猫屋敷と一族。
11月11日、蛇に襲われ、レオが本当は人間であったと知った。
その次の日からキトは魔法の勉強を始めた。
まずは基礎を学ぶための書物での学習からスタート。
元々読書が好きな彼女は、分厚い書物を次々とあっという間に読んでしまい、確実に知識が増えていた。
11月15日、結婚式以来初めてガーネットがキトの様子を見に来た。
昼過ぎに突然キトの部屋に現れ、頑張っている姿をベッドに座ってぼーっと見守っていた。
本に夢中になっているキトはガーネットが現れたことに気づいてなかった。
彼女は30分ほど黙っていたが、暇になったのかキトに声をかけた。
「何、読んでるの?」
ベッドから立ち上がり、机で勉強しているキトの左側に立つ。
「…っ?!ガーネットさん?!来ていたんですね…!びっくりしました…」
気づいていなかったキトは驚き、心臓がバクバクになる。
「はは、ごめん。久々に様子見に来たんだけど、集中してたから邪魔しないようにベッドのとこで黙ってたんだけど。さすがに暇になった」
「そうだったんですね…お久しぶりです!ガーネットさん、お会いできて嬉しいです♪」
にこにこ笑顔でガーネットを見上げるキト。
「ん、こちらこそ。それで、そんな真剣に何読んでるの?」
見ている本に視線を落とすガーネット。
「魔法薬の本です」
「うわぁ…つまんなくない?実践は楽しいけど、魔法薬の本って細かくて飽きるんだよね~…」
ガーネットは、嫌いな食べ物を目の前にした時のような顔をする。
「楽しいですよ…?」
キトは理解ができない様子でキョトンとした表情を浮かべる。
「マジか…やっぱあんたって変ね…」と真顔で呟くガーネットに対し「変…ですか?」と困った顔をするキト。
「ま、私からしたらね…?…ん?そういえば何で魔法薬の本なんて読んでるの?」
「私も魔法が使えるようになりたくて、レオさんに教えてもらえることになったんです!」と嬉しそうに瞳を輝かせる。
「あー…なるほど。あんたもうちの一族だしね。えらいね、自分から率先して勉強なんて」
微笑み、感心した様子のガーネット。
「元々勉強することは嫌いではないので…知らないことを知れるのって私にとっては楽しいことなんです」と言い、微笑み返す。
「ふーん…すご。ねぇそれ読むのやめて、こっちにしたら?」
机に積みあがっている本の中から1冊抜き取り、魔法薬の本の代わりにキトの前に置いた。
「この本はまだ読んでいなかったんですが…何の本ですか?」
「キト、うちの一族のこと何も知らないんでしょう?」
「猫さんを守護にしているということは聞きましたけど…詳しくは確かに知らないです」
「この本は、魔法使いの一族と動物との間にある守護関係について書かれている本なの。だから…魔法薬の本の前に、これ読んでみな?」
キトは言われた通り、本を開いて目を通す。
「んー…読んでるだけだとつまらないから、私が教える♪」と何だか楽しそうな様子のガーネット。
「本当ですか?嬉しい♪」とキトも楽しい気持ちになる。
「うん♪ このページにうちの一族のことが書いてある。うちの一族のファミリーネームが書いてあるでしょう?ウィロウ、これがうちのファミリーネーム」
開いたページに書いてある文字を指差しながら伝えるガーネット。
「ということは…私はキト=ウィロウ?」
「そうそう♪ ちなみに…私の名前は、ガーネット=カルロッタ=ウィロウ。カルロッタは私のお母さんのファミリーネームね」
「わぁ…カッコいい!」
「そう?ありがと」
「ウィロウ一族は、猫を守護とする一族…本に名前が載るなんてすごい…!」
紹介の文章を指でなぞりながら呟くキト。
「まぁ、魔法使いの間でしか流通してない本だけど。動物との間に守護関係を持たない魔法使いもいっぱいいるからこそ、守護関係をもっている一族たちは特徴的で面白いから本に載せているんでしょうね。ファミリーネームを言っただけで、「あっ…猫の」って言われるよ」
「なるほど…」
「動物との守護関係を持っている一族は、それぞれの一族で得意分野が違うの。うちの場合は、移動魔法が大得意♪」と自慢げな表情を浮かべるガーネット。
「移動魔法…?」
「私がやってるでしょ?瞬間移動」
「あ…!やってます…!今日も突然現れました!」
「うちの一族の得意技の一つ♪」
「猫さんも俊敏ですもんね…共通するものがあるのかな?」
「んー…そうなのかもね?他にも違う動物を守護にしている一族がいっぱいいる。それがこの本に全部載っているというわけ。うちと仲が良い一族といえば…えっと……あ、このページだ。アトウッド家。梟を守護としている一族」
キトの目の前でパラパラとめくる。
「…ちゃんとフクロウさんを見たことないな…」本に描かれているフクロウの絵を見て呟く。
「昔から付き合いが長い一族で、アトウッド家は箒で飛ぶのが得意」
「そうなんですね…!」
「この一族にシュエットっていうおバカがいるんだけど、あんたの旦那のこと師匠って呼んでてさ。よくこの屋敷に来るから近々会えると思うよ?ふふ、本当におバカなの。知性のあるフクロウの一族とは思えない子…」と思い出しながら笑うガーネット。
「よく遊びに来られるんですね…。どうして、レオさんが師匠なんですか?」
顔を上げてガーネットを見つめて尋ねる。
「さぁ…。本人に理由聞いた時はカッコいいから!って元気に言ってたけど」と首を傾げて答える。
「そうなんですね…。会えるの楽しみだなぁ♪」とニコッと微笑むキト。
それに対し、少し呆れた表情を浮かべて「うるさいから覚悟しといてね?」と笑いながら言うガーネット。
「ふふ、そうなんですか?」
「そうそう、よく喋るのよ。行動もうるさいというか…? ま、会えば分かるわ。あと……他にも色んな一族の名前と説明が書いてあるわ。もう今はいない一族も書いてあるけど」
「…え。いない一族?」
「そ、絶滅したって言われてる。狼・蛇・狐…この3つの一族よ」とページをめくりながら指し示す。
「どうして絶滅してしまったのですか…?」
哀しそうな表情を浮かべなら尋ねるキト。
「ずっと大昔の話。この3つの一族は、私たちの世界を征服しようとしたの。それで数え切れない程の被害者が出たそうよ。…それで一族ごと処刑された。守護とされた動物たちも多くが処刑されたと聞くわ。悲惨な歴史よね…。もし彼らの子孫が生きていたら、酷い目に遭うだろうな。みんな、この3つの一族は大嫌いだから、ある意味絶滅してよかったかもしれないね?悲しい話ではあるけどさ」
ガーネットも真面目な表情になり、本の狼の絵を眺めながら静かに言った。
キトも静かな声で「…そんなことがあったんですね」と言う。
「ま、大昔の話。ひいおばあちゃんが生まれるよりも前の話だもの。今は平和よ、この時代に生まれてよかった♪ もし子孫が生きていてこの時代に世界征服を企んでいたとしたら恐ろしいわ」
暗くなった雰囲気を壊すようにカラッと明るい口調に戻すガーネット。
「…え」
「どしたの?」
「あ…いえ何でも!」
ふと頭によぎったのはレオのことだった。
彼はひいおばあさまよりも年上だと言っていた。
もしかしたら、この悲惨な歴史を知っているのでは…この時に被害にあったのでは…と考えが頭を駆け巡った。
「この3つの一族は、とても魔力も強くて優秀だったそうだけど。そのせいでそんな行動に出ちゃったのかな…?狐の一族は変身魔法が得意で、蛇の一族は催眠魔法。特に狼の一族はすごかったらしいよ?高度な魔法を一族みんなが扱えて、危険な魔法の知識も豊富だったと聞くし。一番魔力が強い一族だったと言われてる」
「…催眠魔法」
“そういえば…執事のナイトさんって催眠魔法が得意だって言ってた。…でも…関係……ないよね?一族の方々は皆絶滅したそうだし…”と考えを巡らせる。
「色々歴史本を読んでたら必ず出てくる話よ。まぁ今となっては昔話だからどこまでが本当かも分からないけど。私たちには関係ないよね?…次、他のページ見てみてよ、蛙の一族なんかは特に面白いから…―」
ガーネットは笑顔を見せながら、様々な一族たちを紹介してくれていたが…聞いた歴史の話が片隅に残ってしまい、途中までキトは彼女の説明にあまり集中できなかった。
