『騎士考』 「騎士王に、私はなるっ!!」「……王様なのに、騎士なんですの?」「えっ!?」
「騎士爵は、爵位とは名ばかりで、貴族ですら無いとお聞きしますが?」
「え?」
「そもそも、騎士を叙任なさるのは、王様ご自身ではありませんの?」
「え?」
「お馬さんに乗って、戦いますの?」
「……戦います!!」
問い
「騎士王、何する者ぞ」
答え
「馬に乗って戦います」
……間違ってはいません。
むしろ正しい。
日本語で”騎士”を称される存在は、おおむね4種類あります。
それは、
叙爵制度の騎士爵。
叙勲制度の騎士勲章。
修道士会としての騎士団の団員。
騎兵としての騎士。
です。
残念ながら、これらが一つの”騎士”という言葉でまとめられている為、日本人が騎士、および騎士団について調べようとすると、非常に混乱する事になります。
”騎兵としての騎士”の騎士団について調べたいのに、修道士会の話しか出てこない、とか、騎士団内の階級について質問したのに、騎士爵についての返答が来たり、とか。
全ての原因は、複数の意味を持つ”騎士”を混在させている事にあります。
よって、ここではそれらは区別して、順に説明して行きたいと思います。
恐らく、これをお読みの皆さんが一番知りたいのは”騎兵としての騎士”と、その集団である騎士団についてだと思います。
そこで、それらに関する情報を多く取りまとめますので、敢えて後に回します。
先ずは、騎士爵について。
それに付随して、騎士勲章についてを説明します。
☆叙爵制度の騎士爵
爵位に関しては他に書いた事がありますが、ここでも簡単に説明致します。
爵位とは序列化された”栄誉称号”です。
主立ったものをまとめましたが、国によって違いがあり、また、同じ国でも時代によって変化しています。
本来は、帝爵・王爵は爵位に含めません。
以下に、和名のあと、英語をカタカナ表記で男性形、女性形の順で書いています。
帝爵 エンペラー、エンプレス
王爵 キング、クイーン
大公爵 プリンス、プリンセス
大公爵 グランドデューク、グランドダッチェス
公爵 プリンス、プリンセス
公爵 デューク、ダッチェス
侯爵 マーキス、マーショネス
伯爵 カウント(アール)、カウンテス
子爵 バイカウント、バイカウンテス
男爵 バロン、バロネス
準男爵 バロネット、バロネテス
騎士爵 ナイト、デイム
うん、やっぱり、プリンスと大公爵がややこしくて仕方が無いですね。
簡単にする為、プリンスは無視して、大公爵は公爵に含めて考えます。
基本的に、爵位は上位から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続き、ここまでが貴族です。
その下の準男爵、騎士爵が準貴族とされます。
準男爵は、実際には平民ですが、主に金銭的な意味で国家に貢献し、その家系に対して貴族に準ずる権威が与えられたものです。
騎士爵と似た所もあり、Sirの称号も付きますが、今回は関係がありません。
先ほどから”騎士爵”と称している爵位は、正式にはKnightであり、その和訳として騎士爵の他、ナイト爵、勲功爵、勲爵士、士爵などと呼ばれています。
最近はナイト爵とすることが多い様に思いますが、ここでは騎士爵で統一します。
騎士爵は、(建前上は)個人的に国家に貢献し、その働きを認められた者に対し贈られる、一代限りの爵位です。
つまり、親が騎士爵であっても、子は自力で騎士爵を得なければなりません。
また、貧しい庶民が兵士となり、騎士に取り立てられる例もありました。
更に、貴族の子息も騎士になろうとする為、候補者だけは事欠きません。
騎士に叙任されれば騎士爵を得られ、僅かながらの騎士領が与えられます。
ただし、馬や装備にお金が掛かり、また、従者なども雇わなくてはいけなくなり、親が貴族でないと苦労する事になったでしょう。
騎士物語が流行り、”騎士である事”が名誉に結びつく様になると、上級貴族どころか、王族、皇族の子息も騎士の身分を求めるようになりました。
王族や上級貴族は、早い段階でいきなり騎士になる場合もありますが、基本的には、10代半ばで従騎士に、後半から20才位で騎士になります。
下級貴族の子息は、少し上の身分の貴族の下に、小姓として仕える事から始まります。
嫡子であるなら”名誉”だけで良いのですが、爵位を継げない次男以下にとっては、騎士としての働きが活路になる場合もあります。
