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猫屋敷  作者: 夏目 凪海
1/11

猫屋敷と花嫁。

挿絵(By みてみん)

―お前たちはどちらも苦しい道ならばどちらを選ぶ。

 このまま、その悔しさを(いだ)いて死んでいく苦しさか…

 この先に待ち受ける(いばら)の道を生きていく苦しさ……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


“キト”


その少女は、家族を知らず、ファミリーネームもない。

知ってることは自分の名前と生まれた日だけ…


彼女は孤児院で育ち、それ以外の世界を知らない。

アクアマリンのような透き通った水色の瞳で見つめる世界は、本の中にあった。


本を読んでいる時だけ…自分の知らない世界に行くことができる。

それが彼女にとって唯一の楽しみだった。


しかし…


10月31日、18歳の誕生日。

彼女はその狭い世界から抜け出し、今までに経験したことのない出来事の数々と出会うことになる…。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


…鳥たちの声が聞こえ、その声で目を覚ますキト。


カーテンを開け、木の上にいる鳥たちをぼーっと見つめる。


…静かに「おはよう…」と呟く。


そして、“この日が来てしまった…”と、そっと目を閉じた。


そう…キトは、本日誕生日を迎えたのだ。


18歳になると孤児院を出なければならないとされている。

しかし…行く宛もなければ、この世界以外を何も知らない。

ただただ不安だった。


考えていても現実は変わらない…キトは日々のルーティンを始めた。


最年長のキトは、まず寝ている子どもたちを起こす。

そして…なかなか言うことを聞かない子どもたちに対し…

いつものように…着替えを手伝い

いつものように…椅子に座らせ

いつものように…ご飯を盛り付け

いつものように…食事をいただけることへの感謝の挨拶をし…

ご飯を食べ…みんなが食べ終わったら片づけをし…次は掃除…


箒を手に取り、外へ落ち葉掃きに行こうとしたところ、院長が声をかけてきた。

「キト。お前も今年で18だね。やっとこの日が来たってもんだ」


「はい…」


「どんどん皆拾われていくのに、あんたはいつまで経ってもずっとここにいて…誰にも拾われなくて困った娘だよ…これからは金持ちをとっ捕まえるか、仕事を見つけてこき使われるか、どっちかしないとね~…ま、要領の悪いあんたにはどっちも無理かもしれないけどね、あははは。

1年間猶予があるからね、さっさと居場所を見つけて出ていってもらうからね。次々子どもで溢れるんだから、ここは」と甲高くて大きい声でいつものように嫌味を言う院長。


キトは院長さんに感謝しつつも、子どもたちに対し意地悪な態度をとる彼女が苦手だった。

しかし…今日の言葉に対してはその通りだと自分自身でも思った。

要領が悪いといつも怒られ、新しい親の元へも行くことができない自分には、金持ちと結婚したりはできないだろうし…仕事は見つけられたとしても失敗して追い出されてしまいそうだと。


少し落ち込んだ気持ちのまま、外へ出る。

さて、掃除を始めようかと一息ついて、“よしやるぞ”と前を向くと…

“あれ…?”ここまではいつも通りだったが、いつもと違う光景を見た。


木の上や木の陰から視線を感じ、よく目を凝らすと何匹かの猫たちがこっちを見ていた。

院長は大の猫嫌いで、猫たちが近寄らないようにしていたため、きちんと見たことはほとんどなかった。


“なんで…いるんだろう…”と疑問に思いつつ…

院長にバレてしまったならきっと酷い目に遭うと考え、木の陰から見ている猫にそっと近づく。


「猫さん…こんにちは。ここにいたら酷い目にあってしまいますよ…?院長さんは大の猫嫌いなの。早く逃げた方がいいですよ…?」と声をかける。


声をかけられた猫は、じーっと彼女の瞳を見つめ…まるでお辞儀をするかのように頭を下げた。

そして、黙って立ち去っていった。

その猫に続いて他の猫たちも姿を消した。


不思議に思ったが、誕生日に初めてきちんと[猫]という存在を見れたことは幸せだったのかもしれないと思い、少し口角を上げてまた掃除の続きをする。


落ち葉の掃除を終え、次は中に戻って広間の床掃除を始めた。

小さな子どもたちは楽しそうに遊んでいるが、最年長のキトは雑用を任されていた。

この日ばかりは“掃除するのも悪くないかもしれない”と思う。

その方が集中してこの先を考えることを一瞬でも忘れられるのだから。


一度掃除する手を止め、ふぅ…っと深いため息をつく。


すると、ガチャっと玄関の扉が開く音がして、院長先生の甲高い声が聞こえてきた。

“誰か来たのかな?”と気になって静かに広間の扉を開けて覗き見る。

玄関の前には、いつも里親を紹介しに来る人とはまた違う、きちんとした身なりの中年男性が立っていた。

初めてみる人が気になるキトは、そのままこっそりと様子を伺う。


何やら院長はかなり驚いている様子…

“何があったんだろう…あんなに院長先生が驚くなんて…”ともう少し扉を開けて様子を見ようとする。


「キト!!!」

そこへ…いつもの甲高い声でキトの名を呼ぶ院長の声が聞こえた。


“え…私?”と突然呼ばれて戸惑っていると、「早くなさい!」と怒る声が聞こえたため、慌てて雑巾を持ったまま、院長の元へ向かう。


「す、すみません…院長先生」と慌てて頭を下げる。


「まったくなんだその格好は!少しは身だしなみを整えてからきたらどうなんだい!雑巾も持ちっぱなしで…まったく…!」と怖い顔をして怒る院長。


「すみません…」と恐る恐る顔をあげて院長をみる。


「ま、いいわ。お待たせしました、この子がキトですが…本当にこの子なんでしょうか?何かの間違いでは?」と疑いの表情で中年男性を見つめる院長。


「貴女がMs.キトですか。」と丁寧な口調で尋ねる中年男性。


「はい…」緊張して手に持つ雑巾をぎゅっと握り締める。


「そうですか。貴女にお伝えしたいことがありましたので、伺いました。貴女に遺産を残した親族がおりまして」


「え…私に親族が…?!あ…すみません」驚き、いつも出さないような大きな声を出してしまう。


家族を知らないキトは、自分に親族がいたという事実に喜びを感じた。

同時に遺産ということは…もう亡くなられたのか…と悲しく思う。


「そうです、貴女に御屋敷を残されました」


「御屋敷…?」


「そりゃいい話じゃないか、キト。家が手に入るなら、すぐにでもここから出ていける。私は万々(ばんばんざい)だよ、お荷物が減るからね~あはは。ほら、遺産を受け取ると返事なさいな」

院長は遺産の話を今初めて聞いたようで、嬉しそうにしている。


「放棄することも可能ではありますが…どうされますか?お受け取りいただくということであれば、さっそく本日一緒に向かうこともできますが」


「今日すぐに出ていけるのかい?最高な話じゃないか。キト、何を黙ってるんだい。行くと言いなさい」

院長はキトに視線で圧を送る。


キトは戸惑った。

一歩をここを出たならきっと孤児院に戻ることを院長は許さないだろう。


本当に信じてもよいのか…。

まだ1年あるのだから、もう少し慎重に行動すべきではないか…。

けれど、ここにいることを選んだとしてもこの先どうなるか分からないのも事実だし…と。


しかし、どうせ出て行かなければならない時が来るのなら…

“とても恐いけれど…行こう。私の親族が住んでいたという御屋敷を見てみたい…!それに院長さんは私に出て行ってほしいと望んでいる…すぐに出ていけば…せめてもの恩返しになるかもしれないし…”と心に決め、


「お受けしたいです。今日…御屋敷に連れて行ってください」と返事をする。


「よく言った!」院長はとても満足そうだ。


「分かりました。では、こちらでお待ちしておりますので、ご準備をお願いいたします。

急ぐ必要はございませんので、忘れ物のないようにご準備を」


「分かりました…ありがとうございます。」


キトは自分の部屋へ向かい、準備を始めた。

持っていく荷物はほとんどない。

自分用としてもらっている数少ない着替えを風呂敷に包み、毎朝必ず見ていた窓の外を眺めた。


いつも挨拶をする鳥たちが木の上で慌ただしく木の枝を集めたりしていた。

小さく、「さようなら…」と鳥たちへ別れを告げる。


出る前に過ごしていた部屋を見渡す。

ベッドと同じ高さのタンス、その上にあるランプと鏡…必要最低限のものだけが置いてあるシンプルな狭い部屋。

この部屋で過ごした日々が一気に脳裏(のうり)を駆け巡った。


「ついに出て行く時が来たのですね…」とやわらかな声が聞こえて振り返る。


「マヤさん…」


声をかけたのは、子どもたちの世話係をしている女性マヤだった。

彼女は意地悪な院長とは正反対でとても優しく、子どもたちに好かれていた。

キトに対しても泣いている時などいつも優しく声をかけてくれた。


「マヤさん…今までありがとうございました。私…」目頭が熱くなり、声が詰まってしまう。


「こちらこそありがとうございました。御屋敷を相続したそうですね」


「はい…」


「よかった。貴女の親族ですから、きっと素敵な御屋敷だと思います。こことは違う辛いことや悲しいことがあるかもしれませんが、貴女なら大丈夫ですよ、キト」と優しく微笑むマヤ。


「ありがとうございます…マヤさん」

孤児院に未練はないと思っていたが、優しくしてくれた彼女と離れてしまうのは寂しい…そう思い涙がこぼれる。


「私のことを思って泣いてくださっているんですか?それとも他の理由…?」マヤはキトをそっと抱き締め、背中を撫でる。


「マヤさんと離れるのが寂しくて…」と抱き締め返す。


「ふふ、私はただの世話係ですよ?お忘れなさい。貴女にとって、これから新しい生活が始まるのですから」

優しいマヤの声が心地よい。


「忘れるなんてできません…」また涙が溢れてしまう。


「そう…私も寂しいです。貴女は一番長く一緒にいたから。さ、院長がお待ちですよ?最後の最後に怒られるのは嫌でしょう?」とキトの手を取り、優しく微笑むマヤ。


「はい…マヤさん…本当にありがとうございました!」

溢れる涙を袖で拭い、微笑み返す。


後ろ髪を引かれる思いだったが、一礼をして部屋を出る。

マヤは微笑みながら、礼を返した。


階段を降りて玄関へ向かうと、今までに見たことのないほど嬉しそうな笑顔の院長が待っていた。

子どもたちもキトが出て行くところに気づき、「元気でねー!」、「またねー!」と声をかけてくる。

子どもたちに微笑みかけ、最後に「今までお世話になりました、ありがとうございました…」と院長へお礼を言って深々と頭を下げる。


そして、中年男性とともに孤児院を出た。

ガチャンと玄関の扉が閉まり…その音を聞き“新しい生活が始まるのだ”とスッと気持ちを切り替えた。


門までの長い道を歩きながら、長年過ごした孤児院を振り返って見る。


“18年…私はここで過ごしたんだ…。こんな風にこの景色を見たのは初めて…”


どんどん遠くなっていく孤児院を見ながら、初めて孤児院の外へ出る不安と、同時に溢れる知らない世界を見ることへの期待に胸を膨らませる。


今まで出たことのない門を抜け、広がる街並みに瞳を輝かせる。


「さ、こちらの馬車にお乗りになってください」


初めてみる馬…そして馬に繋がる大きな箱…見るもの全てが初めてで胸が高鳴る。


「あの…これが馬車…というものですか?」興味深そうに馬車を見つめる。


「は…はぁ、そうですが…?」


「そうですか…お馬さんってこんなに美しい生きものだったんですね…初めまして」と馬に挨拶するキト。

挨拶を返すように頭を下げる馬。


「あ、あぁ…そうですね…?」

馬や馬車に見慣れている中年男性は不思議そうな顔をした。


「あ…すみません…」


「いえ、さぁどうぞ」


乗り込むと、カタカタと走り出す馬車。


窓の外を眺め、景色を楽しむキト。

どれもこれも初めてで“あれはなんだろう…”と次々疑問が浮かぶ。

中年男性に質問したいが、“迷惑になるかな…”とその気持ちを心にしまう。


街並みからどんどん離れ、見える景色が建物から木々に変わる。

“街から離れちゃった…御屋敷って、山の中にあるのかな…?”