しかし“今考えても仕方がない”と気持ちを切り替え、3・4つの一族の説明をしてくれた後からはきちんと話を聞いた。
そのまま一緒に過ごし、ガーネットは夕飯前には帰っていった。
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キトは夕飯のあと、夜中の練習に備えて仮眠をとった。
そして、夜中になりレオがいる地下室へ、今日読んでいた本たちを抱えて向かう。
ドアの隙間からひょっこり顔を出して「失礼します」と声をかけて様子を伺う。
「どうぞ、ここ座って」と準備された椅子を指すレオ。
案内された椅子に本を持ったまま腰かける。
「テーブルの空いてるところかベッドに本置いていいよ、重たいでしょう?…初めての実戦練習だね?」と微笑む。
本を机の空いているスペースに置きながら「はい…緊張します」と呟くキト。
「大丈夫、気を楽にね。まずは何からがいいかな?今日読んでいた魔法薬作り、飛行練習…移動魔法…色々あるけど」
「移動魔法がいいです!」
「移動魔法ね。…どうして移動魔法を選んだの?てっきり魔法薬を選ぶと思ってた、熱心に本を読んでいたから」
「今日ガーネットさんに私の家族は移動魔法が得意だと聞いたので♪…私もできるようになりたいと思ったんです」と嬉しそうに言う。
「なるほど、そういうことか。ガーネットみたいに自分自身が移動できるようになる前に、まずは物を動かせるようになる必要がある。一回やってみせるね?」
「はい♪」
「そうだな…じゃあ」
辺りを見渡して動かすものを決めるレオ。
「あの椅子をこっちに持ってこようか」
レオが椅子の方に手を伸ばすと、彼の瞳の色と同じ緑色の靄が椅子を包みこみ、カタカタと椅子が動き出す。
ぐぐぐっと彼の手元に引き寄せられ、すっと目の前に移動する。
そのまま彼はその椅子に腰かけ、「こんな感じ」と微笑む。
「すごい…!呪文を唱えたりはしないんですね…?」
「そうだね」
「レオさんは緑色なんですね、ガーネットさんが魔法を使った時は炎みたいな赤色の光が出てきたんです!」
「使う人によって色や表現の仕方が変わるんだ。力強いイメージのガーネットには赤が似合うよね?」
「そうですね、確かに似合ってました。優しくて穏やかな雰囲気のレオさんには緑がぴったりですね♪」
「そうかな?ありがとう。ちなみにルナは赤みがかった紫色で猫の姿が現れたよ。他にも魔法を使うと音色が聞こえてくる人もいるし…本当に様々なんだ」
「そうなんですね!ふふ、本当にひいおばあさまは猫がお好きなんですね…♪ 私はどんな色なんだろう…」とワクワクした様子で瞳を輝かせるキトを見て、優しく微笑むレオ。
そしてその場に立ち上がり、「まずは軽いものからやってみようか。例えば…この紙を浮かせて自分に引き寄せる練習から。呪文はいらない。自分のところに来るように心で念じるだけ。言葉で言うと簡単だけど…。あとは自分に力があることを信じてね?まず…この紙の上に手を持ってきて…紙が自分の手にあることを想像する…全神経を手に集中させて……念じる」
一瞬で紙がレオの手元へと浮かび上がった。
「一瞬で…!すごい…。よし、私も!」
“私のところに来てください”とぐぬぬと眉間にしわを寄せて念じてみるが、紙はビクともしない。
「はは、力を入れすぎかな。眉間にしわが寄ってるよ?もっと力を抜いて…」
自分の眉間を指して、笑いながら伝える。
「なるほど…力を入れないようにした方がいいのですね。…んー…魔法って難しい」と言い、さらに眉間にしわを寄せ険しい顔をする。
レオが優しい声で「今まで触れてこなかったのだから、焦らなくても大丈夫。少しずつね?」と言ってくれたが、そのあと何度もやってみるけれど、気合いの入れすぎか、全然できないキト。
「そろそろ1度休憩したらどうかな?始めてから1時間近く経っているし。…紅茶、よかったらどうぞ?」
そう言って、レオはキトがテーブルに置いた本を避け、そこに持ち手が猫になっている白いティーカップを2つ置いた。
「ありがとうございます…」
全然できなくて少し肩を落としている様子のキト。
少し元気がなくなっていることが声から伝わってきた。
「これは、魔法の紅茶。飲んだら力がみなぎってできるようになるかもね?」
スっと彼女の目の前にティーカップを移動する。
「え!魔法の紅茶?!」
「そうだよ」と微笑んだレオを見たあと、少し心臓の鼓動を速めながら…ごくっと一口飲んでみる。
「……本当に…力がみなぎってきた気がする…」
キトはそう呟き、ぐぐぐっと紅茶を一気に飲み干し…
「今ならできそうな気がします!」
すくっと立ち上がり、さっそくもっかいチャレンジしてみる。
“さぁ、紙さん…来てくださいな…!”
と念じると水玉のような小さな水色の光がぽっと出てきて、ぴらぴらと紙の端が動き出し…少しだけふわっと浮かび上がった。
驚いて集中が途切れてしまったためか…すぐに光は消え、紙も元の場所に戻ってしまった。
「今…少し浮いた。レオさん見ましたか?!今、少し浮きました!すごい…それに…!…わぁ?!」
嬉しくて興奮するあまり、後ろに下がった拍子に椅子に足がひっかかり、すってんと尻餅をついてしまう。
「大丈夫?!」
慌てて椅子から立ち上がって傍に寄るレオ。
「…あはは…お恥ずかしいところを。大丈夫です!つい嬉しくて舞い上がってしまって。それより…魔法の紅茶すごい威力ですね!」
瞳をきらきらさせて傍に来たレオを見上げるキト。
「…ふっ…あははっ」
転んだ痛みも吹っ飛んで、あまりに嬉しそうにしているキトを見て、つい笑ってしまうレオ。
キトはこんなに笑っている彼は初めてみたと、目を丸くする。
「面白かったですか?」
「ごめんね?つい…すごく喜んでいるのが伝わってきたのもあるけど、初めて上手くできた時のルナにそっくりだったから」
「ひいおばあさまと?」
「うん、ルナは嬉しさのあまり大鍋をひっくり返したからもっと酷かったけどね」
「え、お鍋ひっくり返しちゃったんですか?!」
「そう、初めて苦手な魔法薬の調合ができて、嬉しくて飛び跳ねた拍子にテーブルに身体がぶつかってね。その衝撃で鍋が床に落ちちゃって、せっかくできた薬が床にこぼれちゃったんだ」と思い出しながら笑うレオ。
「それは大変ですね…私もやりそうです」と笑い返す。
「さ…手、どうぞ?転んで痛くなかった?」
キトは差し出された手に手を重ね、立ち上がる。
「ありがとうございます…時間が経ってきてじんわり少し痛くなってきました」
と腰を抑え、眉を八の字にしながら笑って、椅子に座り直す。
「あと、さっきのは紅茶の力ではないよ?キトさん自身の力。確かにリラックス効果のあるものを紅茶には混ぜたけど、魔法はかけてないから」
「え?!そうなんですか?!」
「キトさんは力を入れすぎていたから。できると思って力を抜いたらできるようになるかな、と思ったんだ」と驚いた表情を見せたキトに微笑みかける。
「ふふ、すっかり信じ込んでました。でも、そのおかげで力を発揮できたんですね!私は水色の光が出てきました、ガーネットさんともレオさんとも違いますね…!」
「そうだね、綺麗な色だったよ。澄んでいるキトさんらしいと思う」
「そ、そうですか?嬉しいです」と照れ笑いをするキト。
続けて「そういえば、レオさんはひいおばあさまにも魔法を教えていたんですか?」と尋ねる。
「うん、そうだよ。キトさんのお父さんが才能を発揮できなくて家出してしまった話をしたよね?ルナもそうだったんだ、意欲だけは誰にも負けないけど、からまわってしまって全然できなかった。俺が魔法を使えると知って、教えろって圧がすごかったよ。彼女はまだ子どもだったんだけど、一歩も引かず、「教えてくれるって言うまでくっついちゃうから!」って言ってずっと俺の足を掴んで離さなくて、さすがにそこまでされたら断れないよね?」と少し困ったように笑う。
キトは「ふふ、そうですね。想像したらひいおばあさまなんだか可愛いです」と微笑んだ。
「そうだね、確かに可愛かったよ。憎めないというか…」と言い、微笑み返す。
ひいおばあさまの話をする時の彼はいつも見せる表情よりもさらに柔らかくて…
