ボス猫、レオ。
10月31日の誕生日に遺言書を受け取り、御屋敷に住む権利を与えられたキト。
条件として〔ボス猫との結婚〕があり、悩んだが一緒に皆と御屋敷に住みたいという気持ちを優先し、結婚を決めた。
ボス猫のレオも受け入れており、11月1日に御屋敷のみんなやガーネットの協力で結婚式をあげた。
怒涛の勢いでレオと夫婦になり、そのおかげで無事に御屋敷に住むことができるようになった。
本日は11月8日…結婚式の日から穏やかに1週間が過ぎていた。
ここ1週間は、誕生日にもらった植物の本をじっくり読む時間を作ったり、皆の生活を観察したりして過ごした。
観察し、皆と交流する中で、少しずつ御屋敷の皆のことが分かってきた。
朝と夜の食事は共に食べて一緒に過ごすが、それ以外は自由。
猫たちは昼寝をしたり、お散歩に出かけたり…のんびり気ままに過ごしている。
茶トラ猫のアーモンドと子猫のチェスは仲良しのようで、よく一緒にいる。
彼らは庭で遊んだり、日向ぼっこするのが好きなようだ。
アーモンドは猫たちの中で一番積極的に話すタイプのため、キトに対してもいつも話しかけてくれる。
よく話すので伝言係にもなっている。
彼がぽっちゃりしているのはキッチンに行ってこっそりつまみ食いをしてしまうからで、猫たちは子猫のチェスも真似をしてぽっちゃりしてしまうのではないかと心配しているようだ。
おばあちゃん猫のコットは、玄関から見て東側の広間にある大きくて立派な一人掛けの紫色のソファがお気に入りのようで、そこにいることが多い。
そのソファの向かえにある黒い揺れ椅子がひいおばあさまルナの席だったようで、これからはキトの席にしてよいとコットが言ってくれたため、彼女の定位置となった。
タイガーも広間で過ごすことが多く、暖炉前のスペースがお気に入り。
冬になり火が灯ると、特に離れずにそこにいることが多いそうだ。
アーモンドが歌うのはあまり好きではなさそうだが、騒がしいのが嫌いなわけではないみたい。
観察していると、寡黙で厳格な猫たちのお父さんのように見えてくる。
ウォールナットとタイガーは仲が悪いわけではないが、意見が合わないとすぐに言い争いを始める。
大喧嘩までには発展しないが、気が済むまで、もしくは誰かが空気を変えるまでは続く。
たいてい2人の言い争いを止めるのはコットかボス猫レオの役目のようだ。
ウォールナットとバニラはメス猫同士のためか、仲が良い。
様子を見ていると、ウォールナットが気の強い姉で、バニラがおっとりした妹のように見えてくる。
バニラは〔キトの世話係〕という任を与えられたことに誇りを持っているようで、何かできることはないかと気にかけてくる。
彼女は何かと忙しそうにあちらこちらへ行っており、理由としてはみんなに頼まれごとをされると張り切ってお手伝いしているからだそうだ。
灰猫のクラウドは、優しくて物静かなタイプだ。
キッチンがある西側の広間、窓際に置いてある棚の上が彼のスペースのようで、彼用のクッションがいつも置いてある。
そこにいるか、忙しそうにしているバニラのお手伝いをしているところをよく見かける。
ウォールナットとバニラは、毎日ひいおばあさまの衣装部屋で服を選ぶのを喜んで手伝ってくれた。
今まで3着程度を着まわしていただけだったので、選び放題というのは慣れなかったが、2匹のおかげで服を選ぶ時間が楽しいものになっている。
初日から好意的に接してくれたタイガー以外の猫たちは、お話してくれたり、遊びに誘ってくれたり、一緒に昼食を食べようと言ってくれたり、相変わらず好意的に接してくれている。
最初は受け入れのよくなかったタイガーとも距離を縮めることができ、隣にいても初日の時のように鼻で笑って嫌味を言ってくることはなくなった。
同じ人間である執事のナイトは、朝から晩までご飯の準備や掃除など、全ての家事をこなしている。
彼は親族ではないため、本来猫と話すことができる能力は持っていないが、つけている黒い猫の仮面のおかげで猫たちと会話ができているようだ。
彼から「仮面に魔法がかけられているから、自分も猫たちの言葉が分かります」と教えてくれた。
孤児院で慌ただしく子どもたちの世話や掃除などをしていたため、のんびりしていることが落ち着かないキトは彼の手伝いを試みるが、決まったルーティンがあるようでそこまで手伝いを必要とはしていなさそうだ。
しかし数日経った頃、キトがいつも声をかけてくるからか、手伝いが必要なことがあったら声をかけてくれるようになった。
素っ気ない話し方は変わらないが、彼女を嫌っているわけではないようだ。
結婚式の時にナイトのお手伝いをしていたミニペンギンたちは、あの時のようにお客様が来た時などは出てきて彼の手伝いをするそうだが、あれから冷蔵室から出てきたところを見ていない。
冷蔵室に住んでいるミニペンギンたちは全部で7匹で、7匹の違いは首についている蝶ネクタイの色が違う以外で、よく分かっていないようだ。
また、冷蔵室の中でどのような生活を送っているのかも謎だ。
住む場所と食事を保証する代わりに、食材の番を頼んでいるそうだ。
御屋敷に住んでいる者たちも彼らとは程よい距離を保って関わっているようで、知らないくらいがちょうどよいのかもしれない。
角砂糖おばけシュムシュムたちは食事の時はいつも一緒だが、それ以外はたまに見かける程度…
目が合うと手を振ってご挨拶をしてくれる、とても愛らしい生きものだ。
自分の食べ物を奪われそうになるととても怒るが、それ以外はほんわか穏やかな性格のようだ。
彼らのお家は地下室の一角にあるそうで、お家にいる間はどんな生活をしているのか…不思議だ。
元々御屋敷を建てる前からこの土地に住んでおり、ご近所さんだったそう。
最初は近くの木できた穴の中に住んでいたが、気づいたら懐いて一緒に暮らすようになったとのこと。
結婚式の時に手伝ってくれた曾孫のガーネットはあれから顔を出していない。
ひいおばあさまが生きていた頃は、気まぐれに遊びに来ていたそうで、キトが住み始めたので気が向いたらまた遊びに来るのではないかとアーモンドは言っていた。
猫たちの中でアーモンドはガーネット担当と呼ばれているようで、彼女を呼びに行く担当のようだ。
ここ1週間は御屋敷を訪れる者は見かけなかった。
まだ見ていないが、たまに野良猫たちが遊びに来るそうで、〔猫屋敷〕と呼ばれる理由の一つに野良猫にとっても憩いの場所になっているからだそうだ。
このように御屋敷の者たちの生活や接し方が分かってきたが…キトが一番分からないのはボス猫レオのことだった。
夫婦になったが、彼と打ち解けることが一番できていなかった。
朝晩の食事以外は、あまり顔を合わせない。
アーモンドとともにチェスと一緒に遊んでいるところを1度見かけたが、ほとんど地下室から出てこないようだ。
皆は特に気にしている様子ではないが、キトはどう接することが正解なのか悩んでいた。
結婚式以来、挨拶程度の会話しかできていなかった。
素敵なお嫁さんになる!と意気込んだが…近寄らないことが正解なのだろうか?
