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ああもうっ

 マリを追いかけてお母さままで植え込みの向こうへ消えるのを口をぽかんとして見つめる。

 マリにもお母さまにも置いていかれてちょっと呆然とした。

 

 私、ここでひとりどうすればいいの?

 ひとり――――…?


「あっ」


 そういえばアントンもいない!

 アントンはと探すと、ちょうど茂みの奥へ消えるところだった。

 マリがすり抜けた植え込みとは反対にある生け垣の向こうにアントンの灰色の髪が見え隠れしているけれど、歩く方向がおかしい気がする。


 高い塔が目印じゃなかった?

 あっちでは反対方向へ行くことになるんだけれど、あんなに目立つ尖塔がわからないなんてないだろうし、何か遠回りする意図が――――?

 

「……アントン、今日はメガネをしてなかったわ」


 はたと気付く。


 そういえば、トレードマークである銀縁メガネを今日はかけていなかった。

 王宮のお茶会ということでおしゃれをしていたアントン。

 メガネも、だから外させられたのかもしれない。


 ということは、もしかして塔が見えないか、間違った建物を塔と勘違いしているのではないのかしら? 

 だからあんなとんでもない方向へ向かってる?


 急に心配になってそわそわし始める。

 このまま放っておいて大丈夫だろうか。

 どこかで間違いに気付いて自分で軌道修正してくれるだろうか。


 そう思っている間にも、生け垣の奥へと消えようとしていた。


「ああもうっ!」


 このままじっとしているのが耐えられなくなった。

 周囲を見回して注意を向けている人がいないのを確認して、そっと歩き出す。

 さりげなくアントンが消えた生け垣に近付いて、ようやく見つけた狭い隙間に体を押し込んだ。


 あら、意外にスムーズに抜けられたわ。

 

 もっと苦労すると思っていたお茶会からの脱出があっけなく成功してしまった。

 心の中でお母さまに謝りながら私は足早にアントンを追いかけた。


 ジュリマリのマンガで王宮は幾度か出てきたけれど、内部がどうなっているのか地図や詳しい記述など何もなかった。

 だから変なところに入り込まれると捜せなくなる。

 なるべく早く消えたアントンに追いつくのが得策だ。


「アントン! 待って」 


 ぽんぽんの花が愛らしい乙女紫陽花の群生地を曲がったところで幸いにもアントンの背中を見つけた。

 これ以上離されないうちにとすぐに名を呼んだ。

 その声が聞こえたのかアントンが止まって振り返ってくれた。


「ジュリエッタ。何だ、来たのか」


 やけに嬉しそうに笑うアントンにむうっとむくれる。


「もうっ、来たのかじゃないわ。進む方向が間違ってると思うの!」


「間違ってないぞ。ほら、あそこに塔があるだろ。蝶がいる温室はあのすぐ下だ。ちょっと遠いけど急げばお茶会の間に戻ってこられると思うんだ」


 指差すのは、城壁にある少し高くなっている見張り台だ。


「やっぱりだわ。アントン、今日はメガネがないから見えてないのね? 違うのよ。高い尖った塔があるのはあっち、反対の方向なの。アントンが塔だと思っているのは城壁の見張り台よ」


「ええっ」


「しっ! 待って、誰か来るわ」


 慌てて目を細めるアントンだが、建物の陰から人が近付いてくるのを見つけた。

 彼の腕を引っ張って一緒にしゃがみ込む。

 大きな乙女紫陽花の陰でメイドが通りすぎていくのにドキドキして見守ったが、気付かれずにすんでほうっと大きくため息をついた。


「ごめん。ジュリエッタの言う通りだ。ぼくが間違えたみたい」


 しゅんとして謝られると、助けてあげなきゃという気持ちになる。

 メガネをかけてないと前世の従弟の優くんにますます似ているせいね。

 あっちは幼稚園生だったけど。


「いいわ、ここまで来たんだもの。一緒に行きましょう。私も精霊さまを見たい」


「本当!? やった!」


「だから、しーっ! 大声を出したら見つかっちゃうんだから」


「ごめん、そうだな。じゃ、静かに行こう」


 アントンと手をつなぐと立ち上がった。

 周囲を見回して足早に歩き出す。


 庭園でお茶会が開催されているためか、要所には立ち入らないように衛兵が立っていた。

 先ほどは上手く衛兵のいないところばかりを歩いたらしい。


 ううん、そうじゃない。

 どうやら入ってはいけない場所へ近付くせいで衛兵が多くなっているんだわ。

 いつの間にか行き交う使用人達の姿もなくなり、辺りはひっそりしてきた。


 王宮の奥にあるという蝶の温室に近付いてる……?


 先ほどまでは遠くにあった尖塔も今はかなり近くに見え、緑も深くなってきた。

 が、さらに近付こうとしたところで困難が立ちはだかる。


 尖塔が建つのは高い生け垣に囲まれたさらに奥の庭だ。

 そこへ入るには衛兵が立つ立派な門を通り抜けないといけないらしい。


「また見張りだわ。この先へはもう行けそうにない。他にどこか――」


「ジュリエッタ。こっち、ほら生け垣の下を抜けて行けそうだ」


 生け垣の下に子供か獣しか入れないほどの空間を見つけたのはアントンだ。

 地面を這って入るとずいぶん長いトンネルが続いていた。

 下草がきれいに踏みつけられた緑のトンネルは、どうやら王宮に住み着く獣の通り道らしい。

 ドレスが枝に引っかからないように注意しながら進むと、唐突に空間が開けた。


 

「ジュリエッタ! 見て、温室だ。わああっ、蝶が飛んでる。とうとう蝶の温室にたどりついんだんだよ!」


 広い芝生の広場を、アントンが大声を上げて駆けていく。

 その先に、ガラス製の広大な建物が建っていた。

 緑が溢れる温室の中に、ひらひらと飛んでいるものがいる。


 本当に蝶だわ。

 本当にたどり着いちゃった……!