「レオさんはひいおばあさまが大好きだったんですね。あんなに笑っているレオさんを初めて見ましたし、ひいおばあさまの話をしている時のレオさんって表情がいつもよりももっと柔らかい感じがするんです」とレオの瞳を真っ直ぐ見つめて言うキト。
「そうだったかな…?ルナが大切な人だったのは、確かだよ。妹みたいというか…友人だったというか…言葉に言い表すのは難しいけれど」
「レオさんとひいおばあさまは、きっと大切な家族だったんですね!2人だけじゃなく、ここに住んでいる皆さんも」
「…その言葉がいいかもね」
「私も一員になれて嬉しいです!血が繋がってなくても御屋敷の皆さんは素敵な家族ですから」
とても嬉しそうに笑うキト。
レオも釣られて笑顔になり、「そっか…よかった」と言葉を返した。
ふと置いてある猫時計が目に入り、「あ…気づいたらもう3時近くなんですね!時間経つの早いなぁ…」と言うキト。
「そろそろ1度寝なくて大丈夫?」と尋ねるレオ。
「大丈夫です!ちゃんと仮眠をとったので。あ…でもレオさんが疲れちゃいますよね?」と言い、申し訳なさそうな表情を浮かべるキト。
「俺は大丈夫だよ、いつもこの時間は起きているから」
「え…いつ寝てるんですか?」
「んー…昼間に少し?」
驚いた表情のキトをよそに、レオはサラッとしている。
キトが「…それだけですか?!」と驚いていた声を出すが、「うん…?」と不思議そうな表情を浮かべるレオ。
「それで体力持ちますか…?」とキトは心配そうに尋ねる。
「そうだね、もう慣れたから大丈夫かな。もともとあまり眠れないし」
「眠れないんですか?」
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ」と心配そうな彼女を和ませるように微笑むレオ。
「そう…ですか…」と話していると、
<うわぁあああー!止まってぇええ!>と上の階から叫び声が聞こえ…
「あれ…今声が聞こえませんでしたか?」と天井を見上げるキトに対し、「今の声は…」と呟くレオは心当たりがありそうだ。
少しして、ガサッ!と木に何かがぶつかる音が聞こえる。
「何事でしょうか…」と不安そうなキトに、「大丈夫、悪い者ではないよ。この声と木にぶつかる音は何度も聞いてるから」と微笑み返すレオ。
一緒に地下室を出て、庭へと向かうと、音に気づいて木の周りに集まってくる猫たちの姿があった。
子猫のチェスとおばあちゃん猫のコットは来ていないようだ。
「あ!レオ様。またシュエット様が木にぶつかりました…」と白猫バニラが報告する。
見上げると木の枝に箒とともに引っ掛かっている少年の姿が…
その横に呆れたように目を閉じて木の枝に乗っかっているフクロウの姿も。
少年は茶髪で、橙色の瞳をしている。
立派なシルクハットをかぶっていて、服装もしっかりとしたタキシードを着ていた。
フクロウも瞳の色がオレンジ色で、耳の付いたふっくらとした身体をしている。
「はぁ…相変わらずドジな奴だな…」とタイガーが呆れた声で言う。
「あはは、いつもぶつかっちゃうよね」とアーモンドが笑う。
「シュエット、大丈夫か?」と木の下から声をかけるレオ。
「…師匠!また止まれなくてぶつかっちゃった…!」と半泣きになりながら言う少年。
「降りられるか?」
「…んーん。無理…助けて~…!」と嘆く少年に、少し困ったような笑顔を見せて「わかった」と返すレオ。
下に落ちてもいいように数枚予備の敷布団を木の下に置き、猫たちが木に登り、引っ掛かっている枝をとってあげる。
「降りられそうだったら、そのまま落ちておいで?」
「はい~…」と弱弱しく返事する少年。
猫たちが先に箒を下に落とす。
後に続いて少年も下に落ち、すぐに立ち上がってダダダと走ってきて、「師匠~…」と泣き交じりの甘えた声を出して、レオに抱き着く。
「どうしたの?」と優しく言いながら、少年の背中をそっと撫でてあげる。
レオの胸に顔を埋めながら「家出してきましたぁ…」と小さな声で呟く。
「はは…また家出してきたんだね」と笑うレオ。
額をレオの胸にこすりつけながら「うぅ…しばらく泊めてください…!」とお願いする少年。
「それはかまわないけど。今度は何があったの?」
「月一回の試験の成績が悪かったから、父さんに叱られた…」
「あぁ…」
「俺…やっぱり拾い子なんだよぉー…!あそこの家の子じゃないんだ…!だってだっていつも『お前はそれでもうちの子か!』って言うんだぜ?」と言い、力強くレオを抱き締める少年。
「それはないと思うけど…叱られるのは悲しいよね?」とレオは優しく頭を撫でてあげる。
突然、レオの胸に伏せていた顔をムクッとあげてキョロキョロと何かを探している様子の少年。
その様子を不思議そうに眺めるレオ。
「…ところで、師匠。キトさんってどこにいるの?!今日ガーネットから聞いた!俺のこと話しておいたよって!」
「キトさんなら、そこのいる彼女だよ」とキトのいる方に視線を向ける。
「おおお!初めまして!!」
レオから離れ、またダダダと駆け寄って彼女の手をとる。
ぶんぶんと腕が揺れるほどの握手をする少年。
「は、はい。初めまして…!もしかして…シュエット…さん?」
「そう!」
さっきの泣き交じりの声から一変して元気な声で返事するシュエット。
「お話聞きました。こんなに早くお会いできるなんて…♪」
「うん、今日ね、夕飯食べに家にガーネットが来たんですよ!それで俺のこと話しといたからって言ってたの!」
「そうなんですね…!夕飯一緒にどうですか?って言ったんですけど、食べないで帰ったのはシュエットさんの家に行く予定があったからだったんですね…」
「ガーネットはよく家に来てますよ!あはは、むしろ自分の家より他人の家にいることの方が多いんじゃないかな」と笑いながら言うシュエット。
「そういえば、キトさんって師匠のお嫁さんなんでしょう?!」と続けて尋ねる。
「はい。11月1日に結婚式をしまして…お嫁さんになりました」と少し照れながら言うキト。
「え、11月1日?!俺、暇してたのにー…。師匠、酷いよ!なんで俺のこと結婚式に呼んでくれなかったの?!」とムッとしてレオを見るシュエット。
目を丸くして「来たかったの?」と首を傾げるレオ。
「うわぁ~…何だよ、それー…当たり前じゃないっすか!」
さらにムッとする。
「ごめんね…?」と申し訳なさそうな表情を浮かべるレオを見て、少し拗ねたように「もう終わっちゃったからいいけどさ…」と言うシュエット。
木の上にいたフクロウがすーっと下に降りてきて、シュエットのかぶるシルクハットの上に乗る。
「おっ…」
「少しは落ち着いたら?突然お邪魔したのに騒がしくしたら迷惑でしょう?」とシュエットに話しかけるフクロウ。
「あ…そっか」とシュエットが呟いた後、「全然迷惑じゃないですよ?」とフクロウの言葉に答えるキト。
「え…」
キョトンとした顔をするシュエットとフクロウ。
「ぁ…ご、ごめんなさい。私、猫さん以外にも動物さんの言葉が分かるみたいで」
守護の動物以外にも話せることは普通ではないことだったと思い出し、慌てて謝るキト。
引かれるのではないかと不安に思ったキトだったが、キラキラの瞳で「え!すげぇ…カッコイイ!!!」と言ってキトを見つめるシュエットに安堵した。
「そうでしたか…珍しいですね」と言うフクロウ。
「このフクロウはね、俺の相棒のティポ。良い奴だから仲良くしてね、キトさん♪」
「はい♪よろしくお願いします」とティポに向かって頭を下げる。
ティポも「よろしくお願いいたします」と挨拶を返す。
「さ、ずっと外にいたら身体が冷えてしまうから…中へ入ろうか?シュエットとティポは地下室へ行こう。キトさんも地下室に戻りますか?」
「はい、一緒に行きたいです!」と笑顔で言うキトに微笑み返して、そのまま彼女たちを連れて地下へ降りる。
バニラやタイガーたち4匹は元いた場所へと戻っていったが、人懐っこいアーモンドだけは一緒に地下室にくっついてきた。
「うおおっここは何度来ても面白い部屋だなぁ♪」
地下室へ入ってすぐ、楽しそうに部屋を歩き回るシュエット。
「シュエット、はしゃがない」とティポに喝を入れられ、「はーい~…」と返して大人しく空いている椅子に腰かけた。
「シュエット、相変わらず飛んだあと止まれないね?」と彼に声をかけるレオ。
