化け狐と化け屋敷。
ひいおばあさまが傍にいてくれるようになり、御屋敷に穏やかな時が流れていた。
レオとの出会いや猫屋敷ができた経緯などをルナから教えてもらった1月6日から5日が経過した。
1月11日…いつものようにガーネットも遊びに来ており、いとこのアリシアとアルヴィンの双子も今日は朝から遊びに来てくれていた。
賑わった雰囲気の中で、平和な一日を過ごしていた。
夕暮れになり、皆で夕飯の準備を進めていた時…キトは嫌な気配を感じた。
誰かに見張られているような嫌な感じだ。
気のせいだろうと思い込み、嫌な感じについては誰にも伝えなかった。
23時頃…最上階のキトの部屋でソフィと寝る準備を進めていた時、外からバンッと何かが破裂するような音が聞こえてきた。
“この音…聞き覚えがある……。あ…レオさんが部屋に送りに来てくれた時だ……あの時は何故か急に眠くなって寝ちゃったけど…間違いないわ。この音、あの時と一緒だ……”
窓の方を不安そうな表情を浮かべて、黙って見つめるキト。
「キトさん…大丈夫?」
とソフィが顔を覗き込みながら尋ねる。
寝る準備に集中していたのか、ソフィは先ほどの音を聞き逃したようだ。
「あ…うん。大丈夫」
心配させまいと微笑むキト。
けれど、心の中は変わらずざわついていた。
気持ちを切り替えようと、息を吸い込んだ瞬間…
立て続けにバンバンバンッと破裂するような音が鳴り響いた。
吸い込んだ息を吐き出し、もう一度窓の方に視線を向ける。
「今の音は何…」
先ほど聞き逃したソフィの耳にも今度は入ってきたようだ。
キトの心はさらにざわつく。
何か嫌なことが起こりそうで、身体に緊張が走る。
「ソフィさん、とりあえず下に降りましょう。ガーネットさんたちが心配…!」
「そうね…行きましょう!」
2人は慌てて、階段を降りて行った。
今日は2階の部屋にガーネットとアリシアが泊まっており、シュエットとアルヴィンは地下にいる。
今までのこともあり、何かあったのではと気が気でなかった。
まず、2階にいる2人の部屋へ行く。
扉の前に立つと、元気よく話す声が聞こえてきて安心した。
2階にいた2人は楽しく話をしていたようで、音に気づいていなかったようだ。
玄関側の部屋でなかったこともあるかもしれない。
音のことを話すと、一旦みんなで居間に集まろうということになり、地下室の2人も呼びにいった。
地下室にいた2人も音は聞いていなかったようだ。
安全か分かるまでは、みんなでいる方が良いと考え、とりあえず居間に集まることにした。
自分たちよりも耳の良い猫たちはすぐに音を聞き、玄関の側に集まっていたようだ。
猫たちと一緒に寝ていたスヌクルのトゥトゥも玄関の側にいた。
後はシュムシュムたちとペンギンたち…ランプモンスターたちが無事かを確かめた。
そんな中…さらにバンバンバンッと破裂する音が響き渡る。
こんなにも立て続けに響くとは…ただごとではない。
誰か…やはり誰かいるのだろうか、と不安が募る。
御屋敷の者たちが不安そうにする中、「私が外の様子見てくるよ」と居間の椅子に座っていたガーネットが立ち上がる。
ソフィが「やめておいたほうが…」と止めようとするが、「ずっと脅えてるわけにもいかないだろ」と言い、ガーネットは彼女を振り切って玄関まで向かう。
そして…恐る恐る玄関を開けて外を見た。
誰かがいる様子はない…。
破裂音もせず…静かだ。
玄関から外に出て…辺りを見渡しながらゆっくりと森の方へ歩き進める。
門の側に来ると、あることに気づく…。
“魔除けかぼちゃが壊されてる……もしかしてさっきの音って……”
道に並んでいるはずのかぼちゃたちがぐちゃぐちゃにつぶされていたり、粉々に壊されていた。
急いで御屋敷に戻り、みんなに知らせようと振り返った瞬間…
目の前に黒いフードを目深に被った何者かが立ちはだかった。
ガーネットは警戒し、その何者かを睨みつける。
「久しぶりだね…お姉さん」
そう言うと、その何者かはフードを脱ぎ、顔を出す。
