金色の猫は周りにいる猫たちに目もくれず、木の上まで登っていってしまった。


様子を見ていた猫たちも何が起きたのか分からず、戸惑った。

一方で、ルナはこの不思議な金色の猫と“絶対お友だちになる!”と決意を固めていた。


その日は猫たちに囲まれていたため、次の日から金色の猫に声をかけに行くことにした。

しかし、必ず大柄のボス猫が喧嘩を売っていて、近寄りがたい雰囲気だった。

それでもタイミングを(うかが)って毎日その木の傍に顔を出した。


すると、あの事件から5日後のこと、喧嘩を売ってくるボス猫の姿はなかった。

何でいないんだろうと思ってみていると、やはり現れた。

“またか…”と思い、ため息をつくと、いつもと様子が違う。


「魚、獲ってきやした!食べてくれ!」

おっとボス猫が金色の猫にひれ伏しているではないか。


「気持ちはわかったから、持ってこなくていいよ。自分たちで食べなよ」

と金色の猫は、ため息交じりに返す。


「いやいや!お礼だから!!ここ置いてくから食べてくれ!いいな?!」

そう言って、ボス猫は上機嫌で木の下に獲れ立ての川魚を置いて立ち去っていった。


何があったのかは分からないが、とにかく金色の猫に話しかけるチャンスだ。

ルナは気合いをいれて、木の下まで駆け寄った。


金色の猫は木の下まで降りてきて、ボス猫が置いていった魚を咥えて木の上に戻り、食べていた。


「ねぇ!おうさま猫さん!」

見上げて、食べている猫にルナは大声で話しかける。


金色の猫は、声をかけてきた少女に視線を向けた。

ルナは嬉しそうに笑って、「おうさま猫さん!お魚美味し?」と尋ねる。

金色の猫は特に何も答えず、黙ってこちらを見てきた。


「ねぇおうさま猫さん!私のお友だちになって!」と元気いっぱいに言うルナだったが、金色の猫にふいと無視されて終わった。


あまりにもきっぱりと断られた感じがして、ルナは頬を膨らませて拗ねた。

その日は、思い通りにならず怒りながらお家へ帰っていった。


その日から…諦めないさみしやの少女と、無視し続けるさすらいの一匹猫の勝負が始まったのだ。


―――――


数日間、毎日朝食後に会いに来て、夕方になるまでルナはずっと木の下に居続けた。

何度も「ねぇ!」と声をかけるが、金色の猫は答えない。


こちらを見てもくれないので、ルナは1人で話し続けた。

両親が忙しくて帰ってこないこと、お友だちは猫であること、猫と会話ができる一族であること、今日はミモザが何を作ってくれたか、猫たちとの面白いエピソードなど自分の話をし続けた。