「そうなんですよね~…」と項垂れ、目の前の机に頬をつけるシュエット。
「…スピード出しすぎちゃうんだろうね?」
シュエットは「うぅ…」と声を出しながら、さらにぐったりと項垂れた。
「大丈夫、まだ15歳なんだから。気にしない気にしない」と優しく微笑みかける。
「はい…」と小さく頷く彼に対し、「シュエット寝なくて大丈夫?まだ朝には早い時間だけど」と言うレオ。
「大丈夫!みんなと話したいっ!」
また急に元気を取り戻し、顔をあげて綺麗に座りなおすシュエット。
「そっか。キトさんとは初めましてだしね。キトさん、よかったらここに座って彼と話してあげてください」と微笑みかけ、キトは頷いて椅子に座った。
「わぁい♪」と喜ぶシュエットと、彼に微笑みかけるキト。
「俺は何か飲み物入れてくるけど、アーモンドはこのまま残るかな?」と尋ねると、
「おう♪ 俺もシュエットと久しぶりだからな」としっぽを振るアーモンド。
「わかった」とアーモンドに微笑みかけ、レオは1度地下室から姿を消した。
アーモンドはキトの膝の上に座り、一緒にシュエットの方を見た。
レオがいなくなった後、瞳を輝かせてじーっとキトのことを見つめるシュエット。
「あ…あの?顔に何かついていますか…?」と首を傾げるキト。
「キトさんはどうして師匠と結婚したんですか?」と興味津々な様子の15歳の少年。
「ぇ…それは…ひいおばあさまの遺言書に結婚したらここの御屋敷にいてもいいって書いてあったので…」
「えええ?!そんな理由?!」
つい机に手をついて立ち上がってしまうシュエット。
「…はい」
申し訳なさそうに小さな声で返すキト。
「なんだぁ~…どんなロマンティックなストーリーがあるかと思って期待したのになぁ~…」
机に手をついたまま、ガクッと顔を伏せる。
「すみません…でも、仕方なくとかではなくて、自分で決めたことですし。私をレオさんが受け入れてくれたことは嬉しく思っていて感謝しているんです。だから、素敵なお嫁さんになれるように頑張るって心に決めてます!」とまた少し照れながら言葉を返すキト。
「おおお♪普段、師匠と何して過ごしてるの?」と顔を上げてまた元気よく尋ねるシュエット。
「んー…あまりお話できていなかったんですけど…最近、魔法のお勉強を始めて…それでお話する時間が増えたんです!」
キトは嬉しそうに微笑む。
「師匠に教えてもらってるんですか?」
「そうです♪」
「教えてもらうようになるまでほとんど話してなかったのか~…師匠は冷たいなぁ。結婚した理由はひいおばあさまに言われたからかもしれないけど、可愛いお嫁さんを放っておくなんてさ」
今度は少しムッとして、腕を組むシュエット。
「レオさんはお優しい方ですよ?」
キトは彼の顔を覗き込むように答えた。
「それはまぁ…確かに優しいけど。え、じゃあじゃあこういうことしてないんですか?例えば、ティポが師匠だとするでしょう?俺がキトさんね?『今日も貴方は素敵ね♡』…『君も美しいよ♡』…んー♡」
一人芝居を始め…最後、隣の机の上にいるティポにちゅーしようとするシュエット。
「何やっとるか」とティポにふぁさっと羽で叩かれ、彼は「うっ」と声をあげる。
黙って2人の会話を見守っていたアーモンドは、「あはは」と笑いながら彼の一人芝居を眺めた。
彼の一人芝居を見ながらキトの頬はみるみるうちに赤くなり、ティポに叩かれて芝居を終えた後に慌てて「そ、そんなことしてないですっ」と頬を真っ赤に染めて言葉を返した。
「そうなんですか~…うちの親はいつもこんな感じだからそういうもんだと思ったけど、そんなことないのかぁ」とまた腕を組んで悩むような表情をする。
そんな彼に対して「シュエット…初対面で話す話題か?もっと他にあるでしょうに…」と呆れるようにティポが言う。
「あの師匠が結婚したっていうから気になっちゃったんだもん…」とティポを見て答え、「そうかもしれないけど…」とティポも彼を見る。
「あのボスが結婚ってなったら気になっちゃうよなぁ~…長いこと一緒にいるけど、女っけなかったもんな~」と笑いながらアーモンドがシュエットたちに言う。
キトは話題を作ろうと「シュエットさんのご両親はお互いのことが大好きなんですね?」と尋ねてみる。
「あはは…もういいよ!って言いたくなるくらいラブラブ」と笑いながら答えるシュエット。
「そうなんですね…仲良しでいいですね!」
「んー…まぁ喧嘩するよりはいいかな?…あ、キトさん。師匠と生活してて大変なこととかないですか?」
「大変なこと…ですか?」
「うん!ほら…師匠って何考えてるか分からないというか…普段何やっているのかも不明というか…ミステリアスじゃないですか」
「確かにそうですね…」
「何かあったら言ってくださいね!俺でよければ力になりますから…!」
シュエットは、気合いを入れたような表情をしてキトを見つめた。
「ふふ、ありがとうございます」
微笑みながら、そう返したキト。
レオの話をしていると、ちょうど彼が飲み物を持って戻ってきた。
パッとレオと目が合い、シュエットの一人芝居を思い出してなんだか急に照れてしまい、ほんのり頬を染めて目を逸らすキト。
キトの反応にレオは頭に?(ハテナ)を浮かべ、首を傾げた。
「師匠!おかえり♪」と満面の笑顔で言うシュエット。
「ん?あ…ただいま。何の話してたの?」と微笑んでシュエットに尋ねる。
「キトさんと師匠が普段一緒に何しているのか聞いてたの。師匠、魔法の勉強始めるまでほとんどキトさんと話してなかったらしいじゃないですか。可愛いお嫁さんと何でお話しなかったんですか?」
ムムッとした顔をして、レオをじーっと見るシュエット。
「…確かにあまり話してなかったね。結婚式の後の1週間、お互いに接し方が分からなくてすれ違っていたからね」と困ったように微笑むレオ。
「なるほど…じゃあ師匠とキトさんはこれから愛を育んでいくんですね!よし…安心してください!俺がいつまでも邪魔が入らないように見守ってます!」
勝手に気合いを入れて、胸に手を当てて宣言するシュエット。
そんな彼に「一番邪魔してるのは、シュエットだと思うけどな」とティポが冷静につっこむ。
シュエットは「え…俺、邪魔者…?」と眉を下げ、ショックを受けた表情を浮かべた。
「邪魔してないから大丈夫。まず、俺たちの心配より自分の心配をした方がいいんじゃないかな?」とレオが言い、「うぅ…確かに」とまたシュエットは肩を落とした。
「アーモンド、どこに座ったかと思ったら…キトさんの膝の上にいたんだね?」
「うん、お嬢さんの膝の上心地いいからさぁ~♪ いつものっけてくれるもんね?」
と見上げてキトを見るアーモンド。
「そうですね♪」と微笑み返すキト。
「俺だけじゃないよ、チェスとウォールナットとコットもよく膝の上貸してもらってる♪」
「そうだったんだね。キトさんがいいならかまわないけれど」
「私はいいんです、皆さん温かいから私も心地よいですから」とレオに微笑みを送る。
レオは微笑み返して別の椅子を持ってきて座り、立ち上がっていたシュエットも座り直した。
しばらくレオとアーモンドとシュエットで話している間、その様子を見ながらシュエットが言った言葉を真剣に考えてしまうキト。
“夫婦になったら、褒め合ったりするのか…。それに……き、キス…も”
そんなことを考えながら、また頬を染める。
「キトさん?」とレオに声をかけられ、慌てて話に参加するキト。
しばらく話をしていると…いきなり地下室のランプの色が変わり、動き出した。
「今…ライトが動いて…」と驚いた表情のキト。
「もうすぐ時間だ」とレオは呟いた。
「…時間?」
「猫ちゃんタイムですか?♪」
シュエットは何が起きようとしているのか分かっているようだ。
「そうだね…」と猫時計を見るレオ。
キトも時計を見て、6時になると猫の姿に戻ることを思い出した。
今まで夜中に練習をしていたが、朝まで一緒にいたことはなく、今日は初めてだった。
「もう6時になるんですね。あの…どうしてランプが動いているのでしょうか?」
とレオの方を見て、尋ねるキト。
ぷかぷかと浮いている光る物体を一匹つかまえてキトに見せるレオ。
その生きものはびっくりして身体を何色にも変えている。