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同日の昼過ぎ…広間の揺れ椅子に座ってぽーっとしていると、おばあちゃん猫のコットが向かえ側にあるお気に入りのソファに座り、「ここでの生活はどうじゃ?」と声をかけてきた。
「とても穏やかな時が過ぎて、不思議な気持ちです。皆さん私を受け入れて一緒に時間を過ごしてくださることは嬉しいですし、楽しいです。でも…今まで何かしていないと怒られていたから、何もしなくていいのかな?と時々心配になっちゃいます。ナイトさんがいらっしゃるので問題ないのでしょうけど…今まで執事さんがいる御屋敷に住んだことがなかったのでしてもらうことに慣れなくて…」
と最初コットを見たが、徐々に俯いていき、最後は足元を見てゆっくりと小さく椅子を揺らしながら話すキト。
「あはは、そうかい。ここではのんびりしてるのが一番さ。今まで忙しかった分、やりたいことをやるといいさね」
コットは目を閉じて、手の上に顎をのせてゆったりとしている。
「そうですか…ありがとうございます」とコットをみて、微笑むキト。
「それで…何か悩みごとでもあるのかい?」と薄っすら目を開いてちらっとこちらを見るコット。
キトは「え…」と声を出して、驚いた表情をする。
「なんだか来た頃より、元気がなさそうに見えてな」
「…元気ですよ!…ただ…」
慌てて否定するが、レオのことが頭に浮かんで俯いてしまう。
「んー…レオのことかい?」と目をしっかりと開いてキトを見据えるコット。
「え…どうして分かるんですか?」
俯いた顔を上げ、コットの目を見る。
「ははは。他の猫たちとはそれなりに上手くやっているようだが、レオと話しているところは見かけないからね。彼を目では追うのに話しかけないし。もしかしたら、悩んでるんじゃないかと」
「はい…レオさんとは打ち解けることができていなくて、どう接するのが正解なのかな…って。
結婚するって決めて…種別が違くても幸せって思ってもらえるような奥様になるぞ!って決意したんですけど……どうしたらいいのか分からないんです」
俯いて、不安そうな表情を浮かべるキト。
「んー…なるほど。家で一番警戒心が強いのはタイガーのように思えるかもしれないが、実はレオが一番だと思う。タイガーは最初の印象は悪いが、慣れてくると気づいたら受け入れていてあまり気にしなくなるタイプだ。逆にレオは、穏やかな口調で話すし、タイガーと違って喧嘩腰には来ないから好印象。だが、本当の意味で心を開いてはいないのかもな?
正直私らにもどこまで心を開いているのかは謎だが。ま、仲が悪いわけではないし、別にいいが」
しゅんとしている様子のキトを見て、お気に入りのソファから降りてキトの膝の上に移動するコット。
少し驚いた表情のキトと、膝の上でゆったりモードのコット。
「ふむ、悪くない。まぁ少しずつじゃな。ここでは誰もが自由に過ごしている。たまに地下室に押しかけてみても怒りはせんと思うぞ?レオが怒るところは見たことないからな~。誰かが危ないことをした時に注意するところは見るが。
猫たちも用事があったら気にせず押しかけとるぞ?特にチェスなんかはいつも押しかけとる、ははは。
話したいといえば話してくれると思うぞ?