仲良くしている猫たちに「もう諦めたら?」と何度言われても、彼女は諦めたくなかった。

少女は雨の日も風が強い日もめげずに通い続けた。

次第に猫たちも木の下に集まり始め、一緒になって呼びかけてくれることも増えた。


あれから2週間近く経とうとしていた頃、痺れを切らした少女は問いかける。


「んーもう!…ねぇー!!何で返事しないのー!」

森の中に響くような元気で大きな声だ。


それでも猫は無視をし続けた。

ルナはまた頬を膨らませ、拗ねた顔をする。


「…むぅ…。いいもん!あなたが返事してくれるまで毎日来ちゃうもん!!これからもずっと!!」

そう、また大声で投げかけた。


ずっと目を瞑り、無視し続けた金色の猫が目を開き、少女を見た。

驚いているのか目をまん丸にしていた。


「あー!やっとこっちを見てくれた!えへへ、返事してくれる日も近いね!」

屈託のない笑顔で、真っ直ぐ金色の猫を見る少女。


ところが…金色の猫は呆れたのか飽きたのか怒ったのか…また目を瞑ってしまった。


「何でー!せっかくこっち見たのにー!」

そう言って、またぷくっと頬を膨らませて怒る。


「…もういいもん!」

少女は怒って、ぷいっとそっぽを向いて歩いて行ってしまった。


金色の猫は顔を上げ、立ち去っていく少女を見ていた。

棘のある態度だった猫だが、少女を見つめる彼の瞳からは優しい雰囲気を感じる。


―――――


そして…ついにさすらいの一匹猫とさみしやの少女が交わる日が来る。

それは、少女が「毎日来ちゃうもん!」と宣言してから、17日後のことだ。


いつも元気いっぱいだった少女は、大泣きしながら木の下にやってきたのだ。


両親が帰ってきたはいいが、2人で喧嘩ばかりしていて、止めようとしたルナのことを「うるさい!」と父親が叩いたためだ。

大泣きしながら、何があったのか、何が辛かったのか、哀しかったのか…必死に金色の猫に訴えた。


肩を震わせ、身を縮め、小さな身体が枯れてしまいそうなほどの大粒の涙で泣き続ける少女。

それを見た金色の猫は、初めて木の上から降りてきた。


それに気づかず泣き続けるルナだったが、足元にふわっとした感触を感じ、その事実に気づいた。


「おうさま猫しゃ……うぅ」


金色の猫は何も言わないが、足元に身を寄せて横になった。

ただ黙って目を瞑って傍にいた。


「おうさま猫さん…ぎゅってしてもいい…?」


大きな紫色の瞳を潤ませながら、少女は震えた声で尋ねる。

金色の猫は何も答えなかったが、一度少女を見て、黙って目を瞑り直した。


「いいの…?」

いなくなろうとしない金色の猫を見て、少女は隣に座り込み、猫の身体を引っ張り上げて太ももの上に乗せた。


「あったかいね…おうさま猫さん思ったより軽いのね」

ギュッと抱き締めた猫の温かさを感じ、少女の涙は少し落ち着いた。


その日は話こそしなかったものの、距離が近づいたのだった。


―――――


それから、木の上と木の下の関係から、一緒に木の下で過ごす関係に変わった。

一緒に過ごしているところに、たまに他の猫たちも混ざった。


金色の猫はほとんど話さないが、ルナの話を傍で黙って聞いてくれた。

それだけでもルナは嬉しかった。

意地でも無視し続けたおうさま猫さんが傍にいてくれるのだから、嬉しくないわけがない。


ある日のこと…「ねぇおうさま猫さん。いつになったらお名前を教えてくれるの?」と尋ねるルナ。


金色の猫は「…名前はないよ」と呟いた。


「え、お名前ないの?…んーじゃあ。私がお名前つけてもいい?」

瞳をきらきらと輝かせ、猫を見つめる少女。


「…いいよ」

あまりにもきらきらの瞳で見つめてくるものだから、断れなかった金色の猫。


「じゃあ…おうさま猫さんだから…レオ!」


「…レオ…?」


「うん!猫科のおうさまはライオンさんなの。ライオンさんのことをレオっていうの。ミモザにこの前教えてもらったんだ。おうさま猫さんだから、ぴったりでしょ?」

ルナは自信満々な様子で胸を張った。


「…前から思ってたんだけど、どうしておうさま猫さんなの?」

不思議そうにルナの顔を覗き込むレオ。


「だって、あの大きなボス猫に勝ったのよ!だからおうさま猫さん!」


「…そっか」


「ねぇ、どうしてボス猫さんはレオにお魚持ってくるの?」


「あの猫の子猫を助けたんだ、川に落ちそうだったから。そしたら、持ってくるようになっちゃった。断ってるんだけど…」


またため息交じりに言い、川の方を見つめるレオ。

相変わらずボス猫はおうさま猫さんに魚を貢ぎにくるようだ。


「わぁやっぱりレオってかっこいい猫さんね!」


「そんなことないよ…」


「あるの!!あ……ルナの家族ね、みんな猫さんのパートナーがいるの。でも、私にはパートナーがいないの。ねぇ、レオがパートナーになってよ!」

期待の眼差しでレオを見つめるルナ。


しかし…「それは無理」ときっぱり断られてしまった。


「えー!何で?せっかくお話できるようになったのに…まだルナのこと嫌いなの?」

レオの顔に顔を近づけてじーっと真っ直ぐ見つめる。


「前から嫌いなわけじゃないよ…でも、だめなんだ」

レオはそう呟き…視線を逸らして、そっぽを向いてしまう。


「むー…私はレオがいいのに」

また拗ねて頬を膨らませるルナ。


「ごめんね」と一言、優しい声で謝るレオ。


パートナーにしてはもらえないものの、話し相手にはなってくれるのでルナはめげずに通い続ける。

近所に住む猫たちもすっかりおうさま猫さんのレオに懐いていた。


いつも、昼間のその木の下はルナとレオと猫たちで賑わった。


―――――


一緒に過ごす中…レオの秘密を知ることになるのは、初めて会った春の季節から秋の季節になった頃だ。


この日、夜遅くにルナの両親が帰って来た。

部屋で眠っていたルナはそれに気づいて、嬉しさのあまり飛び起きた。

一度必要なものを取りに戻っただけで長居をするつもりはないみたいだったが、ルナはもちろん喜んだ。


ルナは両親と話したくて話したくて、必死に声をかけようとするが、両親はまた口喧嘩をしていた。

“せっかく会えたのに…またけんかしてる”とルナはキュッと拳を握り、涙を堪えた。


寂しさを笑顔に変え、両親の喧嘩を止めようと声をかける。

しかし、父親は少女の心遣いを無下にしてしまう。


「うるさい!邪魔するんじゃない!なぜ起きてきた、子どもは黙って部屋に戻って寝てろ!」

そう怒鳴って、ぐさりと胸に突き刺さる言葉を吐き捨てた。


さらに屋根裏部屋から様子を見に降りてきたメイドのミモザに対し、なぜちゃんと寝かしつけないのだと怒鳴りつける。


2人に対し怒鳴る父親を見て、母親はさらに怒り、喧嘩が悪化してしまった。


“またはじまちゃった…”