巧くいけば良家に婿入りが出来、更に巧くいけば、直接爵位を賜る栄誉に与るかも知れません。
どこぞの帝国騎士が、断絶していたローエングラム伯爵を授爵した例もありますしね。
ちなみに、ラインハルトの父も帝国騎士でした。
キルヒアイスは平民出身の帝国騎士。
敬称は、
騎士爵がサーSir
女騎士爵がデイムDame
騎士夫人がレディLady
騎士爵は個人に贈られる物である為、騎士敬称は個人名かフルネームに付き、家名には付きません。
女騎士にレディを付ける例も在り、逆に、古い時代は騎士夫人にデイムを付けた例もあります。
騎士夫人とは違って、女騎士の夫には敬称は付きません。
Sirの語源はラテン語のsenior(シニア、年長者の)。
それが古フランス語ではsieur、中世フランス語ではsireに変わり、Sirとなった、とされています。
ただ、イギリスでSirが使われたのは13世紀の終わりで、時期的にはまだ古フランス語が使われています。
準貴族への敬称としてsireは、1200年頃のイギリスで既に使用されており、中世フランス語の方が後だと思います。
Dameの語源はラテン語の女主人。
ma(私の)が付いてmadame(マダム、私の婦人)となり、それが変化してma‘amになります。
聞いた事があると思いますが、
「イエス サー」
「イエス マム」
という具合に、一般的に男性のSirに対して、女性にはma‘amが使われますが、女騎士爵に関しては、今もDameが使われています。
余談ですが、擬人化された女神の類いにもDameが使われる様で、運命の女神をDame Fortuneと呼ぶそうです。
騎士の叙任について。
現在、騎士の叙任は、主権を有する国家か君主、法王などしか行う事が出来ません。
叙勲制度や教会法の関わりがあり、国際的なルールによって管理されています。
ですが、中世や近世は、趣が違います。
絶対王政が敷かれ、主従の関係が一元化されていた時代は、騎士の叙任は君主のみの権限でした。
英国王室などでは「血の権利による叙任権」と呼ばれています。それ程の権利なのです。
諸侯は代行することは出来ても、個人の意思での叙任は出来ませんでした。
自称騎士など以ての外です。
しかし、それ以前、中世の頃には、諸侯には”諸侯の騎士”がいました。
王家と諸侯の差がまだ小さかった時代、王が叙任するのは王国の騎士であり、諸侯の騎士はそれぞれの領主が叙任していました。
王国の騎士は、王が保有する王領の内で騎士領を分け与えられます。
同様に、諸侯の騎士は諸侯の領内に騎士領を持ちました。
諸侯の騎士は、諸侯にのみ忠誠を誓い、決して王家には仕えませんでした。
ただ、自らの主が命じた場合のみ、それに従ったのです。
諸侯が王を裏切ればもちろん付いていきます、王家に義理などありはしません。
さて、問題なのは、この諸侯の騎士が”騎士爵を有していた”と言えるのかどうかです。
手持ちの資料などを調べても、明確な答えは見つかりませんでした。
ただ、騎士であれば、所属は関係なくサーの敬称を付けられていますし、当然ながら騎士としての扱い、つまり貴族に準ずる扱いを受けています。
公爵家の騎士が男爵家の騎士を下に見る、なんて事はあったかも知れませんが、平民とは明確な差がありましたので、やはり”騎士爵は有していた”と判断出来ると思います。
☆叙勲制度の勲章
勲章を簡単に説明すると、”表彰の内、章飾の授与が伴うもの”、です。
つまり功績を称えるのに、言葉や書面だけでは無く、それを顕す”飾り物”が授けられます。
また、その”飾り物”自体をさしても、勲章と言います。
もちろん、勲章の本質は”飾り物”や”表彰状”の言葉などでは無く、”栄誉”にあります。
その栄誉に、中世の騎士団と関連付けられものが存在し、騎士爵の叙爵、騎士団への入団が併せられています。
騎士団への入団を伴うものを”オーダー・オブ・シヴァルリィ(Order of Chivalry)”と言い、
騎士団への入団を伴わないが、ナイトに叙任されるものを”ナイトバチェラー(Knight Bachelor)”と言います。
さて、勲章を説明するに当たり、現在のイギリスでの叙勲を参考とさせて頂きます。
勲章の種類は、下の4つになります。
騎士団勲章 オーダー(Order)
栄誉勲章 デコレーション(Decoration)
十字勲章 クロス(Cross)
記章 メダル(Medal)
騎士団勲章が騎士団を形成する勲章です。