それと、レオは意外と不器用というか、鈍いというか…そういうところがあるからな〜こちらから言わないと気づいてない時とかもある」
しっぽを振り、キトの膝の上を気に入った様子のコット。
完全にゆったりモードに突入し、目を閉じて落ち着いていた。
「わかりました…ありがとうございます、コットさん。勇気出してみます♪」と笑顔が戻るキト。
「ふむ、礼に撫でとくれ。膝の上、気に入ったぞ」とコットはご満悦の様子。
キトは微笑みながら撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らしてリラックスしているコット。
コットの気分が変わるまで、しばらく揺れ椅子で揺れながら、のんびりと過ごしたのだった。
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午後、勇気を出して地下室を訪れてみることにしたキト。
静かに扉を開けて覗き込んでみる。
前は音に気づいて近寄ってきたが、今日は来ない。
ベッドの上やその付近にはいないようで…そのまま奥の図書室へ行ってみる。
“あれ?いないのかな…”とキョロキョロ見渡していると、本棚の上から「本を取りに来たの?」と声が聞こえた。
見上げるとそこにはレオがいて…本当は話をしたくて来たのだが、つい「…あ、レオさん!…はい…そ…そうなんですっ」と返事をしてしまった。
「自由に見ていいよ。…もし邪魔だったらあっちに行くし」と相変わらずの優しい口調で話すレオ。
「あ、いえ!邪魔じゃないです…!」キトは慌ててそう返す。
「そう…?」と首を傾げるレオ。
「はい、このままいてください…。あ、あの…もしよろしければこの前のプレゼントの本みたいに…おすすめの本があれば、教えていただきたいです…」と緊張しながらも勇気を出してお願いしてみる。
“きっかけがあれば…少しお話ができるかな?”と考えての行動だ。
「ん?…俺でよければいいよ」と快く受け入れてくれ、嬉しそうに「ありがとうございます」と返すキトだった。
結局しばらく黙ったまま、本の背表紙を眺めていた。
“うぅ…どうしよう”何を話したらいいのかと悩むキト。
何分くらい経ったのだろう…。
そこへ「キトさん」とレオから声をかけてくれ、驚きつつ慌てて「え…あ、はい!」と返事する。
「物語より、知識を与えてくれる本がいいかな?」
レオは真剣に本を選ぶのを手伝ってくれていた。
「…そうですね」と返すと、「それならこの辺に置いてある本がいいかもしれない、見てみて?」と言うレオ。
「ありがとうございます…!」と笑顔で答え、“今、レオさんとお話できている”と嬉しい気持ちになるキト。
「自由に持ち出していいから、ゆっくり読むといいよ」と言うレオにお礼を返し、言われた棚からいくつか気になる本を手に取る。
“どうしよう…このままだと会話が終わってしまう”と困った顔になるキト。
その顔を見て、気持ちを察したのか…
「キトさん、ルナの写真があるけれど見る?」と声をかけるレオ。
困った顔から一変し、表情が明るくなり、嬉しそうに「見たいです!」と答えるキト。
「こっちに来て」という彼についていく。
ベッドの側にある棚に置いてある一冊のアルバムを指し、「これを開いてみて」と言う。
キトは、持っている本をベッドに置き、言われたアルバムを手に取る。
そのままベッドに腰かけ…ぱらっと表紙をめくると若い女性の白黒写真が入っていた。
「もしかして…この方がひいおばあさまですか…?」と写真を見ながら尋ねるキト。
「そうだよ、若い時のね。同じ黒髪だし、見た目はキトさんに少し似てるかな。性格は気が強くて、キトさんには似ていないね。どちらかというとガーネットに近いかな」
レオもベッドに腰かけ、隣で一緒にアルバムを眺めながら話す。
「そうだったんですね…ふふ、ひいおばあさま、綺麗だなぁ…」
微笑みながら、1つ1つページをめくっていく…
最初の数ページはひいおばあさまが1人で写っている写真が続いたが、人と写っているものに変わった。
「この人は…?」と若いひいおばあさまの肩に手をのせている背の高い男性を指すキト。
「この人はキトさんのひいおじいさんだよ」
「…ひいおじいさま!…背が高くてかっこいい方だったんですね…」と言い、瞳を輝かせる。
「確かにそうだね。彼の名前はエドワード。背が高くてかっこいいよね。気の強いルナとは正反対で、穏やかでおっとりした性格な人だったよ。キトさんみたいに」
「エドワードさん…。私は…どちらかというと見た目はひいおばあさま似で、性格はひいおじいさま似なんですね」
レオとお話ができていること、家族の写真を見れていることが嬉しく、幸せ笑顔になるキト。
また1ページめくる…
「あ、この子たちはルナの娘たち。長女のセレニア、次女のロゼッタ。セレニアがキトさんのおばあちゃんで、ロゼッタがガーネットのおばあちゃん。写真だと分からないけど、ロゼッタも赤毛。父親のエドワードが赤毛だったから父親譲りなんだ」
アルバムに手をのせて示しながら説明してくれるレオ。
「セレニアさん…。ガーネットさんが赤毛なのは、元々ひいおじいさま譲りだったんですね…」
もう1ページめくる…
「これがロゼッタの2人の息子。子供の頃の写真だけど。ガーネットは長男グリフィンの子。次男のルーファスの子たちにもいつか会えるかな」
「私とガーネットさん以外にも曾孫がいらっしゃるんですか?」
「うん、いるよ」という言葉に、「…お会いできたらいいな♪」とニコニコ笑顔で返すキト。
「次は…セレニアの子どもたちだね…」と先ほどの写真の隣に手をのせるレオ。
「私、お母さまもお父さまも知らなくて…どうして孤児院にいるのか不思議でした。…両親は死んでしまったのかな…って」と寂し気な表情で呟く。
「そうだよね。今まで辛かっただろうに…キトさんは驚くほど穏やかで素直な人に育ったね?親に捨てられたと思って性格が曲がってしまってもおかしいと思うけれど…」
「そうでしょうか…?」と俯いた顔を上げてレオを見る。
「うん、会った時から素直で性格が良い人で驚かされたよ。もしかしたら、我が儘だったり、ひねくれた性格だったり、卑屈になってしまっている人だったり…そんな人が来るのではと思っていたけど。全然違くて安心した。…一緒には住んでいないけど少しルナにも似ていたし」
“そう思っていたんだ…”とレオの考えが知れて嬉しいキト。
「優しくて明るく素直なキトさんだから、皆すぐに受け入れたんだと思うよ」
「…そうですか。性格が良い人だと思われていたのであれば嬉しいです!」と微笑むキト。