幼いルナには、もう限界だった…。


ミモザはルナをつれてベッドに寝かせる。

まだ若く立場の弱いミモザには両親の喧嘩を止めるほどの度胸や知恵を持っていなかった。


「ごめんね、ルナちゃん…」

と一言哀しそうに謝り、部屋を後にした。


ミモザがいなくなった後、すぐに寝間着のまま…裸足のまま…窓から外へ飛び出した。

ルナは心の拠り所へ一直線で向かった。


大粒の涙が溢れ出し、視界がぼやけ始めたが、必死に走った。

いつもの木の下まで来ると、ぼやけた視界に木の下に座る見たことのない人間の姿が映る。


ルナは涙を袖で拭いながら、その人間に声をかけにいく。


「あの……お兄ちゃん…」

声を震わせながら声をかけ、おうさま猫のレオが木の上や周りにいないか見渡すが見当たらない。


声をかけられた青年は、目を丸くしてとても驚いているようだ。

月明りに照らされ、さらりとした美しい金髪が光り輝いていた。


“このお兄ちゃん…どうしてびっくりしてるのかな”とルナは不思議そうに青年を見つめた。


「どうしたの。こんな夜中に…」

青年は真剣な表情に変わり、穏やかな声で尋ねる。


ルナはその声を聞き、驚いた。


「……レオ?」


常識にとらわれない幼い彼女は、猫が人間になるなんて信じがたいと思う前に、聞き覚えのあるその優しい声に反応した。


「…レオ…どうして人間になってるの?」


驚きからか、好奇心からか、すっかり涙は収まっていた。


「……俺は。レオじゃないよ」

声を詰まらせながら、静かにそう返す青年。


「うそつき!絶対レオだもん。そのやさしい声は絶対レオだもん…」

また泣き出しそうな顔になり、声が震え始めた。


泣いてしまいそうな少女をみて、たまらなくなってしまった青年は…大きな手で少女の頭を優しく撫でる。


「ごめんね……そう、俺は君が〔レオ〕と名づけた猫だよ」

と微笑みながら、優しい声で返した。


「へへ、やっぱり!」

撫でられ、嬉しそうに笑うルナ。


「よく分かったね…見た目が全然違うのに」


「わかるもん、レオはレオだもん。ルナはやさしいレオの声が大好きなの」

満面の笑みを見せ、飛びついてぎゅっと彼を抱き締める。


「そっか…ありがとう」

抱き締めてきた少女の背中を優しく撫でてあげる青年。


「それで…こんな夜中にどうしたの?」

夜中に泣きながら飛び出してきた彼女を心配して、抱き締めながら尋ねる。


ルナは先ほどの出来事とその時の想いを全て打ち明けた。

その話を聞いたレオの表情はとても哀しそうだ。


「…お家、帰ろうか」


全ての話を聞いて、レオはそう呟いた。

もちろん、ルナは「やだ」と拒否した。


それでも「大丈夫、俺が傍にいるから。一緒に帰ろ」と優しく微笑むレオ。


家に帰るのは恐かったが、レオの微笑みに安心感を覚え、ルナは小さく頷いた。


レオは小さなルナの手を握り、そのまま家へと向かった。

背の高さが大きく違うため、レオは前かがみになって歩く。

ルナに道案内され、家までたどり着くと、家の中から相変わらずの喧嘩声が聞こえてくる。


レオは、自分の手に包まれるルナの小さな手に力が入るのを感じる。


「…大丈夫。俺に任せて」

しゃがみ込み、ルナと目線を合わせて、小さな両手を優しく包むレオ。

ルナは大きなレオの手で包まれ、心が温かくなる。

彼女が頷いたのを確認してから、レオは家の扉をノックした。


喧嘩に夢中でその音には気づかない。


レオはそのまま扉を開けて、中に入る。

人が入ってきたことに気づいて両親は視線を彼に向ける。

ルナはレオの手を離して、彼の足にしがみついて後ろに身を隠した。


「なんだ、お前」

父親は彼を睨みつけた。


「こちらのルナさんを家まで送りに来ただけですよ」

と穏やかな声で微笑み返す。


ルナは恐る恐るレオの後ろからひょっこりと顔を出した。


「お前、こんな夜中に外に出たのか?部屋で寝ろと言ったのに、俺の言うことを聞けなかったのか」

父親はまた怒鳴りたて、レオの後ろにいるルナの腕を掴んで自分の方へ引き寄せて、もう片方の手をあげた。


また叩かれると恐れて、ルナは目を閉じた。

レオは父親のあげた手をとり、ルナの腕を掴む手をそっと彼女から離す。

ルナはまたレオの後ろに身を隠した。


「何をする…」


「怒鳴っても…叩いても…何も解決しないですよ」

真剣な眼差しで父親を見つめるレオ。


「赤の他人が口出ししてんじゃねぇよ」


「彼女は、その赤の他人の元へ助けを求めに来たんですよ…」

そう言い、今度は凍りつくような冷たい瞳で、父親を見据えた。


父親は冷静な正論とその冷たい瞳に一瞬たじろぐ。


両親の喧嘩とは違う騒ぎが起きていることに気づき、恐る恐る屋根裏部屋にいたミモザが降りてきた。

知らない青年と父親が睨み合っており、戸惑った。


「ミモザ、ルナを部屋に戻した後、何で眠るまで確認しなかったんだ。勝手に外へ出て行ったんだぞ」

ミモザに気づいた父親は、怒る矛先を彼女に変えた。

すっかり父親に脅えているミモザは、身を縮め、頭を下げた。


「…とにかく怒鳴らないと気が済まないみたいですね」

呆れたように呟くレオ。


レオは手元にやんわりと緑の(もや)を出し、手を上げ、顔の傍で開いた手をきゅっと閉じる。

すると、父親の口は閉じて開かなくなり、もごもご言いながら父親は慌てた。


「一度そこに座っていただけますか?」

とソファを手のひらで差して、指示するレオ。


父親は戸惑いながらも、口を聞けなくされていることもあり、嫌々言うことを聞いてソファに座った。

「お2人も」と言われ、母親とミモザも戸惑いながら空いている席に腰かける。


「…レオ…どうしてお父さん、怒らなくなったの?」

レオの後ろに隠れて目を閉じていたルナは、静かになった部屋に気づいて目を開き、見上げてレオに尋ねた。


「大丈夫…ルナも座ろうか」

レオはルナの手を取り、空いている椅子に座らせてあげる。

彼は座らず、ルナの座る椅子の後ろで立っていた。


「…ルナ、今まで俺に話してくれた気持ちを話してごらん?」

後ろから優しいレオの声が聞こえ、ルナは勇気を出して口を開いた。


「うん…。…あのね、ルナ…ずっと寂しいの。お父さんもお母さんも…お家にいなくて…。帰ってもけんかしてて…ルナとお話してくれない。お父さんはすぐ怒って…やさしいミモにもひどいこと言うから……こわい。……少しだけお話してくれたら……それだけなのに……。…すぐ怒るの……。ルナのこと…嫌いなの?」

