暖炉の中の家つき精霊さま?
少し遅くなりました。
「あら、こんな場所にも暖炉があるわ」
上るときには気付かなかったが、階段の上がり口の奥にも小さな暖炉があった。
もうずいぶん長く使われていないようで内部はきれいなままだ。
「サマー、少しここで待っててね」
暖炉を見つけたら何はともあれまずはチェック!
いそいそと暖炉に潜り込んで精霊さま捜しを始める。
絵本で見た家つき精霊さまは普段は人に見つからないように暖炉の中に隠れているそうだ。
そうして夜になって人が眠ってしまったあと、屋敷を自由に動き回るという。
古い屋敷に住み着くという家つき精霊さまは前世の座敷童みたいなもの。
存在するだけで家に繁栄をもたらしてくれるらしい。
しかも、お屋敷の小さな仕事を手伝ってくれたり子供と仲良くなって遊んでくれたりするというのだから精霊さまフリークの私としては憧れの存在だった。
ただ絵本の中で語られているお話で本当に実在するかどうかはわからないのだけれど。
「昔この尖塔へ上るのが大好きだったお子さまのために、当時のご当主さまが作られたものだと聞いたことがあります。古い時代の暖炉ですが、煙突掃除をすれば今でも使えるそうですよ」
「私、きっとその子と友だちになれたわ」
バークレー家には今私以外に小さな子がいないのが少し残念だ。
けど、もしいたとしてもマリみたいな子供だったら困る。
だったらいなくてよかったのかなとも思った。
「お嬢さま、家つき精霊さまはいらっしゃいますか!?」
後ろからポーラがわくわくした様子で話しかけてきた。
私が何度も家つき精霊さまの話をしたせいか、ポーラも見つける気満々なのだ。
けれど今話しかけるのはタイミングが悪かった。
「痛っ」
声に驚いた拍子に暖炉の内側の壁に頭をぶつけてしまったのだ。
なかなかの痛みに、頭を抱えて暖炉の床に膝をついた。
悲鳴は思った以上に大きく暖炉の中に響き渡っていく。
「ああっ、申し訳ございません、お嬢さまっ」
「大丈夫ですか? お怪我をしましたか?」
心配する声に返事を返そうとしたとき、目の端にキラリと光ったものがあった。
ハッと息をのむ私の前に何かが落ちてきた。
膝をついた私の斜め前、きれいに掃除された暖炉の床にあったのは金属製の細長い笛がついたネックレスだった。
こんなもの、どこから――――…?
「あっ」
もしかして精霊さまの仕業?
家つき精霊さまが今この暖炉にいらっしゃる……?
動くと逃げてしまうかもしれないと思って、視線だけできょろきょろと薄暗い暖炉の中を見回す。
けれど、動くものも不思議なものも何も発見できない。
「お嬢さまっ、お嬢さま!?」
「ジュリエッタお嬢さま、失礼いたしますっ」
私がまったく動かないせいか、後ろの二人が慌てだして私も焦った。
サマーが強引に私を抱き上げて暖炉から救出する。
「あっ、ごめんなさい、大丈夫よ! ぶつけたところは大丈夫なの。すごいものを見つけて動きたくなかっただけなの。だから、あの……」
心配そうな厳しい目で私の頭部をチェックするサマーに申し訳なかった。
後ろでおろおろしているポーラにも大丈夫だと目配せする。
「本当にごめんなさい。でも、あのね、精霊さまがいらっしゃるかもしれないの。サマー、下ろしてくれる? もうちょっと確かめたい」
「まあっ」
私の言葉にポーラは弾んだ声を上げる。
けれどサマーは私にケガがないか入念に確認してからようやく解放してくれた。
床に下ろされて、もう一度暖炉の中に入り込む。
ネックレスを拾い上げたいのを我慢して、先に精霊さま捜しを始めた。
薄暗い暖炉の内部を念入りにチェック。
煙突へと続く上部を見上げるが、真っ暗で何も見えなかった。
精霊さまは姿を隠していらっしゃる?
それとも家つき精霊さまの仕業じゃなかった?