クロス、メダルはデコレーションの一種と考える場合もあり、これらは騎士団を形成していません。
今回のお題に関係するのは、当然、騎士団勲章の方になります。
騎士団勲章によって形成される騎士団は、ガーター騎士団やバス騎士団のように、中世騎士団由来の物から、近年に新設された物まで様々。
騎士団勲章は、同じ等級の勲章でも、騎士団ごとに名前が違う場合があります。
まず、代表的なものを幾つか、等級ごとに書き並べます。
1等級
ナイト(騎士)
デイム(同上女性形)
ナイト・グランドクロス(大十字騎士)
デイム・グランドクロス(同上女性形)
2等級
ナイト・コマンダー(司令官騎士)
デイム・コマンダー(同上女性形)
3等級
コマンダー(司令官)
コンパニオン(仲間)
4等級
オフィサー(将校)
ルテナント(副官)
5等級
メンバー(団員)
この内、1等級、2等級の勲章を受けた者は、前述の騎士爵に叙されます。
つまり、現在、騎士爵を得ようと思えば、大英帝国勲章やガーター勲章の2等級以上を受ける必要があります。
逆に言えば、それらを授与されれば、併せて騎士爵を得ます。
そして、騎士団に入団する訳ですが、言うまでも無く、これらの”騎士団”は紳士淑女の集まりであって、馬に乗って戦う騎兵の集団ではありません。
騎士爵の項でも話しましたが、王族も騎士爵を持っています。
英国では殆どの王族に、ナイト・グランドクロスやデイム・グランドクロスが授与されている様です。
ちなみに、日本の上皇陛下はガーター勲章とロイヤル・ヴィクトリア勲章に叙されていらっしゃいます。
どうやら、外国の王太子にはロイヤル・ヴィクトリア勲章のナイト・グランドクロスが贈られるみたいです。
オマケ。
フランスの騎士団勲章が目に入ったので、下記に載せておきます。
コマンドール、団長
ディンティール、参事
シャンベラン、侍従
オフィシエ、将校
シュヴァリエ、騎士
ビートたけしさんは、シャンパーニュ騎士団のシャンベラン・ドヌール(名誉侍従)だそうです。
芸術文化勲章のシュバリエやオフィシエ、コマンドールも授与されているみたいですが、こちらは栄誉勲章っぽいです。
☆修道士会としての騎士団の団員
現在、騎士団と言えばこれかも知れません。
先に上げた勲章による騎士団は世俗騎士団の流れを汲んでいます。
その世俗騎士団が、設立時に見本としたのが宗教騎士団、つまり、修道士会の騎士団です。
世俗騎士団については次項の”騎兵としての騎士”に加えるとしまして、ここでは”宗教騎士団”とその始まりについて解説します。
始まりは、1099年。
聖地エルサレムの奪還に成功した十字軍の大部分は、その成果に満足して帰国してしまいました。
イスラム勢力圏に建てられた十字軍国家は、瞬く間に兵量不足に陥り、存亡の危機に瀕します。
当然の様に、聖地巡礼に向かう敬虔なキリスト教徒たちは、危険にさらされました。
そこで、巡礼者を守る事を目的とした、騎士修道会が活動を開始しする事になります。
最初に法王の承認を得た聖ヨハネ騎士団は、元々病院を兼ねた巡礼者の宿泊所を建てており、病院騎士団とも呼ばれました。
構成員は騎士出身の修道士であり、医療奉仕と拠点防衛に活躍していましたが、やがてイスラム勢力に追われ、撤退を余儀なくされます。
後にロードス島に移りロードス騎士団に、更に追われて、マルタ島でマルタ騎士団となります。
これにより、マルタ島はイスラム教徒やユダヤ人の奴隷売買の中心地となりました。
最終的には領土を全て失い、現在、ローマに本部を置く”領土無き国家”となっています。
騎士総長は元首であり、大公(プリンチペ:プリンス)の称号を持っています。
2番目に出来た騎士修道会が、有名なテンプル騎士団です。
ソロモン王のエルサレム神殿があったとされる丘に拠点を設けた事から、その名が付けられました。
巡礼者保護の他、第二次十字軍などでも活躍し、中世最強騎士団と呼ばれたそうです。
その後色々ありますが、それはさておき。
この、法王に認められ、清廉潔白で強くてかっこいい騎士修道会を参考に、各国でも騎士団が作られる様になります。
騎士修道会が”宗教騎士団”で有るのに対し、各国の騎士団は”世俗騎士団”と称されます。
世俗騎士団と宗教騎士団は、成り立ちから言って明確に違う存在ですが、特に重要なのが宗教騎士団は本質的に修道会、つまり修道士の集まりである、という事です。
普通の司祭や修道士の他に、貴族出身の騎士や平民出身の従士もいますが、彼らもまた修道士なのです。