また涙が溢れ出し、声を詰まらせ、肩を震わすルナ。


小さな少女が涙を流しながら、想いを打ち明ける姿をみて、メイドのミモザはたまらなくなる。

彼女も涙が溢れ、口元に手を当てて必死に声を抑えているようだ。


大泣きし始め、言葉が出てこなくなってしまったルナの背中をレオは優しく撫でた。


「彼女の想いは伝わりましたか…?…それで。お2人はいつも何を揉めていらっしゃるので?」

真っ直ぐ両親を見つめて尋ねるレオ。


父親はレオのことを睨みつけていたが、ルナの涙をみて心苦しくなった母親がそっと口を開いた。

そして、「仕事のこととか…ルナの将来のこととか……意見が合わなくて」と呟く。


「そうでしたか。詳しくは聞きませんが…一つだけ彼女の友人として言わせてください」

レオの表情はとても真剣で、母親も父親もミモザもその表情に釘付けになった。


「一緒に居られる時は永遠ではありません。彼女が大きくなって家を出ることもあるかもしれない…もしかしたらお2人の身に何かが起きるかもしれない……。失ってから後悔しても遅いんです…」

そう静かに言うレオの声から、哀しさを感じた両親は、一瞬言葉を失う。


「喧嘩するなとは言いません。けれど…せめて彼女と一緒にいる間は…まだ小さな彼女の手を握ってあげてください…彼女の話を聞いてあげてください……。それだけでもいくらか寂しさは和らぐものですから」

優しいレオの声と切なさが混じる言葉に、両親を失ったミモザは心打たれ、さらに涙を流した。


向かい合わせに座るルナの手と母親の手をとり、2人の手を重ねてあげるレオ。

続いて父親の手もルナの手が真ん中になるように下から重ねさせる。


そして、泣いているミモザを見つめ、“貴女も”と言うように微笑む。

ミモザも恐る恐る母親の手の上に重ねた。


「えへへ…あったかい…」

とルナは嬉しそうに笑った。


しばらくルナの手を握っていなかった両親は、前より大きくなった手に気づく。


「……気づかないうちに大きくなってるのね…ルナ」

母親もミモザ同様に涙が溢れ、泣き出した。


口を閉じられてしまった父親は何も言えなかったが、彼の瞳は涙を流す3人を見て動揺しているようだった。


“みんな心の奥の本音を…”


そう心の中で呟き、手のひらの上に緑色の靄を出し、その靄が両親とミモザの喉にすーっと入り込む。

レオは彼らに魔法をかけたのだ。


今度は顔の横で閉じた手を開き、父親にかけた魔法を解く。


すると、今までレオを睨みつけて恐い顔をしていた父親までも涙を流し始めた。

今まで溜まっていたものが溢れたのか、涙と鼻水とぐしゃぐしゃになるくらいに泣き崩れる父親。


その父親を見て、母親もミモザもルナも一緒に涙を流す。


しばらく言葉は出てこず、それぞれの手の温もりを感じながら…ただひたすらに泣き続ける家族。


少し落ち着いてきたのか、父親が言葉を発した。


「……みんな。怒鳴ってすまなかった」


その言葉に家族は驚いて、父親を見つめた。


「本当はこんな自分が嫌で嫌で仕方がないんだ。でも…どうしようもできなくて…。込み上げてきた言葉を抑えられないんだ……。私は父親失格だ…。赤の他人に諭されるとは……情けない。仕事が上手くいっていないんだ…それで常にイライラしている…。だから、母さんにもルナにも……ミモザにもきつく当たってしまう……。ごめんな…本当にごめんな………」


大粒の涙を流しながら娘を見つめる父親の眼差しには、申し訳なさと自分への情けなさ…色々なものが混じっていた。


「…いいえ。私こそ…母親失格だわ……。ルナ…ごめんね。色々なことで頭がいっぱいで…あなたに気を配る余裕がなくなっていたの……。でも…だからって傷つけちゃうのはだめよね……。ミモザにも謝らないと…本来私たちがすべき仕事を全て任せているのに……いつもお礼も言わず怒るばかりで……ごめんなさい。…それにあなたも…仕事で悩んでいることを知っているのに…力になるどころか文句を言うばかり……私はわがままでだめね……。ごめんなさい…あなた」


