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ショートショート集

NEXT STATION・臨時回送

作者: 菅原やくも

 夜もすっかり遅くなった時刻、スーツ姿の男が駅のホームに向かう階段を駆け上がっていた。ホームでは停車中の快速急行が出発するアナウンスが流れているのが聞こえた。

「待った待った。今乗るぞ」

 しかしながら、男がちょうど階段を上り終えたところで電車はドアを閉めたのだった。

「あーあ、間に合わなかったか……」

 徐々にスピードを上げて走り去っていく電車を横目で眺めながら、彼はそうつぶやいた。それからホームの天井からぶら下がっている、電光掲示の発車標に視線を向けた。次とその次に来るのも各駅停車の電車のようだった。

 さすがにこの時間とあっては、ホームに人の姿はまばらで閑散としていた。男はベンチのところまで進むと、へたり込むように座った。

「ちっとは早く帰れると思ってたが……まあ、いいわ」

 男は普段よりも遅い残業で疲れていた。なるべく早く帰ろうかという一心で急いでいたが、目的としていた電車には間に合わなかったということなのだった。各駅停車だとたっぷり一時間はかかるからな。彼はそう思ってため息をついた。べつに疲れているなら、乗っている間はうたた寝でもすればいいではないかというところだが、それで降りる駅を乗り過ごすということもこれまでに何度かあった。そのことで、嫁に小言を言われることも少なくなかった。

 しばらくすると、各駅停車◇◆#行き電車がホームに滑り込んできた。


 車内にはそこそこ乗客の姿があったが、駅で停まるたびに人が減っていった。男の乗っている車両はいつしか、彼一人だけになっていた。


 いつしか男はうとうととして、半ば夢見心地の境地になっていた。足がビクッとして、ハッとすると男は目を見開いた。しまった! また乗り過ごしてしまったか。そう思って立ち上がったとき、車内にアナウンスが流れた。

「次は○■※、○■※に停まります」

 男はそれを聞いてほっとした。彼の降りる駅はその次の◇●Ωだった。

 一駅手前で目が覚めてよかった。男はそう思うと安堵して座り直し、不覚にも再び瞼を閉じてしまった。


 車内アナウンスが聞こえて、彼は再びハッとした。

「次は○■※駅に停車です」

 またしても勢い良く立ち上がった。だがそのアナウンスを聞いて、彼ははて? と思った。○■※駅まだ過ぎていなかったのか。それとも、また眠ってしまったと思ったのは、ほんの一瞬のことだったのだろうか。

「ご乗車ありがとうございました。まもなく○■※駅です。次は◇●Ωに停まります」

 アナウンスはそう告げていた。男はなんとなく妙な気分になりながらも、下りる駅の一つ前で目が覚めたからいいじゃないか、と心の中で呟いた。それとこのまま、◇●Ω駅に着くまで立ったままでいようと思った。

 男は立ったまま吊革につかまり、窓の方を眺めた。外の景色ではなく、疲れた顔の自分が映っているのをぼんやりと見つめた。

 電車のスピードが弱まると、ホームの明かりが視界に飛び込んできて男は思わずその眩しさに目を細めた。電車が停車してドアが開いた。アナウンスが流れたが外のホームは静かな様子で、どうやら降りた乗客はいないような感じであった。

 ドアが閉まると再び電車は走り出した。

「ご乗車ありがとうございます。各駅停車◇◆#行きです。次h…


 突然、ブチッという音とともにアナウンスが途切れた。車内の照明も一瞬消えたような気がした。

 しかし、何事もなかったかのようにアナウンスは再開した。

「ご乗車ありがとうございます。この電車は各駅停車◇◆#行きです。次は○■※に停車です」

 それを聞いた男は「は?」と思わず声に出した。

 いや、それはさっきの駅じゃないか。なんだ車内放送の機械がトラブルか? しかし、しばらくして到着した駅のホームは○■※駅そっくりだった。なんなら駅名標も○■※駅となっていた。男はぽかんとして電車の中からホームを眺めた。だれも降りた気配はない。発車ベルが鳴り、ドアが閉まると再び電車は走り始めた。だが、先ほどの繰り返しだった。

 なんだか、妙なことになってしまった。先ほどからこの電車は○■※駅前後の同じ区間をループしているのか? いったいどうなっているんだ。彼の眠気はすっかり吹き飛んでいた。しばらく呆然として電車に乗ったままだったが、この繰り返しが終わる気配は感じられなかった。


