蔦のお屋敷
「もう間もなくお屋敷の門が見えてくるらしいですよ。バークレー子爵家ってどんなところなんでしょうねえ。お嬢さまのお眼鏡に適うお庭があるでしょうか」
フローリオ家を出発して、途中何度も休憩を入れながらもう半日近く馬車に揺られていた。
我が家からは王都を挟んで反対側にあるというバークリー家。
王都には決められた馬車道があるために、お祖父ちゃまの屋敷へ行くためには遠回りをしなければいけないらしい。
こまめに休憩を取ったが、病み上がりに長時間の馬車の旅はさすがに堪えた。
それでも先ほど休憩のとき、仲良くなった馭者にお祖父ちゃまの屋敷はもうすぐだと教えてもらってからは、疲れよりも緊張が一気に押し寄せてきた。
お祖父ちゃまは笑って迎えてくださるかしら。
ご当主の伯父さまはお優しい方かしら。
無理やり押しつけられたいわく付きの姪っ子なんて歓迎されるわけがない。
前世の記憶があるせいでそれがわかるだけに、バークリー家に近付くごとに体が竦んでしまう。
手足も冷たくなって顔もこわばってきた。
これからすごす場所がどんなところか。
我が家と同じように快適にすごせるとは思わない方がいいだろう。
庭師たちが憧れるお庭が本当かどうか知りたいし、出来るなら訪れてみたい。
けれど、そんな勝手が許される立場ではないはずだ。
しばらくは――もしかしたら滞在中はずっと大人しくしていなければいけないかもしれない。
そんなことを考えるせいで暗い顔になってしまう私を気遣ってか、ポーラがさっきからずっとおしゃべりで励ましてくれていた。
「お嬢さまが熱心に手紙のやり取りをなさっていたお祖父さまは一体どんなお方なのでしょうねえ。その素敵な髪飾りを贈られた方ですよね?」
ポーラの優しい気遣いにこわばっていた唇に自然に笑みが浮かんだ。
「そう、これはお祖父ちゃまにいただいたの。菫の髪飾り。ふふ、初めてこれを付けた日にお祖父ちゃまに会いに行くなんて何だか不思議」
頭に手をやると、ハーフアップした髪に飾られている髪飾りに触れた。
お祖父ちゃまがプレゼントしてくれた菫の髪飾りだ。
ううん、本当はこの花飾りが菫の花かどうかはわからない。
でも私がそう思うから菫でいいの。
マリに盗られたり壊されたりしないようにお母さまに預けていた髪飾りを、今朝出発前に返された。
お母さまの側付きメイドが持って来てくれたのだ。
見送りには行けないけれど、お祖父ちゃまのお屋敷で楽しく安らかにすごしなさいとお母さまからの伝言までもらった。
お母さまが今朝はちゃんと朝ご飯を食べられたという話もメイドから聞けて、ホッとして出発することが出来た。
お母さまの伝言を思い出すと、今でも胸がじーんとする。
もしかしてお母さまには嫌われていないのかしら……?
厳しい修道院へ送られるのを助けてくれて、出発前には優しい気遣いを見せてくれて、お母さまは娘の私のことをまだ好いてくれているように思うけれど、本当のところはどうなのか。
お母さまとはもう二ヶ月近くお話していない。
人づてにはいろいろ聞くけれど直接顔を見ておしゃべりしていないせいで、どうしてもお母さまの心が見えないし伝わってこなかった。
お母さまは私のことをどうお思いなのかしら?
事故の犯人が私だということやマリが言いふらす嘘を信じておいでかしら?
知りたいけれど、デリケートな問題だけに誰にも聞けなかった。
私の味方のポーラはたとえ嘘でも私を肯定する言葉しか口にしないだろうし、ポーラ以外の使用人の言葉はもっと信用できない。
何よりお母さまに近しい人物じゃないとお母さまの本当の思いなど知る由もないだろう。
それに、もうこんなに遠くまで来てしまった。
これまで以上にお母さまの心なんて見えなくなるんだろうな……。
それが少し寂しくて悲しかった。
「お嬢さま! 立派な門が見えてきました。わっ、兵隊さんが立っていますよ」
ポーラの弾んだ声に、ハッと顔を上げる。
気付くと、馬車は深い森の中を走っていた。
鄙びた森に不似合いなほど大きな門が前方に見える。
こんな立派な門はフローリオ家でも王都のロッシ伯爵家でも見たことがない。
ましてや門を守るために衛兵がいるとは思わなかった。
私がぼうっと見ている間に馬車は門を潜って敷地内へと入っていく。
いよいよ到着だと気持ちを奮い起こして背筋を伸ばした。
が、そこからがまた長かった。
お祖父ちゃまのお屋敷の敷地はどうやらずいぶん広いようだ。
馬車に揺られることしばらく、ようやくお屋敷が見えてくる。
「わあっ、絵本の中のお家みたい!」
車窓に見たのは三階建ての大きなお屋敷だった。
ピンクグレーの石壁が素敵なお屋敷で、何より心惹かれたのは建物が緑の蔓で覆われていることだ。
三階の屋根近くまで緑で溢れている。
建物もロマンティックな尖塔があったり大きな丸窓や出窓があったりで、前世の異人館やイギリス辺りのカントリーハウスにも似ているが、緑の蔦に覆われた壁や苔むした石段などファンタジーっぽい雰囲気のせいで、童話の中に入り込んだような不思議な感じがした。
まるで蔦のお屋敷だわ。
そうよ、フローリオ家が花のお屋敷ならバークレー家は蔦のお屋敷ね!
七歳ならではの幼い思考は少し恥ずかしい。
けれど、この屋敷にはぴったりの呼び名だと思った。
こんなメルヘンチックなお屋敷に自分が住むことになるだなんて、すごく楽しみで興奮で頬が熱くなる。
「素敵だわ。こんなお屋敷にはきっと家付きの精霊さまがいらっしゃるはずよ」
蔦のお屋敷のあまりの素敵さにひとときだけ緊張を忘れることが出来た。
お祖父ちゃまと会うシーンにまで行き着きませんでした。
ごめんなさいっ!
風邪を引いてしまって、想定外に更新が遅くなりました。
次回はもう少し早めに更新できたらと思っています。