母親も大粒の涙を流して、心の底にあった気持ちを言葉に出した。


「……ルナちゃん。…いつも一緒にいるのに…力に慣れなくてごめんなさい」

真っ直ぐルナを見つめ、ミモザはただそう呟いた。


「ミモはいつもやさしくて大好きだよ…!ミモはなにも悪くないよ…!」

とミモザの言葉に反応して、ルナが言った。


「ルナちゃん…ありがとう…。私も…ルナちゃんが大好き…。だから…寂しそうなルナちゃんをみていつも辛かったの……でも恐くて…傍にいることしかできなかった……」

肩を震わせながら、か細い声で言うミモザ。


「恐い思いをさせてごめんね…ミモザ…」

と母親がミモザの背中を撫でて、謝った。


「すまない…君はよくなってくれているのに……」

と父親も続けた。


今まで誰も両親の喧嘩を止めることができず、傷つくばかりのルナだったが、初めて本音で話し合う時間を作ることができて…心に突き刺さった棘が取れるように軽くなった。


“もう大丈夫”と感じたレオは、そっと魔法を解き、その場から姿を消して外へ出る。

そのまま振り返ることなく、いつもの木まで歩いて行った。


魔法が解けても、想いが溢れて止まらない4人はそのまま涙を流しながら、本音で話し続けた。


その後、家族たちみんなが落ち着いてきた頃…レオがいなくなっていることに気づいたルナは取り乱したそうだ。


外に行こうとするルナを父親が止め、「もう遅いから明日にしなさい」と言って寝室に戻した。


ルナはレオのことが気になりながらも、泣き疲れたためか、ベッドに入るとまもなく眠りについた。


―――――


次の日の朝、真っ先にルナはレオのことが気になった。

両親はルナのことを考え、一日だけ旅立つ日を調整してくれたのだが、ルナの気はレオに向いていた。


朝食中もルナはずっとレオの名前ばかりを出す。

父親は悔しいのか不機嫌そうにしていたが、母親とミモザは一緒にお礼を言いに行きたいと盛り上がっていた。


朝食後、父親は仕方なしだが、みんなでルナについてレオの元へ行くことになった。


いつもの木の下に行くと、やはり金色の猫が木の上にいた。

ルナは嬉しそうに「レオー!」と猫に向かって呼びかける。


当然、大人たちは首を傾げた。


「ルナちゃん…木の上にいるのは猫よ…?」とメイドのミモザが尋ねる。


「うん!あの猫さんがレオなの!」

ルナは曇りのない笑顔を大人たちに向けるが、彼らは理解ができないようだ。


「何バカなこと言ってるんだ、猫が人間に化けるわけがないだろ」

父親は怒りやすいところは変わらないようで、また切り捨てるように言う。


「本当だもん!」

ルナは頬を膨らませて怒る。


木の上にいたレオは彼らが来ていることに気づいていたが、少し会話を(うかが)っていた。

なんと答えればいいのか…悩ましいところだ。


父親は「バカバカしい…」と呟いて、家の方へ歩いて行ってしまった。

「お父さん!」とルナが呼び止めても無視だ。


「ねぇ、お母さんとミモザは信じてくれるよね?」

ルナは泣き出しそうな表情で2人を見つめる。


母親とミモザは困ったように顔を見合わせた。

2人も信じてくれないんだと落ち込み、肩を落として俯くルナ。


しかし、ミモザがしゃがんでルナと目を合わせ、微笑みながらこう言った。


「信じるわ…猫と話せる魔女がいる世界だもの。信じられないことも起きる世界だわ。それに…ルナちゃんは嘘をつく子じゃないもの」…と。


ルナの表情は笑顔に変わる。


母親はまだ半信半疑ではあるものの、父親のように無視をしてしまってはまた娘を悲しませてしまうだけだととりあえず話を聞いてみることにした。


もう一度ルナに名を呼ばれ、レオは木の下へ降りてきた。


「…あなたが昨日の人だっていうのは…本当なの?」と母親が尋ねる。


レオはどう返そうか悩んだが、ここで嘘をついてはいけないと思い、頷いた。


「どうして…猫のあなたが昨日は人間だったの?」


「…本当は人間です。不死の呪いで昼間は猫の姿になります」

とレオは淡々と答えた。


母親は衝撃を受けた。

猫の言葉が分からないミモザにも元は人間であるレオの言葉は分かった。

その事実もまたレオの言うことに真実味を加えた。


「レオって本当は猫さんじゃないの?!」

ルナは驚きながらも笑顔は消えていなかった。


「そうだよ…」


「じゃあ、私のお兄ちゃんになって!」

前までは猫のパートナーになれと言っていたが、人間だと分かり、今度は兄になれと言いだすルナ。


「ちょ、ちょっと待ちなさい」

母親はレオに怪しさを感じ、ルナを引き離そうとした。

一度歩み寄ろうと思っても、やはり怪しいと思うと遠ざけてしまうのが人間の性なのだろうか。


「ルナ、ミモザ。帰るわよ。昨日はありがとうございました。申し訳ないけれど…もうルナには会わないでもらいたいの。失礼します」

と母親は嫌がるルナを引き離し、家へ帰った。


母親は父親にこのことを話し、ルナはこっ酷く「今後、レオに会うことは許さない」と言われてしまった。


両親が仕事でいなくなった後も、ミモザにルナを外出させないよう見張りをさせた。


ルナは自分の部屋にこもり、とてもつまらなそうに、寂しそうにしていた。

窓は閉め切られ、レオ以外の猫たちもルナの部屋に遊びに来ることができなかった。


ミモザはとても心苦しかった。


―――――


冬の間は一度もレオに会えないまま、春を迎えた。

初めて出会ってから1年経ってしまった。


ルナの心にはぽっかり喪失があり、常に暗い表情をしていた。

両親が帰ってきてもいつもみたいにはしゃぐこともなくなり、大人しかった。


いつもうるさいくらいに元気いっぱいだった少女が、ここまでになってしまうとは…よほどレオのことが大好きだったのだろう。

いや…仲の良かった猫たちとも遊べないのだから当然と言うべきか。


気まずい空気ではあったが、両親はこれはルナのためだと思って、いつも通り過ごした。


「…最近、山から降りたところにある町で屋敷荒らしが増えているみたいね…。この家は山にあるし…大丈夫だとは思うけど…。しばらく私たちもこの家で過ごした方がいいかしら」