全員が生涯独身、そして私財は放棄し、神への忠誠を誓っています。
個人個人は財産を放棄していますが、騎士団自体は支援者からの莫大な寄進により、多くの騎士領を持っていました。
更に、ローマ法王からの保護もあり、国家権力から独立した集団となります。
ちなみに、テンプル騎士団はお金を集めすぎた為、強欲なフランス王によって同性愛・悪魔崇拝などの疑いで告発され、フランス国内にいた全員が逮捕、拷問の上、有罪に、資産は聖ヨハネ騎士団へ移されました。
更に、指導者たちは生きたまま火炙りにされるという徹底ぶり。
この”異端告発””逮捕・拷問・有罪””財産没収・火炙り”のパターンは、皆さんご存じの魔女狩りへと受け継がれていきます。
かつて最強と讃えられたテンプル騎士団が、その名誉を回復したのは、実に700年近く後の2007年の事です。
何かと残念な感じの騎士修道会ですが、戦う修道士として活躍したのは事実であり、ドイツ騎士団や聖墳墓騎士団など、今も多くの騎士団が修道会として活動しています。
☆騎兵としての騎士
Knightの語源はcniht(クネヒト)であり、意味は従僕。
馬に乗った兵士、騎兵は本来Cavalier(キャバリアー)であり、騎士(ナイト)とは少し違います。
簡単に言ってしまえば、騎兵の内、特定の君主の傍に仕えるのが騎士です。
ここでは、騎兵としての騎士、騎兵隊としての騎士団についてまとめます。
○兵種としての騎兵
騎兵は、弓兵、槍兵などと並ぶ兵種の一つです。
馬に乗る事により高い機動力と突撃力を持っていました。
その騎兵を効率的に運用する為に集められて作られたのが、騎兵部隊、もしくは騎兵隊になります。
馬は高級品であり、戦場で運用出来る者は主に貴族たちでした。
本来は高い視点を活かし、馬上から軍の指揮を執る、そして、いざとなった時は走って逃げる為に利用されていたと思われます。
その、指揮官であるはずの貴族を集め、攻撃に用いたのです。
当然危険はありますが、貴族たちは自らの勇猛さを示す為に、果敢にこれに参加しました。
ここでちょっと、戦術の話に逸れます。
古代の戦争は、基本的に歩兵による集団戦術です。
大平原に歩兵部隊をずらりと並べ、正面から殴り合い、相手の陣形をいかに崩すかを競い合いました。
同数を並べれば単に消耗戦に成り、指揮官は効率的に相手を消耗させる為、1カ所に戦力を集中させ突破と計ったり、敵の一部隊に二部隊で攻撃できるように側面に回り込ませたり、そういう駆け引きを繰り広げます。
馬に乗った指揮官は、少し下がった高い所から全体を見つめ、チェスで例えるなら、キングの位置からポーンを動かす様な戦いをしていました。
ここで、素早く側面を取れる戦力として、騎兵部隊が投入されました。
味方の戦陣の後方から一気に駆け出して、敵の両翼側面を突き、両端から半包囲陣形で敵を殲滅するのです。
紀元前の戦いですが、カルタゴ軍5万がローマ軍7万を包囲殲滅したカンネーの戦いが有名です。
兵数で勝っていたローマ軍は、6万が死傷、1万が捕虜という完全敗北を喫しました。
お暇な方は”カンネーの戦い”で調べてみてください。
この頃から騎兵の機動力を活かした、集中運用が考えられる様になります。
中世に入ると全身鎧を纏った重装騎兵が戦争の花形となってきます。
ランスチャージと呼ばれる騎兵突撃の威力は絶大で、歩兵部隊を、文字通り蹴散らしていきました。
また、名誉を重んじる騎士が、ランスでの一騎打ちを行ったりもしていました。
この辺りが、騎兵の最盛期だったでしょう。
やがて、当然の様にランスチャージの対抗策が講じられる様になります。
単純に、ランスより長い槍(パイク)を持った槍兵が密集陣形を作り、騎兵の突撃を待ち構えました。
併せて、弓兵による迎撃も行われます。
矢を浴びながら、槍衾に突撃していった騎兵部隊は、あっさりと壊滅しました。
以後、騎兵による突撃は、敵が迎撃態勢を取る事が出来ない状態でしか運用する事が出来なくなります。
そして、銃火器の出現と共に、時代は近世へと移って行きます。
竜騎兵(ドラグーン)という銃騎兵が一時期流行ります。
大きく分けて2種類。
ピストル二丁と剣を持って敵陣に斬り込む胸甲騎兵と、それを支援する火縄銃騎兵です。
しかし、まあ、当然ながら、敵も銃火器を装備していますので、普通に撃たれます。
騎兵の突撃が有効的に運用されたのは、ナポレオン戦争が最後だと言われています。
○騎士団
