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オレンジのお人形

 春の初め、ソフィ伯母さまが遊びにいらっしゃった。


 お父さまのお姉さまに当たるソフィ伯爵夫人は、礼儀に厳しい方だけれど、私を可愛がってくださるから大好きだ。

 ふくよかな体に身にまとうドレスはフリルがたっぷりとついた豪華なもので、お母さまもこんなドレスを着たらどんなに素敵かしらとうっとりした。


「ソフィ伯母さま、お久しぶりです。ようこそいらっしゃいました」 


 マリと一緒にドレスをちょこんと摘まんで挨拶すると、笑って頷いてくれた。


「ちょっとはレディらしくなったかしら? 相変わらず二人ともおしゃまで可愛いわね。今日は二人にとっておきのお人形を持って来たわ。今王都ではやっていてね、ドレスは我が伯爵家御用達の工房で特別に作らせたものなのよ。見てご覧なさい、可愛らしいでしょう」


 人形は腕に抱けるほど大きなもので、一流のドレス工房で作られたというドレスはレースやフリルで彩られていてとても可愛い。

 見てすぐに顔がパッと熱くなった。


「可愛い! 私、こっちのオレンジのドレスの子がいいわ」


 人形を受け取ると嬉しくて、両手で頭の上へ掲げるとその場でくるくる回って踊り出す。

 その様子にソフィ伯母さまが楽しそうな声を上げた。


「ジュリエッタはそうよね。喜んでくれて嬉しいわ。じゃあ、マリエッタの番ね。マリエッタはピンクが好きでしょう? 伯母さまは知っていてよ」


「ソフィ伯母さま、私もオレンジのドレスの子がいいわ」


 マリの声に私はハッとする。

 またマリの真似っこが始まったと、もらった人形をマリに取られないようにぎゅっと腕に抱いた。


「あら、弟のスチュアートが言っていたのは本当だったの。マリエッタが変わったっていう」


「そうなの、ソフィ伯母さま。私ね、今までの大人しいままじゃいいレディーになれないと思って、頑張っている所なの。だから、お姉さまを参考にしているのよ。お姉さまの真似をすれば素敵なレディーになれるでしょう? だからお姉さまが持ってるオレンジのドレスの子が欲しいの」


 だから真似するのは悪いことじゃないんだってマリは正当化する。

 その言い方が狡くて、悔しくて、私は唇を噛んだ。


「まあ、あんなに大人しかったマリエッタが」


 ソフィ伯母さまもすっかり感心している。マリはにっこり笑って、私の方へ振り返った。


「お姉さま、お願い。オレンジの子を私にちょうだい。妹と思って大切にするわ。だって私には素敵なお姉さまはいても可愛い妹はいないんですもの。その子を妹にしたいわ」


 周囲に柔らかい笑いが生まれる。誰も彼もがマリを見て目を細めていた。


「マリエッタも大人になったってことかしら。ねえ、ジュリエッタ。あの引っ込み思案だったマリエッタがこんなに言うんですからね、その子はマリエッタに譲ってやりなさい。私が王都に戻ったら新しい子をすぐに送ってあげるから」


「ソフィ伯母さま、でも……」


 腕に抱いた人形をちらりと見下ろす。


 この優しいお顔の子はもう私のお人形なのに……。


「いや、ソフィ姉さん。いいよ。ジュリはお姉さんなんだから、そろそろ我慢を覚えさせないといけない。最近ちょっとわがままなんだ」


「スチュアート……言ってたわね。そう、そのことも気になっていたのよ」


 お父さまと伯母さまが何か話しているけれど、あまりいいお話には思えない。

 そんな私の前に、お母さまが膝をついて覗き込んでくる。


「ジュリは優しい子でしょう? あっちの子のドレスもきれいよ。柔らかいピンクは桜アザミを使っているのかしら。本物のドレス生地と同じみたいね」


「……お母さま。どうして私は我慢して、マリは我慢しなくていいの? 私はいつだって我慢してるわ。最近はいつも私ばっかり。わがままを言っているのはマリじゃない」


 私が言うと、皆が困った子だという目で見下ろしてくる。


 私がわがままなの?


 最初にオレンジのドレスの子を選んだのは私なのに、どうしてマリが欲しいと言っただけで皆がお人形を譲れって言うの?