と昼食中に母親が呟く。


「そうだな……。おい…もしかしたらあいつがやってるんじゃないか。あの怪しい猫人間…」

父親は毛嫌いするような表情で言う。


レオのことを言っていると気づいたルナは当然怒った。


「…お父さん、ひどい!鬼!悪魔!!ルナ…お父さんなんて大っ嫌い!!!」

そう言って、ルナは持っていたフォークを机の上に投げ捨て、自分の部屋へ駈け込んでいった。

そして…部屋のベッドの上で大泣きした。


「何が悪魔だ。あのやろうに何を吹き込まれたんだ」

ルナが泣こうとも父親は相変わらずだった。

何をそんなに毛嫌いするのか、理解しがたいものは敵とみなしてしまうのだろうか。


空気が悪くなり、居心地の悪い家になってしまっている…ミモザはそれがとても苦しかった。

今まで恐れから黙っていたミモザ。

家族の様子を見て、皆が本音を言い合い、心の棘が取れたあの出来事を思い出す。


あの時はレオのおかげで確かに穏やかな空気が流れたのに…全て無駄になってしまった。

こんな生活がミモザは耐えられなくなり、追い出されることを覚悟で口を開いた。


「…あの…。彼は本当に悪い人なのでしょうか。怪しいからと切り捨てるのは…違うと思います。私…ルナちゃんが可哀そうで見ていられません。これじゃあ…彼が私たちの間を取り持ってくれた意味…ないと思います。お2人がいなくてルナちゃんは本当にいつも寂しそうでした。それでも明るく笑顔でいようと努力していました。私は仕事で忙しくてあまりかまってあげられなくて…とても心苦しかった。でも、いつからか急に元気になったんです。夕飯の時にいつも聞かせてくれました。金色の猫とお友だちになった話。その時…今まで見たことがないくらい嬉しそうに話すんです。だから…私……本当に安心したんです……。それに…彼だけじゃなくて…猫たちとも会えないなんて……それじゃ…彼女はずっと独りぼっちです……。また会わせてあげられないのでしょうか……。」


ミモザは恐る恐る胸の内を明かした。

父親はメイドのミモザが自分たちに口出ししてきたことに驚いた。


「一度…考えてみてください。どうか…お願いいたします」

そう言ってミモザは深々と頭を下げた。


そして「偉そうなことを言ってしまい、申し訳ございませんでした」と言い、ミモザは自分とルナの分の食器を下げ、部屋に戻っていった。

あれからミモザは両親に対して、報告以外は自分から話しかけることはなくなった。


―――――


両親は下の町で話題の屋敷荒らしやレオのことを警戒して家で過ごし続けていた。

仕事も家でできることをした。


ルナは部屋から出てこず、こもりっぱなしだ。


両親とは顔を合わせず、口も聞かなかった。

猫好きのルナだが、両親の味方をする彼らの相棒猫たちのことも無視をした。

加えて、あんなに懐いていたミモザにも話しかけなくなった。

完全に殻にこもってしまっているようだった。


そんな中、ある日の深夜…事件が起こり、状況が一変する。


家の全員が静かに眠りについていた。


「お前ら行くぞ…」


「はっ!」


何やら家の外で怪しい動きをしている者たちがいた。


中心となって話しているのは、なんと近所の大柄のボス猫だ。

そして、その側近の猫たち。

彼らだけでなく、元々敵対していたルナと仲の良い猫たちまでも一緒に行動し、外に集まっていた。


山や川の周りに住む全ての猫たちが集まっているため、すごい数だ。


「今回の任務は、我らが友を助け出すことだ」

とボス猫が猫たちの中心に立ち、渋い声で力強く言う。


「このままルナを閉じ込めておくなんてできないよ!可哀そうすぎる!」


「そうだよ!冬の間一度も会えなかった…もう一緒に遊べないなんてヤダ!」


「あいつは、レオと一緒にいるべきだ。その方が嬉しそうだった!」


「そうとも。俺たちは元々バラバラだった。だが、レオが俺たちを繋げた。そうしたらどうだ…争いがなくなり、ここは平和になった。お互いに分け合い、傷つく猫はいなくなった。ルナもそうだ。みんなに分け隔てなく接してくれる数少ない人間だ。小さな彼女のおかげで救われた猫たちは多くいる。俺は人間が大嫌いだ。だが、レオとルナは例外…!今こそ恩返しの時!立ち上がれ!!我ら猫の底力を見せてやれ!!」

気合を入れるように、ボス猫が片足でダンダンッと地面を叩く。


「おー!!!」

他の猫たちも彼に続いて、ダンダンッと片足で地面を叩いた。


何やらすっかり一つになった猫たちで、ひと騒ぎ起こそうとしているようだ。


次々と家の柵を飛び越え、敷地内に入ってくる猫たち。


猫たちは密かに冬の間に作った隙間から入り込む。

そこから順々に全ての猫たちが家の中へと入っていった。


全員中に入ったことを確認し、ボス猫が床をダダンッと叩く。

その合図とともに猫たちは、家の中で好き放題暴れ出した。


ある猫たちは皿を割り、ある猫たちはソファを引っ掻いて中の綿を出し、ある猫たちは食べ物を漁り、ある猫たちは蓄音機を再生させ、ある猫たちは床を泥まみれにし、ある猫たちはルナに味方せず彼らを止めようとする両親の相棒猫たちを網袋に入れてつるしたり、ある猫たちは両親の寝室に忍び込んでベッドの上で飛んでみたり、ある猫たちは起きて屋根裏部屋から降りてきたミモザに乗っかり身動きを封じたり…とにかく大暴れだ。


騒がしい音、ベッドでの出来事、ミモザの叫び声…起きる要素しかなく、両親もルナも目を覚ました。


ベッドや自分たちの上で暴れられ、両親は「やめなさい!」と言いながら、必死にもがく。

ミモザも猫たちを退けようともがき、叫ぶが猫たちは退けてくれない。


ルナは何の騒ぎかと部屋から出てくると、家中で猫たちが大暴れしていた。

両親やミモザは困っていたが、大好きな猫たちがこんなに家に集まることはなかったうえに、久々に猫たちを見ることができてルナは嬉しくなり、ニコニコしながらその様子を見て回る。