何者かは、アトウッド家に泊まった時、窓のヤモリに気を取られている間に現れた男だった。
「お前は…あの時の…」
「おー?覚えていてくれたの―?嬉しいな♩」
そう言い、男はガーネットの頬を人差し指で撫でる。
「触るな…気持ち悪い」
ガーネットは男を睨みつけながら、触ってきた方の腕を掴む。
腕を掴まれても余裕そうな男の表情に、嫌なものを感じる。
その時…御屋敷の中から「離して…!」と叫び声が聞こえてきた。
「この声は…アリシア。お前何をした…!」
ガーネットは男の腕を握る手に力を入れ、怒鳴りつける。
「ははは、恐い顔しないでよー。せっかくの美しさが台無しだよ?綺麗なお姉さん♩」
男はニコニコと笑いながら、余裕そうな雰囲気を崩さない。
「ふざけんな…」
なぜそんなにも余裕そうなのか…本当に嫌な感じだ。
彼女が男の腕から手を離し、アリシアたちを助けるために御屋敷の方へ向かおうとすると、また目の前に男が立ちはだかった。
“この男…私の足止めをしているのか?……いったい屋敷の中で何が起きてる……。通してくれないのなら…こいつを倒して先に進んでやる……”
ガーネットは身構え、戦う姿勢を見せる。
しかし、男は応戦する姿勢は見せず、ただニヤニヤと笑う。
男の表情…彼女は腹立たしくて仕方がなかった。
自分は状況を読み込めないでいるのに…敵が上手に立っているようで悔しい。
彼女が男を睨みつける中…今度は男が彼女の腕を掴んできた。
「悪いけど…お姉さんが一番強いからね…。屋敷に行かせるわけにはいかないね~…」と言いながら、身動きを封じてきた。
「離せっ…」
振り払うため魔法を使おうとすると、カチッと腕輪をつけられた。
その腕輪をつけられた途端…急に力が抜け…魔法が使えなくなった。
“嘘…だろ”
ガーネットは驚いた表情を浮かべながら、腕輪を見つめる。
「ごめんねー?お姉さんに魔法使われると困るんだよね~。だから、大人しくしててね?」
男はそのまま彼女を門の柵に強く押し付け、そこに鎖で縛り付けた。
去り際…ニヤリと笑って男は御屋敷の中へ入っていった。
ガーネットは魔法の力を封じ込める腕輪をつけられたようで、魔法が使えなかった。
ずっと敵の良いようにされていることが悔しくてたまらなかった。
身体を動かして、縛り付けられた鎖を解こうとするが、解ける気配がない。
御屋敷の方を心配そうに一度見つめ、“自分が助けに行かなければ…”と思い、焦る気持ちを抑え…何か方法はないかと冷静になって考えようと気持ちを切り替えた。
―――――
御屋敷の中でも、みんな同じように腕輪と鎖で身動きを封じられており、猫たちなど御屋敷に住む生き物たちは檻に閉じ込められた。
御屋敷の灯りになってくれているランプモンスターたちの存在はバレてはいないようで、彼らは檻には捕まっていなかった。
男たちにバレないようにじーっと堪えているようだ。
中には5人の黒いフード付きのローブで顔を覆っている者たちがいて、2人はすでに会っているアトウッド家に現れた男と女だ。
ガーネットに腕輪にかけた男は、まずニヤつきながら檻に閉じ込めたスヌクルのトゥトゥを見る。
「ほぉ…これはこれは…ヘレナ様のペットじゃないか♩ 全部閉じ込めたと思っていたが…逃げた奴がいたんだね~…レオのことを頼りにヘレナ様が逃がしたのかな~? でも意味なかったね~…みーんな俺たちの手に落ちるんだからさ♩」
トゥトゥは恐がって檻の奥で震えていた。
キトは勇気を出し、「それ以上、彼を恐がらせないでくださいっ…」と男に向かって言う。
いっぱい恐い思いをしながら御屋敷まで逃げてきたトゥトゥの心を思うと、胸が苦しくなった。
声をかけられた男は、キトの方に視線を向ける。
そして、ニヤつきながら…キトの傍に近寄り、顎を親指と人差し指で挟んでくいっと持ち上げる。
キトは見つめてくる男を睨みつける。
「ついに捕まえた…今度こそ一緒に来てもらうよ?あの時大人しく捕まっていれば…お友だちが傷つくことはなかっただろうに…残念だね?」