 他にも乗客がいるのかどうだろうかと考えた男は、編成の先頭の方へ向かった。車内はガラガラだったが、先頭車両に一人若者が座席に横になって眠りこけていた。近寄ってみると、ずいぶん酔っているだろうことが分かった。

「ちょっと、君」男は恐る恐る声をかけた。

「ああ?」若者はダルそう返事をした。「何? 終点?」

「いいや、ちょっと聞きたいんだが」

「んだよ、おっさん誰?」

「あの聞きたいんだが、さっきから○■※駅から進んでい」

 しかし若者は苛立たしそうに男の声を遮った。

「おっさん酔ってんの? オレは終点で降りるからよ。寝てんだよ。邪魔すんな」

「ああ、すいませんでした」

 若者は今にもつかみかかりそうな剣幕で、男は引き下がった。酔っているのはそちらだろうと思いながらも、なにかトラブルになるもの避けたかった。それから運転席のほうに近づいて中を覗いてみた。カーテンが下ろしてあり、中は見えなかった。しかし、「……現示よし!」とか、ガチャガチャとレバーを動かすような音が聞こえて、運転手はいる様子だった。男は思わずドアを叩いて声をかけようかとしたが、さすがにためらわれた。

 そうだ、車掌がいるはずだ。そう考えた男は、今度は最後尾に向かった。その間にも、電車は再び○■※駅に到着した。そして同じことの繰り返しだった。

 最後尾を目指して進んでいると、その一つ手前の車両に女性客が一人乗っていた。

「あの……」男は思い切って声をかけた。

「はい?」

 女性は怪訝そうな様子で男を見た。

「あの、○■※駅の次は◇●Ω駅ですよね?」

「そ、そうですけど、」

「あなたは、その、違和感を感じていませんか?」

 女性の顔はますます不審な面持ちになった。

「何がでしょう?」

「それが○■※駅がずっと繰り返されると思うんですけど、ずっと○■※駅が繰り返し」

 男がそこまで言うと、女性はこわばった表情のまま立ち上がって小走りに後ろの車両へ行ってしまった。「あ、あの、違うんです! 確かめたいだけで」男は女性を追いかけるように後ろの車両に向かった。

 その女性は車掌に向かって何か訴えていた。

「あの人です」

 男が最後尾の車両に入るなり女性は彼を指を差した。

 それから車掌がゆっくりと男に近づいた。

「お客様、どうなされましたか?」

「いや、あの、さっきからずっと○■※駅にしか停まらない気がして……」

 その言葉に車掌も怪訝そうな顔になった

「あの、どちらまでお乗りですか?」

「その次の◇●Ω駅です。でも○■※駅が繰り返しててですね」

「失礼ですがお客様、ご気分がお悪いですか? それとも、なにかお困りごとでしょうか?」

 車掌は明らかに不審者を見つめる目つきをしていた。

「あ、いいえ。たぶん……」

 男は本当に気分が悪くなったような思いだった。そしてこの瞬間、おそらくこの怪異を認識しているのは自分一人だけではないかということに気が付いたのだ。

「ちょっと気分が悪いんだと思います」

 それから彼はぶつぶつと弁解まがしく謝罪の言葉を口にして、足早に編成中ほどの最初に乗っていた車両まで戻った。その間にも電車はまたしても○■※駅に停まり、なにごともなく出発した。


 電車はまだ走り続けていた。すでに十回以上は数えただろうか? 男が腕時計を見るとすでに日付が変わっていた。それに逆算すると、もう二時間以上電車に乗っていることになった。

 訳が分からなった。まさか、いいかげん俺に○■※駅で降りろってか? まあ、◇●Ω駅はその隣だからな。ちょっと遠いが歩いて帰れなくはない距離だった。男はそう思ったが、なんとなく○■※駅で降りるのが恐ろしく感じた。

 なんか駅にまつわる都市伝説を聞いたことがあったな。男は思い返した。乗っていた電車が、気が付いたら知らない駅に止まったとかなんとか。だが、ぞれとは全然違う。なんなら○■※駅はよく知ってる。以前は朝に運動がてら◇●Ω駅から歩いて、この○■※駅から電車に乗っていたりもした。