2階の自分の部屋から1階へと向かった。


両親のベッドの上にいた猫たちは、急にそこからいなくなり、1階へと走っていった。

両親は飛び起きて、箒や杖を手に持ち、部屋を出る。


猫たちを止めようと、移動魔法を使ったり、箒で飛ばしたりと抵抗する。

けれど、猫たちはそんなことにめげずに手を変えて暴れ続けた。


困っている両親の姿、めげずに暴れる猫たちの様子に、ルナは驚きつつも少しすっきりした気持ちになった。

ルナも猫たちと一緒に暴れることに加わったのだ。


「ルナ、やめないか!」と父親に言われるが、大嫌いな父親の言うことなど聞くものかと彼女は無視して猫たちと遊んだ。


ずっと我慢していたものが溢れ出るように、一緒に大暴れするルナは楽しそうだった。


猫たちに乗っかられていたミモザだが、気づくと猫たちは別のところへ行き、自由になったことに気づく。

どうしたらよいのか戸惑い、必死に最前の策を考えようとするミモザ。


父親は相変わらず怒鳴って猫たちを止めようとしており、母親は驚きのあまり言葉を失い座り込んでいた。


“…待って。今ここに彼の姿はないわ…。もしかしたら…彼を呼んで来たら止まるかも……”


ミモザは決意して、急いで家を飛び出した。

ルナが一度連れて行ってくれた木の下をめがけて走った。


“……いた…。…もういないかと思ったけれど……よかった”


ミモザは息を切らしながら、木の下にいる金髪の青年に声をかけにいく。


「レオさん……」


うっすらと眠りについていたレオだが、その声に気づき、目を覚ます。

目の前にメイドのミモザが立っていて驚いた。


「猫さんたちが暴れて大変なんです……私…どうしたらよいか…。もしかしたら、あなたに会えなくて悲しんでいるルナちゃんを助けるためなんじゃないかって思うんです…。あなたなら止められるかもしれないと思って…。一緒に来てくださいませんか…?」


真剣な表情で言うミモザを真っ直ぐと見つめるレオ。

ミモザは少しずつ申し訳なさそうに肩をすぼめていく。


「わかりました、行きましょう」

そう言って、その場に立ち上がった。


レオがそう言ってくれ、ミモザはホッとして微笑んだ。


2人で急いで、家へ向かった。

外からでも家の中が騒がしいことがよくわかった。


何か考えるように家を見つめるレオ。

ミモザは心配そうな表情をしながら、レオの横顔を見つめる。


「大丈夫、俺が何とかしますから」

レオはミモザの心を落ち着かせるように、微笑みかけた。


ミモザはその微笑みをみて、ルナが彼を大好きになって懐いた理由が分かった気がした。

彼女は頷いて、レオに任せることにした。


レオは扉を開けて、中に入り…パチンッと指を鳴らす。

すると、緑の靄が猫たちやあらゆるものを包み込む。

全てのものが時が止まったように、停止した。


次の行動をしようとした動きのまま、猫たちは止まって動けなかった。

宙に浮いたまま止まっている猫もいた。

けれど、意識はあった。


そして、ルナは急な眠気に襲われて、その場に倒れ込んだ。

レオが眠りの魔法をかけたのだ。


そのまま両親の傍へと移動させる。

両親は動きを止められておらず、母親がルナを受け取り、膝の上で寝かせてあげる。


レオは手を動かし、物を元あった場所に戻したり、ボロボロになったソファや割れた皿を元の状態に戻す。

ドロドロになった床も綺麗になっていき、蓄音機も止まる。

食べてしまったものは戻らないが、散らかった食べ物は元あった場所に戻った。


最後に猫たちを移動させ、自分の近くに集めた。


見事な魔法技術に両親は見惚れしまった…。


パチンッともう一度指を鳴らすと、動きが止まっていた猫たちが動き出した。


「さて…どうしてこんなことを?」

レオは、猫たちのリーダーであるボス猫を見据えて尋ねる。


「あのバカ親どもがルナを閉じ込めて、あんたや俺たちと会わせないようにしていることが許せなかったからだ。こうすればあんたとルナも再開できるかと思ってな…」

とボス猫が答える。


「随分と荒い作戦だね。ふふ、嫌いじゃないよ」

ボス猫に微笑みかけるレオ。


意外な反応に猫たちは驚いた。


「んー…でもちょっとやりすぎは反省しないとね?家が壊れてしまっては住めなくなっちゃうでしょう?」

猫たちを見つめて、諭すレオ。


「悪かったと思うが…でも、このバカ親どもが反省しない限りはまた方法を変えてでも暴れてやるからな!」

とボス猫が両親を睨みつけて、唸るような低い声で言う。


両親はその鋭い視線にたじろいだ。


「今日はこの辺にしてやる……行くぞ、お前ら」

ボス猫が猫たちに指示をして、次々と外へ出て行った。


レオは両親に対して何も言わなかったが、一瞬だけ彼らに視線を送り、小さく会釈して去っていった。


外で待っていたミモザに、「もう大丈夫」と微笑みかけて、いつもの木の下へと帰っていった。


ミモザは慌てて部屋に戻ると、両親が呆然としていた。


「何が起きたんだ…しかも、ルナを連れていくこともできたのに…なぜ……」

いつもすぐに怒る父親も突然の出来事に困惑し、言葉を失う。


「…私たちが思っているほど悪い人ではないのかもしれないわね…」

そう言いながら、母親は膝で眠るルナを撫でた。


「何…」


「ルナと二度と会わないでって私が言ったのをちゃんと守ってくれているような気がした…ルナが彼に気づく前に眠らせて、私たちの傍に置いてくれたんだもの。それに…こんなに長い月日が経っていてルナは騒いだり拗ねたりしていたけど…彼は約束を守って一度も会いに来たことはないわ。私たちが思う以上に、彼は紳士なのかも…。あんなに猫たちが懐くなんて…私たちは猫の一族だけれどここら辺の猫たちは関わるのが難しかったわ。それなのに…あの一番関わりづらいボス猫まで」