「…続き、話すね? セレニアには3人子どもがいて、長男アルフレッド、長女レイラ、次男シリル。キトさんは長男アルフレッドの子だよ。レイラとシリルは魔法使いとして優秀だったけど、アルフレッドは才能が開花しなくてずっと悩んでた。いつも父親に怒られて、喧嘩していた。彼は元々怒りっぽい性格ではあったんだけど、怒られるたびにさらに反抗的になってしまって…ある日、耐えかねて家を飛び出した。…君がなぜ孤児院にいたのか、アルフレッドと君のお母さまが亡くなったかは誰も知らないんだ。ごめんね…分かっていればいいんだけど…」
と申し訳なさそうに言うレオ。
「いえ…お父さまのことを知れただけでも嬉しいです。いつかお母さまのことも知れたらいいな…」
「そうだね…」とキトの声のトーンに合わせて静かに返すレオ。
「1つ気になったんですが、どうしてひいおばあさまは私を見つけることができたのですか?お父さまとお母さまがどうなったか分からないのに…」
隣にいるレオの方を見て、尋ねるキト。
「キトさんが小さい頃だから記憶にないかもしれないけど、1匹の野良猫を君が助けたんだ。院長から追われていた猫を君が逃がしてあげたらしい。その時助けてもらった猫が教えてくれて…確かに自分が言っていることを理解していて会話になっていたとも。それでもしかして一族の子なんじゃないかとルナが詳しく調べることにしたんだ。
夜中にその助けてもらった猫に頼んで、君がいつも身に着けているものを取りに行ってもらった。その猫はいつも履いている靴を一足もってきて、その靴を使って血縁関係を調べたんだ」
「あ……靴がなくなってマナさんがこっそり準備してくれたことがあるって聞いたことあります。それでだったんですね…。血縁関係を靴で調べることができるんですね?」
「そっか…。今更だけど、勝手にもらってきてしまってごめんね?調べられるよ、ルナは魔法使いだから」
「なるほど…」
「それで…調べたおかげで血が繋がっていることが分かった。何故すぐに引き取らなかったの?と思うかもしれないけど…その時は孤児院にいる方が安全だったからで……ごめん、話が長くなってしまったかな?」
「いえ、自分や家族のことが知れて嬉しかったです。レオさん、ありがとうございます」
レオが言った〔孤児院にいる方が安全だった〕という言葉に少し引っ掛かりながらも、また今度教えてもらえるかもしれないと今日は深掘りしないことにした。
「どういたしまして」と言ったあとベッドから降りようとするレオを引き留めるように、「それに…レオさんとお話できて嬉しかったです」と呟く。
思ってもいなかった言葉に驚き、目を丸くして立ち止まるレオ。
「その…実は…本を借りたくて地下室に来たのではなくて…レオさんとお話したかったからなんです」と真っ直ぐレオの目を見つめる。
「そっか…」
レオはもう一度、隣に座りなおした。
「ご迷惑…かけてしまっていたらごめんなさい。…あまり深入りしない方がいいのかな、声をかけない方がレオさんにとってはいいのかな…と考えたんですけど…。コットさんが声をかけてみたら?と言ってくださったので、勇気を出してみました」と不安そうな顔で言うキト。
「迷惑ではないよ。ごめんね、俺と話したいと思っていたとは考えてなくて…正直に言うとみんなと楽しそうに話していたからそれでいいと思ってた。」
「そうだったんですか…?」
「うん。ルナは自分から積極的に話しかけてくるタイプで、俺はいつも聞き手だった。元々自分から積極的に話しかけにいくタイプではなくて、普段はみんなから用事があったら話しかけてくるから。それに慣れていて、話したかったら声をかけてくるかな、と思ってた。ごめんね、キトさんはキトさんで、みんなと一緒とは限らないよね…?」
「そうでしたか…。い、いえ…勝手に遠慮していたのは私なので、謝らないでください!…では…これからは話しかけても…いいですか?」とレオの顔色を伺う。
「いいよ、キトさんが俺と話すことを望むなら。これからは俺も話しかけるようにするね?」と優しい声で返すレオ。
「はい…!嬉しいです。私…種別の壁を越えてレオさんにとって素敵なお嫁さんになれるように頑張るって決めたんです…!だから…嫌だったら遠慮なく言ってくださいね?」
満面の笑顔から気合を入れた表情、八の字眉とコロコロと表情が変わる。
気持ちを素直に表してくるキトをみて、“表情がコロコロ変わって面白い子、何考えているか分からないとよく言われる自分とは正反対だな”と思うレオだった。
「そんなこと思っていたんだね…。確かに遺言書のこともあって結婚することになったけど、俺のお嫁さんということを意識しなくてもいいし、俺のために努力しなくてもいいんだよ…?
でも…ありがとう。俺も努力しないといけないね?」
「い、いえ…!そんなレオさんはそのままで大丈夫です…!私が勝手に頑張ると言っているだけで…」と今度は大慌ての表情。
「そっか…。それならそのままで。無理に頑張らずに、夫婦らしさを意識せずに、まずお互いにそのままの自分たちを知っていく努力をしようか。…どうかな?」と首を傾げて尋ねる。
「…なるほど……確かに、まずはそこからですよね。…そうしましょう!…レオさん、改めてよろしくお願いします!」と頭を下げる。
レオも「よろしくお願いします」と頭を下げ返す。
夕飯までの間、そのまま一緒にアルバムの写真に目を通しながら過ごした。
途中から遊びに誘いに来た子猫のチェスやアーモンドも一緒に混ざり、ひいおばあさまのルナとの思い出話に花を咲かせるのだった。
キトは、少しレオと距離が縮まった気がして嬉しい気持ちだった。
同時にひいおばあさまや両親など自分の家族のことを知れ、心が満たされた。
“ガーネットさんのご両親や他の親族の皆さんにも会ってみたいな…。これからもっとレオさんと仲良くなれるかな…。”とそのようなことを考えながらこの日は眠りにつくのだった。
次の日から今までのように遠慮するのをやめ、レオにも声をかけるようにした。
レオも嫌な様子はなく、応えてくれた。
彼自身が言っていたように自分から積極的に声をかけるタイプではないようで、彼から話しかけてくることは少ないが、それはこの御屋敷では普通のことのようだ。
いつもよく声をかけているアーモンドによると、忙しければ今はダメとはっきり返してくれるからそう言われない時は受け入れてる証拠らしい。
“もっと早く聞けばよかった”と思いつつ、そのおかげで彼から直接気持ちを聞けたのだからよかったのかもしれないとも思った。
レオとの接し方も分かったが…この後ある事件が起き、さらに驚きの彼の秘密を知ることになる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
勇気を出したあの日から3日後、11月11日0時過ぎ。
眠っている間に、自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
“誰だろう…私を呼んでる…?”