古代に於いては騎兵隊は、単に騎兵で構成された部隊ですが、中世になると構成員は騎士と呼ばれる準貴族、騎士爵保持者が中心となります。
前述通り、王侯貴族は基本的に騎士爵も保持しています。
戦場に出れば、全員が騎士なのです。
名誉の為、自ら突撃の先陣を切る貴族もいました。
やがて、時代が変わり、弓が戦場の主役となる頃、逆に”騎士物語”が流行りだし、騎士の名誉が重要視される様になります。
そんな時代に、宗教騎士団を真似て、各国が独自に作り出したのが世俗騎士団です。
つまり、世俗騎士団の設立が盛んになった時期は、既に”騎兵としての騎士”の活躍は期待されなくなっていたのです。
ここで騎士に求められたのは、主君への忠誠や武勲だけでは無く、名誉と礼節、貴婦人への愛など、”騎士道”に基づく情緒、風習、立ち居振る舞いでした。
○騎士道
中世騎士道、宗教騎士団の騎士道の根幹は信仰であり、「神への献身」「異教徒との戦い」「弱者の守護」が中心でした。
これが世俗騎士団では、先ほど揚げた「主君への忠誠」「名誉と礼節」「貴婦人への愛」に変わります。
まず、中世騎士道に於いて、騎士が持つべき精神とされたものは、
1、武勇(プラウエスprowess)
2、勇気(カレッジcourage)
3、守護(ディフェンスdefense)
4、誠実(オネスティhonesty)
5、慈善(チャリティーcharity)
6、忠誠(ロイヤリティーloyalty)
7、信仰(フェイスfaith)
8、礼儀(カーティシーcourtesy)
殆どは読んで字の如くです。
守護は、キリスト教や弱き者を守護する心、です。
世俗騎士の「主君への忠誠」と「名誉と礼節」も説明不要ですね。
ちょっと変わってるのが「貴婦人への愛」です。
恋人への、ではないのがポイント。
これは騎士物語などで語られる、主君の妻などの、身分が上の女性に対する精神的なつながり、です。
もちろん、肉体的なつながりはアウトです。何やってんだランスロット、です。
乙女ゲーム的に言えば、”王子と結ばれたヒロインに対して、選ばれなかった攻略対象たちが持つ愛情”ですね。
思いを胸に秘め、幸せを願いつつ、王子に対する忠誠に近しい献身を示します。
これが「貴婦人への愛」、別名”ロマンス騎士道”です。
○騎士の七芸
騎士が身に付けるべき7つの芸事。
乗馬
水泳
槍術
剣術
狩猟
チェス
詩
これも説明不要ですね。
全て貴族の嗜みです。
通常、小姓の時期から習い始めます。
○騎兵部隊としての騎士団
では、改めて、形式張った騎士団では無く、騎兵部隊の話を進めていきましょう。
一般的に、日本の小説やマンガ、アニメ、ゲームなどに登場する”騎士団”とは、この騎兵部隊の事である場合が殆どです。
騎兵部隊の話、と書きましたが、便宜上、騎士団という名称を通します。
※騎士団の構成
総長 グランドマスター(Grand Master ラテン語Magister generalis)
騎士団の最高位指導者。
通常は国家元首、つまり皇帝や国王。古い時代であれば、諸侯の場合もあります。
複数の騎士団を持っている場合もあります。
騎士団長 ナイトコマンダー(Knight commander)
実質的な騎士団の総司令官です。
君主の命により、騎士団を運用する責任者です。
傭兵である騎兵隊の司令官は、キャプテン(Captain)になります。
Caputは頭の意味ですから、日本語にすると首領か頭目ですね。
副官 ルテナント(lieutenanto)
日本では副団長とも呼ばれます。
ただ、別働隊を率いて戦うとか、そう言う役どころでは無く、あくまで団長の予備です。
団長が死亡した場合、即座に指揮を引き継ぐ為に、団長の傍に控え、情報と判断を共有しています。
将校 オフィサー(officer)
士官。日本語では将校と士官に区別があるらしいですが、この際は気にしない。
騎士団長の命令に従い、実際に隊の指揮を執って戦う現場司令官たちです。
旗騎士 ナイトバネレット(Knight bannerret)
バナーレットとも言います。
役職では無く、自らバナー(紋章旗)を持ち、兵を率いて戦に出る事を許された騎士の事です。
バナー持ちの許可は、通常、総長が行います。
将校が持たせて貰えるかどうか、と言う所ですね。
下級騎士 ナイトバチェラー(Knight bachelor)
騎士団の大部分を構成する、自分の旗を持たない騎士たちです。