「この子たちはランプモンスター。いつも夕方になると戻ってきて、みんなの灯りになってくれてる。これからエネルギーになる太陽の光を浴びに行くんだ。だいたいいつも6時近くになると動き出すから、猫に戻る時間の合図にもなってくれてる」と微笑みながら答えた。
「気づいてなかった…普通のランプだと思ってました」とぼーっとランプモンスターを見つめながら言うキト。
「この子たちはほとんど動かないからね。驚いた時はこうやって色を変えるけれど。それにキトさんの部屋の灯りはこの子たちじゃなくて普通のランプだからね?…ごめんね。行っておいで?」とつかまえていた手を離す。
ランプモンスターはぷかぷかぁと仲間たちについていき、彼らは図書室の上にある小窓から外へ出て行った。
「ランプモンスターさんたちはいつからここに住み始めたんですか?」
キトは彼らが飛んで行った方向を見ながら尋ねる。
「彼らもシュムシュムと同じだよ。元々この土地にいたんだ。シュムシュムが住み始めた後に彼らも家に来るようになって、そのまま自然と彼らにとってもお家になったんだよ。この地下室だけでなくて、広間とかの灯りにもなってるよ?」
「え!そうなんですか?」
「うん、シャンデリアについている電球もあの子たち」
「そうだったんですね…」
「昼間でもたまに動くことがあるけれど、キトさんがいる間は目立った行動してなかったかもしれないね?太陽の光が彼らのエネルギー源だから、一緒に食事をしたりすることはないけれど、一緒に住んでいる仲間だからよろしくね?」
彼らのことも大切にしていることが分かる温かな微笑みを見せるレオ。
「はい♪」と答えたキトは、そんな温かなレオに対して“素敵な人だな…”と想いながら、一緒に微笑んだ。
そうこうしているうちに時計の針がカチッと6時を示し、レオの周りを緑色の靄が包み込み…すーっと猫に姿を変えた。
初めて変わるところをみて、少し驚いた表情を浮かべるキト。
「キトさんもしかして初めて見たんですか?」とシュエット。
「はい…初めてです」
「すごいですよね!高度な魔法というか…何度見ても感心しちゃうよなぁ~… 」とキトの方を見てニコッと笑う。
キトも「そうですね」と言い、笑顔を返す。
「師匠が猫ちゃんタイムに突入したから…そろそろ朝ご飯の準備が始まるかな♪」
頬を緩めてご飯を食べてもいないのにすでに幸せそうな表情のシュエット。
そんな彼に「はは、そうだね。上で出来上がるのを待ってる?」とレオが言う。
「うん!そうする!ナイトさんとも話したいし、お腹すいたし~」
サッと立ち上がるシュエット。
レオに「わかった、先に行ってて?」と言われ、「はーい♪」と元気よく返事をし、相棒のティポを帽子の上にのせ、先にタタタと階段を上がっていくシュエット。
アーモンドも「俺も行く~♪」とシュエットについて階段を上っていった。
彼らが行ったあと、キトに視線を向けて「驚かせちゃったかな…?」と言うレオ。
「少しだけ。魔法って神秘的ですね…あらためてすごいな、って感心してしまいました」
「確かにすごいものだよね、魔法って。…俺たちも上に行こうか?」
座っていた椅子から降り、トコトコと扉に向かって歩き始める猫になったレオ。
キトはふと、頭にシュエットのご両親の話を思い出し…
“んー…何かレオさんのこと褒めたいなぁ…例えば毛並みが綺麗ですね…?…あ、でもレオさんは元々人間だから、嬉しくないかな…?”
考え込み、立ち上がったあとその場から動かない彼女を見て、首を傾げて不思議そうに見つめるレオ。
見つめられていることに気づいて、彼の瞳を見る。
“あ…これだ!”と思い…「あ…あの」と声をかける。
「ん?」
「レオさんの瞳…すごく綺麗です…!まるで宝石みたいで…前から綺麗だなぁと思ってました…!」
そう言って真っ直ぐレオの瞳を見つめる。
「…??…ありがとう…?」
いきなり褒められたので、“急にどうしたんだろう?”と不思議に思うレオだったが、
すぐ「キトさんの瞳も青く澄んでいて綺麗だよ」と褒め返す。
「…そ、そうですか?…ありがとうございます」
いつもと変わらないレオとは対照的に照れるキト。
レオが「行こうか?」と優しい声で言い、「はい…!」と返事をし“シュエットさんのご両親を見習って少し夫婦らしくできたかな?”と、少し照れながらレオの後ろについて階段を上るキトだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それからシュエットは家に帰らず、数日猫屋敷で過ごすことになった。
彼の家出は日常茶飯事、ガーネットの家に行くか、猫屋敷に来るかの2択で、相棒のティポが必ずご両親に居場所を伝えている。
いつも満足したら家に帰ってくるので、ご両親も安心して息子を預けているようだ。
あれから4日経ち…11月20日昼、本日もキトの部屋でシュエットと一緒に勉強していた。
というより、彼女が勉強している横に一緒にいるだけという感じだが…。
「キトさんすごいよなぁ…分厚い本をあっという間に読んじゃう…。俺は本読んでると眠くなっちゃうんだよなぁ~…俺の家族はみんな分厚い本ばっか読むんだけどさ~…」
右を向いて集中するキトの横顔をぼーっと眺めながら呟くシュエット。
「私は元々読書が好きなので、楽しんです♪ご家族の皆さんは分厚い本ばかり読むんですね?」
シュエットの方を向いて尋ねる。
「そぉ…俺の一族は博識で有名なの。だから、子どもの頃から教育熱心っていうかさー。そのせいだよ、父さんは俺のこと嫌いなの」
左手で頬杖をし、目の前に読まずに開いたままの本に視線を落とす。
ムッとしながら、なんとなくもう片方の手で本を1ページめくる。
「嫌われているわけではないと思いますよ?ほら、レオさんも言っていたでしょう?嫌われているのではなく、期待しているからこそついつい怒ってしまうんだって」
ムッとしている彼に優しく声をかけるキト。
「言ってましたけど…俺にばっか怒るからさ…。まぁ出来が悪いのが俺だけだから仕方ないけど」
しゅんと肩を落としている様子のシュエット。
キトも何と返していいか分からなくなってしまい、つい一緒に肩を落としてしまった。
一緒に落ち込んでくれているキトを見て、慌てて頬杖をやめ、「あ、暗くなっちゃった!俺、別に父さんが嫌いなわけじゃないよ!ただちょっとムカーってしただけ!」と笑顔を見せるシュエット。
笑顔のシュエットを見て、キトも口角を上げる。
そして…「シュエットさんのお父様に感謝しないといけませんね?ここ数日シュエットさんと一緒に勉強したり、遊んだりできてとても楽しい時間を過ごせていますから♪」と嬉しそう笑った。
シュエットは「ほんと?!よかった~♪俺も楽しいですよ!」と満面の笑みで答え、
「…そっか、そう考えると家出する理由を作ってくれた父さんに感謝しないとか~…んー…」と顎に右手を置いて考え込む。
そのあと、両手をパッと上に伸ばしながら「…よぉし!俺は心が広いからな!キトさんと師匠と楽しく過ごせたから怒られたことはチャラにしてやるぞ~!」と言った。
キトは「ふふ、お父様もきっと喜びますよ」と笑いかけ、「そうかな?」とシュエットも笑う。
「シュエットさん?実は…私今までお友だちができたことがなかったんです。シュエットさんは最初の人間のお友だちができた感じがして…嬉しかったです。シュエットさんのことお友だちだと思っても…大丈夫ですか?」
少し心配そうに彼の表情を窺うキト。
「おお!お友だち認定してもらえた♪ もちろん!俺は出会った時から友だちだと思ってましたよ」と笑顔をくれたので、キトも安心して「本当ですか?!嬉しいっ」と笑顔を返した。
勉強を中断し、2人で仲良く話をしていると…
3週間近く御屋敷で生活していて初めて門のベルが鳴った。
「…門のベル?……誰かな?」と首を傾げ、窓の方に視線を向けるキト。
シュエットも釣られて窓の方をみる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
誰が来たのか気になったので、2人は玄関先に向かうことにした。
螺旋階段を下まで降りると、御屋敷の猫たちがみんな玄関前に集まっていた。
