第四話 感謝の心
母上様は2,3日 私を着せ替え人形にして思う存分楽しんだ後、嵐のように去っていった。……一体なんだったんだろう。あの着せ替えやたくさんの服や宝石を愛情だと思ってるなら、とんだ勘違いだと思う。こう言っちゃなんだけど、あなたがそうやって甘やかすだけ甘やかすからエマは性格に難アリな少女になっちゃったんじゃないのかなあ。
そうは言いつつも、私は着せ替え人形にされている間、とりあえず笑って喜んでおけ精神で終始にこにこ、にこにこしていたので、もう顔面が筋肉痛になりそうだった。心の中で思っていたとしても、実際口に出すことは難しい。社畜属性が染み付いた私にはとてもじゃないけど恐ろしくて出来なかった。荒波は立てずに越したことはないので、仕方ない。
本当は「もうちょっとシンプルな方が好みかな」とか「もうフリフリは卒業しようと思うの」とか「たまにはお母様みたいな服も着てみたいな」とかいう言葉を挟もうと思っていたのだけれど、敵はそう甘くなかった。
さすがは名のある家の女主人。そしてわがまま放題のエマの母親だ。こちらが喋ろうとする間を的確に呼んで「かわいい!」「やっぱり間違いなかったわ!」「さすが私の子ね!」なんて言葉を叫んでくる。
くっ!褒め殺しで相手に言葉を言わせない作戦とはやりおる……!もうだめだ。長いものには巻かれよう。…そんなわけで私の部屋にはまた似合いもしないロリータ服が山のように増えてしまっていた。
そして、さすがの私も、この現実を受け入れ始めていた。ロリータ服のことじゃない。私が今いる現状……エマのことだ。
ずっと、夢かなんかだろうって思っていた。いや、思うようにしていた。なんだっけ、夢の中で自由に動けたり意識がある夢、明晰夢だっけ?の一種じゃないかって。木から落ちたらしい時の痛みも、たくさんのメイドさん達も、嵐のような母親も、ぜんぶ私の夢で妄想だって思い込もうとした。
でも、1週間も夢の中なんて、あるわけがない。痛覚も食事をする時の味覚も、服を着替える時の衣擦れの音も、お風呂に入る時の温かさも、全部私が五感で感じているものだ。妄想にしては出来すぎている。
「エマ様、お湯加減はいかがでしょうか?」
メイドさんの1人が、少し怯えたようにカーテン越しに声をかけてくれる。…いつもそんなに怯えながらお仕事してるのかな。本当に申し訳ない……
「うん、丁度いい。ありがとう。」
お風呂は暑すぎず冷たすぎず、とても丁度いい温度だった。シャワーや給湯器が辺りにないところを見ると、このお湯はわざわざエマだけのために沸かしてこのバスタブへ運ばれたのだろう。毎日毎日、同じ温度になるように。…それは、どんなに手のかかることだろう。
だから、私は普段のエマならしないであろう返事をした。普段のエマのことは知らないけれど、きっと周りの反応から見るに、普段のエマなら「なんで湯船に薔薇が浮かんでいないの?」とか憎まれ口を叩くんだろう。けれど、働くことの大変さ、特に雇い主から無理難題を押し付けられる辛さを知っている私には、これ以上メイドさん達に辛く当たることなんて出来なかった。だってメイドさん達は、いつも完璧な仕事をしてくれている。エマやエマの両親は、それを感謝こそすれ、何故責めたてたり出来るのだろう。
ちゃぷちゃぷ湯船で音を立てながら、私は思案する。
その影で、1人のメイドさんが静かに涙を零していたことに、私は気が付かなかった。
エマ補足: ”エマ”という名前の由来は”全宇宙”というそうです。