森の中へ入っていき、しばらくすると突然馬車が止まった。

降りるように言われ、馬車から出るが…周りに御屋敷らしきものはなく、ただ一本道と木々があるだけだった。


「ここから先はお一人でお願いいたします。そこの一本道を真っ直ぐに行けばございますので…」と震えた声で言う中年男性。


「え…一緒に行っていただけないのですか?」


「えぇ…これ以上は…」と何だか怯えた様子の中年男性に、一気に不安な気持ちが溢れ出す。


「あぁ…これが遺言書でございますので、どうぞ。それでは、私はこれで…」と急いで馬車に乗り込み、そそくさとその場を立ち去っていく中年男性。


「あ…あの…!……どうしよう、行っちゃった…」

巻物のような遺言書だけを受け取り、森の中に一人取り残されてしまった。


仕方がないので、とりあえず言われたように一本道を真っ直ぐ進んでみることにした。

まだ昼間なのに薄暗く、より不安が高まる。

真っ直ぐ行けばいいと言われたが、いつまでたってもそれらしい建物は見当たらず、この道で合っているのかと…さらに不安になる。


サー…

 

    カサカサ…


コトン…


    タッタッタッ…


グォッ…


ドクン…ドクン…ドクン…

様々な音がいつも以上によく聞こえ、さらに不安を(あお)る。

…早くなる心臓の鼓動も聞こえてきた。


とにかく前へと速足で歩き続けていると…声が聞こえた気がして、恐る恐る聞こえた方向へ視線を向ける。


“猫…?”

木の上にぽっちゃりした茶トラ猫が、しっぽをふり、なんだかご機嫌な雰囲気でこちらを見ていた。


「お嬢さんがキトかい?」と茶トラ猫が言う。


「え…」


“今…喋った…?……そんなわけ……きっと怖くて勘違いしたの……そう、きっとそう…”

一度深呼吸をし、もう一度茶トラ猫の方を見るキト。


「聞こえなかったかな?お嬢さんがキト?」


「……猫さんが喋った…」

気のせいじゃないと気づき、驚いて大きな瞳をさらに大きくするキト。


「ごめん…驚かせちゃった?それで…お嬢さんはキトなの?」


「あ…えと…。…キトは…私ですが…?」と戸惑いながらも答える。


「やっぱり!御屋敷を探しているんだろう?」


「…そう…ですが…何故…。猫さんは御屋敷を知っているのですか?」


「知ってる♪」


「そうなのですか…!あ…あの…よかったら場所を教えてくださいませんか…?この道で合っているのか不安だったんですが、誰も聞ける人がいなくて…」


木の上から降り、近づいてくる茶トラ猫。

「元々そのつもりで迎えに来たんだ、ついてきなぁ~♪」そう言って歩き始める。


いきなり猫が話すので驚いたが、何とか御屋敷にたどり着きたかったキトは信じてついていくことにした。


「あの…」


「ん?俺か?俺は〔アーモンド〕って呼ばれてる。よろしくな!」

ちょこちょこと歩きながら返事する茶トラ猫。


「アーモンドさんですか…よろしくお願いします。あの…一つ聞いてもいいですか?」


「お、なんだ?」


「人間と猫さんは普通にお話ができるものなんでしょうか…?」


「あはは、普通はできないな」


「え…じゃあ…どうして」


「どうしてお嬢さんが話せるか、って?そりゃあ、お嬢さんの一族がみんな猫と話せるからだよ」


「え…私の親族はみんな猫さんと話せるのですか?」


「そう!普通のことじゃないから、一般人の前では変人扱いされるだろーな。」


「そうなんですか…」


「それにしても途中で置いてかれるなんてかわいそうにな。あんなに高貴な身なりしてても怖がりだったらカッコつかないよなぁ~、あはは。ま、遺言書取りに来た時もかなり怯えてたから無理もないか」


…茶トラ猫と話しながら、結構な時間を歩いているが…ずっと森ばかりでまた不安になってくる。

キトは不安な表情を浮かべながら、キョロキョロと辺りを見渡す。


「はは、そんなに不安に思わなくていい。もう着くからさ」


「はい……。あ」


一本道に今までなかった橙色の灯りが見えてきた。

灯りの正体は、ずーっと奥まで続いて並ぶ、多くのかぼちゃのランタン。

色んな表情をしているかぼちゃたちがいる。


「あの…こんなにいっぱいどうしてかぼちゃが並んでいるんですか?」


「ん?あ、これは魔除け」


「魔除け…?」


「まぁ、念のためだから怯えなくて大丈夫さ」


「はい…」


かぼちゃを見ながら歩いていると、ニコニコ笑顔のかぼちゃがウインクしたように見えた。

驚いた表情を浮かべ、「あ…あの今かぼちゃが目を閉じて…」とアーモンドに話しかける。


「あはは、気のせいだよぉ~ほらもう着くよー」とアーモンドは気にせず歩き続けた。


かぼちゃの道を抜けると、ついに立派な門の向こうにある大きな御屋敷が目に入ってきた。

真ん中の建物の一番てっぺんは、猫の顔のようになっていて、窓が目のようになっている。


「着いたよ♪」とご機嫌な雰囲気で言うアーモンド。


「ここが…立派な御屋敷ですね。それに一番上の部屋が猫みたい…」


「そうだろぉ♪ここは通称〔猫屋敷〕って呼ばれてるからな」


「猫屋敷…」

キトは、大きな御屋敷から目が離せず、じーっと見ていると…


“あれ…今”

猫の顔をした部屋の窓から何か黒いものが覗いていたように見えた。

よく目を凝らして見つめるが何もいないようだ。


“気のせいかな…”と首を傾げていると、

「門は鍵かかってるみたいだなぁ…門が閉まっているみたいだから秘密の抜け道から行こうと思うんだけど…って聞いてる?お嬢さん?何かあったの?」とアーモンドも首を傾げてキトが見ている方向を見る。


「え、あ…すみません。秘密の抜け道ですか…?」

慌ててアーモンドの方に視線を戻す。


「うん、こっち♪」と歩いていく方向に着いていくと、猫専用の扉があり…


「ここから(くぐ)り抜けて入るんだよ」と扉を指すアーモンド。


「…私も潜れますか?」


「うん、たぶん!お嬢さん細いから大丈夫だよ」


先にアーモンドが潜り…続いてしゃがんで通ってみることにする。

身体が細かったので、なんとかギリギリ通れた。


「よしっ」と満足気なアーモンド。


改めて目の前の大きな御屋敷を眺める。

“これからここに住めるのかな…”と考えていると、入口から猛スピードで走ってくる白いものが見え、“…何?”と思った途端にゴッツンと白いものはアーモンドに激突した。


「いきなり頭突きなんて酷いじゃないか~」と頭がクラクラしている様子のアーモンド。


よくみると…激突した白いものの正体は、白猫だった。


「あなたがキト様を門からではなく、私たち猫用の扉から通したから怒っているのです。大切なお洋服が汚れてしまっているではないですか!」とアーモンドに向かって可愛らしい声で怒る白猫。


