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言い争い

 ポーラとおしゃべりしながら部屋まで戻ってきたところで、廊下の奥から何やら騒ぐ声が聞こえてきて足を止める。

 様子を窺うと、マリの部屋からだ。


「どうなさったんでしょう?」


 ポーラと顔を見合わせて、足音を忍ばせてそっとマリの部屋へと近付く。

 マリとエリーナが言い争っている声がする。

 どうやらドアがきちんと閉まっていないせいで、声が漏れ聞こえるようだ。


「ヒールの靴の何がいけないの。いい加減にしなさいよ! 子供みたいな靴にはもううんざり。何あのリボン、あの花飾り。あんな安っぽい飾りが付いた靴を私が履けるとでも思っているの? 頭おかしいんじゃない。エリーナの感覚って完全にオバサンなのよ。古いっての!」


「マリエッタお嬢さま、言葉が汚いですよ。どこでそんな言葉を覚えたのやら。私がオバサンでも古くても構いません。ですが、この靴はダメです。一体いつ注文されたのですか。まだ七歳なのにヒールの高い靴など足を痛めます。これはすぐに返品しますからね」


「はあ? 冗談じゃないわ。私が欲しいって言ってるの。誰が返すか。私はご主人さまよ、あなたはただのメイド! 立場をはき違えないで。偉いのは私の方よ。私の命令を聞けないんならエリーナには辞めてもらうわ」


「ですから、そんな下品な言葉を使わないでください。レディー失格です」


「下品な言葉ー? ジュリ姉さまが全部教えてくれたわよ。私は真似しただけ。下品なのはジュリ姉さまの方よ。腹の底からあの子は下品なの。そんなに言うんなら、大元のジュリ姉さまのとこへ行って叱ってきたら?」


「ジュリエッタお嬢さまはそんな言葉はお使いになりません」


「ジュリ姉さまは外面がいいのよ。人前ではいい顔して、裏じゃ悪どいことをやってるんだから。エリーナが知らないだけでしょ。本当にひどいのよ、ジュリ姉さま。この前だって陰でエリーナの悪口を言ってたわ。あの女オバサンのくせにうっとうしいって。さっさと辞めればいいのにって。自分が偉いとでも思ってんのか、とんだ勘違い女だわーって。ほら、下品でしょ?」


「下品な言葉を今使っていらっしゃるのはマリエッタお嬢さまですよ」


 挑発に乗らないエリーナに私はホッとする。

 どうやらマリがまた勝手なことをしたらしい。

 毅然としたエリーナの態度も頼もしい。

 これなら大丈夫だろうと自分の部屋へ静かに戻ろうしたときだ。


「マリエッタお嬢さま、どうしてあなたはジュリエッタお嬢さまのことになるとそんなに態度がお変わりになるのですか? 双子の姉妹ではないですか。なのに、まるで憎んでいるかのように言葉が悪くなりますしひどい態度を取られますよね。何か理由があるのですか?」


「憎んでる? ひどい態度? はっ、ひどいのはジュリ姉さまの方でしょ。いつも私をいじめるのはジュリ姉さまよ。知ってるでしょ、図書室で私が乱暴されたのを。あの時は本当に痛かったんだから。死ぬかと思ったわ。ジュリ姉さまが私を憎んでいるのよ」


「……私が何も知らないとでも思っていらっしゃるのですか? 王宮でのお茶会のとき、ジュリエッタお嬢さまのドレスをインクで汚したのはマリエッタお嬢さまですよね。あの魔色ペンをこっそり衣装室へ持ち込まれたのは私が見ています」


「なっ」


「それに、リボンをジュリエッタお嬢さまに奪われただのドレスを破かれただの、ありもしない嘘をでっち上げたことも存じております。王都でソフィ伯爵夫人にもそう嘘をつかれて大量のリボンと高価なドレスを買ってもらったこともです」


「知ってて何で黙ってんの」


「何か誤解があると思っておりましたから。ジュリエッタお嬢さまとケンカでもなさいましたか? そろそろ仲直りいたしましょう。ジュリエッタお嬢さまはお優しい方ですよ。お変わりになったマリエッタお嬢さまのことを本当に心配しておいでです。ですから、今までのことを心から謝罪いたしましょう。ジュリエッタお嬢さまはきっと許してくださいます」


 そのアプローチはまずい気がする……。

 思わぬ展開にじっとり手に汗がにじんできた。


「何言ってんの、オバサン。意味わかんね。私がアレに謝る? あり得ねーわ」


「マリエッタお嬢さま!?」


「あんたいい加減ウザいって。髪いじるの上手かったから側付きにしてやったのに、こんなクソババアとは思わなかったわ。いいや、あんたもういらない。クビよクビ。お父さまに言ってさっさと辞めさせるから、楽しみにしてるといいわ」


「――それがマリエッタお嬢さまの本性というわけですか。ジュリエッタお嬢さまが怖がられるわけですね」


「ふんっ。アレに泣きつかれでもした? ばっかみたい。この世界はとっくに主人公を変えてんの。今は私がヒロインなんだから、私に刃向かわずに黙ってハイハイ従ってりゃいい目見れたのに。でももう遅いわ。ほら、さっさと出てって。あんたクビなんだから」


「私を辞めさせるとおっしゃいましたが、それはどうでしょうか? お言葉ですが、フローリオ子爵家に私がお勤めして十四年になります。これまで誠心誠意働いてきましたので、旦那さま方を始めとした屋敷の人たちからは十分な信頼をいただいている自負がございます」


「……何が言いたいわけ」


「旦那さまがお帰りになったら、マリエッタお嬢さまのことをすべてお話しすることにします。マリエッタお嬢さまがお変わりになった今のお姿やジュリエッタお嬢さまへの仕打ち、普段の行動や王都でのドレスを汚した件などすべてです」


「ふっざけんじゃねぇよ、あんた――」


 その時、後ろからそっと肩を叩かれて悲鳴を上げそうになった。

 声を出さなかったのは奇跡に近い。

 こわばったまま振り返るとポーラが首を横に振った。

 心配そうな顔でこれ以上ここにいてはダメだというサインだろう。

 それに頷いて、そっとドアの前から離れた。


「はあ……」


 自分の部屋に入ってから、ようやくまともに息が出来た気がした。

 体中がこわばって、今も動きがギクシャクする感じだ。


「驚きました。あんな……あれがマリエッタお嬢さまだなんて」


 ドレスを汚した際にマリの素顔を見ているポーラだが、あの時は混乱していたからかマリのひどい態度をあまり覚えていないようだ。

 だからか、乱暴なマリのもの言いにポーラは衝撃を受けている。

 

「ポーラ、大丈夫?」


「はい、少し落ち着きました。でもあんなひどい言葉、街でも柄の悪い一部の人間しか使いませんよ。それを子爵令嬢の、まだお小さいマリエッタお嬢さまがおしゃべりになるなんて信じられません」


 そうよね。

 七歳だったジュリエッタも初めてあれを聞いたときはマリがおかしくなったと怖くなったくらいだもの。


「ジュリエッタお嬢さまは、あんなマリエッタお嬢さまといつも接していらしたんですね。警戒なさるわけです。私にもいつも気を付けるようにおっしゃったのは、だからだったんですね」


「そう。だから本当に気を付けてね」


 ほっと息を吐いたタイミングでポーラもため息をついた。

 同じタイミングだったことが変におかしくて、二人で小さく笑みをもらした。


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