「あ!キト様!」と元気よく声をかけてきたのはバニラ。
「バニラさん、お客様ですか?」と尋ねるキト。
「はい!キト様も喜ばれると思います♪」
「私も…?」
バニラの隣に歩いてきたアーモンドが「お嬢さんの家族が一族総出で遊びに来たのさ♪」と言う。
「え?!…私の家族のみなさんが?!」
「そうですよ…!」と嬉しそうにバニラが返事をする。
ウォールナットがキトの後ろから歩いてきて、「今、ボスとナイトが迎えに行ってるわ♪」と言う。
歩いてきたウォールナットの方を一度見て、「お会いできるんですね…!嬉しい…!」と猫たちに笑いかけるキト。
キトの右隣に立っていたシュエットが「え…ちょっと待って…キトさんの家族みんなってことは…もしかしてアリシアも?」と呟く。
「アリシア…?」とシュエットの顔をみて首を傾げるキト。
「ぁ…キ、キトさんのいとこだよ」と頬染めてなんだか照れている様子のシュエット。
ウォールナットが手招きするので、しゃがんで彼女の傍に寄るキト。
シュエットのことを見上げながら、ウォールナットが「シュエットはね、アリシア様に惚れてるのよ」とキトにニヤニヤした声で言う。
「そうなんですか?」と言うと、「いつもお喋りなのに、アリシアの前だと銅像みたいになるんだよな?」とアーモンドもくすくすと笑いながら言う。
続けてバニラも傍に来て「アリシア様、可愛いですもんね♪」と囁く。
「可愛い人なんだ…会えるのが楽しみだな」となんとなくキトも小声になる。
猫たちとコソコソ話しているので、シュエットは「…何話してるの?」と気になって尋ねる。
キトはシュエットの方を見上げて「アリシアさんが可愛い子だっていうお話をしてました♪」と微笑む。
「ぁ…そ、そっか。アリシアは…確かに可愛いよ…?」
ポッと頬を染めて呟くシュエット。
「やっぱりそうなんですね」と微笑みながら、“シュエットさん照れちゃって可愛いな”と思うキト。
玄関前で話していると、ガチャと玄関の扉が開いた。
まず最初に入ってきたのは、灰色のふわっとしたロングヘアで紫色の瞳が美しい色気の漂う女性。
御屋敷に住むクラウドと同じ細身のスタイルが良い灰色の猫も彼女に続いて入ってきた。
美しい女性はキトを見つけるなり、「ぁ!」という顔をして近づいてきた。
女性が醸し出す妖艶な雰囲気に、キトはついドキッとしてしまう。
「あなたね♡ 新しい私のかわいい姪っ子、キトちゃんは」と言い、ふんわりと微笑みかける女性。
「ぁ…は、はい!キトです…はじめまして!」
「はじめまして。私は貴女のお父さんの妹、レイラ。貴女の叔母よ?おばさんと呼んでほしくないから、レイラって呼んでね♡」
「レイラさん……お美しいですね…!」
「あら♡ 褒め上手ね?嬉しいわ♪ 私の子どもたちも連れてきてるから仲良くしてね? アルフレッドの娘さんがこんなにかわいくて素直な子だったなんてよかった♡ アルフレッドって素直じゃなくて怒りんぼだったから」と懐かしそうに微笑むレイラ。
彼女に続いてゾロゾロと人や猫たちが御屋敷の中へ入ってきた。
“私にこんなに家族がいたなんて…!”と驚きと嬉しさで溢れるキト。
「一族みんなでご挨拶にきたの♡ まずは、私の子どもたちから紹介するわね?その前に…お隣にいるのはシュエットくんじゃない♪ 久しぶりね、この前ご家族で家に遊びに来た時以来かしら?」
「お久しぶりです…!」
緊張しているのか背筋をピーンと伸ばすシュエット。
「…アリシアも一緒に来てるわ♡」と緊張する彼に対し、ウインクするレイラ。
「へっ…は、はい…聞きました」
顔を真っ赤にしてさらに固まってしまうシュエット。
その彼を見てニコッと微笑み、「…私の娘のことが好きみたいなの、照れちゃってかわいいわね?♪」と小声でキトに耳打ちするレイラ。
「ご存知なんですね?…確かにかわいいと思いました♪」とキトも小声で返す。
「ふふ、分かりやすいもの♡」
レイラとキトが2人で笑い合っているのを見て、シュエットは不思議そうな顔を浮かべ、
「ぁ…あの…何の話をされているんでしょうか…?」と尋ねる。
「ふふ、秘密♡」とまた彼にウインクをするレイラ。
「そう…ですか?」と首を傾げる彼にニコッと微笑みかけて、玄関先に集まっている子どもたちを手招いて呼ぶレイラ。
気づいた子どもたちが3人歩いてきた。
「紹介するわね。左から長男のライアン、長女のアリシア、次男のアルヴィン。
アリシアとアルヴィンは双子で、シュエットくんと同い年なの。3人ともキトちゃんのいとこ♪」
長男のライアンは母親に似ており、黒髪で紫色の瞳、すらりとしたシルエットが美しい。
無表情で立っており、クールな印象がある。
長女のアリシアは、噂に聞いたように可愛らしい少女だった。
肩より長い黒髪で、桃色の瞳と頬が愛らしい。
母親とお揃いの猫の耳のような髪飾りをしている。
次男のアルヴィンは、アリシアと似て髪や瞳の色も一緒だが、彼女よりも少しキツイ目をしたおかっぱ頭の少年だ。
アリシアもアルヴィンも胸元に大きなリボンをつけている。
「キトです、よろしくお願いします」と3人に向けて頭を下げると、
「よろしくお願いします」と優しい笑顔と丁寧なお辞儀で答えるアリシア。
他の兄弟2人も続いて丁寧に頭を下げた。
「後でゆっくり話しましょうね。まずはみんなにご挨拶、うちの可愛い猫たちも紹介するわ♡」とレイラが言い、彼女と一緒に玄関に向かった。レイラと一緒だった灰色の猫も後を着いていった。
レイラの子どもたちとシュエットはその場に残された。
母親がいなくなった瞬間、ニヤニヤしながらシュエットに次男のアルヴィンが近づいてきた。
そして「シュエットじゃん、また家出か?」と言う。
「あはは…うん、まぁ」と少し困ったように笑うシュエット。
「ふーん……アリシア、ちょっとこっち」
ニヤニヤとしながらアリシアをぐいっと引っ張り、シュエットの前に連れてくるアルヴィン。
「わっ、引っ張らなくても…。ぁ…シュエットさん!こんにちは。ちょうど会えるなんて」と嬉しそうに微笑むアリシア。
「ぁ……こんにちは…!…そ…そうだね」
頬を染め、ガチガチに固まっているシュエットをみて、横でクスクスと笑うアルヴィン。
シュエットは頬を染めながらムッとして、笑うアルヴィンに視線を送った。
アルヴィンはその反応も面白いのか、笑いが止まらない様子だ。
その2人の様子を不思議そうに眺めるアリシア。
シュエットが彼女に恋をしていることはほとんどの者が知っていたが、彼女は気づいていないようだ。
兄のライアンは、表情を変えずに傍で黙って彼らのことを見守っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一方、玄関に集まる家族たちの元へ来たキト。
「まずは、貴女のおばあちゃんを紹介するわ」
そうレイラが言うと目の前に灰色のボブヘアーと紫色の瞳、眼鏡をつけて桃色のショールを巻いた年配の女性がきた。
キトと目が合うと優しく微笑みかけた。
「初めまして、キトさんね? セレニア、貴女のおばあちゃんです。会えて嬉しいわ」
とキトの手を優しく包む。
「私もお会いできて嬉しいです」と笑顔で答えるキト。
セレニアは今にも泣きそうな表情を浮かべて「抱きしめてもかまわないかしら?」と言った。
キトが頷くとキュッと彼女を包み込むように抱きしめるセレニア。
温かいセレニアの温もりにホッとした気持ちになる。
「まさか…アルフレッドの娘に会える日が来るなんて…こんなに嬉しいことはないわ」
そう言ったセレニアの声は少し震えており、キトの肩にポタっと温もりを感じた。
キトは抱きしめる力を少し強め…「私も…おばあちゃんに会える日がくるなんて想像していなかったので…すごく嬉しいです」と言った。
「ふふ、驚いたんじゃない?こんなに家族がいっぱいいるなんて」とセレニアは笑う。
「はい、驚きました」とキトも笑顔になる。
「お話はあとでゆっくりとね…?」
と言い、1度キトから離れて、レイラを見て微笑みながら頷くセレニア。
レイラも頷いて彼女に微笑み返す。
「次、私たちの家にいる可愛い相棒たちを紹介するわね?」
その声を聞き、数匹の猫たちがトコトコと歩いてきた。