とキトに対して妖しく笑いかけ、彼女の顎から手を離す男。
その言葉を聞き、胸がキュウと締め付けられるように痛くなる。
キトは捕まっているみんなを見る…恐怖や怒り…みんなの表情がとても哀しい…。
彼女の心の中は“自分のせいで…”とまた自身を責める気持ちでいっぱいになる。
目を閉じ…何もできない自分を悔いて、グッと唇を噛み締めた。
「よし、行くぞ。お前らは生き物どもを運べ。お前はそこのガキども。ジェミ、お前はそこの可愛らしいお嬢さん2人を。俺は鍵を運ぶ」
男はそれぞれに指示を出した後、キトのことを立ち上がらせた。
ジェミとは、アトウッド家に現れた女の名前のようだ。
もう覚悟を決めるしかないと誰もが諦めかけた時…玄関の扉が開いた。
「もう言っちゃうのか?もう少しゆっくりしていけばいいじゃないか…?」
玄関の方に全員が視線を向けると、そこにいる人物に驚いた。
特に指示を出していた男は目が飛び出しそうなほどに仰天していた。
玄関先にはしっかりと動けないようにしたはずのガーネットが立っていたのだ。
「ガーネットさん…!」
キトは彼女が無事だったことを喜び、声をあげた。
ガーネットは一度キトに微笑みかけ、そのまま男の方に視線を戻す。
「お前…何で……」
今まで余裕の表情だった男の顔が恐れで歪む。
「まぁ…細かいことはいいじゃない?」
彼女は男に近づき、すっと首元に手を通し、男に身を寄せて絡みついた。
「お…大胆なことするな。しかし…残念だが…今遊んでいる暇はないんだ」
恐れの表情は一変し、魅惑的な彼女に抱きしめられ…まんざらでもない表情をして戸惑う男。
いつものガサツな雰囲気とは違い、色気を増しているガーネット。
普段の彼女を知っている者たちもまた、いつもと違う彼女の雰囲気に戸惑った。
思わず恐れの気持ちを忘れ、「ガーネットってあんな色っぽかったか?」とアルヴィンが隣にいる双子のアリシアに対して尋ねてしまったほどだ。
「なぁ…もっとちゃんと私を見て……」
男に向かって囁きかけ、男の背中をそっと撫でるガーネット。
完全に男は彼女の色気に落ち、浸っていた。
しかし……ガチッと音がして、男はふと我に返る。
「は…」
手に違和感を覚え、見てみると…
自分が持っていた腕輪を抜き取られ、手首につけられてしまっていた。
男も腕輪のせいで力が抜け…魔法が使えなくなった。
「お…お前!」
ガーネットは男からそっと離れて、微笑みかける。
そして、男から腕輪とともに抜き取った腕輪の鍵を自分の顔の横で振って見せびらかす。
たくさんついた鍵の中にはキトたちの腕輪の鍵もあったため、大手柄である。
「ジェモ?!!このバカ…!!何取られてんのよ!!」
と怒鳴るのは、この前アトウッド家に現れた女、ジェミだ。
男の名は、ジェモというらしい。
「ジェモとジェミ…という名前なんだな?…もしかして双子だったり?ま…どちらでもいいけどさ…ねぇ、ジェモさん…ジェミさん…?普段…この御屋敷がなんて呼ばれているか知ってる?」
ガーネットは淡々と…男と女を見ながら尋ねる。
「あ?んなもん、どうでもいいわよ!鍵を寄こしなさいよ!」
と怒鳴りたてる女。
「正解はね…猫屋敷ですよ」
怒鳴る女を無視して言葉を続けるガーネットに対し、女は怒りをあらわにする。
「こんな風にね…?」
怒りをあらわにする女に対し、そう言って微笑みかけるガーネット。
すると…彼女を温かな橙色の光が包み込み、姿を消す。
それと同時に庭の方から数多の猫たちが突然走ってきた。
「猫?!」
「なんだこの数は?!」
ジェモとジェミは大慌てで、その他のフードを被った者たちもたじろぐ。
もちろんキトたちも驚かないはずがない。
猫屋敷といえど、こんな数の猫たちが入ってきたことなどないのだから。
男たちは猫たちに押し出され、玄関の外の方へとなだれていく。
猫たちが暴れ、彼らがもがいている中…
一匹だけ単独行動をし上手いこと猫たちの間をすり抜けてくる狐色の猫がいた。