「えー…門が開いてなかったし…」とそっぽを向くアーモンド。


「紐を引っ張ってベルを鳴らしてくださいと先ほどお伝えしました!」と門の方を指して言う白猫。


「…あ、そだっけ?」ときょとんとした表情をするアーモンド。


「もう、アーモンドさん!」白猫さんは大変ご立腹な様子。


それに対しアーモンドはキトの方を見て「ごめんね、お嬢さん…」しゅんとして反省する様子を見せる。


キトは「いえ、ちょっとした冒険みたいで楽しかったですから」と微笑み返す。


急に元気を取り戻し「おお…!だってさ?」と白猫に向かって言うアーモンド。


「だってさ、ではありません!」


「はーい…」少し拗ねたように言うアーモンド。


話題を変えようと思い、「…あの…白猫さん、あなたは?」と尋ねるキト。


「にょっ…?!すみません、ご挨拶が遅れてしまいました…!私はキト様のお世話係に任命されました〔バニラ〕と言います!よろしくお願いいたします!」と頭を下げる白猫。


「バニラさんですね、よろしくお願いします。お世話係…なんですか?」


「はい!これからレオ様の奥様になられる方ですもの!きちんとお世話係をつけるべきです!」


キトは「奥…様?」と呟き、首を傾げる。


「あれ…遺言書をお読みになっていないのですか?」とバニラも首を傾げた。


「はい…まだ」


「えぇえええ?!そうだったのですか?!てっきり読まれてきたのだとばかり…外だと寒いですから、中でゆっくりご説明しますね…!こちらへ」と玄関の方へ歩き出すバニラ。


「俺はお嬢さんが来たことをみんなに伝えてくるな!お嬢さん、また後でな」とバニラと一緒に歩きながら、キトの方をみて声をかけるアーモンド。


「はい、アーモンドさんありがとうございました…!」とキトが返すと、一度しっぽをふり、先に行ってしまった。


「私たちも行きましょう!」というバニラの後について御屋敷の中へ入る。

中に入ると猫用の小さな入口があちらこちらにあり…猫たちが生活していることがよく分かる。


「まず、キト様のお部屋へご案内しますね」


「私の部屋があるんですか…?」


「はい♪行きましょう!」と玄関に入ってすぐにある螺旋(らせん)階段を上り始めるバニラ。

あとをついていくと、最上階へ着いた。


部屋に入ると、猫の目のような窓が2つあり、そのそばに大きなベッドが置いてある。

他には壁側に机と椅子と小さなタンス、大きめの衣装ダンスもあり、ある程度の物は揃っていた。

下から見た猫の顔の形をした部屋が自分の部屋と気づく。


「よかったら、ベッドにお座りください」ベッドを指して案内するバニラ。

言われた通り座ると、孤児院の硬いベッドとは違い、とてもふかふかで心地がよい。

嬉しそうにベッドを触るキト。


「では、遺言書を見てみましょうか?」とバニラが言い、「あ!そうですね」と少し慌てて巻き物を結んでいる紐を解く。

とても長そうなので、一度床に座り直し、バーッと床一面に巻き物を広げた。

しかし、不思議なことに巻き物はまっさらで何も書いていなかった。


「あの…バニラさん?何も書いていないみたいですが…間違ったものを受け取ってしまったんでしょうか?」焦って尋ねるキト。


「本当だ…なぜでしょう…?!困ったな…私たちとキト様には見えるはずなのに…」とバニラも焦る。


「そうなんですか…?なぜでしょう…」

まっさらな巻き物をもう一度、じーっと目を凝らして見つめてみる。

けれど、やはり何も書いておらず…


“どうして何も書いてないんだろう……なんと書いてあるのか気になるのに…”と考えながら、そっと巻き物を手でなぞった。


すると…上から1文字ずつ誰かが今書いているかのように文章が書かれていく。

驚きと感動で、瞳を輝かせて書かれていくのを見つめる。


「おお!よかった…!さっき見えなかったのは、屋敷に住む私たちとキト様にしか見えないようにルナ様の魔法がかけられていたからでしょうね」と巻き物を見ながら言うバニラ。


「ルナ様の魔法…?」巻き物を見ながら尋ねるキト。


「はい、この遺言書を残されたキト様のひいおばあさまですよ!」


「私のひいおばあさま…?じゃあ…この御屋敷を私に譲ってくださったのはひいおばあさまなのね…?ルナ…素敵なお名前…」と言い、微笑む。


「はい、ルナ様はとても素敵なお方でした!」とバニラは嬉しそうにしっぽを揺らした。


キトは遺言書にそっと手を置き、「亡くなられる前にお会いしたかったです…」と呟いた。


「そう…ですよね」と寂しげにバニラも返す。


そんな中、ふとある疑問が浮かんだ。

「そういえば魔法って…?」とバニラに尋ねる。


「ルナ様は魔女ですもの、簡単にぱぁっと♪」


「…え…魔女?」と目を丸くするキト。


「はい♪キト様もその血をひいておられますから、今はできなくても魔法が使えるようになるかもしれないですよ!」とバニラは嬉しそうに答えた。


「すごい…ですね。色々と頭が追い付かないです…本の世界に入ってしまったようで…」


「少しずつ慣れていけばいいですよ!まずは…先ほどの話なんですが…」


「あ…遺言書のことですよね…!んー…っと…上からずっと名前ばかりですね」

指でなぞりながら、自分宛の文章を探す。


「これは歴代のこの御屋敷に住んでいた猫たちの名前が書いてるんです。んー…ずっと下の方に…あ!ほら、ここに私の名前が♪あ…ありました!この御屋敷をキト様に譲ると書いてます。」

と書いてある場所に手を置くバニラ。


「あ…ほんとだ…。ただし2つの条件を守れない場合は譲れません。1つ、御屋敷に住む猫たちと遊びに来る猫たちを大切にし、仲良くすること。2つ、ボス猫のレオと結婚し、御屋敷を守ること…」

読み上げてから思考停止し、固まってしまうキト。


「あ…あの…キト様?」覗き込み、キトの顔色を伺うバニラ。


「え…あの…私は猫さんと結婚するということですか?猫さんと人間が結婚することって普通なんですか?そもそもボス猫さんはそれでいいんでしょうか?美人な猫さんが結婚相手の方がいいのでは?私、男性とほとんどお話したことないですし、そもそもお友だちもまだできたこともないのに…それで結婚だなんて急すぎて…しかも相手が猫さんだなんて…!でも…そうしないとここにいてはいけないんですよね…それはそれで困ります。孤児院にはもう戻れないのに…どうしましょう?!」

恋愛経験もないまま結婚といきなり言われ、しかも相手が猫…ひいおばあさまが魔女だったということ…色々訳がわからないことばかりで、次々と疑問の言葉を並べて頭の中が大混乱状態のキト。


「はわわ、キト様がパニック状態になってしまいました…どうしましょう…!」

バニラもどうしていいか分からず、慌てる。


そこへ先ほどのぽっちゃり茶トラ猫のアーモンドが部屋へ入ってくる。


「おやおや、何だか大変そうだね?」と呑気(のんき)な様子で言うアーモンド。


「あ、アーモンドさん!レオ様との結婚のことを知らずに御屋敷に来たみたいで、キト様がパニックになってしまいました!」

大慌てのバニラとは違い、「あらま」と淡々と返すアーモンド。


「アーモンド、この人が噂のキト様?!わぁお…綺麗なひとだぁ!」

と言うのはアーモンドにくっついてきた白黒(しま)模様の子猫。


アーモンドの後ろから現れ、ひょっこりと顔を覗かせる。

そして、ちょこちょことキトに近づく子猫。


「キト様!僕の名前は〔チェス〕です!これから一緒に暮らせること、とても楽しみにしてたの♪」

とクリクリの大きな瞳をキラキラさせて、しっぽを振るチェス。


「はじめまして…チェスさん」と微笑みながら返す。


「はじめましてっ!」と返事してもらって嬉しそうなチェス。


「チェスだけじゃないよー、俺も楽しみにしてた」、「私もです!」と嬉しそうに言うアーモンドとバニラ。


今までこんなに自分が来ることを楽しみに待っていてくれた人がいただろうか…と過去を振り返るキト。

正式に言うと人ではなく、猫ですけれどね?

そのようなことは彼女には関係ないようで、混乱していた表情が一変して明るい表情に変わる。


「お友だちができたことがないのでお困りでしたら、私がお友だちになります!」

「おお、それなら俺もお友だちになるぜ?」

「僕も僕も!」

と3匹が明るい声で言ってくれる。


それに対し、“こんなに言ってくれるなんて”とキトは嬉しい気持ちになる。

正直、いきなり結婚というのはとても不安だが、この家に住み、この子たちと一緒に過ごしてみたいと思った。


「皆さんと暮らすには、結婚するしかないんですよね…」とまた少し不安な表情が戻り、考え込む。


「大丈夫、レオは良い奴だよ!」とアーモンド。


「そうだよ!家族とはぐれちゃって一人だった僕のことを助けてくれたの!僕ね、ボスのことだいすきっ♪」としっぽを振りながら続けて言うチェス。


「よしよし、お前はかわいいやつだなぁ」とチェスの頭をポフポフと2回撫でるアーモンド。


“みんなボス猫さんのことが好きなんだな…優しい猫さんなのかな”と少し心が動くキト。


「まぁとりあえず御屋敷に住んでる俺たちの仲間に挨拶してさ、それから決めたらいいんじゃない?」とアーモンドが提案する。


「それはいいアイディアですね!とりあえず、みんなに会いに行きましょう?」とバニラが返す。


キトは笑顔で「会ってみたいです…!」と答えた。


みんなに会いに行くため、階段を降り、広間に向かう。

そこにはアーモンドに言われて、御屋敷に住む猫たちが集まって待機していた。


「キト様、御屋敷に住んでる猫たちを紹介しますね!

左から…灰色のオス猫がクラウド。アーモンドと同じ茶トラで、メス猫のウォールナット。アーモンドさんはぽっちゃりしていて、ウォールナットさんは痩せてるので分かりやすいと思います♪ 次に身体の大きいオスのトラ猫がタイガー、椅子に座っている毛の長い白猫はコット。彼女は私たちにとってはおばあちゃんみたいな存在です。以上が御屋敷に常に住んでる猫たちです!」

バニラが一匹一匹指しながら紹介する。


「キトと言います。皆さんよろしくお願いします!」と言って頭を下げるキト。


「よ、よろしくお願いします…」気弱な灰猫のクラウドが答える。


「ボスとはいつ結婚を?」と言うのは気の強い性格の茶トラのメス猫ウォールナット。


「これこれ気が早いぞ」とおばあちゃん猫のコットが言う。


「そう?」とウォールナット。


「キト様はまだ迷っていらっしゃるんです」とバニラ。


「ふっ…無理もないだろ、所詮人間とこで育った娘だ。」とタイガーが鼻で笑う。


「タイガー…すぐそうやってキツい言い方するんだから~女の子には優しくしないと」とアーモンド。


「お前はいつも甘すぎる」と唸るように低い声で言うタイガー。


「にゃー…厳しいなぁ~」アーモンドはそっぽを向いて(うつむ)く。


「でも、ルナの曾孫なんだから。普通の子とは違うでしょう?」とウォールナットがタイガーに向かって言う。


「元を辿ればそうだが、育ったのは孤児院だ。普通の人間たちに育てられたのだから、ただの人間の娘だ」と強く言い返すタイガー。


「まぁ確かに…?」


「これこれ、タイガーもウォールナットもやめんか。決めるのはお前たちではない、彼女とレオだろう。私らは時の流れに身を任せていればよい。」とコットが(さと)す。


「だが…」と言い返すタイガー、再びウォールナットとの言い争いが始まった。


タイガーとウォールナットが言い争っている中、バニラがキトに向かって手招きする。

キトはしゃがんで、バニラに顔を近づける。


「キト様、ごめんなさい。タイガーさんはちょっと警戒心が強いだけなんです…慣れたらとても頼りになって優しいですから…!」と耳元で伝えるバニラ。


「心配しなくても大丈夫ですよ、いきなり知らない人が現れたら警戒するのは仕方のないことですから」と微笑みかけるキト。


「キト様はお優しい方ですね…。御屋敷の中をご案内しますね?」


「ありがとうございます…!」


「アーモンドさん、キト様に御屋敷をご案内してきますね?」と小さな声で伝えるバニラ。


「はーい、聞かれたら伝えとくな♪」とアーモンドも小声で返す。


「お願いします♪」


「僕もご案内に連れてって!」とチェスが言う。


「あ…あの…」と恐る恐る近寄ってきたのは灰猫クラウド。


気弱なクラウドは、タイガーとウォールナットが口論を始めると関わらないよう逃げることにしている。


「クラウドも一緒にご案内行きたいの?」とチェス。


「うん…一緒に行ってもいいかな…?」


「僕たちついていってもいいよね?!バニラ」


「もちろんですよ♪」


「ありがとう…」と嬉しそうにするクラウド。


「わぁい」と喜んで飛び跳ねるように歩くチェス。


猫たちが集まっていたのは、螺旋階段のある猫塔を挟み、玄関からみて右側の広間だ。

まずは真ん中にある猫塔を案内することになった。


「まず、ここが先ほど入ってきた玄関。ここに私たち用の出入り口もあります!螺旋階段の奥に大きな窓がありますよね?あそこを開けるとお庭へ出られます!見に行きましょう♪」