「ジュリエッタ」


 お父さまに少し強い声で名を呼ばれると、私はびくりと竦み上がった。

 抱きかかえていた人形から力を抜いて、なごり惜しげに見下ろす。

 優しい顔立ちをそっと撫でたあと、


「いいわ。この子はマリにあげる。私は姉さまですもの」


 思いを振り切るようにマリに渡した。


「嬉しいっ。やっぱり可愛いわ、可愛い!」


 マリは人形を両腕に抱えて、その場で回り出す。

 まるでさっきの私みたいに。


「あらあら、やっぱり双子は喜び方も一緒なのね。さあ、ジュリエッタ。こちらのピンクのドレスも素敵なのよ。我が伯爵家御用達の工房で作らせた特別のドレスですからね」


 渡された人形は少し目がつり上がっていてちょっと意地悪そうなんて思ってしまって、慌てて人形を胸に抱きしめた。


 お顔が意地悪そうだなんてごめんなさい。

 これから大事にするから許してね。


「ソフィ伯母さま。ピンク色のドレスもきれいだわ。ありがとう、伯母さま」


「やっぱりジュリエッタは優しい子だわ。譲ったご褒美に、今度お人形と同じ色のリボンを贈ってあげます。楽しみになさい」


「ありがとう、伯母さま! 私、このお人形にお庭を見せてあげるわ。雪割とげ草が咲いてるのを昨日見つけたの! 精霊さまがいらっしゃるかもしれないもの」


 お父さまも場を離れてもいいと頷いてくださったから庭へと走り出した。

 マリも遅れてついてくるのが見えた。


「レディーはそんなに走りません! それから、また小川に落ちないようにしなさい。ジュリエッタは元気が良すぎるんですからね!」


 ソフィ伯母さまの怒った声に「はあい」と元気よく返事をして、途中でマリが追いついてくるのを待って一緒に歩き出す。


「もう、ソフィ伯母さまったら。小川に落ちたのは去年の話よ。私はもうレディーなんだから小川に落ちたりしないわ。ねえ、マリは知ってる? 庭師のトム爺が言うにはね、雪割とげ草は精霊の目覚め草って呼ばれるそうよ。色とりどりのお花があんまりきれいだから、精霊さまも目を覚ますんですって。あら、ということは冬の間は精霊さまはいないのかしら。ねえ、マリはどう思う?」


 大好きな伯母さまに会って、可愛いお人形ももらって、今夜はきっとご馳走が待っているはず。

 嬉しいことに楽しいことが続いて、私は上機嫌で広いお庭を小川に沿って歩いていく。


「マリ?」


 ふと、マリが立ち止まったのに気付いて振り返る。

 大きな木の陰で、マリは周囲を見回すと大きなため息をついた。


「はあ、七歳の子供のふりも疲れるったらないわ。だいたい人形って何が面白いの? 人形に庭を見せてあげるってマジ意味わかんねー。っていうか、あのオバサンは伯爵家に嫁に行ったからって実家で幅きかせすぎでしょ。いるよね、ああいうクソババア、本当大っ嫌い。迷惑してんの気付かない鈍感さもないわー」


 二人きりになると乱暴な言葉でマリが一気にしゃべり出した。

 人形を抱えた指先の、爪をかりかりと噛むのもいつも通りだ。


 また『嫌なマリエッタ』が出てきた……。


 以前とは変わってしまったマリだけれど、周囲に人がいなくなるとマリはさらにおかしくなる。

 絵本にあったお化けみたいな変貌ぶりだ。


 そんなマリを、私はこっそり『嫌なマリエッタ』と名付けて注意していた。


 まるで大人みたいに何でも知っていて嫌なことばかりおしゃべりする。

 いつも私を悲しい気持ちや悔しい気持ちにさせるからだ。

 

 変なことを言わないでと私が怒ると、その何倍もの言葉が返ってくる。

 時には私が泣き出すまで悪口を言うから、最近はあまり二人きりにはなりたくなかった。


「何よりジュリばっかり可愛がるところがムカつく。さりげに差別してジュリだけ可愛がってさ。あのクソババアにも鉄槌を下すべきでしょ。きっつーいのをガツンとね。くふふっ」


 どうしてこんなマリになっちゃったんだろう。


今日は夜にも更新する予定です。

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