ピリピリ、ぎすぎす
「こほんっ。それで、お母さまの詳しい容態は何かわかって?」
動き出しそうな手を握り込むことでごまかしながらドルーを促した。
「はい、奥さまはここ数日ベッドから起き上がるようになられたとのことでした。お腹のお子さまもご無事でお元気です。今回奥さまは状況的に実はとても厳しかったそうで、母子ともに回復されたことにお医者さまが一番驚いたといいます。それだけ奥さまが頑張られたんだとも」
ドルーが言うお医者さまの言葉を聞いて改めて胸がひやりとした。
それほどお母さまの容態は悪かったのだと初めて知る。
でも、もう起き上がれるくらいにお元気になられたのね。
本当によかった……。
ホッとして嬉しくて涙がこみ上げてくる。
ポーラがハンカチを渡してくれたのでそっと目元に押し当てた。
「食欲も少し出てこられたようで、そんな奥さまのために旦那さまが連日王都から高価な食材を取り寄せていらっしゃるそうです。奥さまはもったいないと抗議されたということですが、旦那さまのお取り寄せは今も続いているみたいですね」
「ふふ、ケンカも出来るくらいにお母さまはお元気になられたってことね」
ドルーの話は私に笑顔を運んでくれた。
他にも、お父さまはお母さまを心配して今のところ限られた人間しか病室への出入りを許していないことも教えてくれる。
私はもとよりマリにも会わせていないらしい。
なんだ、私だけがのけ者にされてたわけじゃないんだ……。
そのことにもちょっとだけ安堵した。
「あとはマリエッタお嬢さまですが、今のところご自分の部屋で大人しくしていらっしゃいます。むやみに部屋からお出にならないようにデブラさまの命で見張りが付けられているそうです」
明日が出発という慌ただしい中、ドルーとこうして会っているのは、集めてもらっていた話を聞くためだ。
エリーナの事故のあとくらいから、屋敷内の話があまり入ってこなくなった。
お母さまの詳しい容態やお父さまの動向、エリーナのことや私の療養先に関する諸々の情報もほとんど教えてもらえない。
私が直接デブラやフレッドさんに聞いてもそうだが、ポーラが他の使用人たちに何かを訊ねても、曖昧に濁されて無難な答えしか返ってこないという。
私や私と繋がるポーラによけいな情報が行かないように注意が払われているのだろう。
特にマリに関する話は一切耳に入ってこない。
マリの動向はもとより小さな噂話ひとつ拾えないとポーラが言う。
私が気を遣われているのか、それとも警戒されているのか。
情報がシャットダウンされている目的はわからなかった。
そういうこともあってポーラは弟ドルーに屋敷内の情報を探らせていたらしい。
前々からマリや屋敷内の噂話を集めて欲しいとお願いしていたが、実際にドルーの情報収集能力はとてもすばらしかった。
これまでも私やポーラが知らなかった噂話を幾つも手に入れてくれている。
ポーラによると、目端が利く上に人懐っこい性格で誰かの懐に入り込むのが抜群にうまいらしい。
やっぱりわんこ気質だわ。
体の横で手をにぎにぎさせながらドルーの話を聞いていく。
「マリエッタお嬢さまは、どうせ部屋でじっとしているんだったら王都にあるソフィ伯爵夫人のお屋敷へ行きたいと望んでいらっしゃるようです。奥さまが強く反対されているため、旦那さまも叶える気はないらしいですが」
「でも、お父さまはマリに甘いからどうかしら」
「いえ、可能性は低いでしょう。今、旦那さまは奥さま中心の生活をされています。奥さまを心配しすぎて、他に意識が向かないようなんです。ですから、マリエッタお嬢さまが何かおっしゃってもなかば放っておかれているみたいですね」
「まあ……」
お母さまのことで心がいっぱいで他に目を向ける余裕がなくなっているんだわ。
「ですから、このところマリエッタお嬢さまのご機嫌も悪くなっているようです。部屋に掃除に入った見習いメイドが些細な失敗をあげつらわれて泣かされたなんて話も聞きました。それに旦那さまもかなり神経質になっていらっしゃるようです。従僕やメイドが、これまであまり言われなかった小さいことで注意を受けるとぼやいています」
どうやらお屋敷中がピリピリしているらしい。
また使用人たちの多くは、私の療養期間はお母さまの悪阻がある程度軽くなるまでじゃないかと思っていることも教えてくれた。
お父さまが落ち着いたら自分の行いを反省して私を呼び戻すことになるんじゃないかと見ているようだ。
「ですから、その……」
ドルーは、しかしその先をしゃべりづらそうに言いよどむ。
私には聞かせたくない話なのだろう。
けれどどんな話でも隠さず教えて欲しいと最初に約束していたので、言いにくいだろうけれどドルーには全部話してもらおう。
私が促すとドルーは渋々口を開いた。
マリの味方の使用人たちは、私はもう帰ってこなくていいと言っているらしい。
マリもそうだが、生まれてくるか弱い赤ん坊も私という魔の手から守らなければと、使用人たちは一致団結してお父さまに直訴しようと計画中のようだ。
フレッドさんやデブラが押さえているが、水面下で私が魔物付きではないかという噂話もずいぶん回っているらしい。
マリの話を疑う者や私の味方をしてくれる使用人も少なからずいるために、今の屋敷内はぎすぎすした雰囲気だという。
それは私も感じ取っていた。
メイドや従僕たちの態度に何か尖ったものがあるのを肌で感じていた。
不信感とか敵愾心とかそういうマイナスの気配で、自分の部屋にいてもどこか落ち着かないし疲弊感を覚えてしまう。
それが屋敷中で繰り広げられているのだ。
屋敷内にそんな敵とも呼べるような人たちがいるのも悲しいし、私の味方をしてくれる人たちが彼らと反目し合っている状況も心苦しくて重いため息をつく。
私がこのお屋敷からいなくなると少しはマシかしら……。