とてもご機嫌な様子のバニラ。


庭へと繋がる窓へと向かう途中、大きくて立派な黒い猫の銅像があり…

キトは“すごい…”とつい足を止めて見つめてしまう。


猫たちは気づいておらず、そのまま窓に向かって歩いていく。


“あ、行かないと”と思い、猫の銅像から視線を外そうとした瞬間…手招きするように銅像が動いた気がした。


“え…今……。まさか、ね…動くわけないか”

そう思いながらも気になって銅像の手に触れると…ガチッという音がして猫の手が下がった。


“え…”

驚いている暇もないまま、突然床の底が開き…「わっ?!」と声をあげ、そのまま下に落ちてしまった。


「キト様?!…あれ…いない。どうしよう、キト様が消えてしまいました?!」と慌てて振り返って辺りを見渡すバニラ。


「え…消えちゃったの?!」と一緒に探すクラウド。


「大変だ!探さないと…!」と子猫のチェスもキトの声が聞こえた辺りを探してみる。

しかし、すでに床は閉じており、何事もなかったようにシーンとしていた。


「また私やらかしてしまったのでしょうか…」と落ち込むバニラ。


「バニラのせいじゃないと思うよ…?」と(なぐさ)めるクラウド。


「ありがとう…クラウド。」


3匹は慌ててキトの行方を探した。果たして、彼女はどこへ消えてしまったのだろうか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


叫び声をあげたまま落ちていき…柔らかいふかふかの円いベッドの上に着地する。


「っ……?!………はぁ………っびっくりした…」

ドキドキして飛び出しそうになっている心臓を抑えるように胸元に手を当てる。


深呼吸した後、周りを見渡してみる。

落ちてきた場所はとても広い部屋で、不思議な植物や道具がたくさん置いてあった。


「ここは…?」と呟くと、「ここは地下室だよ」と声が聞こえた。

視線を向けると、毛色は金色のような薄茶色のような…独特な雰囲気で、美しい毛並みの長毛の猫がこちらを見ていた。

宝石のように輝く緑色の瞳に吸い込まれてしまいそうで…ついその瞳を見つめてしまう。


「あ…あの…あなたは?」と戸惑いながら尋ねるキト。


「すでに話を聞いているんじゃない?」

長毛の猫は、落ち着いた優しい口調で話し、心地よい声をしている。


「レオ…様?」と恐る恐る思い当たる名前を言ってみる。


「そう。よろしくね?」

変わらず優しい声で言うレオ。


「あ…はいっ!よろしくお願いします!」

魅力的な優しい声につい緊張してしまうキト。


「驚かせてごめんね?俺がここに招いたんだ。ここなら邪魔が入らずにゆっくり話せるから」と近づいてくるレオ。


「そう…でしたか」


「もしかして、緊張してる?」


「あ…はいっ」


「あはは、緊張しないでいいよ。噛んだり、引っ搔いたりしないから」

レオはベッドの上にのり、隣に来た。


「はい…」


「バニラのことは気に入ってもらえたかな?」


「あ…はい!とてもいい子ですね!」


「よかった。いい子でしょう?少しドジなところがあるけど、真面目で頑張り屋さんだからね。適任だと思ったんだ」と言い、しっぽを一振りするレオ。


「そうだったんですね」


「急にいなくなったから今頃困ってるかな。後で謝らないとね。

それで…遺言書はもうみたかな?」キトとは目線を合わせずにそのまま前を向いて話すレオ。


「はい…。私がその…レオ様と結婚を…」キトも合わせて前を向いたまま答える。


「レオでいいよ。びっくりするよね?いきなり知らない相手と結婚、しかもそれが猫って…」


「はい、びっくりしました…」


「どうするかは君が決めることだから、強制はしないよ。いきなり今すぐ決めろとは言わないけど…魔法の期限が切れる前にサインをしないと君はここにはいられなくなる。それだけは覚えててね」


「期限…?」


「うん、1週間以内にサインしなかった場合は、遺産放棄したことになって、この屋敷には入れないようになる。そういう魔法がかけられているんだ」


「そんな…。あの…レオさんはいいんですか?

私は人間だし…それに要領が悪くて、いつも怒られてばかりで…頼りにならないかもしれないですし…私はほとんど男性と話したこともないので…上手く汲み取ったりできないかもしれないですし……」と言いながら少しずつ声が小さくなっていく。


「自分に自信がないんだね。無理もないか、あの院長に育てられたんじゃ…」と静かに呟くレオ。


「え…院長さんをご存知なんですか?」つい驚いてレオの方に視線を向けてしまう。


「うん、まぁ少しね。大の猫嫌いだから、野良猫の間でも有名な人だよ」


「そうだったんですね…」と言い、視線を前に戻そうとすると…


「うん。そうだ…さっきの返事だけど。俺はいいよ…?」とキトの目を真っ直ぐ見つめて答えるレオ。


「いいんですか?!で、でも猫さんは猫さん同士の方がよいのではないですか?美人な猫さんはいっぱいいるでしょうし…」と慌てるように言うキト。


「んー…それを望んではいないかな」とまた前を向き直して返すレオ。


「そうなんですか…?」と首を傾げるキト。


「俺は…普通の猫とは違うから」と呟く。


「…え…?」


「もし、結婚することになったら話すよ。ごめんね、他人になるかもしれない人には話したくないんだ」と少し低い声で言うレオ。


「…あ……そ、そうですよね…」

小さな針がチクッと胸を刺すような感覚がする。


「俺は…ルナの遺した最後の願いだから…それを叶えたいと思ってる。もし、貴女が嫌でなければ」

レオはもう一度キトを真っ直ぐに見つめ、そのまま静かな声で言う。


「…っ」あまりにも真っ直ぐ見つめてくるものだから、ドクンッと一瞬キトの心臓が跳ねた。


「とりあえず結婚の話はよそう。それよりもまず、君の誕生日をお祝いしないとね。

18歳、お誕生日おめでとう。キトさん」

声のトーンがまた上がり、優しい口調に戻るレオ。


「……。あ、ありがとうございます」と驚きながら言うキト。


「俺に言われても、あまり嬉しくなかったかな?」


「あ…いえ…違います!…嬉しいです…とても。おめでとう…ってあまり言われ慣れてなくて…驚いてしまって…。私の誕生日のことを気にしている人はほとんどいなくて…。お世話係のマヤさんはいつも言ってくれましたが…その言葉をかき消すように院長さんに嫌味を言われる日という印象が強くて…。正直に言うと…あまり自分の誕生日が好きではないんです」と俯いて答えるキト。


「それは、悲しいね…」とレオも静かな声で返す。


「そう…ですね。だから、ありがとうございます…レオさん」

微笑みながらもう一度レオの方を向くキト。


「どういたしまして。プレゼントは何がいいかな?俺が準備できるものなら何でも言って?」

と首を傾げてキトを見つめるレオ。


「えっ?!そ、そんなことまで…?!」

待ってというように両手を前に出す。


「誕生日は大切な日だよ?遠慮することない。ほら、お願いごと言ってみて?」

と目を細めて微笑んでいるような表情になるレオ。


「…そうですか…。では…一冊、自分用の本が欲しいです。」と呟くように小さな声で言うキト。


それを聞いて、目を丸くするレオ。


「すみませんっ…欲深いですよね…」と慌てるキト。


「…いや。むしろその逆で驚いた。ほんとに、本一冊だけでいいの?」


不安そうな表情で「はい…」と返すキト。


「そっか、それならついておいで?」と手招きするレオ。


レオに連れられ、地下室の奥へと案内される。

奥に行くと、図書館のように本棚が並ぶ部屋があった。

キトにとっては夢のような部屋だった。


唯一のささやかな夢〔多くの本に囲まれた静かで穏やかな生活〕を叶えられる場所…心が躍らないはずがなかった。

瞳を輝かせながら全体を見渡すキト。


「本が好きなんだね?」


「はい…!孤児院での唯一の楽しみで…あそこには本の種類があまりなくて…何度も同じ本を繰り返し読んでました。…こんなにあるなんて…夢みたいです!」

見渡しながら、明るい声で言うキト。


「確かに読み切れないほどあるよね。あの奥の棚以外は、どれでも好きな本を選んでいいよ」

奥の棚を指して言うレオ。


「本当にいいんですか…?!」

今にも飛び跳ねてしまいそうなくらいウキウキ状態のキト。


レオは「いいよ」と優しく返した。


「嬉しいです…!」と言った後、上がった気分を抑えるように一息つく。

そして、1つ1つ本を手に取り、楽しそうに目を通す。

レオは傍にある椅子に座り、その様子を微笑ましく眺めた。


「どうしましょう…どれもこれも面白そうで…選ぶのが難しいです」

一冊一冊、取っては戻しを繰り返して悩みに悩む。


「御屋敷を譲り受けたら、そこにある本は全部キトさんの物になるよ?」

と笑うように言うレオ。


「なるほど…」

“この図書室が自分の物になるとは…素敵な話だな”と心を動かされるキト。


1冊の本を手に取ると…その本は植物に関する本で、

「その本は勉強になるよ。食べられる植物、薬になる植物、毒がある植物…色々と詳しく書いてあるから。絵もついていて分かりやすいし」とレオが言う。


1ページずつ開いて中身にさっと目を通してから「この本をもらってもいいですか?」と言ってレオを見つめるキト。


「いいけど、それでいいの?たくさんある中でまだ一部の本しか見てなかったけど…」


「はい!生きていくための勉強になりそうなので、それに挿絵も綺麗ですし…!」と嬉しそうに笑顔で答えるキト。


「そっか。勉強家なんだね」


「いつも不思議に思っていたんです。あの花の名前はなんていうのかな…って。でも、孤児院にはそれを教えてくれる本はなくて」と言い、もう一度本の表紙を眺めて、微笑む。


「そう。気に入るものがあってよかった」と優しく嬉しそうな声で返すレオ。


「ありがとうございます!大切にします」

キトはぎゅっと本を胸元で抱きしめるように持ち、もう一度笑顔を見せる。


「どういたしまして。さて、プレゼントも決まったし、バニラが心配してパニックになってるだろうから戻らないとね。」と言い、レオは椅子から降りる。


彼についていき、階段を上っていく。

扉を開けると猫塔の螺旋階段の裏に繋がっていて、“こんなところに地下室の扉があったのか”と感心するキト。


「あああ!キト様?!」

発見できて嬉しそうに走ってくるバニラ。


「心配しました…!ご無事で何よりです…」


「すみません、急にいなくなってしまって…」


「ごめんね、バニラ。俺が彼女を呼び止めたんだ」


「にょっ?!レオ様!いないなと思っていたんですよ!キト様にご挨拶していたのですね…!それならもう大いに!」と身体をピンっと伸ばして答えるバニラ。


「ありがとう。屋敷の探索中だったかな?」


「はい!」


「そっか、続きをお願いね?」


「わかりました!行きましょう、キト様」とバニラはキトに視線を移して元気よく言う。


「あ…はいっ!」キトも元気に返す。


「それじゃあ、キトさんまた後で。夕食の時に」

そういって姿を消すレオ。


“なんだかレオさんって不思議な雰囲気の猫さんだったな”としみじみ思うキトだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


