精霊の持ち主
「レイ君の中に眠る精霊の話についてだ」
窓から差し込む光を背中に浴びながら、デュランは核心から切り出した。狐につままれた様な顔で呆然とするレイとソニア。シャルはハッとした後俯いてしまった。エミールとアリアは表情を変えずレイを見つめたままだ。
「精……霊……?」
投じられた核心に理解が追いつかないのか、レイは益々怪訝な顔をし、首を傾げる。それもそのはず、今まで辺境の村で木を切りながら平和に生活してきた普通の少年なのだ。
そう、あの夜が来るまでは。
「何いってんだい? 団長さん。レイに精霊が眠ってるだって? バカも休み休み言うことだね。こいつはアホみたいな魔力量こそあれど、普通の少年さね」
そんな事有るわけがない、とソニアは手をヒラヒラさせデュランの核心を切り捨てる。
「精霊って……あのおとぎ話に出てくるアレですよね!? 僕の中に眠るって……どこですか!? どこに眠ってるんですか!?」
レイは再びデュランに問い返すと、着ていた服をめくり上げたり、ポケットを確認したり靴を脱いで中を覗いたりと慌てふためいていた。エミールはその様子を見て「コイツマジでやってるのかにゃ!?」というような顔で戦慄している。アリアに至ってはクスクスと笑っていた。
「こんのドアホ!!! そんな所にいる訳無いだろう!! 恥を晒すな! 恥を!!」
「イッタアアア!!! 何すんだよ!! 姉さん!」
そんな様子を見かねたソニアが思いっきりレイの頭を叩くと、それを見ていた周りの者たちもクスクスと笑い緊張していた空気が少し緩んだようだ。
そこに丁度お茶を淹れに行っていたクーニャが、茶器を乗せた盆を持ち執務室に入ってきた。
「精霊というのは、おとぎ話にも出てくる逸話の中のものと考えられがちですが、実は身近な存在なのですよ。我々が使う魔法の奇跡。これらがどうやって起こっているか知っていますか?」
「魔法がどうやって起こるかだって? そんなもん魔力を練って、詠唱すれば起こるさね」
「ええ、その通りなのですが、それだけではありませんわ。自らが練り上げた魔力を、詠唱により世界の事象を改変させる。例えばこのように……」
するとクーニャは茶器が乗った盆を机の上に置き、人差し指をカップにあてた。
「清らかなる水の流れーー創清水ーー」
クーニャの指先からみるみるうちに水が溢れ、カップを満たしていく。さらにクーニャは詠唱を続ける。
「燃え滾る火の揺らめきーー創熱火ーー」
すると指先から水と同時に火が放たれ、カップの中の水を温めていく。次第にカップの中の水は空気の泡が浮き立ち、湯気がモワモワと辺りに立ち昇った。
「これはどちらも魔法と呼ばれるものの初歩ですが、私が練り上げた魔力を詠唱によって大気のマナに干渉させ水を作り出し、更に同じ手順で火を起こして、カップの中の水をお湯に変えた……という訳です」
「ああ……とりあえず理解はできる。だが、それと精霊がなんの関係があんのさね?」
「すごっ…………」
ソニアはクーニャの説明に頷く傍ら、レイはキラキラと目を輝かせクーニャの魔法を凝視していた。
「我々が魔法を起こす際に干渉するマナ……大気を流れる魔力は、精霊が生み出しているのですよ。大気に宿るマナは一概に全て同様ではなく、様々なマナが混ざり合い、流れ、漂っています。今私が使った魔法は、火のマナと水のマナ。それを作り出しているのが火の精霊や水の精霊……という訳です」
「へぇ……それは初耳だねえ、んで……? その精霊さんがレイに宿っていると判断した理由はなんだい?」
「それは俺の方から説明しよう」
クーニャの説明に眉を上げ見上げるソニア。初めて聞く話に感心したものの、改めて核心に迫った。だが、それを遮りデュランが説明を始めた。
「まだ確証が有るわけでは無い。だが、我々があの夜ミレニアに到着した際、森からまばゆい光が上がってな。急いで光の中心に行ったら、ソニア君やリリア君がいたんだよ。最初はこの二人のどちらかが原因かと思ったが、どうにも様子が違ってな。その時再び光の奔流が立ち昇り、急いで現場に行ってみたら……レイ君とあの巨大な変異した狼が倒れていた……。そしてそこで、大きな精霊の魔力の痕跡を感じた……という訳だ」
「なるほどねぇ。だが魔法は精霊の作ったマナに干渉して発動するんだよねぇ? 誰でも魔法を使ったら多少なりとも精霊の魔力の痕跡は残るんじゃ無いのかい?」
事のあらましを聞いたソニアだが、そこで生じた疑問をクーニャに投げかける。
「いえ、本来私たちが干渉するマナは精霊が作った魔力の残滓……空中に漂っているものに干渉しますわ。だけど、レイ君が倒れていた場所からは大きな精霊の魔力の痕跡を感じた……と報告がありましたわ。これはすなわち、直接精霊が事象を改変し魔法が放たれた……ということになります」
術者が大気のマナに介入し事象改変をするのと、精霊自身が事象改変するのでは大きく違うとクーニャは説明した。
「…………私が……感じた……。……とっても大きな……魔力の痕跡……精霊の……」
「……そういえばあんた精霊を使う……とか言ってたねえ……正直眉唾だが」
「……さっきの模擬戦の最後も……。少しだけ……感じた……」
当時の事を思い出すかのように目を細めながらアリアがクーニャの説明に付け加える。
「当時の現場にはアリアが居てな、その時感じたらしい。だからといって、確証は無かったんだがな」
「…………多分いる……。まだ……目覚めていない……だけだと思う」
先ほどの模擬戦でも感じたと言うアリアは、言葉少なげではあったがその目には確信があった。それを感じたソニアは納得しきれないものの、レイがあの巨狼を倒したという事実を思い出していた。
(確かに魔力がアホみたいにあるとは言え、レイがアレを倒せるとは思っていなかったしねぇ……。万が一……ってこともあるのかねぇ……?)