旗騎士に率いられて戦います。
以上が騎士です。
他に、騎士の身の回りの世話をする人間が、かなりの人数います。
従騎士 エスクワイア(esquire)
14才くらいから。
騎士の志願者。スクワイア(squire)とも言います。
騎士団ではなく、一人の騎士に対して奉仕します。
主人の身の回りに仕え、日常生活から、武具の管理、運搬、装着の手伝い、馬の世話など、多岐に渡って活動します。
また、実際の戦場にも赴きます。
武器の扱い、戦い方など直接指導を受け、17才から20才くらいの間に騎士に叙任されます。
小姓 ペイジ(page)
7才くらいから。
騎士見習いとも言います。
貴族か騎士爵の子息で、生家より家柄が上の貴族や宮廷に奉公し、家庭内の仕事や使い走りをしながら、貴族に相応しい作法、テーブルマナーから武具、馬の扱いなどを身に付けます。
他に、騎士団を構成するものではありませんが、騎士に近しい存在をいくつか上げます。
聖騎士 パラディン(Paladin) ラテン語パラティヌス(palatinus)
本来は宮廷護衛兵。親衛隊(praetorian guard)
後にローマ教皇に仕える高官になったので、日本語では聖の字が付きます。
衛兵 ガード(guards)
センチネル(sentinel)も衛兵と訳しますが、そちらは歩哨の方がそれっぽいと思います。
ガードする対象、人物や場所の名前が付く事も多いです。インペリアルガードとか、クイーンズガードとか。
親衛隊
上の衛兵と本来同義です。
より日本的な言い方をすれば近衛隊、近衛兵。格好良いのは近衛騎士団(隊)、近衛騎士でしょうか。
君主を守る為の精鋭部隊です。
君主直属なのか、軍の一部なのかは国によって違い、その差で運営や人事が変わります。
本来は君主の身辺警護に当たるのですが、日本の近衛師団などは戦争にも参加しました。
また、イギリスの近衛兵も陸軍の近衛師団(Guards Division)で、騎兵2個連隊、歩兵5個連隊とかいらっしゃるそうです。
師団とか連隊とかの説明は、このエッセイの一番最後に付け足しておきました。
国境警備兵
これも衛兵の一種、ボーダーガードです。
国境沿いの砦や塔に詰めて、監視を行います。
通常、戦争が始まる前は、何らかの情報が漏れ聞こえてくる物ですが、偶に気が付いた時には大軍が押し寄せてきている、なんて事もあります。
その大軍をいち早く見つけ、後方の都市に向かって使者を走らせるのが一番の役目です。
国境を守るのが一番の役目では無いのか、と思われるでしょうが、無理です、国境警備隊に撃退される様な軍で戦争を仕掛ける馬鹿はいません。
先ず一報は「敵が来た」、そして、「具体的な数」「誰の旗が揚がっているか」など、塔から観測してギリギリまで情報を送り続けます。
最終的には塔で籠城ですが、本気で攻められるとどうしようもありません、損な役回りです。
ファンタジー物には塔がよく出てきますが、あれらの塔はこの国境監視塔が元です。
魔法使いが住んでるとか言われますが、それもまた、国が放棄した塔の再利用なのでしょう。
ちなみに、籠城できるように中に部屋が作られており、食料保存庫や井戸もあります。
女騎士
最近流行りの女騎士です。
歴史上、騎兵として戦った女性は実在します。
フィメールナイト(female knght)とするべきでしょうが、日本語の女騎士の英訳は、レディナイト(Lady knght)が使われる事が多い様に思います。
レディナイトは女騎士と言うより、淑女騎士といったイメージですね。
※古代ローマ軍の構成
これは参考までに。
軍団(レギオー)には歩兵大隊(コホルス)が10隊。
歩兵大隊には歩兵中隊(マニプルス)が3隊。
歩兵中隊には百人隊(ケントゥリア)が2隊。
つまり、一個軍団6000名で構成されています。
軍団司令官(レガトゥス・レギオニス)
古代ローマの軍団長。
一個から数個軍団の指揮を任されました。
兵士長(トリブヌス・ミリトゥム)
高級将校。一個軍団に6名配置されましたが、実際に指揮を執っていた訳では無いらしいです。
千人隊長(キリアルコス)
これはギリシアの軍団階級。
聖書に出てきたローマの千人隊長は、恐らくトリブヌス・ミリトゥム、らしいです。
百人隊長(ケントゥリオ)
百人隊ケントゥリアの指揮官。
現場指揮官。
マンガ『ベルセルク』では、千人長や百人長の役職が在ったと思いますが、恐らく、この辺りを参考にしたのでは無いでしょうか。