キト探しをしていたクラウドとチェスも合流し、再び御屋敷の探索をする。

先ほど向かおうとしていた庭、猫塔、猫たちが集まっていた広間があった玄関からみて東側の建物、逆の西側の建物の2階を見を終えた頃…あと残っているのは西側の建物の1階のみ。


「あ、そうだ!もう一人の住人をご紹介しないと!今はたぶんキッチンにいると思います、行きましょう」とバニラ。


キッチンに向かうと作業をしている人間が一人。

黒い猫の仮面をつけていて…ふわっとした銀髪、瞳の色は左右違っており、左が赤色、右が紫色。


「執事のナイトさんです!」彼を指して紹介するバニラ。


「ナイトさんですね、初めまして。キトです、よろしくお願いします」と頭下げるキト。


「…よろしくお願いします」

胸に手を添えて、頭を下げるナイト。


「このキッチンとここを出た広間が最後でご案内は終わりです!」


「バニラさんありがとうございます!クラウドさんとチェスさんも。

あのバニラさん…?私も何か夕食のお手伝いでできることないでしょうか?」


「んー…全部ナイトさんがやるので…ナイトさんに聞いてみてください!

でも、キト様はお客様ですし…何もしないでいいんですよ?」と首を傾げるバニラ。


「なんだかしてもらうばかりで落ちつかないんです。…あの…ナイトさん、お手伝いできることありませんか…?」


じーっとしばらく黙ってキトを見つめるナイト。


キトは「あ、あの…すみませんっ、邪魔してしまってますよね…」と慌てて謝る。


「…それでは、お皿の準備を」と素っ気なく返すナイトに対し、「はい!」と元気よく答えるキト。


「それでは、キト様。私たちはいったん離れますね!」


「はい、ありがとうございました!」

いったん立ち去るバニラたち。

執事のナイトと2人きりになった。


言われた棚からお皿を出すキト。

執事のナイトは黙々と作業をしている。


「お皿…出し終えましたが…これで大丈夫ですか?」


「はい。ありがとうございます」

変わらず素っ気なく返すナイト。


「いえ…」

“どうしようかな”と考えながら、じっとしているキト。


それに気づき、黙ってキトを見つめる執事。


“邪魔してしまっているかな…”と焦るキト。


「…一緒に冷蔵室行きますか?」

調子は変わらないが、キトのことを気にかけてくれているようだ。


「冷蔵室?…行きます!」

声をかけてくれて嬉しい気持ちになったキトは、ニコニコの笑顔で返す。


ついていくとキッチンの奥に鉄でできたゴツい扉があり、「寒いので、着てください」と厚いコートを渡される。

「ありがとうございます」と言われた通り着る。


ナイトも同じくコートを着て、扉を開ける。

ギーッ…とても重たそうな扉だ。


中へ入ると、とても冷え込んでおり…確かにコートを着ないととても長くは過ごせないだろう。

壁には霜がついており、奥をみると氷柱(つらら)ができていた。


ナイトはコートからベルを取り出し、チリンッと1回鳴らす。


すると、ペタペタペタ―っという音が聞こえ、奥から数匹の30㎝ほどのミニペンギンたちが出てきた。

そして、ぴちっとナイトの前に並ぶ。

みんな首元にそれぞれ違う色の蝶ネクタイをつけている。


ナイトはペンギンたちにメモを渡す。

そのメモをみたペンギンたちは、またペタペタペタ―っと去っていってしまった。


しばらくしてソリに食材をのせて運んできた。

ソリには生の鶏肉や魚の刺身などなど…色々な食材が載せられていた。


「ありがとうございます…」とソリのものを手持ちの袋にそれぞれ入れ、お礼を言うナイト。


ペンギンたちもそれに答えるように、頭を下げる。

キトも驚きつつ、つられて頭を下げた。

ペンギンたちは新参者の登場に頭に疑問符を浮かべるが、すぐにペコっと頭を下げ返す。


「行きましょうか…」と言い、先に冷蔵室を出て扉を開けておいてくれるナイト。


キトは放心状態で冷蔵室を出て、少しして「あの…今の生きものは?」と尋ねる。


「ペンギン…。冷蔵室に住んでいて、食べ物の管理をしてます」


「冷蔵室がお家なんですね…。とてもかわいらしかったですっ!」


「見た目はそうですが、怒らせると怖いので。気をつけて接した方がいいですよ」と淡々と言うナイト。


「怒ったら怖いんですね…そうは見えないのにな」


「彼らが魚を(さば)いたり、肉を切って保存してくれるので、包丁さばきがとても優れているんです」

と袋から食材を取り出しながら答えるナイト。


「あー…なるほど…」キトは一瞬怒ったペンギンたちを想像するが、“やめておこう…”と左右に首を振って気持ちを切り替えた。


ペンギンたちが捌いてくれた生のお魚をお皿に並べ、常温で解凍する。

次に鶏肉を茹でる。


ナイトが料理をしているところを、横で眺めるキト。

ちらっと彼女の方をみて、ナイトは「手の込んだ料理ではないので…そんなにやることないですよ。ここにいても、つまらないのでは…?」と尋ねる。


「いえ!お料理しているところを見ているのは楽しいです」と微笑むキト。


「そう…ですか。」とまた素っ気なく言うナイト。


「お邪魔でしたら、すぐに出て行きます…」と俯きながら返す。


「いえ…別に邪魔では」と再び黙々と作業するナイト。

キトもそのまま彼の様子を眺めた。


シンプルな料理たちが次々と出来上がっていく。

それをキトが準備したお皿にそれぞれ盛り付けていくナイト。

盛り付けたお皿を大きなダイニングテーブルに並べていくのはキトもお手伝いした。


料理ができたことに気づいた猫たちが集まってくる。

「ご飯だご飯だ~♪」とご機嫌で入ってくるアーモンド。


それぞれ猫たちの席は決まっているようで、猫たちが側にいくと椅子がきゅーっと縮み、猫が乗るとテーブルの高さに合わせて戻った。


これはまた驚きで「椅子が伸び縮みしました…?!」と目を丸くするキト。


「ここの御屋敷は猫が住みやすいようになってるからな」とアーモンドが答える。


「なるほど…これも魔法ですか?」


「そうそう♪」


“すごい…”と感心していると、猫たちが揃い、最後にボス猫のレオが入ってきた。


執事のナイトがキトを席へ誘導する。

キトの向かえにはレオ、その隣に子猫のチェス、アーモンド、クラウド、バニラ…キトの隣にナイト、その隣にコット、ウォールナット、タイガーの順に座る。

彼女が座った席は元々ひいおばあさまが座っていた席だそうだ。


何やらナイトが夜空を描いているような紺色の下地にキラキラした小さな石が散りばめられている陶器の小物入れを持ってきて、テーブルに置く。

蓋を開けると中にはたくさんの角砂糖が入っていた。

“作った料理に角砂糖を使うものはなさそうなのに、なぜ角砂糖をテーブルに置くのかな”と不思議そうに見ていると…

それに気づいたレオが「これは他にここに住んでいる子たちの分なんだ。もうすぐ来ると思うよ」と言う。


「そうなんですね、他にも住んでいる子たちが…」とワクワクしながら待っていると、ふわふわした白い綿のような円い生きものたちがテーブルに上ってきた。

その生きものたちは角砂糖を手に取り、パクパクと食べ始めた。


「わぁ…ふわふわした生きものですね…初めて見ました…」と不思議な生きものたちを眺めながら言うキト。


「角砂糖おばけだよ。正式には〔シュムシュム〕っていうんだ。

角砂糖だけじゃなくて色々食べるけど、甘いものが大好物。だから、角砂糖をあげてる。

それで、うちでは角砂糖おばけって呼んでる」とレオ。


「なるほど…小さくてかわいらしいですね…!」


「ねぇお嬢さん!試しに中に入っている角砂糖を取ってみて?」としっぽをワクワクしているように振りながらアーモンドが言う。


「…?わかりました」

言われた通りに角砂糖を一つ取ろうとすると、一匹のシュムシュムがシューッと音を立てて怒った。

小さな手で必死に角砂糖を掴み、守ろうとしているようだ。


「あはは、取ろうとするとすぐ怒るんだよ!自分の食べ物への執着がすごいの」と笑うアーモンド。


「え…そうだったの?!ごめんなさい、シュムシュムさん…」と慌てて角砂糖を戻すキト。


ぷっくりと身体を膨らませて、角砂糖を抱きかかえるシュムシュム。


「アーモンドさんいたずらは可哀想ですよ!」とムッとするバニラ。


「あはは、ごめんごめん」と笑いながら言うアーモンド。


「シュムシュムたちも食べ始めたし、俺たちも食べようか」と静かにレオが言う。

その言葉を聞き、みんな食べ始めた。


「誕生日なのに質素な食事でごめんね?一応キトさんは人間だから、キトさんの分は味付けしてもらったけど…」とレオ。


「い、いえ!全然質素じゃないです…!むしろこんなにいただいていいのかな…と戸惑ってます」


「…普段はもっと質素だったの?」


「はい…」と言いつつ、雰囲気が暗くならないように笑顔を見せるキト。


「だから、キト様はとても痩せていらっしゃるんですね…」としゅんとするバニラ。

「可哀想だなぁ…お嬢さん」とアーモンドもしゅんとする。


「そんな可哀想だなんてことないですよ?

