森の梟屋敷とアトウッド家。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…小僧が…よくも鍵を……!」
朝方…真っ暗な部屋で唸るように呟き、ドンッ…と拳で壁を殴る謎の男。
「あらあら…大変お怒りね、狼さん…?」
男の後ろから、穏やかな口調で話しかける女の声がする。
女はそっと後ろから男を抱き締めた。
そして「何があったの…?狼さん…」と耳元で囁いた。
「ローズ…戻ったのか」
男は低い声で囁き返す。
「休暇は楽しめたか…ローズ」
女の手に手を重ねて囁くように問いかける。
「えぇ…楽しかったわ。ゲームが始まると思って戻ってきたの…お邪魔だったかしら?」
女も囁き声で言葉を続ける。
「いや…戻ってきてくれて嬉しいよ…」
男は静かに言葉を返した。
「それで…何を怒っていたの?」
という女の言葉を聞き、落ち着いていた男の表情は一変し、目を血走らせ、怒りに満ちた表情に変わる。
「…レオだ…。あの小僧が鍵を手中に収めやがった……!あの小娘は私のモノ……私のモノになるはずだった……!いや…そうあるべきだというのに……」
低く低く唸る声で怒りを表す男。
けれど、女は恐れる様子も共に怒り共感する様子もなく…微笑み続けていた。
「そう…レオが憎いのね。なら……その小娘と引き離してしまえばいいのよ…」
女は妖しく微笑み、男の耳元でそう囁く。
「引き離すだと…簡単にできていればこんなに怒ってはいない……あの小僧は不死、殺すこともできない……それにあの屋敷にすら俺は近づけない……!小娘を自分の城でかくまうために守護魔法を……小僧のくせに……ふざけやがって……。この手で…この手で…今すぐにでも…あの忌々しい笑みを……ぶっ壊してやりたい……!」
沸々と怒りが込み上げ、声が荒くなっていく男。
それでも、女は落ち着いていた。
「…だからこそ引き離すの。その小僧が貴方が望む鍵の盾となっているのでしょう…?それなら引き離せばいいの」
静かに言葉を続ける女。
「…どうやって……」
男は後ろにいる女を睨みつけ、さらに声を低くして怒りをぶつけながら尋ねる。
女は…再び妖しく微笑み…男の耳元で何かを囁く…。
男はその囁きを聞き、不敵な笑みを浮かべた……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
12月3日、シュエットの家に行くために、ガーネットが迎えに来た。
10月31日に御屋敷を訪れてから初めての外出だ。
朝の8時頃…みんなに見送られ、玄関を出てから門の近くまで来たキトとガーネット。
「楽しみです…!今日はよろしくお願いします…!」
とキトは嬉しそうにガーネットに言った。
「はは。はぁい、じゃこのまま瞬間移動でアトウッド家まで行くから、手握って?」
とガーネットは手を差し出す。
「はい…!」
キトは彼女の手に手を重ねた。
「初めてだから、気持ち悪くならなきゃいいけど…。準備はいい?」
キトの顔を見て、尋ねるガーネット。
「大丈夫です…」
ガーネットの手をキュッと握る。
「OK。行くよ」
ガーネットはニッと笑ってそう言い、パチンッと指を鳴らす。
すると…身体が引っ張られ、ふわっと浮かび上がる感覚がしたかと思うと…ぐにゃーっと景色が歪み…初めての感覚にくらくらして思わず目を閉じてしまう…。
すぐに「目開けていいよ」とガーネットの声が聞こえる。
そっと目を開けると、森の中に立っていた。
…辺りを見渡すと、多くの樹木に囲まれる中に大きな木のような家が見えた。
周りの木には梟たちのお家らしきものがいくつもあった。
「あの大きな木がシュエットの家。面白い家だよな」
指を指して伝えるガーネット。
「あれが…!確かに面白いお家ですね…!」
キトは感心しながら、大きな木の家を眺める。
「でしょう♩ それより、具合大丈夫?気持ち悪くなる人もいるんだけど」
ガーネットはキトの顔色を確かめる。
「大丈夫です…まだ少しくらくらしてますけど」
と言い、キトは微笑んだ。
「そう、よかった」
ガーネットも微笑み返す。
「シュエットさんから聞きましたが、ガーネットさんはよく遊びに来られるんですよね?」
「んー…まぁそこそこ?」
「御屋敷にも顔を出してくださいますし、お出かけするのが好きなのですか?」
「家にいても父親がうるさいからさ。それに暇だし…」
と困り顔を浮かべながら笑うガーネット。
「グリフィンさん、うるさいんですか?お喋りなイメージはなかったんですけど…」
「お喋りではないけど、私のこと心配してうるさいの。年齢も年齢だからなんだろうけどね」
ガーネットは、思い出しているのか、眉間にしわを寄せてムッとする。
「そういえば…ガーネットさんっておいくつなんですか?」
とキトは恐る恐る聞いてみる。
「ん?言ってなかったっけ?私は25」
「そうだったんですね!お姉さんな印象はありましたけど…私より7歳上だったなんて」
少し驚いた顔をするキト。
「あはは、実はね。まぁキトの年齢の時からすでに始まってはいたけど、特に最近酷いのよ。ま、母親もだけど。父親は『変な男につかまっていないか!』ってうるさいし、逆に母親は誰かいい人はいないのかって言ってくるのよ。『25歳になったのよ!一生独り身で生きるんじゃないかと思って心配だわ…!』って口癖のように言われて…正直うるさいって思っちゃうよね」
とガーネットは不機嫌そうに腕を組んで話す。
「そうなんですね…」
「半年前くらいからお見合い話まで持ってくるようになってさ。酷いもんよ、ろくな奴いないの」
呆れ顔を浮かべて、ため息をつくガーネット。
「そうなんですか…?」とガーネットの表情を窺うキト。
「悪い人たちではないんだろうけど…頼りにならないというか…へなちょこというか…?んー…ちょっと力を加えたら折れそうっていうか…?まぁ…とにかく母も父も連れてくるお見合い相手は真面目なお堅い人が多いのよ、外に出ないでずっとお勉強頑張ってきました!みたいな。肩こりそうな感じ…?自由も奪われるしあんま興味ないけど…どうしても相手を作らなきゃならないならもっとこう…強い奴がいいんだよな…」
ガーネットは、右の手のひらをグッと胸の前で握り込み、眉間にしわを寄せたまま話を続ける。
「なるほど…」
「私はケイくんと一緒にいれれば幸せなんだけど…♡」