狐色の猫はキトの傍へと歩いてきた。
その猫は口で鍵の束を咥えて持っていた。
キトの目の前まで来ると、また猫を温かな橙色の光に包み込み、ガーネットの姿になる。
「ガーネットさん?!猫に変身できたんですか?」
驚きのあまり彼女に問いかけるキト。
彼女は微笑むだけで何も答えず、手に持っている鍵を選び、腕輪を取ろうとしていた。
キトのが取れた後は、他のみんなの腕輪や生き物たちの檻も開ける。
そうしているうちに御屋敷を埋め尽くすほどの猫たちにジェモたちは今にも御屋敷を追い出されそうになっていた。
ジェモ以外の者が魔法で抵抗しても猫たちには何故か魔法が効かない。
目の前のガーネットはまた姿を消し、先ほどの猫の姿になった。
鍵の束を咥えたまま、居間の方へと入っていき、窓から外へと出ていった。
御屋敷を埋め尽くすほどの猫たちだが、上手いことにキトたちの周りにはいなかった。
状況がよく分からないため、とりあえずキトたちは一か所に集まって身を寄せた。
気づくと、ジェモたちは叫び声だけを残し、猫たちに引っ張り出されて玄関の外へと消えていった。
すっかりガランと静かになった屋敷内にキトたちは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
そこへ大慌てで玄関からガーネットが走ってきて、「無事か?!」とみんなに声をかける。
「ガーネットさんのおかげで無事です…」
とキトが微笑みかける。
「あー…あれ私じゃないよ。そこの猫が化けたの」
ガーネットは足元にいる狐色の猫を指差して言う。
「なるほど…だからいつものガーネットと違って色っぽかったのか」
アルヴィンがそう呟き、それに対してガーネットが睨みを利かせる。
先ほどは余裕がなくて見ていなかったが、よく見ると…
狐色の猫は檸檬色の瞳をしており…どこかで見たことがある気がした。
キトは真っ直ぐ猫の瞳を見つめた。
猫はまたガーネットの姿に変身した。
ガーネット本人と猫が化けたガーネット…2人を見比べても見分けが全くつかないほど瓜二つだ。
偽ガーネットが、驚いた顔をしているキトを見て微笑みかけ、
「説明は後。今はまずここを離れないと。敵を一時的に追い払っただけですから」と声をかける。
声までガーネットと同じのようだ。
「助けてもらったのはありがたいけど、この怪しいガーネットもどきのこと信用してもいいのか?」
とアルヴィンが口を挟む。
確かに誰が味方で敵なのか、簡単に信用していいのか分からない状況ではある。
アルヴィンの言葉に戸惑うキトたちだったが、偽ガーネットはその言葉を無視して部屋を歩き回って何かを始めていた。
様子を黙ってみていると驚くことに、さっきまで恐がっていたトゥトゥからすっかり怯えた様子が消え、偽ガーネットの側にトテトテと駆け寄っていく。
助けてくれた人だからだろうか…と思って観察していると、どうやら違うようだ。
「あなたはもしやっ!」と瞳を輝かせながら、偽ガーネットのことを見上げるトゥトゥがいた。
「久しぶりだね、トゥトゥ」
と偽ガーネットは優しく微笑み、膝をついて座り込んでトゥトゥを撫でた。
トゥトゥはとても嬉しそうに笑い、彼女にギュッと抱きついた。
あんなにも恐がっていたトゥトゥがこんなにも懐くとは…知り合いなのだろうかと考えるキト。
「お手伝いしてくれるかな?」
偽ガーネットは、抱きついてきたトゥトゥを優しく撫で続けながら言う。
「あい!お手伝いしますっ」
トゥトゥはにぱっと笑った。
偽ガーネットが歩いていくところにトテトテとくっついて歩くトゥトゥだった。
その後、また驚いたのはミニペンギンたちが彼女を手伝い始めたことだ。
「ペンギンくんたちも久しぶりだね」
偽ガーネットがそう言って、ミニペンギンたちに微笑みかける。
ミニペンギンたちも何故か偽ガーネットに懐いているようだった。
“もしかして…この人は…ヘレナさんやレオさんの知り合いなのかな…?トゥトゥもあんなに懐いているし……信用してもいいのかな……?”