私が見えないだけかしら。
精霊さまの気配がしないかと耳をすませた。
しかし暖炉はしんと静まりかえったまま。
精霊さまの仕業じゃなかったら誰かがこれを暖炉の中に隠したかだ。
そう思って暖炉内の壁を調べるが、細工も隠しも目立つ凹凸もなかった。
やっぱり精霊さまよ、ええ、絶対!
力強く願って、すうっと息を吸う。
「こんにちは、精霊さま。お祖父ちゃまの孫のジュリエッタです。この笛のネックレス、精霊さまの落とし物かしら? それとも、私が持っていっていーい?」
小さい声で話しかけるけれど、何の反応も返ってこない。
少し迷ったが、私はそっとネックレスを拾い上げた。
「ねえ、精霊さま。このネックレス――精霊さまが間違って落としただけで私がもらってはいけないものだったら、私の部屋に取りに来てください。二階の、奥から三番目の部屋よ。裏庭にある噴水が真正面に見える部屋」
自分の声が暖炉の中に響き渡るのを確認して、ようやく外へ這い出た。
「お嬢さま、それはなんですか?」
わくわくしたポーラの声に私も眉を寄せる。
「笛かしら? 暖炉の中で上から落ちてきたの。私が悲鳴を上げたから、精霊さまがびっくりして落としたのかもしれないわ。だからこの暖炉には家付き精霊さまがいらっしゃるんだって思ったの」
「絶対そうですよ! 精霊さまのお姿はご覧になりましたか!?」
「見てないの、姿を見せてはくれなかったわ。だからちょっと悔しい。これが精霊さまの落とし物でも悪戯でも嬉しいんだけど」
少しくすんだ笛を皆に見えるように手の平に乗せると、物知りのサマーが教えてくれた。
「まあまあ、これはルーチェの呼子、騎士を呼ぶための笛でございますよ。庭で手に負えない魔物に遭遇したときに騎士を呼ぶための笛ですね。このお屋敷の者は皆持っています。ジュリエッタお嬢さまにお渡しするルーチェの呼子も、今旦那さまが作らせているかと思いますよ」
「ルーチェの呼子! 騎士を呼ぶための笛! 何だか素敵……」
俄然ファンタジーだ!
前世で笛と聞くとスポーツや応援団を思い出すけれど、この世界では極めて実用的で、しかもかっこいい。
ルーチェの呼子という名前も素敵だ。
ルーチェって確か光って意味だったと思う。
魔物を前にして絶望するようなときに助けに来てくれる騎士さまというのはまさに闇を照らす光のような存在なんだろう。
「よく見ると、すごくきれいな笛ね」
ハンカチを出してネックレスをきれいに磨いてみる。
輝きを取り戻した笛はずいぶん美しいのがわかった。
「これはピンク水晶、でしょうか」
「お嬢さま! ピンク水晶だそうですよ!」
サマーの言葉にポーラの声が上ずる。
私も笛を持つ手が震えそうになった。
確かに立派な装飾品だ。
細長い銀色の笛は周囲にアラベスク模様に似た美しい彫刻が刻まれていて、上部には羽を広げた小さな蝶の飾りがついている。
その蝶の羽に模様さながらローズクオーツのような極小の石が並んでいた。
鎖も細くて繊細な作りだし女性もののような気がする。
「装飾も美しいですし、こんな立派な笛はおそらくバークレー家一族のどなたかの持ちものだったのでしょう。古い時代に流行った模様意匠が使われておりますのでかなり昔のものだと思いますが、こんなに豪華なルーチェの呼子ですから、もしかしたら親から子へと受け継がれてきたものかもしれません。旦那さまか大旦那さまにお訊ねになったら、どなたの持ちものかわかるかもしれませんね」
「今日の夕食のときにでもお祖父ちゃまに聞いてみるわ!」
誰のものかわかったら精霊さまを探すヒントになるかもしれない。
「さあ、それでは最後に一階の探検へ行きましょうか」
サマーに促されて、皆でわいわい話しながら移動を始めた。
笛のネックレスはハンカチに包んでポケットの中だ。
今日の探検で見つけたすごく貴重な戦利品だから、夕食のときにお祖父ちゃまに見せるのが楽しみだった。