と嬉しそうに笑うガーネット。
「あれ…そういえば今日ケイくんはいないんですね」
今更だが、キトはいつもくっついてくるライオンの姿がないことに気づいた。
「あー…寂しいけど、今日はお留守番」
「どうしてですか?いつも一緒にいる気がするんですが…」
「いつもじゃないよ。猫屋敷に行くときは確かにいつも一緒だけど。あそこはケイくんも気に入ってんの。でも、アトウッド家の屋敷はそんなに好きじゃないみたいで。ケイくんがゆっくり過ごせるスペース少ないのよ。ま、たまには別行動することも必要でしょ?」
大きな木の家を眺めながら、そう言うガーネット。
「そうでしたか…確かにそれぞれやりたいことが違う時はありますものね」
とキトも家を眺めながら、微笑む。
「そうそう。家すぐそこだしそろそろ行こ?」
「はい♩」
木の家に向かって歩き始め…玄関に向かっていると、ふと後ろから見られているような気配を感じて振り向いて立ち止まる。
“…今、何か”
「どしたの?」
ガーネットも歩くのをやめ、振り返る。
「いえ…誰かに見られているような気がして…」
不安そうに辺りを見渡すキト。
「え……あーもしかしてあいつじゃない?ほら、木の上のフクロウ」
ガーネットは指を指して、伝える。
「え…フクロウ?」
見上げると、木の上に一羽の狐色のフクロウがいて檸檬色の瞳が輝いている…その両眼でしっかりとキトの瞳を捕らえてまっすぐ見つめている。
「フクロウは夜行性って聞いたけど、朝でも起きている奴は起きてるんだなー…」
とフクロウをぼーっと見ながら呟くガーネット。
“何だろう…あのフクロウさん……レオさんと同じような雰囲気があるな……”
キトは、彼女の瞳を捕らえて離さないフクロウの瞳から目を離せずにそのまま黙って見つめ続けた。
ガーネットが首を傾げながらキトの方を見ると…キトのことを黙って見つめていたフクロウはそっと目を閉じた。
「…あ」
目を閉じたフクロウを見て、思わず声が漏れてしまうキト。
「ん?なんだー、私たちが彼を起こしちゃったってわけね」
もう一度フクロウを見て、目を閉じていることに気づいたガーネットはそう言う。
「そうみたい…ですね」
何となくレオと同じ普通のフクロウじゃないような感覚を感じ目を離すことができなかったキトだったが、また歩き始めたガーネットの後をついていった。
―――――
玄関の扉の前に立つと、扉の横にフクロウの人形が置いており、ガーネットはその人形の頭を下にぐにゃっと押しつぶす。
人形は、元の位置に戻りながら「ほぉ~」と鳴き声を鳴らす。
キトはその面白い呼び出し方法を見て、どんなお家が待っているのかとワクワクした気持ちになる。
ソワソワして待っていると、ずっと上の小窓からシュエットがひょっこりと顔を出し…
「あ!今行くー!」と大きな声で2人に呼びかけた。
少し待っていると、バッと勢いよく玄関の扉が開いた。
「いらっしゃいませ♩」
シュエットはとても嬉しそうにニコニコと笑う。
「今日はありがとうございます、シュエットさん!よろしくお願いします」
キトも嬉しそうに笑って、会釈する。
「こちらこそ!来てくれて嬉しいです。さぁどーぞ♩」
シュエットに招かれ、中へ入るとずーっと上まで空間が広がっており、あちらこちらに扉があった。
その側を上下左右に移動する梯子や籠の乗り物が動いていた。
外だけでなく家の中にもフクロウたちがいるようで、家の中を飛んでいたり、籠の上に乗って眠ったまま一緒に移動しているフクロウもいた。
不思議な光景についキトは見惚れてしまう。
「みんな一番上にいるから移動しましょう!これ乗ってください」
とシュエットに言われ、すでに下に待機してある籠に誘導される。
ちょうど3人乗れる大きさの籠に乗り込み、上まで繋がる空間の真ん中をゆっくりと上がっていく。
「わぁ……すごい…!」
キトは瞳を輝かせながら、辺りを見渡す。
猫屋敷では見たことない不思議が散りばめられているからだ。
「はは、うち面白いでしょう?」
シュエットは自慢げに笑う。
「はい!とても♩」
彼を見て、笑いかけるキト。
上まで上っていく途中、色や大きさの違う扉があちらこちらにあり、中には移動しているものもあった。
動かずその場にある扉はそれぞれの寝室などだ、とシュエットが説明してくれた。
ちなみに移動しているものは、物置や食料庫、図書室などに繋がる扉らしい。
物が多すぎるため、それらは別の場所にあり、扉をくぐるとそこへ移動できるというのだからすごい。
そして、一番最上階の大きな部屋が家族で集まる広間となっているようだ。
一番上まで上ると、下を見ると恐くなってしまうくらい随分高くまで来たんだと実感する。
部屋の扉の前に籠が止まるが、扉の前には足場がなく…
どうやって部屋に入るんだろうと気になっていると、突然扉の下からぐーっと足場が出てきた。
キトはまた驚き、感心してしまう。
出てきた足場に先にシュエットが降り、扉を開けてくれる。
後に続いて慎重に足場に降りると、しっかりとした足場だった。
一安心して、そのままシュエットの家族が待つ広間へと入る。
中に入ると、キトたちに気づき、まったりとしていたご家族が集まってきた。
「俺の家族を順番に紹介しますね!まずは俺の父さんのヒューゴ」
シュエットが名を出すと、ヒューゴは「初めまして、シュエットの父です」と丁寧にお辞儀をし、握手を求めてきた。
紳士的な雰囲気が好印象で、キトも握手をすんなりと受け入れる。
ヒューゴは、くせっ毛の茶髪で、立派な口髭が特徴的な細身のお父さんだ。
彼は魔法植物の研究をしており、本も出版していて魔法界ではそれなりに有名な人のようだ。
森の中に家があることは、彼の研究に大いに役立っているそう。
「次、母さんのローレン」
シュエットが紹介すると、ローレンは前に出て会釈し、「キトさん、お会いできて嬉しいわ。この前は数日シュエットがお邪魔しちゃって、かまってくれてありがとうございます」と言った。
「こちらこそ!シュエットさんが来てくれて楽しかったのでとても感謝しています♩」
キトも頭を下げ、笑顔で答える。
「あらま、良い子だわ♩」
とシュエットママは優しく微笑んだ。
ローレンは、ふくよかで丸みのあるお母さんだ。
シュエットと同じ橙色の瞳で茶髪の女性で、ホッとするような親しみやすい雰囲気がある。