キトはそう考え込む。
悩む人間たちをそっちのけで偽ガーネットは、今度は猫たちに声をかける。
「君たちにお願いしたいことがあるんだけど、頼めるかな?」
「俺たちにか?」
茶トラ猫のアーモンドが首を傾げて答える。
「キトさんを助ける作戦に加わって欲しいんだけど、どうかな?」
そう言って偽ガーネットは猫たちにウインクする。
猫たちは顔を見合わせた後、本能的に偽ガーネットを手伝うことを選んだ。
次々と御屋敷の生き物たちを軽やかに味方にしていく偽ガーネット。
キトも少しずつ信じてもいいかもしれないと思い始める。
様子を黙ってみていると次は大きな黒猫の銅像をミニペンギンたちに頼んで移動してもらい、玄関前まで運んでいた。
ミニペンギンたちは小さいのにとても力持ちだ。
偽ガーネットは御屋敷内のことをよく知っているようだった。
今度はトゥトゥとともに地下室へと降りていき、何かを探しに行ったようだ。
キトはこっそり黒猫ルネのふりをしているひいおばあさまの幽霊ルナに声をかける。
「ルナさん…どなたか心当たりありますか?それと、何をしようとしているか分かりますか?」と。
しかし、ルナは首を振る。
御屋敷を作った一人であるルナも彼女が誰なのか、何をしようとしているのか分からなかった。
偽ガーネットとトゥトゥは少しして地下室から戻ってくる。
2人は、キトの傍まで真っ直ぐ歩いてきた。
トゥトゥが小さな手を一生懸命に伸ばして、手に持った何かをキトに渡そうとしている。
「これは…」
キトはとりあえず受け取り…手に持った物をじっくりと見てみる。
それは真ん丸の2つの水晶だった。
「いいですか?詳しくは後で説明しますから…今は信じてほしい。猫たちが外に出たら、この水晶をあの黒猫の銅像の目に差し込んで?くぼんでいてぴったりはまるはずだから、大丈夫」
姿はガーネットだが、ガーネットとは違う穏やかな口調に何か懐かしいものを感じる。
こんなにもトゥトゥたちが懐いているのだから、とキトは信じてみることにして黙って頷く。
偽ガーネットはキトに微笑みかけた後、また猫の姿に変身し、猫たちと共に玄関の外へ出た。
ひいおばあさまの仮の姿である黒猫ルネも新しい相棒の赤毛猫のレネとともに外に行ってしまった。
“ルナさんも彼女のこと信用しているんだ…やっぱりこの人は良い人なのかも”
と猫たちの歩いていく姿を見ながら思うキト。
「あいつ信用していいのか…?」
と不安そうにもう一度アルヴィンが尋ねる。
「…分かんないけど。私たちを助けてくれたのは事実だし、あの変な奴らに捕まるぐらいなら私の偽物に捕まる方がいいわ。どっちみち危険ならね」
ガーネットがアルヴィンの肩に手を乗せ、キトを見て微笑む。
キトはその微笑みに答えるように頷いた。
「キトさん、一緒にやるわ!この水晶をあの猫の目に入れればいいのよね?」
緊張している様子のキトの手に、手を重ねて笑うソフィ。
「ありがとう…ソフィさん」
1つの水晶をソフィに手渡し、一緒に玄関前に置いてある黒猫の銅像の前に座り込む。
一度見つめ合い、同時に頷いて…ゆっくりと水晶を目のくぼみに差し込む。
キトとソフィは黒猫から離れ、ガーネットたちの傍にいった。
みんなで身を寄せ合い、何が起きるのかを見守る。
よくよく黒猫の銅像を見つめていると、瞳の透明な水晶が鮮やかな赤色に変わり始めた。
すると…突然に銅像が動き出し、「みゃーお」と鳴き出した。
その鳴き声とともにゴゴゴゴゴと大きな地響きが聞こえ始める。
何が起きるのかを恐れ、さらにみんなで身を寄せ合う。
地響きに驚き、ランプモンスターたちが色を変え始めた。
銅像の猫は台座から降り、普通に部屋を歩き回り出した。
その猫の様子を眺めていると…次々と家の中の家具たちが小さくなっていった。
「家具がちっちゃくなってる?!どういうことだよー?!」
とシュエットが叫ぶ。
「…ちょっと待て…こんなに階段近かったか?」