「うちの猫たち、かわいいでしょう?♡ まず、私と一緒にいる美人さんが最愛の相棒猫〔ヴァイオレット〕。それで、大きい子がライアンの相棒で〔プラタナス〕、おチビちゃんたちが〔イリス〕と〔アリス〕でアルヴィンとアリシアの相棒ちゃんたちなの」
ペコっとお辞儀をする猫さんたち。
ヴァイオレットは、レイラの傍にいた灰色で細身の美人猫。
プラタナスも灰色で、身体が大きく毛は長め、相棒のライアンに似てクールなタイプだ。
子猫たちは、イリスが黒、アリスがベージュの毛色。
イリスがアルヴィン、アリスがアリシアの相棒猫で、イリスがオス、アリスがメスだ。
ふわふわの小さな身体が愛らしい双子ちゃんだ。
「はい、かわいいです。みなさんそれぞれ相棒の猫さんがいるんですね?」とキト。
「そう♡ みんなありがと、ここの子たちと遊んできてもいいわよ?」と猫たちに言うレイラ。
4匹の猫たちは、レイラに言われた通り、その場を立ち去って行った。
「えっと…セレニアの相棒猫は…あ、あそこにいる白猫♪」
レイラが指し示す方向に視線を向けると、美しい白猫がいて、ついキトも「綺麗な猫さんですね…」と呟いてしまう。
気づいて近づいてくる白猫、左右の瞳の色が異なり、左目が水色、右目が黄色の瞳をしている。
「初めまして、デイモンという名です」と言い、頭を下げる白猫。
声もしぐさも紳士的な雰囲気がある。
「初めまして、デイモンさん」とキトも丁寧に頭を下げ返す。
顔を上げると、立ち去ったはずのレイラの相棒猫ヴァイオレットが白猫の隣に来ており、「デイモンも一緒に行きましょう?」と言う。
デイモンは「失礼いたします」とキトに言い、ヴァイオレットとともにその場を立ち去って行った。
キトは“デイモンさんって丁寧で紳士的な猫さんだなぁ…”と心の中で思い、立ち去っていく2匹を見送った。
レイラの方に視線を戻すと…「ふふ、ヴァイオレットはね、デイモンのことが大好きなのよ♪ 次は私の弟家族を紹介するわ。彼が私の弟、シリル。お隣が奥様のフィオナさん。お父さんに抱っこされている可愛い女の子が娘のエメリーちゃん♡」と紹介してくれ、傍に彼らが近づいてきた。
キトの叔父にあたるシリルも紫色の瞳で、髪色は濃い灰色。
優しい雰囲気を感じる男性だ。
シリルは「よろしくお願いします」と優しい微笑みを見せる。
3歳になったばかりの娘エメリーは少しくせっ毛の赤茶色の髪の毛を、青いリボンで頭の上で2つに束ねている。
ぷくぷくした桃色のほっぺたが愛らしい女の子だ。
エメリーは「おねがいしあっ!」と父親に続いて元気よくご挨拶した。
まだ少し舌足らずなところもまた可愛らしい。
シリルの妻フィオナは、エメリーと同じ赤茶色のショートヘア。
彼女も少しくせっ毛のようで、娘はそれを受け継いだのだろう。
瞳の色は父親と同じなので、そこは父親から受け継いだようだ。
フィオナは爽やかな笑顔で「よろしくお願いします。今度ぜひ手作りのアップルパイを食べてね?得意料理なの♪」と言う。
彼女は明るい性格で、笑顔がチャームポイントのような人だと後にレイラが教えてくれた。
キトは3人の目をそれぞれ見つつ、「はい!よろしくお願いします。アップルパイですか…!食べてみたいです…!」と笑顔で返した。
「シリル家の猫ちゃんはこの子。名前はネモ」とレイラが言うと、キトの傍に寄ってくる猫。
顔と耳としっぽが黒色の丸みのある長毛の猫だ。
見上げているネモに対し、「初めまして」と微笑むと足元にすりすりと頭をつけるネモ。
可愛らしくてキトの頬はついつい緩んでしまう。
「この子は甘えん坊だから、たくさんかまってあげてくださいね」と我が子を見守るような温かい表情でシリルが言い、キトは頷き返した。
「次はガーネットちゃんにお願いしようかな?」とレイラが言うと、
ガーネットが「はーい。キト。次、私の家族を紹介するから」と歩いてきた。
「ガーネットさんのご家族を? わぁ楽しみです♪」
「この大きい人が私の父。で、隣にいる人が母」と淡々と伝えるガーネット。
「どうも、父のグリフィンです。娘から話を聞いていたよ、お会いできて光栄だ」
と大きな手を差し出し、握手するグリフィン。
キトは「グリフィンさん、私もお会いできて光栄です…!」と微笑んだ。
グリフィンはガタイが良く、身長も今御屋敷にいる誰よりも高い。
ガーネットと同じ赤毛で、瞳も同じ黄色だ。
髪は長く、顎には髭がある。
声も低くて、何とも男らしいおじ様だ。
今度は彼の隣に立つ女性が「母のルベライトです。キトさん、ガーネットと仲良くしてくださってありがとう」と言う。
「こちらこそ仲良くしていただいてとても感謝しています…!」と返すキト。
ルベライトは、茶色の瞳で、橙色の長い髪を頭の上で一つに束ねている。
ガーネットと母親はあまり似ておらず、彼女は完全に父親似のようだ。
挨拶をした後、ルベライトの肩に可愛らしいシマリスが登ってきた。
シマリスはじーっと見つめてきて「んー…。ふむ、なかなか可愛い子」と言う。
キトが「ありがとうございます」とリスへ微笑みを送ると、「この子の言葉がわかるの?」とルベライトは尋ねた。
「はい」とキトが返すと、「ガーネットから聞いたけど、本当なのね。この子は私のパートナーなの、名前は〔ルビー〕。よろしくね? 私は元々リスを守護とする家系出身なの」と言った。
キトは「リスさんを守護にしている一族の方なんですね…!ルビーさん可愛いですね…よろしくお願いします!」とリスに向かって再び微笑みを送った。
「きゃっ♡ 私のこと褒めた? 見る目あるじゃない、あなた」
ルビーは、自分のことを可愛いと思っているナルシストなところがあり、褒められると喜ぶが、けなされるととても怒るらしい。
褒めてくれたキトのことは、彼女のお気に入りリストに追加されたようだ。
グリフィンは彼のようにガタイの良い猫を連れてきた。
長毛で身体の大きなトラ模様のオス猫だ。
御屋敷にいるタイガーに似ているが、タイガーより穏やかでおっとりしてそうに見える。
「この子が私の相棒のアランだ、かっこいいだろう?娘は少し変わっていてライオンを相棒にしているんだが…」と呆れた表情をしてチラッとガーネットを見るグリフィン。
その言葉にムッとした表情で父を睨むガーネット。
ガーネットが睨むので、相棒のライオンも睨みを利かせる。
「カッコイイ猫さんですね?」と慌てて不穏な空気を切るようにそう言うキト。
グリフィンは「そうだろ?」と嬉しそうにニコニコの笑顔で返した。
そんな父に対し、「お父さん、変は余計…」とガーネットはそっぽを向いて低めの声で呟いた。
ケイは、ガーネットに味方し、じーっと見ながら唸り声で父親を威嚇した。
ガーネットは「ケイくん、お父さんのことは気にしなくていいのよー?昔から頭が固いの」と父親にも聞こえるように相棒のケイくんを撫でながら言う。
グリフィンは慌てて「…すまん」と謝る。
「まぁいいけど。次、彼は私の叔父ルーファス、奥さんのドロシーさん。あと子どもたちのテオドールとローリー」
ガーネットは切り替えて、また淡々と紹介をし始めた。
ライオンのケイくんもふいっと視線を逸らした。
ガタイがよく強そうなグリフィンも、娘には弱いようだ。
ガーネットの叔父、ルーファスは兄のグリフィンとよく似ており、彼もまたガタイがよく赤毛と黄色の瞳だ。
グリフィンと違うのは、髪が短髪で、兄よりも身長が低くて少し細身なところだ。
「どうぞ、よろしく」と明るい声と、にかっと笑顔で言うルーファス。
妻のドロシーも「よろしくお願いします」と微笑んだ。
ドロシーは、風邪などひかなさそうなルーファスとは異なり、か弱い印象の大人しい女性だ。
青交じりの長い黒髪を三つ編みで束ねている。
続いて長男のテオドールが小さく「よろしくお願いします…」と呟いて頭を下げ、次男のローリーは元気よく「キトさん、よろしくお願いします!」とご挨拶した。
長男のテオドールは母親似で、目や髪の色が同じだ。
眼鏡をかけており、人見知りだそうだ。
彼とは正反対の性格のローリーは父親似で、彼は父親と容姿も性格も似ている。
やんちゃで元気な男の子だ。
キトが彼らに挨拶を返すと、ドロシーが「ルベライトさんはリスさんの家系ですが、私はウサギさん家系なんです」と言う。
すると、小さな白ウサギがひょこっとカバンから顔を出した。