「兄さんのスターティス」
兄は静かに頭を下げるだけで、何も言わなかった。
シュエットと同じく橙色の瞳で、髪の毛は橙色に近い色をしている。
彼はシュエットとは真逆、大人しく勤勉なタイプで、窓際でいつも静かに本を読んでいるそうだ。
怒られるシュエットとは違い、父親にとっては自慢の息子のよう。
怒られてしまう弟のことをいつも気にかけてくれる優しいお兄さんでもある。
「姉さんのソフィ。ソフィはキトさんと同い年なんですよ!ちなみに俺がその次♩」
「ソフィです。私、あなたにとてもお会いしたかったの!」
と瞳を輝かせながら、ソフィが駆け寄ってきた。
「私ね、同い年のお友だちっていなくて…だからお友だちになれるかもしれないって今日ワクワクして眠れなかったの!」
と言い、少し照れるように笑うソフィ。
「よろしくお願いします、ソフィさん!私も同い年のお友だちができたことがないので、お友だちになってくださるととても嬉しいです…!」
キトも同じように笑って答える。
「本当?!よかったぁ…!ソフィって呼んでください♩ 敬語じゃなくていいからね?後でぜひ私のお部屋へご招待させて?」
ソフィは、さらに嬉しそうに笑う。
「ありがとう♩」
と答えたキトも、とても嬉しそうだ。
ソフィは母親と一緒に洗濯や料理など家事をし、妹や弟たちの面倒をいつもみている家庭的な娘だ。
同じく橙色の瞳、明るい茶色のロングヘアで、髪の一部をリボンで後ろに束ねている。
おっとりした優しい雰囲気があり、親しくなるのにまったく抵抗のない可愛らしい人だ。
いつもあまり騒ぐことのない彼女だが、シュエットからキトの話を聞いた時は「会いたい!会いたい!」と珍しく興奮してはしゃいでいたそうだ。
「次は…弟のレフティ、妹のシャノン、2歳の弟ミステリ」
三男レフティは11歳、長男のスターティスと同じく勤勉な男の子だ。
彼も父親と同じ、くせっ毛。
年下だが、シュエットに勉強の質問をされ教えてあげることもあるそうだ。
次女シャノンは6歳、姉ソフィのことが大好きで、いつも後ろをくっついていくそう。
ソフィのようになりたいため、髪型を一緒にしているとのことだ。
ハキハキものを言う元気な女の子である。
四男ミステリは2歳、人見知りな恐がりさんだ。
知らない人が来るとすぐ家族の後ろに隠れてしまうようで、今は兄スターティスの後ろからひょっこりと顔を覗かせていた。
一番ママにべったりなのは、彼のようだ。
いつも遊んでくれる兄シュエットのことが大好きで、心を許している。
レフティとシャノンは、キトに対して頭を下げた。
キトも同じく頭を下げ返す。
「そして、最後は…末っ子のクイン♩」
シュエットはそう言いながら、クッションにお座りし、ぼーっとこちらを見ていた赤ちゃんを抱っこして連れてきた。
末っ子のクインは、まだ0歳7か月の元気いっぱいの女の子だ。
頭に大きなリボンをつけ、ふっくらしたほっぺが可愛らしい。
もふもふしたフクロウのぬいぐるみがお気に入りでいつも大切に持っており、今も抱きかかえていた。
ミステリと同じくいつもかまってくれる兄シュエットのことが大好きで、ママの次に懐いているそうだ。
話を聞いているとシュエットは、勉強はできないがいいお兄ちゃんであることがよく分かる。
勉強にうるさいパパはシュエットに怒ることが多いが、兄弟の面倒をよくみてくれるシュエットのことをママは高く評価していた。
「クインちゃん…可愛いですね!」
と彼女に向かってキトが微笑む。
クインは、初めての人だと気づいたのか、手を前に出してきた。
キトはとりあえずそのぱっと一生懸命開いている小さな手のひらに優しく手のひらを重ねてみる。
すると、嬉しそうにクインは「きゃはっ」と笑うのだった。
キトも受け入れてもらえたような気がして、嬉しくなる。
「キトさんのこと気に入ったかー?いい人だろ♩」
とシュエットはクインに向かって言う。
クインはお兄ちゃんの方を見て、嬉しそうに笑う。
「気に入ってもらえたなら嬉しいです…♩ シュエットさん、ご紹介ありがとうございます…ご兄弟が多かったんですね!」
キトはシュエットに視線を戻して、お礼を言う。
「いえいえ♩ そうなんですよ、7人兄弟で!」
シュエットは兄弟が大好きなのか、とても嬉しそうに胸を張っていた。
最上階の広間はとても広々していて、扉から入ってすぐに輪になるように配置されたソファがあり、家族はいつもそこで集まって話したり、ゆっくり過ごすことが多いようだ。
自己紹介の後、キトとガーネットもそのソファに座り、しばらくアトウッド家の方々と談話して過ごした。
―――――
お昼前の11時すぎになり、シュエットママがご飯を作ると言って立ち上がる。
「お母さん、私も手伝う」
と長女ソフィも立ち上がる。
「いいわよ。せっかくなんだし、今日はキトちゃんとお話してなさい?」
シュエットママは気を遣ってそう言ってくれたが、ソフィは申し訳なさそうな表情をしていた。
「あ…あの…もしよければ私もお手伝いしてもいいですか?」
キトも立ち上がり、2人の傍に寄って尋ねた。
「何言ってるの、お客様なんだからゆっくりしていていいのよ?」
驚いた顔をして、ママは慌てて断った。
「お料理しているところを見たくて…」
この発言はもちろん本音であるが、一緒にお手伝いをしていいか尋ねたのは申し訳なさそうにしていたソフィを気遣ってでもある。
「そう…あなたがしたいことなら、もちろんかまわないわ」
ママは優しい表情を浮かべ、キトの申し出を受け入れた。
「ありがとうございます…!」
ホッとした表情を浮かべて、キトは嬉しそうに微笑む。
シュエットは話をしている3人の様子を眺め、自分はどうするべきか考えていた。
そこへママと目が合い、少し慌てた。
「シュエット。3人で台所行くから、ミステリとクインのこと頼むわね」
と彼に対し、微笑みながら母は言う。
ママは、彼の考えを察したようだ。
「あ、はーい!」
元気よくシュエットは返事をした。
2歳のミステリは母親が行ってしまうと少し不安そうな顔をしたが、シュエットに頭を撫でられ、少し表情が和らいだ。
末っ子のクインはずっとシュエットの膝の上に座り、フクロウのぬいぐるみとともに1人の世界で楽しんでいた。
ソフィ姉さんが大好きな6歳のシャノンは慌てて立ち上がり、