母親は驚きと感心を言葉に表した。


「しかし…なぜ今日は来たんだ」


「私がお呼びしたんです!彼なら止められるかもしれないと思って……」

両親が2人で話しているところにミモザが勇気を出して声をかける。


「そう…か…」

今回父親は怒りをあらわにすることなく、落ち着いて考え込んでいた。


「あなた……せめて昼間にあの木の下で彼や猫たちと遊ぶことは許可してもいいんじゃないかしら…。またこんな暴れられても困るし…。前にミモザが言っていたけれど…ルナが仲良くしていた猫たちとも会わないようにしていたのは、確かにやり過ぎだったわ…。それにそろそろ家にいるのも限界がきているでしょう?…仕事があるんだもの」

母親がそう父親に向かって静かに尋ねた。


「…あぁ。そうだな」

さすがの父親も今日の出来事で、レオのことを少し見直したのだろうか。

またいつものように遊ぶことを許可したのだった。


目を覚ましてそれを聞いたルナが大喜びしたのは言うまでもない。


次の日、ルナは大はしゃぎでレオに会いに行った。

レオは変わらず、木の上にいた。


満面の笑みで「レオ!」と呼びかける。


その声に気づき、木の下に降りてきたおうさま猫をつかまえ…

少女は思いっきり抱きしめたのだった。


その様子を近所の猫たちも嬉しそうに見つめるのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「…とまぁ、そんな感じ♩」

話し終えたルナは、キトに微笑みかける。


「ずっと一緒にいられるようになるまでは道のりが長かったんですね…でもよかった、ご両親が許可してくださって…」

キトも彼女に微笑み返す。


「一緒に住むようになったのは、私が8歳の時よ。少しずつ家に招待する機会が増えて、少しずつ頑固親父もレオに心を開いていったわ。さすがレオよ、あの頑固親父も最終的には手懐けたのよ!私を寝かせた後にこれからは大人の時間だ!とか言って、レオと晩酌するまでになったんだから!当時は驚いたし、拗ねてたわ。レオが聞き上手だったからよかったのかも。ずーっと晩酌中お父さんが話していただけだもの」

と笑いながら話すルナ。


「ふふ、すごい変化ですね。レオさん…さすがです」

キトは感心するように頷きながら呟く。


「ほんとにそう。しかもすごいのが猫たちが暴れた時に使ってから、しばらく魔法を使ってなかったのよ。私と会うのを許可する条件として、魔法禁止令を言い渡してたみたいなの。それをちゃーんと守ってたんだから」

自分がすごい偉業を成し遂げたかのように胸を張るルナ。


「え?!…それは…すごいことですね…?!」


「使用許可が出たのは一緒に住み始めてから2年くらい経った頃。私が10歳の時かな?」


「そんなに長く…あんなにすごい魔法使いなのに…」


「そうよ!レオが魔法を使えると知ったのは私が12歳の時。魔法の勉強をしていたけど、全然才能が開花しなくてねー…両親に呆れられてたわ。特にあの怒りんぼの父親だもの、何でできないんだ!ってすぐ怒るの。もういやんなっちゃってた」

ルナは腕を組み、ムッとしながら言う。


「レオさんに話を聞きました。教えてくれるまでくっついちゃう!ってずっとレオさんの足を掴んで離さなかったって」


「あ!聞いたの?!そうそう!そうなの。夜中に目を覚ました時にね、一階に降りたらミモザとレオが居間にいてね。レオがミモザのお仕事を魔法で手伝っていたのを見ちゃったの。それで魔法使えるなら教えろー!って「うん」って言うまで床に寝っ転がってレオの足を掴んで離さなかったの」

と話しながら、大笑いするルナ。


「ふふ、レオさん困ったでしょうね」

キトも一緒になって笑う。


「うん、困ってた。でも優しいからね、いいよって言ってくれて。それから教えてもらうようになったの。ほんといい奴」


ルナは嬉しそうにキトに微笑みかける。

キトもそれに答えるように微笑む。


「あ…次は、猫屋敷ができるまでの私とレオの冒険談を話すわ!それと私とあなたのひいおじいさまとの出会いも♩ どう?聞きたい?」

瞳を輝かせ、前のめりになってキトに尋ねるルナ。


「はい!教えてください!」

キトも瞳を輝かせて頷いた。


第8章:さすらいの一匹猫とさみしやの少女。を読んでいただき、ありがとうございます!


次回は、猫屋敷がどうしてできたか、始まりの物語…。


第8章:猫屋敷のはじまり。(仮名)をお楽しみに!

ぜひ読んでいただけると嬉しいです!


★前書きの表紙についての解説

――――――――――――――――――――――――――――――

木の上のさすらいの一匹猫と木の下のさみしやの少女と、近所の猫たち。

――――――――――――――――――――――――――――――


★登場キャラクターイメージ

―――――――――――――――

猫たちに恐れられるボス猫

挿絵(By みてみん)


おうさま猫さん

挿絵(By みてみん)


小さな頃のルナ

挿絵(By みてみん)


メイドのミモザ

挿絵(By みてみん)


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