「それで……レイがもし精霊を宿していたと分かったら……あんたらはどうするんだい……?」
思考に没入していたソニアだったがデュランやクーニャを睨むような双眸で見据えると、低く唸るように問いを投げた。
(どちらにせよ……コイツを戦いに利用しようってんなら……アタシが止めるしかない……!!)
「ーー!!」
ソニアの尋常ならざる殺気に、クーニャは思わず一歩引いてしまったが、デュランはその双眸を迷わず見つめ返すと、
「ガッハッハ! そう怖い顔をするなソニア君!! 君の思っているような事はしないさ。だがな、もしレイ君の中に精霊が宿っていた場合……そう考える輩が出てくるかもしれない、という事を伝えたかっただけだ」
「……!!!」
ソニアは睨むような双眸を驚きに変え、目を丸くする。話に全くついていけていないレイは、首を傾げながらデュランとソニアを交互に見るばかりであった。
「精霊にもな、属性や格の違う様々な精霊がいる。霊格の低い精霊ならさして気づかれることもなかろうが……あの力だ。それは無いであろうな……。となれば、発覚した時点でそれを利用しようという輩がいつレイ君に接触するかも分からん。そうなる前に俺たちが接触して、忠告をと思ったのだよ……。アリアもそうだったからな……」
「…………」
デュランはレイを見つめたままそう言うと、アリアに視線を移した。アリアは俯き黙ったまま剣の鞘をギュッと握りしめる。
「…………話はわかった。忠告ありがたく受け取っておくよ。いらんゴタゴタに巻き込まれるのも面倒だしねぇ。……んで……こう言う話を直接してきたんだ。困ったら助けを求めてもいいと……?そういうことかい……?」
ソニアは面倒は御免と言わんばかりに手をヒラヒラしていたが、測るように視線をデュランに移すとそう問い返した。デュランは、その視線を受け止めると迷いなく、
「勿論だ、力になるとも。それに、アリアもレイ君の事を気にかけているようだしな。……君たちが良ければだが、いつでもこの詰所に来るといい。鍛錬場も使って構わんよ。今日の朝城壁近くで稽古しているのを見かけてな。君たちが王都にいる間だが、いつでも歓迎しよう」
「へぇ……! そいつは太っ腹だねえ団長さん。そう言うことなら有り難く使わせてもらうさね」
鍛錬場を好きに使っても構わないと言われた途端、ソニアは目の色を変えてそう言い放った。ソニアのその様子にデュランは苦笑していたが、
「君たちはウチの騎士達にとってもいい刺激になるだろう。うちの騎士達とも好きに模擬戦でもするがいい。…………さあ、話はこれで終わりだ。皆腹が減っているだろう、食堂で昼食といこうじゃないか。エミール、案内してやってくれ」
「そうですわね。ただし、団長はそのあと執務をしっかりとこなして頂きますが」
「……うぐっ……致し方あるまい……ック」
「にゃ〜っはっは! ちゃんと毎日執務しないからそうなるにゃあ団長! さあみんなこっちにゃーー!」
「やっとお昼ご飯!! 何が食べれるのかな〜〜! 楽しみだねぇ姉さん!!」
「お前は……結構深刻な話してたってのに…………あんたのそういうお気楽な所は羨ましいねぇ……」
エミールが食堂へと案内をし、やっと昼食を食べれるとレイが意気揚々と執務室から出ていく。ソニアとシャルも呆れたように苦笑しそれに追従して言った。最後に残ったデュランと同じく食堂に向かおうとしていたクーニャであったが、
「クーニャ」
「はい、なんですの?」
「あのシャルという者……少し気になる。……気にしておけ」
「……かしこまりましたわ」
「それとだが……魔の夜で変異した魔物達の残党の情報はどうなっている……?」
「他騎士団と斥候の者と協力して捜索していますが、予想より発見数が少なすぎます……どこかに隠れているやもしれませんわ……」
「そうか……引き続き捜索の手は緩めるな。警戒もだ」
「かしこまりました」
雰囲気が変わったデュランがそう言い放つと、クーニャ胸に手を当てたまま頭を下げ、命令を承諾した。
ーーーー
「大量の贄…………クククク…………待っていろ……もうすぐだ、もうすぐ……」
全身黒づくめの四人組が、高くそびえる丘からウッドガーデンを見下ろしていた。
「数多の血に染まり、慟哭を上げよ…………最高の糧となるのだ……腐った人間共!!」
深い血に濡れた真紅の様な双眸を光らせると、男はどこかへと霧の様に消えていった…………