「あ、待って!私も行く!」と3人の所へ駆け寄ってきた。
「ガーネットさんはどうしますか?」
とソフィが尋ねる。
「私はここに残るわ。今パパさんと話してて面白いとこだし。ね?ヒューさん♩」
ガーネットは、シュエットパパにウインクを送った。
「ははは、そうだね」
少し照れるようにパパは笑った。
「あら、パパ。ガーネットさんに惚れちゃだめよ?」
と冗談交じりに笑って、ママが言う。
「ローレン、安心なさい。私には君だけだよ」
愛が溢れているのが感じられるほど幸せそうな笑顔でパパは言った。
ママは嬉しそうに笑って、何も言わずにそのまま広間を出て行く。
キトはシュエットの言う通り、本当にラブラブな夫婦なんだと実感する。
―――――
広間を出て再び籠に乗り、1階にある台所へ向かう。
籠は自由自在に大きさを変えられるようで、今度はさっきよりも少し大きくなった。
「さて、何を作ろうかしら…」
台所へ着くと、ガサゴソと材料を物色しながらシュエットママは呟いた。
台所には、材料の入った袋や籠がいっぱいあり、中には見たことのない食べ物もあった。
キトは入口の側にある籠を眺めて、初めてみる食べ物を観察した。
包丁など料理道具は綺麗に並べられていて、テーブルなどに目立った汚れもなく、よく整理整頓された綺麗な台所だ。
「あ…そうそう。これがいっぱいあったのよね…」
とママは何か料理のアイディアを思いついたようだ。
「料理といってもほとんど道具に働いてもらう感じだけど、それでもかまわないかしら?」
入口の側にいるキトを見て、ママが言う。
「はいもちろんです!」
「黙ってみててっていうのもあれだし…少しお手伝いしてもらおうかしら」
ママは、辺りを見渡しながら何をしてもらおうか考えた。
「うーん…そうね。じゃあソフィと一緒にパンとチーズを切ってもらおうかしら?」
優しくソフィとキトに微笑みかけるママ。
「わかりました!」
とキトは元気よく返す。
キトは汚れてしまわないよう、そっと左手についたレオからもらった結婚指輪を取る。
そして、とても大事そうに持ち、ポケットの中に入れているリングケースを取り出した。
「もしかして…そのケースいつも持ち歩いているの?」
とソフィが尋ねる。
「うん、この指輪を無くしては大変だから」
静かにケースにしまいながら、キトは答える。
「キトさん、シュエットのお師匠さんと結婚したんでしょう?! 今つけてたの、結婚指輪ですか?!」
と興味津々な様子で、6歳のシャノンが尋ねてきた。
「うん、そうなの」
少し照れながら、微笑んで答えるキト。
「おおー!見せて見せて!」
とシャノンが言うので、ケースごとシャノンに手渡す。
シャノンはキラキラした笑顔を見せながら、じーっと指輪を見つめる。
気になったソフィも一緒に指輪を眺めた。
「へー…指輪まで猫なんだ♩ よくできてるわ…瞳に宝石も入ってる…」
ソフィは顔を近づけて感心しながら見つめる。
「かわいい指輪だよね!」
とソフィに向かって元気よく言うシャノン。
「ほんとね♩」
「素敵な指輪ね! ソフィと同い年で結婚か。早いわね~…」
ママも一緒に指輪を見ながら呟いた。
「ママも18歳で結婚したって言ってたじゃない。あのね? ママからパパに一目惚れしたのよ! 元々パパとママのパパたちはお仕事仲間なの。それで、2人のパパ同士(ソフィの祖父同士)でお仕事の打ち合わせをする時には必ずついてきて、こっそりパパのことを影から見つめていたそうなの。かわいいでしょ♩」
とキトを見て、いたずらっぽく笑うソフィ。
「もー恥ずかしい話しないの」
「それでね、ママが見つめているだけでほとんどお話しなかったけど、いつもママがお家にくるから、パパも気になり始めたんだよね?」
とシャノンも無邪気に笑いながら、続ける。
「もーシャノンまで。そうだけど、もうこの話は終わりよ! さ、料理作るわよ~」
ママは照れながら話を遮り、大きなテーブルに道具や材料を準備し始めた。
ソフィとシャノンは笑い合い、キトも微笑ましい光景を見て笑顔になる。
2人がからかうのをやめ、手を洗いママの手伝いをし始めたので、キトも後に続いた。
「シャノンはいつものトト豆の殻むき手伝ってくれる?」
小さなシャノンを見て、ママが言う。
「うん♩」
シャノンは張り切っている様子で、気合十分だった。
小さなシャノンはテーブルの上が見えるように踏み台を持ってくる。
ママがお皿に入れてくれた殻付きのトト豆たちを、テーブルの上に出して豆の山を作り、1つ1つむき始めた。
そして、むいた豆を別のお皿に入れていった。
ソフィはママに言われたようにパンとチーズ、包丁2つをもう一つの小さめのテーブルまで持ってきて並べる。
キトはソフィが持ってきた材料を目の前に、包丁を扱ったことがなく困っていた。
「もしかして、切ったことない…?」
黙って材料と包丁を見つめているキトを見て、察したソフィは尋ねる。
キトは「…うん」とハの字眉で頷く。
「そうだったのね…意外」
ソフィは少し驚いた顔をする。
「孤児院だと包丁で誰かを怪我させたら危ないからって、子どもたちに持たせることはなかったの…それに今はナイトさんやペンギンさんが料理をしてくださっているので…私は少し手伝うくらいで…」
申し訳なさそうに俯き、最後になるにつれて声が小さくなっていくキト。
ソフィは「ペンギンさんが料理…?」とぼそっと呟き、“ペンギンって確か…本に載ってた鳥みたいな生きものよね…あの手で上手く包丁持てるの…?それにしても…あのお家にペンギンなんていたんだ……”と考え込む。
そんな彼女に対し、キトは不思議そうに首を傾げる。
「ま…いっか。じゃあ…こうやってもって…こう♩ このパンちょっと硬いから、チーズの方切ってみて?こっちの方が切りやすいと思う」
ソフィは一度キトに向かってにこっと笑い、やり方の手本を見せる。
「…こうもって…こう?」
見よう見まねで左手で包丁を持ち、チーズを切ろうとするが、いかにも指を切ってしまいそうな位置に右手を置いてしまう。
「あ?! だめ、待って!そこに手を置いたらあぶないわ、手を切っちゃう!」
慌ててソフィは彼女を止めた。
「…え…あ…すみませんっ…」
キトは慌てて包丁をテーブルに置いた。
「こんな感じで丸くして添える感じでね?猫さんの手みたいに」
ソフィは左手を丸くして見せて、実際にパンを切って見せる。