パッと目が覚める。
キト…
キト…
と確かに聞こえるが、誰もいない。
「…誰かいるんですか?」と呼びかけてみるが返事がない。
気味が悪く、とても恐ろしかった。
“悪い夢でも見ているのかな…”と思い、頬をつねてみる。
確かに痛みを感じるが、ずっと自分の名を呼ぶ声が止まらない。
身体を起こしてみると、暗闇の中、目の前に2つの光るものがあった…。
“な…に?”
光るものを見たせいか、急に固まって身体が動けなくなる。
“え、動けない…。何が起きているの…恐い”
『お前がキトだね…そのまま動かないでいてもらおうか…』
直接、頭の中に話しかけてくるような感覚が襲う。
“…誰………?……声が出せない……どうして”
声を出してみようとするが、口を開けることもできず、身体全体が強張っていた。
暗闇に少し目が慣れてきて、目の前にシルエットが浮かび上がる。
光るものの正体は…蛇の目だった。
『このまま着いてきてもらうよ。そうすると私も昇進できるんだよ…』と蛇は脳内へ語りかけてきた。
勝手に身体が動き、ベッドから降りて立ち上がるキト。
“身体が勝手に…恐い。……誰か…お願い………。助けて…!”
瞳から目を離せず、身体が勝手に動く…。
声も出せない彼女は、心の中で必死に助けを求めた。
もうこのまま助からないかもしれない…とあきらめかけた時、突然強い薄緑色の光が現れた。
それはベッドの横にある棚からで…引き出しの中が光っているようだ。
ガタガタガタと音を立てて引き出しが勝手に開く。
“もしかして…引き出しから…?…あの中には…結婚指輪があるだけで……”
ふと、結婚式の日にレオから言われた言葉を思い出す。
―肌身離さず持っていてほしい。君を危険から護ってくれる魔法が込められているからね…―という言葉。
指輪の猫の瞳に埋め込まれた水晶が薄緑色に変わり、同じ色の強い光を放つ。
その光の強さにやられてうろたえる蛇。
蛇が目を離したことで催眠が解け、力が抜けてそのまま床に座り込むキト。
恐れから腰の力が抜け、立ち上がれなくなってしまった。
“どうしよう…逃げないといけないのに……お願い…力入って、私の足…!”
「何だ、今の光は…!く…催眠が解けてしまった、もう一度…!」
もう一度目を合わせようとする蛇…
目を合わせないためにキュッと目を閉じるキト。
閉じている中、『目を閉じるな…』と言いながら蛇が近づいてくるのを感じる。
震えながらも力を振り絞って、少しずつ後ろへ下がる。
突然、自分に向かって囁いていた蛇の声が「離せ…!」と喚く声に変わった。
恐る恐る目を開けてみると…
カーテンと窓が開いており、そこから射し込む月明りに照らされ、捕まった蛇の姿が目に入る。
そして、蛇を捕らえている人間の姿。
執事のナイトではない…初めて見る人間だ。
人間が現れた途端、猫の瞳は透明な水晶へと戻り、光が消えた。
“この人はいったい…”
「お前をどうしたものかな…?」
どこかで聞いたことのあるホッとする声…
「離せ…!俺はただあの方の言う通りにしているだけだっ!…俺も被害者だ!」
手から抜けようと暴れ、人間の手に巻き付こうとする蛇。
「剝製にでもしようか…?」
グッとさらに手に力を入れ、蛇が巻き付こうとする力を抑える人間。
「嫌ー!それはやめてくれ…!もうしないもうしないよ、見逃してくれたら近づかないから…!」
必死に訴えかける蛇。
「信用できないな…。んー…まぁとりあえず殺しはしないよ。でも、このままにしていたら危ないからね。君にも彼女を襲わないように催眠をかけさせてもらうよ…?」
と落ち着いた口調で、静かに蛇に圧をかける人間。
諦めたのか、もしくは殺されないと安心したのか、蛇は大人しくなった。
蛇を捕らえた人の…さらりとした長い金髪が月明りに照らされ美しく輝いている。
整った美しい顔立ちから女性にも見えるが…身長も高くキトよりも肩幅があるから男性だろうか…?