 もう何回目なのか、すっかり分からなくなっていたが、電車は再び○■※駅に停車した。男はいよいよ意を決し、駅に降りた。

 ホームの明かりが、いやにまぶしく感じられた。電車はドアを閉めると、なんともない様子で発車した。最後尾の赤いテールライトが余韻を残し、電車は闇に紛れていった。

「まったく……」

 男はぼやくとホームを降りる階段へ向かった。他に電車を降りた人の姿はなかった。

 駅構内に人の気配がないことを除けば何の異変もなかった。とはいえ、こんな時刻では人がいなくても当然だった。なんだか拍子抜けした感じだった。

「なんなんだか……やっぱ疲れてんのかな、俺」

 男は呟きながら改札を抜けて、外へ出ようとした。そこで初めて異変に気が付いた。いくら真夜中とはいえ、駅前にまったく明かりがついていないのは不自然だった。というより、暗闇ばかりで何も見えなかった。それに出入り口のガラス戸は全部閉まっていて、自動のものも手動のものもドアはびくともせず開く気配がなかった。

 男は引き返して改札の窓口まで向かった。突っ立っている駅員の姿が見えたので彼は声を上げた。

「ねぇ、ちょっと! 駅員さん! ドアが全部閉まってて開かないんだけど……」

 彼はだいぶ近づいたところで駅員の異様さに気付いた。

「うわ!」

 立っている駅員は顔が無くてノッペラボウだった。男はのけぞったが、直後に間違いに気が付いた。ノッペラボウではなく、マネキンだった。男は恐る恐る触ってみたが、どう見ても駅員の恰好をした白いマネキン人形だった。

「いったい、なんだこりゃ……」

 それから窓口を覗き込んで、大声を出した。「ちょっと、すいませんけど! 誰かいないの?」

 しかしながら、かすかに機械の唸るような音が聞こえる以外は返事すらなかった。

「なにが、どうなってんだよ」

 試しに駅員の呼び出しボタンを押してみたが、誰か出てくる気配は全くなかった。

 男はひとまず嫁に電話しようとスマホをポケットから取り出した。だが圏外になっているうえに、時刻は‐‐:‐‐という表示になっていた。

「なんだよ、連絡も出来ないじゃないか。これじゃぁ、朝、嫁に怒られてしまうなぁ」

 それから、なんとなくラインアプリの画面を開いてみた。そこでまたしても奇妙な出来事に遭遇した。圏外なはずなのに通知が届いて、しかも身に覚えのないやり取りが記されていた。


〈ごめん 寝過ごしてしまいました〉

〈また? 先週もだったじゃん。ヽ(`Д´)ノプンプン〉

〈すみません 終点の◇◆#駅まで 迎えお願いします〉

〈わかりました。行くから待ってて。〉

〈お願いしますm(__)m〉

〈すぐ出まーす。〉


 やり取りは全て既読になっていた。

「おいおい、どういうことだ」

 彼にとっては意味不明な事態であった。電車に乗ってからは今までスマホを触っていなかったし、そもそも寝過ごすどころか訳の分からない状況に置かれているのだから。

 それともまさか今、俺じゃない俺が◇◆#駅にいるというのか? もしも、もしそうだとしたら嫁が危ないかもしれない。なんとしてでもここから出ないと。男はもう一度出入口ドアと格闘したが、ダメだった。それに外にはまったく明かりも、人の気配も無かった。

 駅構内を歩いていると、公衆電話が一台置かれているのに気が付いた。

「これだ」彼は財布から硬貨を取り出すと投入口に入れ、受話器を取った。

 しかし、何度入れても硬貨は取出口に落ちるばかりだった。受話器からは発信音もなにも聞こえなかった。

「クソ……」

 男は受話器を叩きつけるようにして戻した。駅の外へ出ることに専念しようと考えた。


 ふと、腕時計をみると、時刻は12時を指していていた。秒針は1の数字のところを行ったり来たりして、進んでいなかった。男はおぼろげなSFの知識をもとに、自分はきっと “時間の裂け目” とか “時空の歪み” とか、そういった場所に来てしまったに違いないと、そう考えた。

 もう一度ホームに行ってみよう。次の電車が来たらダメ元で乗ってみよう。男は駆け足でホームへ上がった。

 しかし、またしても異様な風景があった。ホームの姿とその明かり以外には景色が全く見えなかった。星も月も街の明かりも。それにホームから見えるであろう場所に線路は見えず、まるで対面の二つのホームだけがまったくの漆黒の闇の中に浮かんでいるようだった。

 ホームの屋根からぶら下がっている電光掲示板には、


[回送。一般は終了しました。回送。Thanks for you]