「…分かりました…こう…ですね…」
キトも同じように右手を丸くして、試しに一度チーズを切ってみる。
サッ…コト……
「そう!綺麗に切れた♩ その調子でやれば大丈夫、添えてる片手だけ気をつけてね?次はもうちょっと薄く切ってもいいかな…?」
少し太かったが、怪我せずチーズを切ることができた。
「ありがとう…!」
言われた通り、今度は少し薄めにチーズを切る。
順調に2人がパンとチーズを切り進めている間、ママはシャノンが殻をむいてくれた豆を使ってスープを作っていた。
観察してみると、勝手に大きなスプーンが動いてかき混ぜており、ママは適切なタイミングで材料を入れているだけだった。
“わぁ…すごい。本当に道具が勝手に動いている…”と感心するキト。
勝手にスプーンがかき混ぜてくれているので、その鍋を放置し次の作業に移るママ。
今度は同時進行で細長く縞模様の入った紅色の果物のようなものを手に取り、絞り器に入れた。
絞り器は、御屋敷にあった玉ねぎを絞った機械とはまた違うものだった。
絞ることでミルクのような白い液が器に溜まっていく。
見た目は紅色だが、中は白色の食べ物みたいだ。
ママの邪魔をしないよう、こっそりソフィに尋ねてみると〔ミルベリー〕という名前の果物だそうだ。
一方、絞り器と同時進行で包丁が動いて、野菜をちょうどいい大きさに切っていた。
「すごい…!」
勝手に道具が動き、色々な作業を同時進行に行っている様子に感動して、つい言葉が出てしまうキト。
「ふふ、すごいでしょう?お母さんの得意な魔法なの♩ お料理が苦手な人がやると悲惨なことになっちゃうけど、頭の中に作り方がきちんと入っているから道具たちにお願いができるの!」
ソフィは自信満々にママのすごさをキトに伝える。
また洗い場では、もう使い終わった器や道具たちを洗う作業を自動的に行っていて、綺麗になった道具たちは次々元あった場所へと戻っていった。
キトはどれもこれも御屋敷では見たことのない光景で、洗い場の様子を見ながら、また感心してしまうのだった。
「お母さん、パン温めてもいいよね?」
と尋ねるソフィ。
「うん、お願いね」
ママは作業をしながら答える。
「キトさん、パンにチーズをのせて、チーズがとろけるまで焼くね」
切ったパンにキトの切ったチーズをのせていく。
「わぁ…美味しそう♩ あ…残り切っちゃいますね…!」
感心してママが料理する様子をみていたキトは手が止まってしまっていたため、慌てて切り残っているチーズを切った。
ソフィとキトはチーズののせたパンを窯に入れる。
焼き上がるのを待っていると、ママが作っている料理たちもどんどん出来上がっていく。
料理が出来上がっていく速さに驚きを隠せないキト。
キトたちの作っているパンもチーズがとろとろに溶けて、良い感じに出来上がった。
テーブルに並んだ料理たちをみると、とろとろチーズのパンも、トト豆のスープも、ミルベリーのドレッシングがかかっている蒸し野菜のサラダも、こんがりベーコン付きの目玉焼きも…どれもこれも美味しそうでうっとりしてしまう出来栄えだ。
出来上がった料理たちを、ママとソフィがきちんと人数分に分けて、木皿に盛り付けた。
「できた♩上にいるみんながお腹を空かせて待ってるだろうから、ささっと運んじゃいましょ」
と満足な様子で微笑むママ。
ママはソフィと一緒に料理を木のトレーに1人分ずつのせ、トレーにそれぞれの名前の入った木のプレートを一緒にのせた。
2歳のミステリには小さなトレーに彼に合わせた食事を準備していた。
のせ終えるとトレーごとに蓋をして保護する。
籠の中に蓋をしたトレーを重ねて入れていく。
いくつかの籠に分けて次々入れていき、合計で3つのトレー入りの籠が完成した。
台所の奥まで籠を移動させると、奥の壁の下側にちょうど籠を通せるくらいの小さな扉があった。
その扉をソフィが3回ノックすると、少ししてガチャと扉が開き…「ご飯できたの?」と長男のスターティスが顔を覗かせた。
「うん、お願い♩」
ソフィは3つの籠を順々にスターティスに手渡し、全てを受け取った彼は扉を閉じた。
「この扉が上の広間に繋がってるの♩ 小さかった頃、よくここを通って怒られたわ」
とソフィが笑いながら言い、キトも釣られて笑うのだった。
台所を出て再び籠に乗り、最上階の広間まで戻る。
手渡したトレーが部屋の奥にある大きな長方形のテーブルに綺麗に並べてあり、みんな席に着いて待機していた。
家族の席は決まっているようで、一番奥の短辺のスペースにパパが座る。
角を挟んで左隣に末っ子のクインがベビー用の椅子に座り、その隣にママが座る。
そして、隣に2歳のミステリ、次男シュエットと続く。
パパの右隣は長男スターティスで、続いて長女ソフィ、次女シャノン、三男レフティの順で座る。
本日は、ガーネットがレフティ、キトがシュエットの隣に加わった。
みんな席に着いたので、食べ始める。
ゲストもいるので、いつもより会話も弾んだ。
ふと、パパが今日の新聞に載っていた記事の話をし始めた。
「明るい話題ではないんだが、驚いた記事があってな。また失踪者が出たらしい…」
パパは顔をしかめながら言う。
「またですか…」
心配顔を浮かべるママ。
「そうなんだ…今度は家にいた母親だけが行方不明になったらしい。立て続けに失踪者が出ていて…恐ろしいな」
パパはやれやれ…というように首を横に振る。
続けて「それとさらに恐ろしいことが書いてあった…狼の一族が復活したんじゃないかと噂されているんだ…」と話す。
「なんですって?!」
ママはとても驚いた顔をして、ついついちぎったパンの欠片をお皿に落としてしまった。
「狼の一族って絶滅したんじゃなかったの?」
不安そうにパパを見てソフィが言う。
「あぁ…そのはずだが……3つの一族が処刑される前に起きた出来事と重なるらしくてな…。狼の一族だけが使うことができるとされている〔服従の魔法〕を使われたんじゃないかって話なんだ…。〔催眠魔法〕の説も出ているけどな…」
パパはみんなの顔を見渡しながら、真剣な表情で話す。
「恐いね…」
と6歳のシャノンが身を縮めながら呟く。
「俺たちも気をつけないとな、戸締りもしっかりしないと…」
そう頷きながらパパは言う。
「あの…狼の一族だけが使える〔服従の魔法〕ってどんな魔法なんですか?」