宝石のように輝く緑の瞳、この瞳もどこかで…
キトはその青年から目を離せなくなる。
「ナイト、この蛇は頼んだ。彼女に近づかないように催眠をかけるから、逃がさないように一時的に閉じ込めておいて」と青年が言うと、扉を開けて執事のナイトが姿を現し、「わかりました…」と彼女を襲った蛇を受け取って下へと連れていく。
部屋に残った金髪の美青年、とキト。
キトは驚いてそのまま動けずにいた。
ふと、青年の視線がこちらに向き、“どうしよう…”とドキッとする。
吸い込まれそうな瞳で見つめられ、戸惑う。
“…この感覚……覚えがある…”
「驚かせてしまったね、大丈夫…?立ち上がれるかな…?」と手を差し出される。
少し躊躇うが…執事のナイトとも話しており、知らない人とは思えなかったため、差し出された手に手を重ねる。
彼の手は温かく…心地良い。
ふと起き上がった瞬間、彼の胸元にある自分と同じ結婚指輪が目に入る。
“まさか…この人……”と、ある者が頭をよぎる。
青年は、彼女の背中を支えて立ち上がる手助けをし、そのままベッドに座らせてくれた。
整った美しい顔…“こんなに美しい男性は初めてみた…”とつい見つめてしまう。
「俺が誰か気になるよね…?」と優しい口調で言う青年。
言葉が出てこず、そのまま頷くキト。
青年は、「…レオだよ」と真っ直ぐキトを見つめて言った。
聞き覚えのある優しい声、金色の毛…見つめられると吸い込まれてしまいそうな瞳…そして、胸元にあった同じ結婚指輪…もしかしたら…と思ってはいたが、衝撃で言葉が出てこないキト。
「驚くよね…」と困ったような表情をしつつ、微笑む人間姿のレオ。
キトは何と言っていいか分からず、とりあえず彼の目を見ることしかできなかった。
「0時から朝6時までは、この姿なんだ」と言い、少し距離を空けてキトの隣に腰かけた。
「…人間に変身できるんですか?」
「んー…戻れるという表現が正しいかな。俺は元々猫じゃない。君と同じ人間」
キトと視線を合わせずに、前を向いて話すレオ。
「…えっ?!…どうして…普段は猫さんなんですか?」
衝撃な事実を知り、さらに頭が混乱する。
「…そうだな…。魔法?…呪い?…どう表現したらいいかな。元々は人間だったけど、魔法で毎日0時から6時までの間以外は猫の姿になった」と言われ、驚きと溢れる疑問から思考停止状態になり、言葉を失うキト。
「すぐに理解しなくていい、少しずつでいいから。まずは事実だけ知っていてもらえたらそれで。
それより、恐い体験をして疲れたでしょう?…まずはゆっくり休んだらどうかな?…蛇のことはまた明日話してもいいし」と優しく微笑むレオ。
「いえ…ドキドキして眠れそうにないので…今教えてほしいです」
「…分かった。色々あって混乱してると思うけど…まずは何から聞きたい?」
「…レオさんのこと」と真剣な眼差しでレオを目を見るキト。
「そっか……」と言い、視線を逸らす彼をみて「…すみません……」と慌てて謝る。
「…いや、結婚したら話すと言ったから…謝らなくていいよ?んー…どこから話したらいいかな。まず…そうだな…。俺はルナよりも年上でずっとこの姿のまま生きてる」
目を合わせずに言葉を続ける。
「…え」
これまた衝撃でキョトンとした表情を浮かべる。
「…はは、そうなるよね。簡単に言うと、不死身なんだ。その代償として普通の人間としては生きられない。だから、猫の姿になってしまう。ここまでは大丈夫…?」
キトができるだけパニックにならないよう、ゆっくり丁寧に話すレオ。
「…はい…なんとなく」
今まで生きてきた世界では想像もつかない事実に驚くが、ルナが魔法使いであるように、魔法が使える世界ではそういうこともあるのだと、事実を受け止める努力をするキト。
「昼間に話したことは全部ルナの傍で見てきたことを伝えた。この屋敷を作った時も傍にいたし、歴代のこの屋敷に住んでいた猫たちも皆知っている」
「ど、どうして…その…不死身になる魔法をかけられてしまったのですか?」
「そうだね…自分で望んでかけてもらった」
「…どうして…?」と理由を尋ねると、遠くを見つめて黙り込んでしまうレオ。
その様子を見て、孤児院という小さな世界で生きてきた自分には想像もつかないような世界を見てきたからなのだろうと思うキト。
ふと目線を下すと彼がグッと拳を握っていることに気づいた…何か辛い記憶でも思い出しているのだろうか…彼女は強く握られた拳にそっと手を添えた。
驚いた顔をして彼女の方を向くレオ。
「辛いことなら…無理に今すぐ話してとは言いません。けれど…私。レオさんよりずっと年下で何の知識もないですが…貴女のお嫁さんになりました。…ひいおばあさまが遺言としてそうさせたのには何か意味があるんじゃないかなって思っています。…一度お伝えしましたが、種別が違っても幸せって思ってもらえるような奥様になるって決めたんです…。だから、辛い時には寄り添いたいですし…力になりたいです…」
と力強く澄んだ青の瞳で真っ直ぐレオの瞳を見つめる。
レオは、その瞳を見つめたまま…黙り込んでしまう。
「…すみません…。図々しかったですよね…」と慌てるキト。
「…いや、図々しくないよ。ありがとう。君には驚かされるな…どこまでも真っ直ぐ澄んでいて…」
と微笑むレオ…どこか愁いを帯びている。
「どうしてかは…約束を果たすため…かな」と呟くレオ。
「…約束?」
「…そう。ごめんね…今はこれ以上言えない。いつか話すよ…きっとね」
拳の上に重なったキトの手をもう片方の手ですくいとり…「気にかけてくれてありがとう」と言ってキトの手を自分の手から離す。
「あ…ご、ごめんなさい…!…まだ知り合って間もないのにいきなり…こんなっ…」
ふと自分から男性の手に手を重ねていた事実に気づき、急に恥ずかしくなって頬が熱くなるキト。
「ううん、謝らないで。俺が拳を握っていたから和らげようとしてくれたんでしょう?嫌だったわけじゃないよ、そこの引き出しに入っている指輪について説明したくて」
立ち上がり、引き出しに入っている結婚指輪を取り出す。
「手…貸してね?」
もう一度キトの手を取り、取り出した指輪を左手の薬指にはめる。
キトは何だか急に意識して照れてしまい、頬を熱くして、黙って手元を見つめた。
「この指輪は、ルナが選んだ話をしたよね?」
そっと彼女の手から手を離す。