しかし、千人長が複数人いる鷹の団って、凄い勢力の様な気がします。
※騎士の生活
騎士の大多数は、バナーを持たない下級騎士です。
騎士爵は準貴族、つまり、貴族とは認められていません。
君主、もしくは領主から与えられた騎士領を持つ小領主ですが、実質は村一つの管理者である場合が殆どで、それ程良い生活が出来る訳では無かったでしょう。
さらに、騎士爵は世襲されない為、跡取りは奉公に出て騎士を目指す事になります。
王国の騎士であれば、子爵家か男爵家に、諸侯の騎士であれば、その領主家に小姓として入ります。
前述通り、7歳で小姓、14歳で従騎士、18歳くらいで騎士になれるように努力しながら、主君への忠誠と貴族らしい振る舞いなど、騎士としての基本を学んでいきます。
叙任に際し、剣、槍、盾、鎧一式、鐙等は、主君から授与されたそうです。
ただし、馬は自分持ちです。
恐らく、馬の維持費が一番負担になるのでは無いでしょうか。
物語の様に、お姫様、つまるところ”主君のご息女”と結ばれるようなことは、まず無かったと思われます。
同じ騎士爵の家から妻を娶るか、いっそ、村娘と結ばれるのも良いでしょう。
最下級の騎士に、騎士見習いは来ないかも知れません、身の回りの世話をしてくれる小姓も、村人を雇ったのではないでしょうか。
戦に出れば、日当で給金が貰え、武勲によって更なる恩賞が貰える事もあります。
反面、殺されればそれまでです。
帰りを待つ家族と、領民と、そして主君の為に、必死に戦った事でしょう。
これが、貴族の子息となると、ガラリと変わってきます。
伯爵家以上の貴族は”従属爵位”を持っており、嫡子はその内の一つを儀礼称号として称します。
公爵など、複数の従属爵位を持つ場合は、嫡孫、嫡曾孫まで儀礼称号が付く事もあります。
親の爵号を名乗る事の出来る彼らにとって、騎士爵は名誉の為に得るだけの、持っていて当たり前の爵位です。
上級貴族の嫡子は、通常、家庭教師の指導を受けつつ、実家で騎士見習いをしているという建前で、あっさりと従騎士になります。
その後、学校に通ったりなんかしながら、十代後半には、ほぼ自動的に騎士に叙任されます。
王家、皇家などの君主の血筋に至っては、いきなり騎士も有り得ます。
上級貴族の次男以下や下級貴族の令息は、やはり小姓として、より身分が上の家に奉公に出ますが、彼らの役どころは、その家の令息の友人と成る事、です。
奉仕しつつ、共に学び、共に遊んで、成人後も共に歩んでいく、そんな関係が望まれます。
馬の世話をしたり、荷物を運んだりはしますが、基本的に扱いが違います。
当然ですね、貴族の子息なのですから、小姓であっても貴族として扱われるのです。
成人後も、騎士爵としてではなく、実家の爵位に合わせた扱いを受けます。
正に別次元。
戦場に於いても、上級貴族は軍の指揮を執る側であり、下級貴族であってもバナー持ちです。
戦功を上げようと前線に出てくる事は多いですが、不利になると下がります、下げられます。
ただ、次男以下ならば、バチェラーになる者もいるでしょう。
爵位を継がない彼らは、少なくとも戦場に於いては、他の騎士たちと轡を並べる仲になります。
身分を超えた熱い友情のロマンが、あったりなかったり。
※現代の軍編成単位と階級
中世騎士物やファンタジー系とは関係無いかも知れませんが、現代や近未来の軍事物をやるなら参考に。
軍編成単位
総軍 ジェネラルアーミー(general army)
このジェネラルは”将”ではなく”総”の意。全面戦争(general war)、総攻撃(general attack)と同じくです。
方面軍 エリアアーミー(area army)
軍集団 アーミーグループ(army group)
総軍を分割したもの。
または、目的ごとに複数の軍・軍団を束ねたもの。
軍 アーミー(army)
2個以上の軍団
軍司令官は上級大将・大将
軍団 コー(corps)
アーミー・コーとも言います。psは発音しません。
2から4個師団、独立混成部隊(旅団)、独立部隊(連隊・大隊)からなります。
兵数は数万から10万人
軍団長は大将・中将
師団 ディヴィジョン(division)
本来は軍・軍団を分割したもの。
2から4個の旅団、または連隊を中心として構成された、作戦基本部隊。
歩兵の他、工兵や後方支援部隊も含みます。
兵数6000から2万人
師団長は少将
旅団 ブリゲイド(brigade)