過去の歴史について知ろうとしていたキトは、狼の一族の話が出て“もっと知りたい”と思い、そう尋ねた。
「逆らえなくなるのよ、その魔法にかけられたら絶対にね。どんな命令でも聞いてしまうの。催眠魔法はかけるまでに集中力が必要だし時間がかかることもあるけど、服従の魔法は瞳で見つめられたら一瞬でかかっちゃうらしいよ…」
向かえに座っているガーネットが教えてくれる。
「…一瞬で…それは恐いですね」
キトの表情も心配顔になる。
「復活していないことを願うばかりね…」
とお皿に落としてしまったパンの欠片を手に持ちながら、ママが呟いた。
歴史で読んだ3つの一族に対し、みんなが脅おびえていることがよく伝わってきた。
特に狼の一族の〔服従の魔法〕の話を、恐ろしく感じるキトだった。
そのあとはすぐ楽しい話題に切り替わり、そのまま昼食は終わった。
―――――
昼食後は、アトウッド家の子どもたちとガーネットと広間で色々なゲームをして楽しんだ。
例えば、チェスやトランプ、様々な動物の駒を使った陣取りゲームなどだ。
気づくと明るい陽射しから夕陽に変わり…もうすぐで日が落ちそうになっていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。
「あ…大変!暗くなっちゃう…!」
ふと天窓から見える空が目に入り、空が暗くなってきていることに気づき、キトは慌てた。
「何時までとか言われてたの?」
とシュエットが尋ねる。
「危ないから暗くなる前に帰るように言われてたんです…」
シュエットの方を見て、不安そうな表情で言うキト。
「それなら泊まっていけばいいですよ!もっと一緒に遊んだりしたいし」
にかっとシュエットが笑う。
「いいんですか?!」
もう少しアトウッド家の方々と過ごしたいと思っていたキトはその言葉が嬉しかった。
「うん!まだ私の部屋も見せていないし。ママ、パパいいよねー?」
とソファでのんびりしていた両親へ、ソフィが声をかける。
「えぇ、もちろんよ」
と言い、ママが温かい微笑みをくれた。
パパも頷きながら、一緒に微笑んでくれていた。
「ありがとうございます!」
キトは満面の嬉しさ溢れる笑みをママとパパに送った。
キトが泊まることはフクロウたちに伝言を頼み、猫屋敷に知らせた。
ついでにガーネットも泊まることにし、彼女は瞬間移動で、一度自宅に帰ってからまた戻ってきた。
―――――
夕ご飯も昼ご飯の時と同じようにお手伝いをして、談話しながら食べた。
ちなみに夕ご飯のメニューは、3種のキノコスープ、ピタ(川の小魚)のタルタルソースがけ、昼と同じミルベリードレッシングの蒸し野菜のサラダだった。
家族がご飯を食べ終わった後は、同じく共住している家族たちへのご飯タイムだ。
キトはソフィとシュエットと一緒に、フクロウたちにご飯を配る手伝いをすることになった。
最上階の広間にある天窓から屋上に行くために、梯子を伸ばす。
自由自在に長さを変えてくれる梯子は便利なものだ。
まずはシュエットが大きな籠を背負って梯子を上っていった。
そのあとにソフィ、キトと続く。
天窓から屋上へあがると、床一面に葉っぱたちが敷いてあった。
周りの木々と馴染むようにしているそうだ。
ひんやりとした冬の風が吹き、ふるっと身体が自然と震えてしまう。
キトは、葉っぱたちの間を歩いて進み、2人が立っているところまで向かった。
背負っていた籠を下し、シュエットは首にかけた笛を吹く。
「ホロロォ」とフクロウの鳴き声に似た音が鳴る。
すると、その音色を聞き、屋上にフクロウたちが集まってきた。
それを確認したシュエットは籠を開けた。
籠の中をみて、キトはつい一歩後ろに引いてしまった。
中には昆虫がいっぱいいたのだ。
幼い頃から見慣れているシュエットとソフィは平気そうで、驚いたキトの反応を見て笑うのだった。
フクロウたちは順々に食事を取っていき、その場で食べるフクロウもいれば、家族の分も巣まで運んでいくフクロウの姿もあった。
外にいるフクロウたちに食事を届けた後は、家の中にいるフクロウたちにも食事を届ける。
それが夜の日課の一つだ。
その後は、1階にある浴場で男性組と女性組に分かれて一緒に入浴する。
入浴は常にパパファーストだ。
今日は、パパたちがあがった後、ママたちとともにガーネットもキトも一緒に入浴した。
ガーネットは自宅から持ってきた寝間着を着用し、キトはソフィのを借りた。
お風呂タイムが終わると、いつも手分けして家中の戸締りの確認をする。
それらが終わったら、小さい子たちは早めに眠りにつく。
大きい子たちやママとパパは後は自分たちの時間になる。
―――――
色々と落ち着いた後、キトとガーネットはソフィの部屋へ招待された。
お花が飾ってあったり、ぬいぐるみやオシャレな置き物なども置いてあり、シンプルだが女の子らしく可愛らしい部屋である。
「素敵なお部屋…♩」
キトは部屋を見渡しながら、にこっと笑って言った。
「そうかな?嬉しいわ♩ お友だちを部屋に呼んだの初めてなの」
「そうなの?!」
「そうなの、だからとても嬉しい♩ ねぇ、キトさん?お客様用のお部屋もあるんだけど…もし嫌じゃなかったら一緒にこの部屋で寝ない? お友だちと夜更かしとかしてみたかったの…!」
瞳を輝かせ、真剣な顔でキトを見つめるソフィ。
「喜んで…!」
キトは誘ってもらえてとても嬉しかった。
「やったぁ♩ …それでその…ガーネットさんもよかったら…一緒に…」
キトの時とは違い、申し訳なさそうに恐る恐る尋ねるソフィ。
「ん?いいよ」
想像していたよりあっさりと受け入れるガーネット。
「いいんですか?!」
ソフィは断れると思っていたため、驚いた。
「…今までガーネットさんをお部屋に呼んだことはなかったの?」
とキトが尋ねる。
「誘われたことなかったよ」
「ガーネットさんって大人の女性って感じがしてなんとなく誘いづらかったの…断られると思っていたし…」
「誘いづらかったのか、悪かったな」
とガーネットは笑いながら言う。
夜寝る準備をしつつ、今日の出来事を振り返ったり、他愛もない話をしてのんびりと時を過ごす。
深夜になり、扉を開けて確かめるとフクロウたちだけが活発に動いていて、薄っすらランプの灯りがついているだけで静かだった。
どうやら彼女たち以外は眠りについたようだ。