「…はい。あと危険から護ってくれる魔法が込められていると言っていました」
「そう…この指輪を選んだのはルナだけど、魔法をかけたのは俺なんだ。指輪が傍にある時、キトさんが助けを求めると指輪が危険から避けるために時間を稼いでくれる。助けを求めたことは、魔法をかけた俺にも伝わるようになっている。だから、気づいてこうして助けに来れた」
「…レオさん自身も魔法が使えるんですか?」
「うん、使えるよ」
「…すごい。助けてくださってありがとうございます、レオさん」と笑顔でお礼を言う。
続けて「あの…蛇は『このまま着いてきてもらうよ、そうしたら昇進できる』と言ってました。…いったいどういうことなのでしょうか?それに…レオさんと話している時、「あの方の指示通りにしているだけだ」みたいなことを言ってました…あの方って誰なのでしょうか?」と尋ねる。
驚いている様子のレオ、キトは「レオさん…?」と首を傾げる。
「キトさん…蛇の言葉が分かったの?」
「はい…この前ガーネットさんの相棒のケイさんともお話ができました」
レオは、さらに驚いて目を丸くするが、すぐ冷静な表情に戻り、何か考えている様子だった。
そして「キトさんが狙われている理由が少し分かったかもしれない…」と言った。
「普通は守護関係にある動物としか話せない。キトさんの場合は、猫を守護とする一族だから猫と話せるのは分かるけど、他の動物とも話せるというのは普通ではない」
「…え、私って変なんですか?!」
「んー…あらゆる生きものと話ができる存在もいるけれど、人間ではごく一部だから。珍しくはあるかな。詳しくは分からないけど、キトさんはずっと命を狙われている。孤児院にいる時からずっとね?もしかしたら、その能力が関係しているのかもしれない…。教えてくれてありがとう、確信が持てるようにもう少し調べてみるよ」
「…私は命を狙われているんですか?」
「そうみたい…」
「…信じられません。どうして、私の命を狙う必要があるのでしょう…魔法が使えるわけじゃないし…できることも少ないのに…」
「すぐ引き取らなかった理由は、孤児院には護りの魔法がかけられていたから。おかげで君の命を狙う者は孤児院には近づけなかった。ううん、魔法が使える者は誰も近づけないようになっていた。だから、俺たちも近づくことはできなかったんだ」
「それでさっき…孤児院の方が安全だったからと…。もしかして…お父さんが?」
「んー…それは考えにくいかな。元々魔法が使えずに家を飛び出した彼が、飛躍的に成長したとしてもそれほどの力を使えるとは思えない。魔力が強い人でないと護りの魔法をかけることができないから。しかも、孤児院の敷地丸ごとにかけるなんて、相当な力がないと…。もしかしたら、キトさんのお母さんが魔女だった…なら考えられるかもしれないね。それかまったく別の人物か…」
「誰がかけてくれたのか気になりますね…。魔力が強い人でないと護りの魔法をかけられないということは…レオさんは魔力が強いんですね?」
「はは、そういうことになるね」
「レオさんってすごい魔法使いだったんですね…。あ、そういえば…レオさんは何故蛇とお話できたんですか?それも魔法でですか?」と感心して瞳を輝かせながら尋ねるキト。
「そうだね…半分獣だからかな?」
「なるほど…」
「18歳になったら孤児院を出て行かなくてはならなくなるから、同時にここへ招待したんだ。ルナが御屋敷を護る条件に俺と結婚しないといけないって決めたのは予想外だったけど…。曾孫なんだからそのまま譲ってあげればいいのにね?どうしてそうしようと思ったのかは教えてくれなかったけど…一度決めたら何が何でも曲げない人だったから…。キトさんがあっさり決めたことも驚いたよ、ルナが言った通りだったから」
真っ直ぐ扉のある方を見ながら話すレオ。
「ひいおばあさまが私は結婚すると言っていたんですか?」
「うん、自信満々に。可愛い猫たちに触れ合ったら家から出て行きたくなるから絶対あの子は残ることを選ぶって言ってた」
その時の様子を思い出し、懐かしそうに微笑むレオ。
「ふふ、それは当たってます。確かに皆さんと離れたくなくなりましたから」
キトも一緒に微笑む。
彼女の目を見て「キトさんは18歳になったばかりで、これから色々な人生が待っているところに…突然俺と結婚することになってしまったのは申し訳ないと思うけれど。残ることを選んでくれてよかった、おかげで傍で護ることができるから」と静かな声で言う。
キトも「…ありがとうございます。私もここに残れて嬉しいです」と同じトーンで返した。
「ルナの遺言書のことだけど…俺とキトさんが結婚したことを知っているのは親しい一部の人だけだから。もし…誰か好きな人ができてその人と結ばれたいとキトさんが望んだ時は、その人を選んで大丈夫だよ?」と優しく言うレオ。
「…え」
何故か分からないけれど、〔他の人を選んでいい〕という言葉に心がチクリと痛む。
どこかそうはならないだろう、誰か出てきてもこの人を選ぶ気がするという思いが溢れ出る。
不思議と結婚を決めた時から、嫌だと思ったことは一度もなく、むしろ喜びすら感じていたから。
「レオさんも…どなたか好きな人ができたらその方を選ぶのですか?」と少し哀しそうな表情で尋ねるキト。
彼は、何故キトが哀しそうな表情をしているのか分からなかったけれど…
「それはないかな。今までもこれからも…他の誰かを選ぶとは思えない。…100年以上生きているけれど、今回が初めての結婚なんだ。元々はルナが勝手に決めたことで、最後の願いなら叶えようと思ったことがきっかけだけれど…どんな理由であれ、一度決めたことは貫く。キトさんの自由を奪いたくはないから、キトさんが望まない時が来た時は別だけれど…それがない限り、俺は貴女の夫になると誓ったから」と真剣な眼差しで返す。
あまりにも真剣に言うものだから、キトの心臓はドクンッと跳ねた。
彼の言ったことは信じられる気がした。
何があったのかは分からないが、自ら不死身になる道を選び、長い間ひいおばあさまの傍で彼女を支え続けた彼のことだから…本気なのではないだろうか、と。
「それは私も同じです。私も…貴女の妻になると誓いました。それに…レオさんと結婚したこと嫌だと思ったことも後悔もしていません。だから…他の人と…どうとかは考えていないと言いますか…」