今、皆さんとお食事ができているので、私は幸せ者です」と微笑んで答える。


質素ながら、いつもより少し豪華な食事に感動するキト。

猫たちに合わせているため、あまり手の込んでいないシンプルな料理だったけれど、幸せを感じた。


食事を食べた後は、執事のナイト、レオ、タイガーを除く、猫たちと東側の広間で話をして過ごした。

孤児院でどんな生活をしていたのか…、今までどんな本を読んだのか…、猫たちは普段何をして過ごしているのか…などお互いの話をした。

誰かとご飯を食べ、その後にゆっくり話をしたことがなかったキトは、今までにない楽しい時間を過ごし、さらに幸せな気持ちで満たされるのだった。


23時近くになり、用意された最上階の部屋へ戻った。


寝る前にもう一度、ひいおばあさまがくれた巻き物に目を通す。

一番下にひいおばあさまの直筆のサインもあり、“どんな人だったのだろう…”と想いを馳せる。


そして、初めてもらった誕生日プレゼントの本を両手に持ち、眺める。

一ページ…また一ページと、開いてみる。

美しい挿絵とともに、植物に関する細かい説明が書いてあった。


パタッと本を閉じ、持ったままベッドに倒れこむ。

天井を見上げ…一つため息をついた。

そして、ゆっくりと目を閉じ…

今日の一日を思い浮かべて、今後について考え始めた…。


―…

一週間したらここから出ていかないといけないのか…それは嫌だな。

こんなに素敵な1日は生まれて初めてだった。

お友だちができたのも、誕生日プレゼントをもらったことも…豪華な夕ご飯を食べたことも…みんなで楽しくお話したことも……すべて素敵だった。

初めてみる生きものたちもいて…不思議な物がいっぱいあって…ワクワクとドキドキで心が躍った。


ここから出たとしても…やりたいこともなければ、居場所もない…。


今の私はここにいて、もっとみんなのことを知りたいし…色んなことを経験してみたいと思う…。

でも…結婚っていうのは少し不安だな…。

人間相手でも不安なのに…レオさんは猫で…。

人間の男性の気持ちが分かるかどうかも不安なのに…猫のレオさんの気持ちが分かるかな…。

お嫁さんになるなら…相手の気持ち汲み取ったりできないと…きっと…だめ…だよね?


はぁ…どうしよう…。きちんと素敵なお嫁さんになる自信なんてないよ…。

でも…ここから出て行って生活していく自信もないしな…。


そういえば…院長先生がお金持ちと結婚するか、働いてこき使われるかしかないって言ってた…

あれ…もしかしたら、私は強運の持ち主かもしれない…!

…私を受け入れてくれる猫さんたちもいるし…素っ気ないけどなんだかんだ優しい執事のナイトさんもいるし…シュムシュムさんやペンギンさんみたいに不思議な生きものもいるし…

何より…レオさんは…こんな私でもいいと言ってくれている…

素敵な未来なんて想像できなかったのに…ここには私の大好きな本もいっぱいあって…皆さんと穏やかな暮らしができるかもしれないと思うと……

こんなチャンスは二度と訪れないかもしれない…


…よし、覚悟決めよ!

レオさんだって、ひいおばあさまのために覚悟を決めているんだから。


色々考えてもここから出て行くデメリットの方が大きい!

なら、今は不安でも素敵なお嫁さんになれるように努力する方がいい…!


こうなったら、悩んでないでレオさんに種別の壁を越えて人間の奥さまでも幸せって思ってもらえるように…素敵な良いお嫁さんを目指そう…!


それに、みなさんと家族になれるように…私のできることを頑張ろう…!


うん…そう。初めて私に家族ができるんだもの…こんな幸せなことはないわ…!


不安もあるけど…なんとなく素敵なことがいっぱい待っている気がする…

明日、決めたことを伝えよう…!

…―

キトは覚悟を決め、少ししてそのまま眠りについた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


一方、キトが寝ている夜中…

玄関の外でナイトとレオが話しているようだ。


「ナイト、みんなを頼んだよ。たぶん大丈夫だと思うけど、彼女には特に気を配って?」とレオ。


「はい…見張ります。…本当に行かれるんですか?」


「うん。今夜は特に外が騒がしい…魔除けのかぼちゃだけではダメそうだから。朝には戻るよ」


「…分かりました。」


「…いつもありがとう」


「…いえ」


レオは、御屋敷の外へ出て行くようだった。

いったい何があったのか…

ナイトは言われた通り、最上階のキトの部屋に向かい、扉の傍で過ごすことにした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


鳥の声が聞こえ、目を覚ますキト。


カーテンの隙間から陽射しが入り込んでいた。

ザッとカーテンを開けると…森の木々たちの紅葉が良く見え、すごく美しい景色が広がっていた。


「わぁ…すごい!」と思わず声が出る。


着替えてから部屋を出て、教えてもらった洗面所で身支度を済ませ、一番下の階まで降りる。

まずみんながご飯を食べた場所を覗いてみると、すでにナイトが起きて活動していた。


「…ナイトさん、おはようございます!」


「…おはようございます」


広間にある時計をみると、6時すぎだった。


「あの…みなさんはまだ眠っていますか?」


「どうでしょう。ご飯の時は集まりますが、それ以外は寝たい時に寝て、遊びたい時に遊んで…と自由に過ごされてますから」


「そうですか…。あの、何かお手伝いできることはありますか?」


「…特に今はないです」


「そうですか…。…まだ朝早いですし…きっとレオさんも眠っていらっしゃいますよね?」


「…何かご用時ですか?」


「…あ…えっと…遺言のことでお話したかったんです」


「…この時間なら起きているかもしれません。彼の部屋は地下室です。…行ってみてください」


「そうですか…ありがとうございます!」


さっそく昨日出てきた地下室の入口へ向かい、扉を開ける。

階段を降り、そっと部屋の扉を開け、広い部屋を覗いてみる。


静かに開けたつもりだったが、音に敏感なレオが扉の開く音に気づいて歩いてきた。


「おはよう、キトさん」


「お、おはようございますっ…すみません、起こしてしまいましたか?」


「ううん、起きてたから大丈夫。それに寝てるかどうかを気にしていたら猫たちとの生活で疲れてしまうよ?一日の中で寝ていることが多いからね」


「そうですか…」


「何か用事があったの?」


「…はい…遺言のことでお話したくて…」


「そっか。中に入って?」

昨日落ちたベッドに座り、「ここにおいで」と招くレオ。

キトもベッドに腰かける。


「話聞かせて?」と優しい声で言うレオ。


「はい…。あ…あの…レオさん。私決めました…!レオさんと結婚して、この御屋敷に残りたいです…!」


昨日の今日で決めたことに驚き、きょとんとするレオ。


「決めるのが早いね。もう少し悩むかと思ったけど…?」


「悩んでも結論が変わらなさそうだったので…」


「そっか。それなら…これからよろしくね、キトさん」と手を前に出すレオ。


キトは、差し出された手に軽く手を添え「はい…!」と明るく笑顔で返事する。

ふわふわした手がとても心地良く、“レオさんの手…ふわふわして気持ちいいな…”と密かに心の中で思う。

このまま触っていたい気持ちもあったが、手を離す。


「みんなに知らせないとね。きっとキトさんが残ると聞いたら喜ぶと思うよ。特にバニラやチェスあたりはね」


「そうだと嬉しいです…」


「…さっそく知らせに行こうか?」


「朝早いですし…みなさんまだ寝ているのでは…?」


「大丈夫」そういって扉の方へ歩いていくレオ。

キトも後をついていき、地下室を出た。

すると、レオは玄関のそばへ行き、長く伸びている紐をくいっと引っ張った。


シャランッシャランッと2つの鈴の音がし、“上に鈴があったなんて全然気がつかなかったな”と思いながら揺れる鈴を眺める。


少しして、あちらこちらからダダダッと走る音が聞こえ、猫たちが集まってきた。

ナイトも作業の手を止めて部屋から出てきた。


「レオ様、お呼びですか?」と瞳を輝かせて尋ねるバニラ。


「うん、みんなに知らせることがあって。キトさんとの結婚が決まったよ」


「おおおっ!バニラは最高に嬉しいですっ!」


「キト様、うちに残るの?!やったー!これから、いっぱい遊べるね!」とチェス。


「おお!それならさっそく結婚式の準備を♪今夜にでも素敵な結婚式を!」と茶トラのメス猫ウォールナットが瞳を輝かせて言う。


「今夜でなくても…」とレオが言うが、


「いいえ!ボス、結婚が決まったのなら即行動ですわ!まずは結婚式に着る素敵なドレスを選ばないと♪ね、バニラ?」と気の早いウォールナットはすでに準備する気満々だった。