ガーネットが階段を指差しながら言う。
「近くなかったと思います…」
と震えながらアリシアが返事する。
「もしかして…御屋敷が縮んでる?!」
ソフィもまた怯えるように言う。
「このままじゃ押しつぶされちゃうよ…!!」
シュエットはガーネットにしがみつき、ガーンとした絶望の表情で言う。
混乱していると、動き出した銅像の猫がこちらをじっと見つめてきた。
真っ赤な水晶の瞳がキラリと妖しく光る。
その瞬間…足元にいたトゥトゥやミニペンギンたちが次々と踏んでしまいそうなほどに小さくなった。
驚いている暇もなく、今度は自分たちの身体の異変に気付き始める。
身体の内側に吸い込まれるような感覚が襲ったかと思うと、自分たちの身体も縮んでいった。
今度は地震が起きたように大きく横に揺れ始め、立っていられなくなる。
「何かにつかまれ!」とガーネットが叫ぶので、みんなで階段の柵などにつかまって耐える。
少しずつ御屋敷の大きさが自分たちの身体の大きさに馴染んでいく…。
ある瞬間、ぴたっと静かになった。
銅像の猫はまた台座の上に座り直した。
全ての変形が終わったのだろうか…。
予想外の出来事にみんな啞然とした。
一度「はぁ…」と息を吐き出す。
落ち着いたかと思った矢先…馬車に乗っている時のような緩やかな揺れが始まった。
何が起きているのかと庭につながる大きな窓から外を見ようとした。
しかし…窓の外は真っ暗で庭が見えない。
庭の窓がだめならと居間の窓や広間の窓、玄関の小窓も見てみるが、同じく真っ暗だ。
キトはみんなに2階を見てくると声をかけて駆け上っていった。
2階の窓も全ていつも見れるはずの景色が見えなくなっていた。
ならばと最上階の自分の部屋まで階段を駆け上るキト。
部屋に駆け込むと…何故か部屋にもう電気がついており、不思議に思う。
急いでベッドの上に飛び乗り、自分の部屋にある猫の目のような形をした窓のカーテンを開ける。
ここの窓の外は夜だから暗くはあったが、真っ暗にはなってなかった。
窓を開けて外に顔を出すと…景色が流れるように過ぎていくので驚いた。
しかも、全てが大きく…横をみると自分よりもどんと大きくなった御屋敷の猫たちの姿があった。
「あ、お嬢さん♩」
大きな薄水色の瞳がこちらを見た。
この瞳の色と声は…アーモンドか。
猫たちはどこかに向かって歩いているようだ。
「ほんとにお嬢さん小さくなっちゃった!すごいなぁ~♩」
ワクワクした嬉しそうな声で言うアーモンド。
何が起きたのか完全に理解はできないが…
とにかく御屋敷が猫たちと同じサイズになり、移動をしていることだけは分かる。
キトは急いでみんなの元へ戻り、現状を伝えた。
しばらくみんなで居間の椅子に座りながら、訳も分からず揺られていると…玄関が開く音がした。
外が真っ暗になっていて入ってこられなさそうだったのにと驚き、みんな玄関の方を見る。
眺めていると、中に小さな鳥が入ってきた。
小さいと言っても身体の小さくなった自分たちと比べるとそんなに小さくはないのだけれど。
元の大きさの世界でみると小さな鳥だ。
鳥は今度…自分たちと同じ大きさの偽ガーネットに姿を変える。
「な、なぁ!いったい何者なんだよ!」
シュエットが少しの好奇心とともに不安そうに尋ねる。
「自己紹介が遅れてしまいましたね…」
そういうと今度はフクロウに姿を変える偽ガーネット。
そのフクロウの姿に、ガーネットとソフィ、キトは見覚えがあった。
“そっか…さっき見覚えがあると思ったのは……こういうことだったのね”
目を見開いて驚きつつ、キトは納得した。
そのフクロウは、レオとともにアトウッド家に現れたジェモとジェミという男と女から彼女たちを助けてくれた者だった。
「あなたは…あの時に助けてくださったフクロウさん…!」
ソフィは名前を聞き損ねた瞳が檸檬色のフクロウに会え、嬉しそうに笑う。
「あの時のフクロウだったのか…何にでも化けるんだな…」