元は単一兵科の2個連隊。そこに他兵科を混ぜた混成旅団も存在します。
師団を分割した独立混成部隊も旅団に含まれます。こちらは師団と同じく兵站を含みます。
兵数1500から6000人
旅団長は准将
連隊 レジメント(regiment)
聯隊とも書く。部隊の管理運用の為の単位で、一つの駐屯地にまとめられた大隊の集まりです。
2個から6個大隊。
連隊には兵站部隊が付属していません。
軍団の直接指揮下になって、特命に従事する独立部隊にも成り得ます。
兵数800から3000名程度
連隊長は大佐・中佐
大隊 バタリオン(battalion)
2個から6個中隊の集まり。
独立した活動を行う事の出来る、最も小さな戦術単位として、師団・旅団・連隊を構成するものです。
連隊と同じく、軍団の直接指揮下にある独立大隊も存在します。
兵数400から600名
大隊長は中佐・少佐
中隊 カンパニー(campany)
4個小隊
隊長が肉声で直接戦術指揮を執れる最上限とされます。
中隊長は、隊の前進、攻撃、隊形の変更などを発します。
兵数100から200名
中隊長は大尉・中尉
小隊 プラトゥーン(platoon)
2個から4個分隊
士官が指揮を執る最小部隊です。
ただし、小隊長は自分では戦術判断をする事が出来ません。中隊長の指揮に従い、隊員を運用します。
兵数10から50名
小隊長は中尉・少尉
分隊 スクアッド(squad)
散兵戦術などで運用する。
兵数5から10名ほど
分隊長は曹長・軍曹
階級
元帥 マーシャル(Marshal)
統帥権を持つ者、通常は君主。
上級大将・大将に元帥杖を渡し、元帥に任命する事も出来ます。
軍の最高指揮官として”統帥権”、つまり、組織編成権、徴兵権、戦略決定権、作戦立案権、指揮命令権などを持ち、それらを部下に委託します。
上級大将 カーネルジェネラル(Colonel general)
名誉職。
大将が更なる功績を重ねた結果として着く階級。やる事は大将と変わりません。
大将 ジェネラル(General)
方面軍司令官、軍司令官
統合参謀本部長、陸軍参謀総長、陸軍参謀次官など、軍事顧問も務めます。
中将 ルテナントジェネラル(Lieutenant general)
軍司令官、軍団長
少将 メジャージェネラル(Major general)
師団長、陸軍省局長
准将 ブリガディア(Brigadier)
ブリゲイド(旅団)の将軍の意で、ブリガディアジェネラルとも言います。
旅団長、副師団長
大佐 カーネル(Colonel)
連隊長
中佐 ルテナントカーネル(Lieutenant colonel)
大隊長、副連隊長
少佐 メジャー(Major)
大隊長、中隊長、連隊付き士官
大尉 キャプテン(Captain)
中隊長
中尉 ルテナント(Lieutenant)
アメリカの場合はファーストルテナントと呼ばれています。
中隊長、小隊長、中隊付き士官
少尉 セカンドルテナント(Second lieutenant)
ここまでが士官。
小隊長、中隊付き士官
准尉 ウォラントオフィサー(Warrant officer)
准士官、もしくは特務曹長。
つまり士官の下であり、下士官の上。どちらかに含まれる場合もあれば、どちらにも含まれない場合もあります。
実績のある一般の下士官に、士官としての立場を与えた階級です。士官が貴族のみだった時代には、たたき上げの兵士を士官の立場に置く為のものでした。
あるいは、士官学校生を学徒動員した場合に、臨時に宛がう階級でもあります。
士官見習や士官学校生とは違います。士官学校生は、卒業すれば少尉になります。
曹長 サージェントメジャー(Sergeant Major)
軍曹 サージェント(Sergeant)
伍長 コーポラル(Corporal)
下士官。士官の指示の下に一般兵を統率する階級です。
自身も一般兵からのたたき上げであり、所謂、熟練兵。
職業軍人であっても、士官学校を出ていないと、出世しても曹長までが殆どです。
分隊長を務めたり、新兵の指導に当たったりする”鬼軍曹”とかが有名ですね。
兵長
上等兵
一等兵
二等兵
一般兵です。呼び方は国によって違いますが、プライベート(Private)に類する物に、ファーストとかセカンドとかが付く場合が多いです。
兵長が無かったり、上等兵が無かったり、様々です。
徴兵制のある国では、徴兵された者は二等兵からスタート、兵長が最上位で、その上の下士官は職業軍人だけがなれます。