「はぁ…今日はとても幸せな日だったわ」
ソフィはうっとりしながら呟く。
ふと視線を下げた時にキトの左手についた指輪が目に入る。
「キトさん、さっき聞きそびれちゃったんだけど、キトさんは猫と結婚したのでしょう?」
興味津々な様子でキトを見つめながら尋ねるソフィ。
「うん、正式には半分人間だったんだけど。結婚を決めた時は知らなかったの」
「あ…そっか。レオさんって本当は人間なんだよね。私、猫の姿しか見たことないの。シュエットはいつも遊びに行っているから本当の姿を知っているけれど。どうして結婚しようと思ったの?」
「遺言に結婚しないと御屋敷を出ないといけないと書いてあったの。だから…」
「えー?!ということは仕方なくということなの?!そんなのなんだか哀しいわ…」
「ううん、ちっとも哀しくないの。私も何ですんなり決意できたのか正直なところ分からないんだけど…たぶん、レオさんの瞳がとても真っ直ぐだったからかもしれない…」
「瞳ね…詳しく教えてほしいな!」
「私が嫌でなければ、ひいおばあさまの最後の願いを叶えたいと思っていると言って、真っ直ぐ私を見つめたの。その時にドクンって心臓が跳ねたのを覚えてる…。18年間孤児院にいたけれど、私は誰にも拾われなくてダメな子だって言われ続けてたの。けれど、御屋敷のみんなさんはありのまま何もできない私でも住んでくれたら嬉しいと受け入れてくれてそれが嬉しかったのも結婚を決めた一つの理由かな。みんなをもっと知りたい、一緒に過ごしたいと思ったの。レオさんも含めて…」
「そうなのね…キトさんはレオさんのひいおばあさまを想う心と誠実さに惹かれたということね…!」
ソフィは瞳を輝かせて、再びうっとりモードに入った。
「え…あ、そ、そうなるのかな?」
ソフィの言葉に急に恥ずかしくなり、頬が染まるキト。
「でもさ、何で人間だって教えてくれなかったんだろうな。てっきり知ってるもんだと思ってた」
とガーネットが話に混ざる。
「ひいおばあさまが口止めしたそうなの。御屋敷のみんなに私が結婚を決めない限りは秘密よ!って」
「ひいおばあちゃんが言ったのか。あの人も意地悪だな」
「きっとキトさんが猫であるレオさんを受け入れるということが重要だったのよ!」
と頷きながら言うソフィ。
続けて「そういえば…私あまりレオさんのことを知らないんだけど…どんな方なの?」と尋ねる。
「第一印象は…毛並みが整ってて気持ちよさそうで、瞳が綺麗な猫さんだなぁと思ったの。人間の姿を初めて見た時は…正直こんなに綺麗な男性は初めて見た…って目を離せなかった」
「美しい方なのね…!」
「あー…確かに人間の姿見たことあるけど、整った顔してるよね。美男子って感じ?」
「美男子!わぁ気になる♩ それで性格は?シュエットはカッコイイ師匠として尊敬してるみたいだけど」
「そうですね…優しくてカッとなって怒るところはまず見たことないですね…。落ち着いているというか、穏やかで。でも…どこか寂しげというか…哀しげな雰囲気があって…ミステリアスな方ですね」
「ほうほう…」
「すごく魔法に関する知識が豊富で、歴史も詳しいし、本を見なくてもすらすらと魔法薬の作り方を説明できてしまうし…魔法の技術もすごくていつも感心してしまうんです…!…シュエットさんの言う通り、カッコイイ方だと思います…。人の話をよく聞いてくださる方で、御屋敷のみんながレオさんのことを尊敬していると言いますか…大好きなんですよね。…とても素敵な方だと思います…私にはもったいないくらい…」
キトはレオのことを頭に思い浮かべ、微笑みながら静かに彼の話を続けた。
嬉しそうに話す彼女の表情を見て、ソフィとガーネットも微笑みながら黙って耳を傾けた。
「ただ…あまり自分のことはお話されなくて…少し寂しいんです。…私だと頼りないんだろうなとは思うんですが…もう少し頼ったり、気持ちを打ち明けてくれたり…してくれたらなって。いつもしてもらうばかりで何もお返しできていなくて…何かお返ししたいと思うんですけど……どうしたらいいのかな……」
今度は眉を下げ、寂しそうな表情で話すキト。
あまりにも真剣にレオのことを話すものだから、ソフィとガーネットは思わず笑ってしまう。
キトは何故2人が笑い出したのか分からず、笑っている2人のことを交互に見ながら不思議そうな表情を浮かべる。
「ごめんごめん。待って無理だ…あははは。めっちゃレオのこと好きじゃん。あんたがこんなに長舌なの初めて見たわ」
とガーネットは笑いが収まらない様子だ。
「…え?」
ガーネットの言葉を聞いて、キトはぽかーんとする。
「本当ね、哀しいと言った私が間違っていたわ!キトさんはレオさんのことが大好きなのね。ふふ、ほんとに…もう。キトさん可愛い」
とソフィも笑いを抑えられないようだ。
「完全に惚れてるよな」
「ですよね!」
「え……あ、あの…ほ…惚れてるって……どういう…え?!」
キトは頬を真っ赤に染めながら、混乱しているようだ。
「あはは、動揺しすぎ。ピュアだな~…ま、いいことなんじゃないの?一応、夫婦なわけだしさ」
「そうよ、羨ましいわ♩」
「…そ、そうですか?」
“私がレオさんに惚れているなんて…言われるまで全然気づいてなかった…。いつの間にかレオさんに惹かれてたのかな……急に意識したら……。どうしよう、明日どんな顔で会えばいいのか分からなくなっちゃう…!”と頬を真っ赤に染め、頭がいっぱいになるキト。
過ごしていく中で本人も気づかないうちにレオに惹かれ、大好きになっていたようだ。
「いいなぁ、キトさん。私もそんな風に想える相手が欲しいわ…」
と一通り笑い終え、落ち着いたソフィが呟く。
「ソフィのことだから、理想とか高そうだな」
「理想か…」
ソフィはそう呟いた後、ハッと思い出し、机の上の棚に並べてある本の中からワインレッドの分厚い本を大事そうに持ってくる。
「本?」
ガーネットは不思議そうにソフィを見つめた。
キトも一緒になって首を傾げた。
「理想は…オスカーかな」
と少し照れながら、本を胸元できゅっと抱き締めるソフィ。
「オスカー?」
首を傾げながら、本に視線を落とすガーネット。
「そう…」
ソフィは目を閉じ、本の中の世界に想いを馳せる。
しかし、現実世界に引き戻すように、突然冷たい風が頬を撫でた。
“あれ…風?…窓開けてたかな…?”