ガーネットも感心するように言う。
キトとフクロウの目が合った瞬間、今度はまた別人の姿に変わった。
目の前に立っているのは、若い青年だった。
細めの目で檸檬色の瞳、狐色のふんわりとしたショートヘア、
身体は細身で、長身のレオに比べると身長はそこまで高くはない。
女性の中では身長の高い方であるガーネットとそんなに変わらない。
深緑色のコートを着て、同じ色のハンティング帽をかぶっている。
青年は帽子を取り…帽子を胸の前まで持ってきて頭を下げる。
頭を見ると、獣の耳が生えていた。
偽物なのか、本物なのか…とにかく異様なその姿にみんな驚き、つい見つめてしまう。
その視線に気づきつつ、青年はニコリと笑い…
「初めまして!俺の名前は、キース。レオの弟です」と言った。
それを聞いたみんなは口を揃えて、「えっ?!」と声をあげた。
「レオは猫の姿で長生きしているけど、俺はこの通り、耳としっぽがね?」
そう言って、くるりと一周回るキース。
彼には耳だけでなく、ふわふわのしっぽも生えていた。
「レオは猫。俺は狐なんだ。レオはちゃんとした人間の姿になる瞬間があるけど、俺は完全な狐の姿にならない代わりにずっと中途半端に人間に近い姿で耳としっぽがついてるんだ。滑稽だよね」
と言って、恥ずかしがるように笑うキース。
どことなく感じた懐かしさはそういうことだったのか、とキトはレオのことを思い出す。
クールな印象があるレオとは違い、キースはよく笑い、色々な表情を見せる可愛らしい青年だ。
「あはは、みんなポカーンとしてるね。無理もないか。あっちでゆっくり座って話しませんか?」
彼の声かけで、とりあえず落ち着いて居間の椅子に座ろうかと、みんなで移動し始めた。
そんな中、一人キースを見つめたまま動けなくなっている者がいた。
「ソフィ…?おい、どした」
ガーネットが固まっているソフィに声をかける。
目の前で手を振るも、ソフィはすっかり自分の世界に入り込んでいるようだ。
瞳が輝いていて、頬がほんのりと染まっている。
「…オスカー…。わたし…出会っちゃった……」
とキースを見つめたまま、ソフィはそう呟いた。
「オスカー…?あいつはキースだろ?」
ガーネットは訳が分からず、顔をしかめる。
「どうかしました?」
そこへ、部屋に入らないでいる2人にキースが声をかけに来る。
「あー…私もよく分かんない」
ガーネットは首を傾げ、それに釣られてキースも首を傾げる。
相変わらず、ソフィは固まったまま、自分の夢の世界にいるようだ。
キースがソフィの顔を覗き込み、「部屋に入りませんか?」と言って微笑む。
すると、ソフィは夢の世界から現実世界に戻ってきたようで、驚いて目を丸くしていた。
急に彼女の顔が真っ赤になり、何か言いたいが言葉が出ないのか口をパクパクさせていた。
「大丈夫…?もしかして…屋敷の変形のせいで体調悪くなった?」
心配そうにソフィを見つめて尋ねるキース。
「ぁ…わた…わたしは……大丈夫ですっ!」と声を上ずらせながら言うソフィ。
恥ずかしくなったのか、そのまま後退りして顔を真っ赤にしながら居間に入っていった。
ガーネットもキースも彼女の行動がよく分からないまま、首を傾げながらついていった。
―――――
居間に揃った後、みんなは黙ってキースを見つめた。
色々聞きたいことはあるのだが…どこから聞けばいいか悩みどころだった。
「さて…どこから説明しようか…」
とキースがその沈黙を破った。
「な、なぁ…キース?さんは…ほんとに師匠の弟なんですか?!」
沈黙が破れ、話しやすくなったシュエットが興味津々な様子で尋ねる。
「師匠…レオのことかな? そうですよ、血は繋がっていないけれどね。俺が6歳の頃からずっと一緒に育った兄弟のような存在で」
キースは穏やかな笑顔で答え、その答えを聞いたシュエットは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「あの…耳やしっぽが生えているのは…レオさんと同じで不死の魔法がかかっているからですか…?」