「この子がパートナーのシンスくんです」と白ウサギの頭を撫でで微笑むドロシー。
「わぁ…かわいい!」とキトは初めて見るウサギに瞳を輝かせた。
「あとうちの猫たちは、この子たち。ここが夫婦で、父猫がオスマ、母猫がマンサ。その子どもたちのポーラ、チュカ、ポーカだ」と自慢げに言うルーファス。
5匹は皆、スラリとした細身の茶色の猫で、豹に似た模様があるのが特徴的だ。
「こちらも素敵な猫さんたちですね…!子猫さんたちもかわいいです」とキトは微笑む。
「だろ?親バカみたいになるけど、やっぱり一番可愛いと思っちゃうよ」とルーファスはまたにかっと笑う。
「最後は私たちね」とルーファスたちの後ろから出てくる赤毛の年配女性と髭もじゃの年配男性。
キトが彼女たちに視線を向けると「私はセレニアの妹で、ガーネットたちのおばあちゃん。ロゼッタです、よろしくね?こっちが私の旦那様で、ガーネットたちのおじいちゃんのギル」と赤毛の年配女性が言う。
ガーネットのおじいちゃんギルも「よろしく」と言う。
ロゼッタはセレニアと同じく紫の色の瞳で、髪が赤毛だ。
ガーネットたちの黄色の瞳は、おじいちゃんのギルから受け継いだようだ。
キトが彼女たちに頭を下げて挨拶をすると、ロゼッタはニコニコしながら
「この子が私たちの愛猫、ベラ。美人さんでしょう?」と言った。
「はい」とキトは微笑み返した。
ロゼッタの家にいる猫、ベラは細身の茶色いメス猫だ。
顔が小さく、瞳が大きくて美人さんというのも頷ける。
「これで全員ご挨拶できたわね?人間も猫たちもたくさんいるから覚えるの大変でしょう?少しずつでいいわ」とふんわりと微笑むレイラ。
キトは「ありがとうございます」と嬉しそうな笑顔でお礼を言う。
すると…家族たちの間を通って、レオとナイトが歩いてきて、
「皆さん、どうぞ広間へ。紅茶など準備しますから」とレオの優しい安心する声が聞こえた。
キトはレオの方を見て、和んだためか頬が緩み、微笑んでしまっていたようで…
「あらあら♡ 彼のこと本当に好きなのね? 彼と結婚したと聞いた時は驚いたけれど、その表情を見れば納得だわ」とレイラがニヤニヤと笑いながら、彼女の耳元で囁いた。
「え…っ。私、今どんな表情を?」と頬を染めて慌てるキト。
「そうね~…彼を見て頬が緩んじゃっていたわよ?♡」とウインクする。
驚いた表情をしながら頬を染めるキトを見て、「可愛い子♡」と言いながらレイラは笑う。
そのまま家族たちを引き連れて、彼女は広間へと入っていった。
ぽーっと彼女の後ろ姿を見ながら立ち尽くしているキトに…レオが「キトさん、大丈夫?」と声をかける。
「…あ、だ、大丈夫ですよ!…少し考えごとしてしまっていただけで」と相変わらず頬を染めながら慌てて言葉を返した。
「そっか、いきなり人がいっぱい来たから驚くのも無理ないよね。さ、皆キトさんのことを待っているから一緒に行こう?」と優しく言うレオ。
キトは照れつつも頷いて、レオとともに広間へ向かった。
ナイトは一度キッチンへ行き、紅茶や軽いおやつを準備してから広間へ行った。
たくさんの人も猫もいるにも関わらず、広間は窮屈さを感じることはなかった。
この時ばかりは広い御屋敷でよかったと誰もが思うのだった。
どうやら前からこの猫屋敷は家族が集まる憩いの場所にもなっていたようだ。
子猫たちは子猫たちで遊び始め、猫たちは猫たちで久々に会い、近況報告などをしているようだ。
猫屋敷住みの茶トラ猫のウォールナットは、セレニアの相棒、紳士な猫デイモンにメロメロのようで、隣を陣取っていた。
レイラが言っていたように彼女の愛猫ヴァイオレットも彼に夢中のようで、ウォールナットと目が合うたびに、2人の間にバチバチと火花が飛んでいた。
デイモンはその2人に挟まれているが特に気に留めていないようで、グリフィンの相棒猫のアランや御屋敷のトラ猫タイガーと話をしていた。
猫付き合いの間にも色々とあるようだ。
人間たちの会話はもちろん、キトの話題でもちきりだ。
みんなで輪になるように座り、キトの瞳が青色なのは母親に似たのか?…母親はどんな人なのだろうか?…御屋敷での生活はどうか?などなど、とても盛り上がった。
夕飯時まで一族の交流会は続き、ギュッと距離が近づいたようだ。
そのまま皆で夕飯を食べ、夜遅くなる前に家族たちは御屋敷から帰っていった。
別れるのは少し寂しく、まだまだ話していたい気持ちもあったが、
「家にも遊びに来てね」と皆声をかけてくれて幸せな気持ちになったキトだった。
その日は、夜中の魔法練習はせず、そのまま幸せで満たされたまま眠りにつくのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
御屋敷の皆や家族と距離を縮めることができ、すっかり御屋敷や一族の一員として認められたキト。
蛇の一件以来、穏やかで平和な時が続いていたが…
これから様々な問題が起き、さらに多くの者たちと関わることになるとは思ってもいなかった。
第3章:猫屋敷と一族。を読んでいただき、ありがとうございます。
次回は、…キトは何やら不思議な夢を見る……そこには…レオに似た少年が…??
それは現実に起きた記憶なのか…それともただの夢?
夢をきっかけに、キトはレオの過去を探ろうとする…。
第4章:夢と微笑みの裏。ぜひ読んでいただけると嬉しいです!
★前書きの表紙についての解説
―――――――――――――――
上にいるのが、ガーネットと相棒のケイくん。
3にいるフクロウは、シュエットの相棒ティポ。
下には左からシュエット、アリシア、アルヴィンの同い年組。
アルヴィンがアリシアを好きなシュエットをからかい、照れながらムッとし彼を見つめるシュエット。
しかし、間に挟まれたアリシアは何だか分かっておらず不思議そう!
―――――――――――――――
★登場キャラクターイメージ
―――――――――――――――
シュエット:フクロウの一族、アトウッド家の子。15歳の明るい少年。
ティポ:シュエットの相棒フクロウ
ランプモンスター
-------------------------
キトの家族たち
-------------------------
ウィロウ家の家系図
--------------
レイラ:キトの叔母
ライアン:レイラの息子(長男)
アリシア:レイラの娘(長女)
アルヴィン:レイラの息子(次男)
ヴァイオレット:レイラの愛猫
プラタナス:ライアンの相棒猫
イリス/アリス:アルヴィンとアリシアの相棒猫(双子の子猫)
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セレニア:キトの祖母
デイモン:セレニアの相棒猫
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シリル:キトの叔父
フィオナ:シリルの妻
エメリー:シリルとフィオナの娘
ネモ:シリル家の愛猫
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グリフィン:ガーネットの父
ルベライト:ガーネットの母、元々リスの一族の娘
アラン:グリフィンの愛猫
ルビー:シマリス、ルベライトのパートナー
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ルーファス:グリフィンの弟、ガーネットの叔父
ドロシー:ルーファスの妻、元々ウサギの一族の娘
テオドール:ルーファスとドロシーの息子(長男)
ローリー:ルーファスとドロシーの息子(次男)
シンス:白ウサギ、ドロシーのパートナー
マンサ:ルーファス家の猫、三つ子の母猫
オスマ:ルーファス家の猫、三つ子の父猫
ポーラ/チュカ/ポーカ:ルーファス家の猫、三つ子の子猫たち
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ロゼッタ:ガーネットの祖母
ギル:ガーネットの祖父
ベラ:ロゼッタとギルの愛猫
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