「はい!そうですね、ウォールナットさん♪」


「ナイトさんは豪華なお料理の準備を!ボスも身だしなみを整えて待っていてくださいね?あなたたちは会場の準備を進めておいてよ?」


執事のナイトは猫の言葉が分かる力は持っていなかったが、魔法の込められた黒い猫の形をした仮面をつけていることで猫の言葉が分かるため、ウォールナットの言葉に頷く。


「…わかったよ」とクラウドが答える。


「ちゃんとしないと引っ掻くわよ?タイガーも愚痴言わないでちゃんとやってよね!いい?」


「しょうがねぇな…」と渋々了承するタイガー。


「よろしい♪」


「私がこやつらを見張っておくから安心しなさい、ウォールナット」とおばあちゃん猫のコット。


「ありがとう、コット。それじゃあ、さっそくドレスを選びに行きましょう♪

いいですよね?ボス」としっぽを振り、ワクワクしている様子のウォールナット。


「…わかった。お願いね?」

急すぎる気もしたが、楽しみにしている様子の猫たちを邪魔する気になれず、承知するレオ。


「さぁさぁ、行きますよー!」とキトの足元を押すウォールナット。

キトは戸惑いながらもウォールナットとバニラの後についていった。


連れてこられたのはひいおばあさまの衣装部屋で、たくさんの服がかけられていた。


「ここにルナが着ていたお洋服がたくさんあるんですよ!」とウォールナット。


「すごいですね…!こんなにたくさんのお洋服見たことないです…!」と瞳を輝かせるキト。


「私たちがキト様に合う素敵なドレスを選びますね!」とバニラが言う。


「そうそうお任せを♪」


「ありがとうございます…!でも…今日結婚式だなんて…緊張します…」


「先延ばしにするより気持ちが一番ノッている時の方がいいでしょう?私たちが精一杯いい思い出になるように準備しますからご安心を♪」と胸を張るウォールナット。


「そうですか…ありがとうございます」と微笑むキト。


その後、キトを置いてけぼりにして、あーだこーだ言いながら衣装部屋を探索するウォールナットとバニラ。

キトは入口付近でかかっている服を眺めながら待っていた。


「この白いドレスはどうですか?」


「白ー?そんなのだめよ」


「だめですか…?白は素敵な色なのに…」


「キト様はとても肌が白いから、もっと濃い色の方が美しく見えると思う!」


「ほう…なるほど!さすがウォールナットさんです」


「ルナのお洋服はいつも私が選んでいたんだもの、任せなさい♪」


数十分後、2匹がキトの元へ戻ってきた。


「キト様、こちらに来てください♪」と案内される。


「こちらのドレスがいいかと」と黒いドレスを指すウォールナット。


「わぁ…こんな素敵なドレス初めて見ました……」とドレスに見惚れるキト。


「やはりキト様はお肌が白いので、黒が一番美しく見えると思ったんですよ!髪も美しい黒髪ですし」とウォールナットが言う。


「それにルナ様も黒が大好きでしたから♪」とバニラ。


「ウォールナットさん、バニラさん…ありがとうございます!」

もう一度、選んでくれた美しい立派なドレスに視線を戻す。

“これからこんな素敵なドレスが着れるなんて夢みたい…”と瞳を輝かせるキト。


「結婚式の準備ができてから着ないとサプライズにならないですからね!後で着ましょう。

ドレスは決まりましたが、髪もなんとかしないと…」


「私たちには難しいですよね、ウォールナットさん。この手だと…」自分のふわふわの白い手を眺めるバニラ。


「こういう時は〔あの人〕を呼べばいいんじゃない?」


「ああ!そしたらキト様とご挨拶もできますね!」


「それじゃ、いつものようにアーモンドに呼びに行かせましょ!」


「どなたを呼ぶんですか?」


「キト様もお会いして喜ぶ方ですよ!」


「そうなんですか…?」


〔あの人〕と呼ばれる人物をアーモンドに頼み、呼びに行ってもらう。

その間、ドレスを持って自室で待つキトたち。


一時間近く経っただろうか…アーモンドが呼び行った人はまだ来ていなかった。


「夜までに来てくれるでしょうか?」とバニラが言う。


「んー…たぶん大丈夫よ!」と返すウォールナット。


そう話していると、いきなり部屋の一部の空間が(ゆが)み…目の前に突然人が現れた。

いきなり人が目の前に現れたため、驚くキト。


目の前に立っていたのは、さらりとした真っ赤な長い髪…足が長くてスタイルの良い美しい女性だった。

またまた驚くことに、女性とともに立派な(たてがみ)を持つ大きな生きものが現れた。

その生きものは女性を守るように後ろに座り、こちらに(にら)みを()かせている。


「用って何?」と機嫌が悪そうにウォールナットとバニラを睨みつける赤髪の女性。


「ガーネット様!来ていただいてありがとうございます…!」とバニラ。


「こんなに早く来るとは…!実はキト様とボスの結婚が決まりまして、今夜結婚式をあげるので、その準備を手伝ってください♪」とウォールナット。


「キト…?あぁ…御屋敷を譲り受けたっていう…」とキトのことを上から下まで眺める女性。

そのあと「あんた本気で猫と結婚すんの?」と威圧的に言う。


「え…あ…はいっ……」

威圧的な女性に対し、少し怖いと思い、身構えるキト。


「ふーん…変わってるね」とベッドに座っているキトを見下ろす。


“この人は誰なんだろう…少し怖いな”と思いながら、困ってウォールナットやバニラたちに視線を向ける。


「それで、ガーネット様?やってくださいますか?」とウォールナットが言う。


「まぁ…あんたたちのためにはやりたくないけど、貴女が私にお願いしたいなら引き受けてもいいよ?」とにやりと妖しく微笑みキトを見つめる女性。


「あ…えっと…」一歩引いてしまうキト。


「そんな怯えないでよ。ひいおばあちゃんに怒られちゃう」と少し慌てている様子の女性。


「…ひいおばあさまと知り合いなんですか?」


その問いに女性は「当たり前でしょ。私も貴女と同じ曾孫(ひまご)だから」と真顔で答える。


「…え?!では、貴女は私の親戚ということですか?!」

キトは驚きと喜びでつい立ち上がってしまう。


「そう…なるわね?」

いきなりキトが立ち上がるので、少し驚いて一歩引く女性。


「わぁ…こんなに綺麗な人が親戚だなんて…!」


「貴女かわいいこと言うじゃない♪それで、どうなの?手伝ってほしいの?ほしくないの?」


「お手伝いしていただけるなら嬉しいです…!」


「わかった。それで、何すればいいの?」


「髪型を整えたり、ドレスを着るのを手伝ってください♪」とウォールナット。


「…あんたには聞いてないんだけど。まぁいいわ、そこに座って」

女性は椅子を指差して指示する。


「ありがとうございます…!」

髪の毛を整えてもらうなんて初めてでドキドキワクワクなキト。

三つ編みを解き、髪をとかす女性。

猫たちはベッドの上に座って様子を見守る。


「なかなか綺麗な髪してるじゃない…ちょっと癖っ毛だけど。」


「本当ですか?」


「うん…。あ、そういえば名前言ってなかったね。私はガーネット、よろしく」


「ガーネットさん!よろしくお願いします。私はキトです!」


「キトね」


「あの…ガーネットさん?…1つ聞いてもいいですか?」


「何?」


「どうしてガーネットさんではなく、私に御屋敷を譲ってくださったのでしょうか…?

ガーネットさんの方がひいおばあさまのことをご存知でしょう?」


「まぁね。私は、『あんたに譲る』って言われなくてホッとしてるけどね。猫屋敷を引き継ぐなんて御免よ」

ガーネットは質問に答えながらも、髪型を整えていく。


「そうなんですか…?」


「遊びに来るのはいいけど、住むのは嫌。それに猫と結婚なんて死んでも嫌。だから、キトが引き受けてくれるなら私にとっては万々歳」


「そうですか…」


「困ったことがあったら相談くらいなら乗るよ。一応曾孫同士だし」


「ありがとうございます…!あの…もう1つ聞いてもいいですか?」


「ん?」


「あの…ガーネットさんと一緒に来たふさふさの生きものは…?」


「ん?あ、ケイくんのこと?あんたライオン知らないの?」


「はい…ライオンというのですか?」


「そう、かわいいでしょう?ライオンは百獣の王、ネコ科の王様よ♪」

今までの素っ気ない話し方から甘い声に変わるガーネット。


「王様なんですか?すごい…!」


「そう♪ ちなみに、あんたと結婚するレオの名前はライオンを意味するの。

ボス猫につけるってことは、ひいおばあさまもネコ科の王様はライオンだと思ってるってことよ!」


「そうだったんですね!」


「よし、できたわ!」


鏡を目の前に置き、髪型をキトに見せる。

髪をまとめ、後ろに綺麗に束ねている。


「わぁ…」


「気に入った?」


「はい…!ガーネットさんすごいですっ!」


「これくらい大したこと。もうドレス着ちゃう?」


「その前にあっちのチームがちゃんとやってるか不安だから、様子見てこないと!」とウォールナット。


「そうですね…ガーネット様も一緒に来てくださいませんか?」


「しょうがないな…様子見てくるからキトは待ってて。ケイくんそばにいたげてね♪」

言われた通り、キトの傍に寄るライオンのケイくん。


「キトなら、ケイくんのこと撫でてもいいよ?」とウインクするガーネット。

そのままガーネットたちは部屋を出て行った。


部屋に残るキトとケイくん。


「あの…撫でてもいいですか?」と恐る恐る尋ねてみるキト。


「ガーネットが許可したから、いいよ」とケイくん。


「ありがとうございます♪」


「俺の言葉が分かるのか」


「はい…?」


「猫以外とも話せるんだな。ガーネットは俺と話せない」


「えっそうなんですか?!…てっきり同じネコ科だから話せるのかと…」


「ガーネットの一族が話せるのは猫だけで、同じネコ科でも俺たちとは話せない」


「そうなんですね…じゃあどうして私は話せるんだろう…?」


「さぁな。それより…ほら、触りな」


「あ…はい、失礼します。わぁ…ふさふさで気持ちいいですね…♪」


猫以外とも話せるという自分の力に気がついたキト。

“そういえば…木の上にいる鳥さんたちが話していることが聞こえてた。てっきり自分が想像してセリフを当てはめているんだと思っていたけど…もしかして私は色んな動物さんたちの言葉が分かるのかな?”とケイくんを撫でながら考えた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