 

「ほら、あれこそがレモン大アゲハだよ。わっ、高いところにいるのはルリハネモルフォ蝶だ。すごい、本当に瑠璃色の羽だよ。小さい頃は暗くて湿った場所に生えるきのこを食べて育つ珍しい蝶なんだ。あれは、あっちは何だろう。うーん、メガネが欲しいよ!」


 アントンがガラスにへばりついて跳びはねるという器用なことをしている。


 ぐるりと見回すと、公園のようにずいぶん開けた場所だった。

 周囲は大きな木に囲まれており、芝生の広場に野球場ほどの温室が建っている。


 そうして蝶が舞う温室の奥に、さらに別の温室があるのを見つけた。

 もしかしてあれがデジレ蝶の温室ではないだろうか。


 あそこに古い精霊さまがいらっしゃる?


 精霊さまはどこにでも存在するらしいけれど、今までは見たことがない。

 デジレ蝶は古い精霊さまがお育てになっているという。

 だったらあの温室には必ず精霊さまがいらっしゃるのだ。


 初めて精霊さまに会えるかもしれない。

 見ることができるかもしれない!


 そう思うと胸が痛いほど高鳴った。

 歩き出す足が小さく震えている。

 その足を頑張って動かして、さくりさくりと芝生を踏んでいく。

 蝶のガラスの温室を回るように一歩、また一歩と足を進めて。


「え――――…」


 ふと、たまらなくいい香りがして足が止まった。

 上から香りが降ってきたような感覚がして振り仰ぐ。

 と、紫色の小さな花がゆっくりと落ちてきた。




「…………菫?」


 香りと一緒に落ちてきたのは紫色の菫の花だ。

 最初はひとつ、ふたつだったそれが、風がざっと吹くとあっという間に雨のような数になった。

 紫菫の花のシャワーだ。


「え、まさか紫菫の木?」


 慌てて周囲を見回すと、少し奥に大きな幹を見つけた。

 高い尖塔にも届くほどの大樹だ。

 その木に菫の花がこぼれんばかりに咲いている。

 そして盛りをすぎた花がひらりはらりと落ちてきていた。


「本当に紫菫の木だわ。それも満開の菫……。わあ、菫の雨が降ってくる!」


 強い風が吹くと一斉に空に舞い上げられる菫の花は、風が止むとそこから自然落下してくる。

 ゆらりゆらりと菫の花がゆっくり空から降ってくる光景はファンタジー以外の何ものでもなかった。

 

 私の周りで風が舞っているのか、物理法則的な何かか、それとも本当に魔法でもかかっているのか、菫の花がくるくると螺旋を描くのもおもしろい。

 嬉しくなって楽しくなってうきうきして、紫菫の花の雨が降る中を私も一緒にくるくると回ってみた。

 ふわりとスカートの裾が広がる。

 お気に入りのドレスでダンスをしているようで、それがさらに楽しさを増した。


 頭に、肩に、左右に広げた腕に、手の平に、紫菫の小さな花が降って当たって落ちていく。

 菫の花と一緒に香りが降ってくるのも心地いい。

 清々しくて、優しくて、甘くて、とてもいい香りだった。

 柔らかく纏いつく菫の香りを、目を閉じて肺の奥深くまで吸い込むようにする。


「ふふ、ふふふっ」


 すごいわ。

 楽しい! 

 こんなにいい気分なのは初めて。

 今だったら使えない魔法だって使えそうな気分だわ。

 ううん、この世界はファンタジーだから本当は使えるのよ。


 自然に笑みもこみ上げてくる。


 そうだ。

 アントンにも教えてあげなきゃ!


 そう思って回るのを止めて瞼を開く――その視界に、黒髪の少年の姿を捉えた。

 いつの間にこんな近くにいたのか。

 すぐ傍に立つ男の子は瞳の色まではっきりと見えた。


 紫菫の色だ……。


 美しい紫色の瞳で、私を見つめていた。


「あの……あなたは紫菫の木の精霊さまですか?」


 初めて見る男の子なのにどこかで見たような気がする。

 よく知っているような感じを覚えるのは、彼の存在が不思議だからだろう。


 柔らかそうな黒髪は少し長めで癖があって、きれいな艶のせいか触りたくなる。

 彫りが深いエキゾチックな顔立ちはドキドキするほどの甘さを感じた。

 猫のような少しつり上がった目やツンとした鼻や大きめの唇はアンバランスなのに絶妙に整っていて、それが絶世の美貌を作り上げている。

 何より深く澄んだ紫の瞳はこの世のものと思えないほどきれいで神秘的だった。


 ああ、ようやく精霊さまに会えた……!


紫菫の木の話は以前に出てきています。

お忘れの方はぜひ第11話をご覧ください(宣伝!)


ストックが少なくなってきました。

見直しや修正に時間を取られてなかなか先を書き進められません。

明日以降、毎日更新が出来なくなりそうです。

ごめんなさい(>_<)

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