恐る恐る尋ねるのは、キトだ。
「そう。形は違うけど、俺も代償を受けたんだ」
ふわりとしたしっぽが動くのが可愛らしく、ついつい目が行ってしまう。
「なるほどな。聞きたいことは山ほどあるが…。まずその化ける能力……その魔法を使える者はこの世にほとんどいないはずだ…」
キースを睨むように見据えるガーネット。
ガーネットに見据えられたキースは焦る様子なく、穏やかな雰囲気を変えることはなかった。
その雰囲気のまま微笑み、「…俺は。狐一族の生き残りなんです」と答えた。
「何だって…」
狼の一族・狐の一族・蛇の一族による歴史の話は有名だ。
世間的には狐の一族は悪の一族とされている…。
ルナの話を聞いたキトは、レオが狼の一族だと知ったが…他のみんなはまだ知らない。
「残念ながら家族の記憶は全くないですけれど。みんながよく知る歴史の事件が起きる前に俺の母は狐の一族から離れ…俺の育った島まで逃げてきた。そこで俺を産んだ後にすぐに亡くなってしまって、俺は島にある村の長に育てられたから」
「そうなのか…」
なんとなく寂しそうに見えるキースを見て、強く言えなくなったガーネットは静かに言葉を返した。
狐の一族は悪だとされているが…キースの話を聞く限りだと、彼はその歴史の事件には関わっていないようだ。
「何で俺たちが危険だって分かったの?もしかしてずっと見てたとか??」
とシュエットが尋ねる。
「ううん。ナイトが知らせに来たんだ。レオが魔法警察に連れていかれたから、キトさんたちが危ないってね」
急に姿を消してしまったナイトの目的が逃げたのではなかったと分かり、“よかった”と思うキト。
「あいつ逃げたんじゃなかったのか…」
てっきり逃げたんだと思っていたアルヴィンは呆気にとられた。
「ナイトは逃げたりしないよ。レオのためなら命も捨てるレベルで崇拝しているから」
「そこまで…?!」
シュエットが目を真ん丸くして驚く。
「…ナイトさんは今どこに?」
心配そうな表情を浮かべてキトが尋ねる。
「…大丈夫。また会えますよ、キトさん」
キースは彼女を安心させるように優しく微笑む。
「それよりさ、今の状況について教えてくれる?屋敷に何が起きたのさ」
とガーネットが話に割り込む。
「…これはいざという時のためにヘレナという雪の妖精がかけた魔法ですよ」
ヘレナ…その名は、シュネルカの女王だという女性の名だ。
ルナの聞いた話だと…彼女はレオの師匠だということだった。
キースも同じように弟子だったのだろうか。
ルナとひいおじいさまエドワードの結婚式の場に突然現れ…ミニペンギンたちを結婚祝いにプレゼントし、御屋敷に色々と魔法をかけていったと聞いた。
その時にこの仕掛けも用意したのだろうか。
「彼女はいずれこのようなことが起きると予期していたのかと。俺もヘレナから魔法のことは聞いていたので…。今この屋敷は、猫屋敷という名の通りになっています。この屋敷は今黒猫の姿に変わり、猫たちと一緒に海を目指しています」
それで猫たちと同じ大きさになっていて、緩やかに揺れ動いていたのか。
「海に向かっているのですか?」
とキトが尋ねる。
「はい…これから四季の島へと向かうために、他の仲間と合流します。キトさん…貴女のことを守るためには一度この場所を離れなければならないので…。それに貴女もレオが育った島に行ってみたいのでは?」
「レオさんが育った島…」
その言葉を聞いたキトの心は踊った。
レオが育ったという四季の島…そこはいったいどんなところなのだろう。
島に行けば…もっとレオのことを知ることができるのだろうか…と想いを馳せるキトだった。
化け狐により、化かされた屋敷“猫屋敷”は…猫たちとともに静かに海へ向かって歩き続けた。
この日を境に…
ずっと御屋敷の中での暮らしだったキトの生活は一変し、多くの世界を知ることになる。