男の子組を見に行くと、庭を結婚式会場にする準備が進められていたようだったが、最後まで終わっておらず、猫たちは日向ぼっこ、昼寝タイムに突入していた。


キッチンでは執事のナイトと冷蔵室ペンギンたちが豪華なお食事を作っているようだ。


「何これ…まさかこれで完成ってこと?」と運んできた物だけが置いてある庭を見て、ガーネットが呟く。


「もぉ!寝てる場合じゃないでしょ!」と怒り、寝ている灰猫クラウドを叩き起こすウォールナット。


「…んわっ…あ、ウォールナット。ご、ごめん…でも、会場の準備を猫だけでやるなんて無茶だよ。道具を引っ張り出してくるだけで精一杯で…」と怯えながら答えるクラウド。


「…んー…確かにそうね。叩き起こしてごめん…。そういえばアーモンドは帰ってきたの?」


「帰ってきてるよ、チェスと一緒に寝てる…」


「そう…」


「ウォールナットさん、準備どうしましょう…。細かいこと考えてなかったですね…」とバニラが言う。


呆れながらガーネットが「しゃぁないな…設営やるか…」と言い、なんだかんだ手伝ってくれることになった。


「肝心のボス猫はどこなの?」と猫たちに尋ねるガーネット。


「地下室でしょうか?身だしなみを整えておくようにウォールナットさんがお願いしてましたし」と首を傾げるバニラ。


「あなたたちはボス猫連れてきな。ここはやっとくから」


ガーネットにお礼をし、2匹がレオを探しに行っている間…


「あーもうめんどくさい。ざっくりでいいか…」

そう言いながら、パチンッと指を鳴らすと…手のひらの上に炎のような赤色の光が現れる。

ふぅっと光に向かって息を吹きかけると…光は道具箱の方へと飛んでいき、包み込んでいく。

すると、道具たちがカタカタカタと勝手に動き出し、テントを建てていった。

引っ張り出してきて置きっぱなしになっている飾りつけも光に包まれると浮かび上がり、シュルルルッとテントを彩っていく。

同じように折りたたまれた椅子が命を持ったように歩きだし、ガーネットが指示した場所へ移動する。

ガーネットの魔法の力で着々と準備が進められていく。


一方、地下室へレオの様子を見に行った2匹。


「レオ様、いらっしゃいますか?」とバニラが部屋に入りながら尋ねる。


「バニラか。ごめん、もしかしてもう準備が終わったのかな?」


「いえ、まだですよ!今ガーネット様が準備を進めてくれてます!ボス猫を連れてきなさいと言うので迎えに来ました!」


「ガーネットが来てるのか。わかった、今行くよ」


「今、何されていたんですか?何か手伝いますか?」とウォールナット。


「指輪の準備をね」


「まぁ!ちゃんとご準備されていたんですね♪」とうっとりするバニラ。


「元々選んで準備したのはルナだけどね」


「ルナ様が!見るのが楽しみです♪」としっぽを振って、ワクワクのバニラ。


「行こうか」

そう言ってレオは、指輪の入っている小さな2つの箱を持っていきやすいように小さな(かばん)に入れ、鞄をくわえてそのままガーネットの元へ向かった。


「あぁ、レオ。準備は全部終わったよ」と彼が来たのを見て言うガーネット。


「ありがとう、ガーネット」

指輪の入った鞄を地面に置き、言葉を返すレオ。


「執事たちの料理の準備もそろそろ終わりそうだし、キトの準備に戻るか。

ところで…レオ、貴方もリボンひとつでもつけたら?そのままだと雰囲気でないでしょ」

ガーネットはもう一度パチンッと指を鳴らして、黒い蝶ネクタイを手のひらの上に出す。

そして、レオの首元につけた。


「花嫁連れてくるから、レオはここの台の上で待機してて?身だしなみ整えるのに少し時間かかるからすぐじゃなくていいけど」という言葉に対し、頷くレオ。


猫と話すことができる一族の娘でありながら、ライオンを相棒にしているガーネット。

何故か〔生意気だからあまり猫は好きじゃない〕と公言しているようだが、ボス猫のレオには一目置いている。


寝ている猫たちをウォールナットが叩き起こし、「あなたたちも座って待ってなさい!」と言う。

猫たちはあくびしたり、頭を重そうにしながら、用意された椅子に座った。


ナイトとペンギンたちはいつでも料理を運べるように準備を済ませ、彼らも庭で待機することにした。

お家に住んでいる角砂糖おばけのシュムシュムたちも何が始まるのかと気になり、集まってきたようだ。


ガーネットたちはキトの元へ戻った。


「キト、準備できたわ。ドレス着ちゃいましょ」


「ガーネットさん!ありがとうございます」


キトは初めてのドレスに身を包み、ガーネットが後ろのチャックを閉じたりなど整えるのを手伝う。

鏡を見て、今まで着たことのない豪華な衣装に身を包んでいる自分をみて、つい見惚れてしまう。


「いいじゃん♪ 私には負けるけど、綺麗」


「本当ですか?…嬉しいです、ありがとうございます。これが私だなんて…不思議…まったく別人になったみたい…」

くるっと一回転してみたり、後ろがどうなっているのか鏡で見たり、とても嬉しそうにドレスを眺めるキト。


「キト様とても美しいです!」と一緒に喜ぶバニラ。

「私の見立てに間違いなかったわ」と胸を張るウォールナット。


「んー…でも何か物足りないわね…このドレス」とガーネットが呟く。


「そう…ですか?」とキトが首を傾げる。


「わかった…色だ。黒いドレスに黒い薔薇って…全部黒。地味すぎ。やっぱり薔薇といえば赤でしょう」と言い、指を鳴らすガーネット。

赤い光が胸元の黒い薔薇を赤色に染めていく。そして、ドレスにもほのかに赤色を混ぜた。


「今のが…魔法ですか?」と瞳を輝かせるキト。


「ん?あ、まぁ…そうね?」


「すごい…!一瞬で赤い薔薇に変わりました…!素敵です…!」と大興奮のキト。


「はは、喜んでもらえたならよかった。やっぱ赤い薔薇で正解♪」


ヒールの高い黒いパンプスを履き、薄い灰色のベールを頭にかぶせる。

最後、猫の耳のような形をした黒翡翠でできたティアラを頭につけ、花嫁衣装が整った。


「じゃあ行こうか」とガーネットが先に行こうとし、キトもついていこうとすると慣れない高い靴に転びそうになる。


「ふふ、履きなれてないのね?手貸したげる、ほら」と手を差し出すガーネット。

お礼を言って、差し出された手に手を重ねる。


「ケイくん一緒に行くよ♪ キトのこと転ばないように支えておいてあげてね?」

他の人の前では出さないであろう、甘い声でライオンの相棒に声をかける。


慣れない靴とドレスのため、ゆっくりと螺旋階段を降りていく。

そのまま庭へと案内され、飾り付けられた庭をみて感動するキト。

座っているみんなの間を通り、台の上にいるレオの隣へと誘導される。


「キトさん、綺麗ですよ」と彼女をみて褒めるレオ。


「…あ…ありがとうございます」とポッと頬を桃色に染めて照れるキト。


おばあちゃん猫のコットが新郎新婦の前にある台の上に乗り…

「それじゃあ、みんな集まったし結婚式を始めようか」と言う。


その言葉に合わせ、会場の雰囲気を良くするためガーネットがなぜか会場近くに置いてあったピアノに魔法をかける。ふんわり優しいピアノの音色が響く。


「ごほん…えー…花婿と花嫁に聞きます。健やかなる時も病める時も…なんというだったかな。

まぁいいか、どんな時も夫婦仲良く共に過ごすことを誓いますか?」

と適当なコットについクスッと笑ってしまう一部の猫たち。


「誓います…」

と落ち着いた優しい声で言うレオ。

レオの言葉で真面目な雰囲気に戻り、急に緊張してしまうキト。


「…っ…ちた…あ、ちが。…誓います!」

緊張してつい噛んでしまうキト。

レオは目を細めて微笑むような表情を浮かべる。


「んーじゃ。花婿は花嫁に指輪を。…と言っても上手くつけられないじゃろう。ほれ執事、箱を開けておやり」


ナイトが代わりに指輪の箱を開ける。

瞳の部分に水晶が埋め込まれ、手からしっぽまで再現され精工に作り込まれており、猫が指を包んでくっついているように見える指輪が入っていた。


「これはキトさんのひいおばあさまのルナが君のために選んだものだよ。

できれば肌身離さず持っていてほしい。君を危険から護ってくれる魔法が込められているから…」


「そうなんですね…わかりました」と嬉しそうに微笑むキト。


「残念だけど、俺は上手くつけてあげられないから…なんとか持ってるから指を通してもらってもいいかな?」


「はい♪」


ナイトに手伝ってもらいつつ、なんとか両手で指輪を持つレオ。

指輪に左手の薬指を差し込み、きちんとつけなおすキト。


「次、花嫁が花婿に…と言いたいところだけど、つけれる指がないか。あはは」と笑うコット。


「ナイト、もう一個入っている箱を開けてもらってもいい?」とレオが指示する。

ナイトが言われた通り、箱を開けると同じように水晶が瞳についた猫の指輪がでてきた。

首にかけられるようにネックレスになっていた。


「これなら猫でもつけられるでしょう?」とレオが言い、

キトはネックレスを手に取り、そっとレオの首にネックレスをかけた。


「おお、良いアイディアじゃな。よし、それでは誓いのキスを」と片手をあげて言うコット。


「本気?猫とキスすんの…うわぁ」と呟くガーネット。


「相棒のライオンくんとはいつもキスしてるじゃない?」と返すアーモンド。


「猫じゃなくて、ライオンだもの」と真顔で答えるガーネット。


「同じネコ科なのになぁ」と不思議そうに首を傾げるアーモンド。


「キトさん、左手を前に出して?」と言うレオ。

不思議に思いながら左手を差し出すキト。


レオはキトがつけている指輪に誓いのキスをする。

手にふわふわの感触が伝わる。


「誓いのキスは口にするものでは?」と呟くウォールナット。


「いいのよ、人間同士じゃないんだし。いい判断だと思うわ」とガーネットが返す。


「ロマンティックですね~…!」と瞳をキラキラさせてうっとりしているバニラ。


「あなたは幸せ者ね…」と呆れ気味に言うウォールナット。


「誓いあったし、指輪の交換も終わったので…ここにレオとキトが夫婦になったことを認めます!さて、腹が減ったから食事にしようじゃないか」とすぐに台から降りて、テントの外へ出て、横に準備された大きなテーブルの方へ向かうコット。

バニラとウォールナットを除き、結婚式よりも食事の方が気になってしょうがない猫たち。


ナイトとペンギンたちが大きなテーブルに料理を並べる。

テントの中にある椅子たちをガーネットがテーブルのところへ移動させた。


レオとキトは隣同士に座り、キトのもう一方の隣にガーネット、その隣からアーモンド、チェス、コット、タイガー、ウォールナット、バニラの順に大きな丸いテーブルを囲んだ。

近くにもう一つテーブルを設置し、ナイトとペンギンたちがそこへ座った。


猫たち用の食事、ペンギンたち用の食事、人間たち用の食事…それぞれ近くに準備され、それを美味しくいただく。

気になって結婚式を見に来ていたシュムシュムたちのために今日は角砂糖ではなく、クッキーや飴などのお菓子をテーブルに置いてあげた。

ナイトとペンギンたちのテーブルの上に座り、嬉しそうにお菓子を頬張るシュムシュムたち。


ある程度食べ終わったところでアーモンドが席を離れ、

「よし、お祝いの歌を一曲披露しよう♪ ペンギンズ、楽器を持ってきてくれ♪」と指示する。

ピアノやバイオリン、チェロ、シンバル、ドラム、アコースティックギターなど色々持ってくるペンギンたち。


「なるほど、それでピアノが近くに置いてあったのか…」と笑うガーネット。


「タイガー、アーモンドの歌が始まっちゃいそうだけどいいの?」と笑いながら言うウォールナット。


「やめてくれ…」と机にうなだれるタイガー。


アーモンドはピアノの上に乗り…

「それでは、お嬢さんとボスに捧げます!ペンギンズ、カモーン!」と合図する。


ペンギンズが演奏をスタートすると、息の合ったおしゃれで明るくノリのよいメロディーが流れる。


「すごい…!」と感心するキト。

「なかなかやるじゃないか」とガーネットも納得する。


ペンギンズの音色に合わせ、アーモンドが歩いてピアノを弾く。

そして、即興ソングを歌い始める。


なかなかのいい声で、ノリノリで歌うアーモンド。

彼は音楽が好きなようで、普段から鼻歌を歌ったりしている。


タイガー以外は、手拍子をしたり、声をかけたりして演奏を盛り上げた。


シンプルで正式なものとは違うけれど、笑いで溢れる楽しくて思い出深い結婚式になったようだ。


この日からキトの猫屋敷での生活が始まるのだった。

第1章:猫屋敷と花嫁。を読んでいただき、ありがとうございます。


次回は、御屋敷に住み始めて猫たちと少しずつ距離が縮まる。

しかし、ボス猫レオとは打ち解けていないような気がして悩んでいた。

キトはレオと距離を縮めようとと努力する!

その中でレオの秘密を知ることに…。


第2章:ボス猫、レオ。ぜひ読んでいただけると嬉しいです!



★前書きの表紙についての解説

―――――――――――――――

表紙の真ん中にいる黒髪の女性は、主人公のキト。

〔猫屋敷〕という文字に常住している猫たちが描かれています。

猫の文字に顎をのせているのはコット、田の中にいるのはウォールナットとタイガー、草冠につかまっているのはバニラです。

屋の隙間から覗いているのは子猫のチェス。

敷の字にいるのは上からアーモンド、灰猫クラウド、ボス猫レオです。

―――――――――――――――


★残りの登場キャラクターイメージ

―――――――――――――――

執事のナイト

挿絵(By みてみん)


ミニペンギン

挿絵(By みてみん)


シュムシュム

挿絵(By みてみん)


ガーネット

挿絵(By みてみん)

―――――――――――――――

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