という意味不明な表示だけが出ていた。

「いったいどうなってんだ」

 ホームの上でもスマホは相変わらず圏外だった。

 男は再び階段を下った。すると今度は、駅構内にマネキンが大量にいた。大半はスーツ姿だったが、私服や学生らしい恰好のマネキンもあった。

「なんだ?!」

 彼は訝しく思いながらも、それらをよけて改札を抜けた。相変わらず出入口からは外に出られそうになかった。それから、先ほどまではシャッターが下りていた売店や小さいテナントは、まるで営業しているかのような状態になっていた。そこにも客や店員の恰好をしたマネキンが立っていた。

「何だこりゃ……気味が悪いな」

 男は駅構内をくまなく歩いてみたが、外に繋がっているであろうドアはことごく閉ざされていた。

「クソ、こうなったら力ずくで出てやる」

 そうして小さい金属製の傘立てを見つけると、それを手にして改札近くの出入口に戻った。迷うことなく思いっきりガラス戸にたたきつけた。

 ガツンと音が響いただけだった。割れるどころかヒビが入る気配すらなかった。

 ふと視線を感じて男は振り返った。マネキンの多くが彼の方を向いていた。さっきまでマネキンのほとんどは改札の方を向いていたような気がして、ゾッとした。こいつら動いているのではないかと彼は思った。すると直後には、駅員と警察官の格好をしたマネキンに囲まれたていた。男は何が起きたのか分からぬうちに、気が付いたら取り押さえられたような状態になっていた。

「なんなんだ! 一体、なんだ! 離せ!」

 男は自分の腕が白くなり、マネキン人形のそれになっていくのを目にすると気を失った。




「……、……ですか?」

 男は遠くで声が聞こえたのに気が付いた。しかしそれは、次第にはっきりとしていった。

「お客様? 大丈夫ですか?」

「え?」

 男はハッとして目を開いた。ごくごく普通の駅員が覗き込むようにして声をかけていた。

「お客様、どこか具合が悪いですか?」

「いや、大丈夫。それよりここは……どこなんだ?」

「ここは◇◆#駅ですよ」

 男は終点である◇◆#駅のホームにあるベンチで横になっていたのだ。

「なんで、◇◆#駅? 俺は、○■※駅で降りて、それで大変な目に」

 男はぼんやりとした感じの残る頭で、周りの状況を理解しようとした。

「失礼ですが、お客様。もう終電は終わってまして、もう駅を閉める時間なんですよ」

「え? あ、はい。すんません」

 男にとってはなにが何なのか分からなった。自分は夢でも見ていたのだろうかと。いずれにしても、どうやら無事でいるようだと分かると起き上がって深呼吸した。

「大丈夫ですか?」駅員は心配そうな様子だった。

「ええ、何とか……」

 それから、駅員に連れられて改札を抜けて駅の外に出た。駅前には男の嫁が車で迎えに来ていた。

「あなたもしかして今日、飲んで帰ったの?」

「いいや、残業」

「そうなの」嫁は小さく笑った。「あなた、本物?」

「え? なに?」彼は驚いて聞き返した。

「残業って、本当なの?」

「ああ、ほんとだよ」なんだ聞き間違いだったかと男は思った。「ちょっと疲れてるのかもしれない」

「ここんところ遅い日多いもんね。週末はしっかり休んだら?」

「うん」


 結局のところ男が遭遇した怪異が何だったのか、彼にも分からないままだった。しかし、彼は一つだけ今も違和感を感じたままでいる。会社帰りの電車に乗るときには○■※駅の次に◇●Ω駅があるはずなのに、それが入れ替わって◇●Ω駅の次が○■※駅となっているのだ。線路図を何度確かめても、駅員にそれとなく尋ねても、ずっと前からその位置関係だということだった。


 男が降りたのはほんとうに○■※駅だったのだろうか? それとも今、男が過ごしている世界は本当に彼が以前から過ごしている世界なのだろうか? そして、彼はほんとうに彼自身なのだろうか?

 モチーフとしての路線は、一応なくはないです。小〇急の多〇線とか、京〇の相〇原線、あるいは東〇田〇都市線のような(笑)

 都心から郊外へ向かい、末端が行き止まりになっているような路線という感じですかね。


 それから、駅名が記号になっているのはわざとです。最初はそれらしい名前にするか多少悩んだのですが。各々読者が身近にしている駅名を適当に当てはめても良し、そのまま読んでみても良し、そういった感じです。


 正直、細部まで深く考えて書いたわけでもないので、読み手の方で様々に自由な解釈していただけるといいかなと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い! で、怖いです( ;∀;) オチが特に。 [気になる点] 駅名が記号じゃない方が現実味が増したような気がします。 が、奇妙な記号の方が、確かに知っている文字のはずなのに 読めない・…
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