とまた眉毛をハの字にして、少し哀しげに言うキト。
「そっか…ごめん。ありがとう、キトさん」と小さく微笑む彼に対し、キトも微笑み返す。
「キトさん…一つお願いがあるんだ。問題が解決するまで、決して1人で屋敷の敷地からは出ないこと…それだけ約束してほしい」
キトはその願いに対し「わかりました…!どっちみち1人で外に出たら迷子になりそうなので出られないです」と笑って返す。
「…ありがとう。さて、たくさん話してしまったね。あの蛇をなんとかしないと…」と立ち上がろうとする彼。
それを止めるように「…レオさん…!」と声をかける。
「ん?」
彼女の方をみて、首を傾げる。
「あ…あの私からも一つお願いがありまして…」と申し訳なさそうに言うキト。
レオは「そっか。言ってみて?」と優しく返す。
「私にも魔法を教えてくださいませんか?ひいおばあさまやガーネットさん、レオさんみたいに私も使えるようになりたくて…。バニラさんがひいおばあさまの血をひいているからきっと使えるようになると言ってくれました…。もし使えるようになったら、自分でも身を護れるようになるかもしれないですし……」
申し訳なさからか、だんだんと声が小さくなっていくキト。
少し沈黙が続いた後、「…分かった」と静かに返すレオ。
「…え…教えてくれるんですか?!」
「うん、夜中に起きてもらうことも多くなるけど、それでもよければ」
「それは大丈夫です!教えてもらえるのなら、それくらい…!」と嬉しそうに笑う。
「じゃあ…明日からね?今日は少し休んだ方がいいと思うから…。おやすみ、キトさん」
と言い、ベッドから立ち上がって扉の方に向かうレオ。
「はい…」と不安そうな表情を浮かべるキト。
その表情をみて、“あ…やってしまった”と思うレオ。
「ごめん…今1人になるのは恐い…よね?」
キトは「…すみません」とまた申し訳なさそうにしていたが、彼に「そっか…そうだよね。気が利かなくてごめんね。…一緒に地下室に来る?」と言われ、その問いに頷いて応える。
地下室に一緒に降りると先ほどの蛇が小さな檻に捕まっていて、ナイトが近くで見張っていた。
蛇は蜷局を巻いて黙っている。
「…どのように催眠をかけますか?」と戻ってきたレオに気づき、尋ねるナイト。
「そうだね…もうここには近づけないようにしたいのと、キトさんのことは忘れさせたいね」
「そうですね…わかりました」
ナイトは立ち上がり、檻を持ち上げた。
「ナイトさんが催眠をかけるんですか…?」とレオに尋ねるキト。
「そうだよ、催眠魔法はナイトの得意分野だから」
「ナイトさんも魔法使いなんですね…」とまた感心する彼女。
「キトさん、蛇の傍にいても嫌だろうし、一緒に奥の図書室に行こうか。ナイト、後は頼むね?」
「はい、お任せください」と言い、ナイトは胸に手を当て、少し頭を下げる。
レオも同じように返し、キトを連れて図書室に向かい、椅子に座って待機する。
少しの間、2人とも黙って座っていたが、「レオさん…一つ聞いてもいいですか?」とキトが尋ねた。
「いいよ」とレオが返してくれたので、「催眠の魔法はいつかは解けるものなんですか?」と聞く。
「ううん、最後までちゃんとできればかけた人が解くか死なない限りは基本的に有効だよ。中途半端に終わってしまった場合には上手くいかないから、すごい集中力が必要な魔法なんだ。誰かが邪魔したら解けてしまって、また最初からかけないといけないから」
「そうなんですね…それでナイトさんの邪魔をしないように図書室に来たんですね?」
「うん、そうだね。…そうだ、いくつか魔法の勉強になる本を今のうちに貸すよ」と奥の魔法書コーナーから何冊か本を取り出してくるレオ。
そして、キトの傍にある小さなテーブルに置く。
「時間のある時に読んでみて?見習いの子どもたちが魔法の基礎を学ぶ時に使うものばかりだから、読みやすいと思う」と微笑むレオに、「…ありがとうございます!」と明るい声で返す。
そうこうしていると、図書室にナイトが入ってきて「終わりました。外に出してしまって大丈夫ですか?」と声をかけにきた。
「ありがとう。うん、大丈夫」とレオが言い、「わかりました」と部屋から出て行くナイト。
蛇に対し、無事に催眠魔法をかけ終わり、屋敷から追い出すことができた。
今までにない恐い体験をしたキトを気遣い、この日は地下室で寝てよいとレオが言ってくれたので、初日に落ちた大きな円いベッドで寝かせてもらえることになった。
ベッドの横にある椅子に座って傍にいてくれたレオのおかげで、速くなっていた鼓動が落ち着き、安心して眠りにつくことができた。
レオは椅子に座ったまま仮眠をとったようだ。
いったい誰がキトを狙っているのか…
誰が孤児院に護りの魔法をかけたのか…
レオの過去には…いったい何が…と
浮上した謎たちを解き明かしていくことはできるのだろうか。
そして、明日から魔法を教えてもらえることになったが、勉強を通してレオの心を開き、2人は距離を縮めることができるのだろうか。
第2章:ボス猫、レオ。を読んでいただき、ありがとうございます。
次回は、自分の一族のこと、その他に存在する動物を守護とする一族たちに関すること…そして、様々な謎を紐解いていくためにキーとなる歴史的な事件のこと…キトは新たに多くのことを知る。
ガーネット再登場に加え、キトの親族が勢揃い!そして、今後活躍する新キャラも登場?!
第3章:猫屋敷と一族。ぜひ読んでいただけると嬉しいです!
★前書きの表紙についての解説
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真ん中にいるのは猫姿、人間姿のレオです。
彼らを囲むようにある猫は、キトとレオが身に着けている結婚指輪。
本来は透明な水晶が瞳に埋め込まれていますが、魔法の力が発揮される時に瞳の色が変わります。
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★登場キャラクターイメージ
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人間姿のレオ。※一番最初に彼を描いたものです
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