と不思議に思い、窓の方に視線を向けると何故か窓が開いていた。
風に合わせてカーテンが揺れている。
「おかしいな…鍵閉めたはずなのにな…」
そう言いながら、本を持ったままソフィは窓に近づく。
揺れているカーテンを開けると、窓枠に斑模様のヤモリがいた。
「ヤモリ…?」
「ヤモリがいるの?まさか…ヤモリが窓の鍵開けたのか…?」
ガーネットもソフィの隣に来て、ヤモリを見る。
「開けられるものでしょうか…?」
じーっと黒い瞳でヤモリは2人を見つめてきた。
すると…「この子が開けたと思った?残念ー、違うよ」と声が聞こえてきた。
「え…誰?」
ソフィは不安の表情を浮かべて、静かに窓から離れた。
「初めまして♩」
突然、窓枠に見知らぬ男が姿を現した。
ガーネットが2人の盾になるように前に出て、男を睨みつける。
男は黒真珠のような瞳をキラリと輝かせ、妖しく微笑む。
顔の半分に黒い仮面をつけ、黒マントを風に靡かせている。
マントの隙間から見える首筋にはタトゥーか…何らかの模様が身体に描かれているのが見える。
「そんなに睨みつけないでよ。オレは2人に用はないんだ。そこの黒髪の子をちょうだい?」
と男はニヤリと笑った途端、2人の目の前から姿を消し、立って様子を窺っていたキトの目の前に立っていた。
ソフィとガーネットは驚き、急いで後ろを向く。
「一緒に来てもらおうか…?キトちゃん?」
男はキトの耳元で囁き、黒い手袋をした手で彼女の右手に指を絡めてぐっと握り込む。
そして、彼女の腰に手を添え、身体を自分に引き寄せる。
「離して…!」
キトは抵抗し離れようとするが、男の力に負けてしまう。
「おい!キトに触るな!何なんだよ、お前!」
ガーネットは男に怒鳴りつけ、駆け寄って引き離さそうとして男の手を掴む。
「綺麗なお姉さんだね…。スタイルもいいし……。んー…君ともぜひ遊びたいんだけど…ごめんね?今は急ぎなんだ」
と舐めまわすようにガーネットを見て、何故か哀しそうな表情をして言う男。
「は?ふざけんな」
ガーネットは怒り、魔法を使おうと男の腕を握った右手を赤色の光が包み出す。
「あらら…魔法を使う気なの?それはいけないね~」
男もキトの腰に添えていた手を挙げ、パチンと指を鳴らす。
一瞬にしてガーネットは引き離され、壁に叩きつけられてしまう。
キトはすぐにでもガーネットの傍に駆け寄りたかった。
必死に右手に絡まれた男の手を引き離そうともがくも離れず、絡みついた手に噛みついてみる。
しかし、絡みついた男の手はびくともしなかった。
「おやおや、君…見た目に寄らず大胆だね?君に噛まれても痛くも痒くもないよ」
と男は笑うだけだった。
ソフィは恐れから男に近づくのをためらっていたが、“このままじゃ、キトさんが連れていかれちゃう…!”と手に持ったままだったお気に入りの本を男の顔をめがけて投げた。
男の頭に命中し、男の視線はソフィへと向いた。
「痛いな~…んー…ま、かわいい子から投げられた本だから…いっか♩ どうやら君もオレと遊びたいみたいだね~?」
と妖しい笑みを浮かべてソフィを見る男。
キトは自分のせいでソフィが傷ついてしまうと焦る。
そして、ソフィに攻撃するために鳴らそうとする男の右手を空いている片手で掴み、阻止しようとした。
おかげで、男の視線はキトへと切り替わった。
「私の友だちに手を出さないでください…!」
“恐い”と思いながらも、キトは男を睨みつけた。
「まぁ…君を連れていければ任務は完了するからね。…友だちを傷つけたくないなら、さっさと行っちゃおうか?」
睨みつけるキトに対し、笑いかける男。
男はキトに掴まれた手を振り払い、パチンと指を鳴らそうとする。
「…行かせるかよ」
ガーネットは立ち上がりながら呟き…炎のような赤い光を手のひらの周りに浮かび上がらせる。
光は徐々に形を変え、ライオンのような見た目になる。
まるで、炎がライオンの姿で生きているようだ。
炎のライオンは一度吠え、空中を駆ける。
男がそれに気づいて視線を向けた瞬間に、炎のライオンは男の首に嚙みつく。
首が燃えるように熱くなり、男はうろたえる。
しかし、なかなか手強い相手のようでキトから離れようとはしなかった。
ガーネットはさらに魔法を強めて引き離そうとする。
キトは自分のために戦ってくれているガーネットを姿を見て、自分の無力さを感じた。
もがいでも嚙みついても絡まった手を解くことができない。
魔法を使って追い払うこともできない。
どうしたら、これ以上2人を傷つけずに男から離れることができるのか…答えが見つからなかった。
“レオさん…”
自分たちが助かるための答えが欲しかったキトは、レオのことを思い浮かべた。
そして…唇を噛み締め、払い除けられた左手をぐっと握り込んだ。
いったい…3人はどうなってしまうのだろうか…。
第5章:森の梟屋敷とアトウッド家。を読んでいただき、ありがとうございます。
次回、現れた敵…さらにキトたちに危険が迫ろうとしている。そして、レオの過去の欠片とペンギンたちとの関係が明らかに??
第6章:猫屋敷と忍び寄る影。(仮名)をお楽しみに!ぜひ読んでいただけると嬉しいです!
★前書きの表紙についての解説
――――――――――――――――――――――――――――――
ソフィの部屋でお話をしているところ。
キトは、2人の発言に驚いて照れている様子。
ガーネットとソフィは、キトの反応が面白く笑っているよう。
――――――――――――――――――――――――――――――
★登場キャラクターイメージ
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【アトウッド家】
父:ヒューゴ
→魔法植物の研究家。フクロウ一家育ちの大黒柱。
子どもたちには、知識豊富で頭が良く、気立ての良い子に育ってほしいと思っている。
そのため、あまり勉強のできないシュエットに怒ることが多いが、彼を愛するがゆえのこと。
母:ローレン
→親しみやすい雰囲気のあるママ。お料理が大得意。パパに一目惚れしフクロウ一家に嫁いできた。
博識を重んじるフクロウ一家育ちではないため、勉強ができるできないはそんなに重視をしておらず、兄弟仲良く、優しい子たちに育ってくれればよいと思っている。
長男:スターティス
→20歳。パパの理想の息子。よく勉強ができるが、大人しくて人との会話はそんなに得意ではない。
実は、明るく社交的なシュエットに密かに憧れを抱いているらしい。兄弟にとって優しく尊敬できる兄。
長女:ソフィ
→18歳。家庭的でおっとりした優しい子。兄弟の面倒をよくみて、両親のお手伝いもよくする。
運命の伴侶を夢見る乙女さんでもある。ママみたいに料理上手なお母さんになるのが一つの夢。
次男:シュエット
→15歳。猫屋敷お馴染みの愛すべきおバカさん。弟たちの面倒をよくみるお兄ちゃんの面もある。
持ち前の明るさで、家族たちを笑顔にしている存在。
三男:レフティ
→11歳。スターティスと同じく勤勉な子。
お勉強のできないシュエットをからかうこともあるが、兄のことを気に入っている証拠。
次女:シャノン
→6歳。長女ソフィに憧れており、姉のやることを真似する傾向にある。ハキハキものを言う性格。
四男:ミステリ
→2歳。人見知りで家族の後ろに隠れがち。兄弟の中でシュエットに一番懐いている。
末っ子:クイン
→0歳7か月の元気な女の子。彼女もシュエットによく懐いている。可愛らしい家族のアイドル。