大事な話
「なんだ今の! 何したんだアイツ!?」
「木剣で鉄の剣を真っ二つとか……意味わからん……」
「アリア副長が負けた!? あんな子供に!?」
「でもあの子供も目で追いきれないくらい速かったぞ!? 何者なんだ……!?」
模擬戦が終わった鍛錬場の周りでは、観戦していた騎士達が興奮冷めやらぬ様子で感想を口にしていた。
そんな中、真っ二つになった鉄剣を持ったアリアは、少しの間切られた柄の部分を見るとフッと笑って、レイに近寄っていった。
「…………びっくりした。……負けちゃったね…………」
「っへ!! えええぇぇぇ!! いや……その……。無我夢中というか! 今のは偶然というか……!」
「……ッフフ。……君は……面白いね…………」
「っほえ!! えっ! 面白いですか!? なんか変ですか!? 僕!?」
アリアにジッと見つめられながら話しかけられたレイは、顔を真っ赤にしながらアタフタして答えていると、エミールやソニア達が鍛錬場の外から上がってきた。
「ハッハッハッ!! アンタあれは初見殺しに過ぎるさね!! まさか本当に勝っちまうとはねえ!」
「にゃあああぁぁぁぁ!!! 少年!! アレは一体なんなのにゃあ!! なんか白い光がレイ君の周りをボワっとしてたにゃあ!! 」
「いやぁ! さすがにアリアが負けるのは想像していなかったな!! 参った参った!」
ソニアはレイの背中を叩きながら、豪快にレイをねぎらう。エミールも、尻尾を左右に激しく振りながらレイに近寄り問い詰めた。
「アハハハ……姉さんに全力でって言われたので、全力で魔力を流しました……。僕にはそれしかできないので……」
「魔力を流す……? あれは魔法使ってたんじゃ無いのにゃあ? 剣が光ってたのもそのせいなのにゃあ?」
「……あれは……ただの魔力…………。だけど……とんでもない密度…………だった」
「そ、その……魔力の量だけは多いみたいなんです。……昔から」
「そうなのか〜〜。あんなのは初めて見たにゃあ〜〜」
エミールは珍しいものでも見るかの様にレイをマジマジと見つめると、アリアが答えた。後ろで頭に手を当てて笑っていたデュランは、キリッとした様子に戻ると鍛錬場の周りにいた騎士達の方を向き
「模擬戦は終わった!! 手を止めていた者達は各自持ち場に戻れ!!! 鍛錬をしていた者は続けてくれ!! この者達は昼食の時にでも改めて皆に紹介しよう!! では、解散!!」
「「「ッハ!!」」」
騎士達はその場で背筋を伸ばし胸に手を当てて返事をすると、各々の持ち場に戻っていった。
「では、ソニア君の治療もあるしこの場ではアレだろう。詰所の中に入ってゆっくりしよう。昼食もここで食べていくといい」
「そうだにゃあ。ソニアちゃん大丈夫?? 大分無理してたみたいだけど……」
「っけ。このくらいなんでもないよ。……まあでも治してくれるんならその方がいいねぇ」
「…………じゃあ……いこ……」
「騎士団の……ご飯……何が出るんだろう…………ゴクリ」
「レイよ、君はそればっかりだな…………」
一同は談笑しつつも、詰所の中に入っていった。
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詰所の正面入り口をくぐると、とても広い円形の白く磨かれた床に銀の翼が描かれた廊下が現れる。奥には二階に続く大階段があり、左右にはいくつもの廊下が分かれ騎士達がせわしなく動き回っていた。
壁には輝かしい銀色の剣やランス、盾など、その他にも大小様々な勲章も飾られており、通路を掃除をしている騎士達の姿も見える。
「うわぁぁ!! ひっろいですねえ!!」
「たしかにねぇ。さすが騎士団様の詰所さね」
目を輝かせるレイに、初めて来たであろうソニアも感嘆した様子で周りを見回した。
「右奥が食堂や救護室。左を進むと倉庫や騎士達の宿舎に繋がっている。階段を上ると作戦司令室や私やアリアの執務室だ。とりあえず私の執務室に行こうか。まだ昼食には時間がある。ソニア君の治療がてら話したいこともあるしな」
「そ、その。良いのであろうか。一介の部外者である私のような者を、一騎士団の団長の執務室に入れるなど…………」
「ガッハッハ!! 構わん! 執務室と言っても、大事なもの以外は殆ど他の者に任せているからな!!」
「…………ニャハハ……。団長はもっと事務仕事頑張って欲しいのにゃあ…………」
おずおずとシャルがデュランに尋ねると、豪快に笑ってデュランは答えた。エミールはそんなデュランを遠い目をして見つめていた。
「エミールの言う通りですわね。もっとデュラン団長には執務をこなして頂かないと。」
「クーニャアアアン」
その時、凛とした声が階段上からデュランに投じられた。深い蒼色の長い髪を後ろで纏め上げ、スラッとした手脚。藍色のスーツを身に纏い、キリッとした眉と目鼻に眼鏡を掛けた女性がデュランを窘めた。
「クーニャ。私は外の仕事が向いているといつも言っているじゃないか」
「甘いですわ! 団長たる者、執務もそれ相応にこなしてもらいませんと! いつも私やエミールに押し付けてご自分は外回りやら鍛錬やら! 分かっておりますの!?」
「うぐっ…………まあなんだ……今日は客人も来ていることだし……っな。その話は後でということで……。それより君も自己紹介したらどうだ……?」
クーニャが現れた途端、顔を青くしたデュランは必死に彼女を宥めつつ自己紹介を促した。
「あら、これは失礼しました。私は、クーニャ・ファルティオナ。銀翼騎士団の参謀兼秘書を務めさせていただいております。どうぞ宜しく。…………彼がこの前言っていた例の男の子ですね」
「?」
クーニャは青色の瞳で緑色の髪の少年を捉えると、そう言った。目があったレイは何のことかと首を傾げた。
「ああ、そうだ。これから私の事務室で話をしようと思ってね。君も同席するだろう?」
「ええ、もちろんですわ。……話が終わったらデュラン団長にはそのまま溜まっている執務もこなして頂きますが」
「……うぐっ……やはりそうなるか……」
うまく執務の話を回避したと思ったデュランであったが、溜まっている執務をこなさなければいけないと分かると、筋肉質の大きな体躯をシュンと小さくさせて天井を見上げた。
「では皆様、こちらです」
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クーニャに促され一同は階段を上ると、上った先の正面の部屋へと皆を招き入れる。部屋へと入ったデュランは、背負っていた大剣を壁に掛け、一番奥の大きな椅子に腰掛けると一同に着席を促した。
室内は広く、床は赤い絨毯で敷き詰められている。一番奥のデュランの執務机の手前には、来客用の机を挟む様に長いソファーが二組あり、各々はそちらの方に座った。周りを見渡すと整理された書類や本棚、暖炉の上には二組の剣が飾られており、大きな窓からは、太陽の光が差し込んでいる。
そんな中席に着いたソニアに、エミールは横から魔法で治療を始めた。
「では私はお茶でも入れてきますわね」
「ああ、頼む」
クーニャはそう言うと、入り口から左手にある別の扉から出ていった。
「そういえば団長さん。お話って言うのはなんなんだい?」
「ああ、じゃあ早速本題から入らせてもらおう」
エミールから腕の治療を受けながら、痺れをきらしたソニアがデュランに尋ねた。
「レイ君の中に眠る精霊の話についてだ」