王都へ
シャルと出会ってから、二日目の朝。
目の前には見渡す限りの草原が広がり、一本の街道が先に続いていく。王都から来たであろう商人が率いる商隊や、旅人たちの姿も多く見られ、レイは珍しそうに行き交う人々を眺めていた。
妙にソワソワしていたレイは、
「もうすぐ着きそうだね! 王都ウッドガーデン!」
「そろそろだね。だけどねアンタ、少しは落ち着きな。 あんまりはしゃいでると田舎モンだと思われるよ………… まあ田舎モンなんだけどね。」
「フフフ。本当に楽しみなのだな、レイは。色々見て回れると良いな」
「まあ、気持ちは分からんでもないさね」
二人は微笑みながら、落ち着きのないレイを見ていた。
しばらく進み草原の丘を超えると、目の前にとてつもなく大きい山脈が三人の目に映った。
そして、その手前にある広大な都市が、王都ウッドガーデンである。
ここからでも分かる程の大きさの、一本の大木に寄り添うように城が建っており、その周りを街が囲んでいる。街中には木々や色とりどりの花、あちこちに噴水や整備された川が流れ、緑と水に彩られた自然の多い都市の様だ。
都市の外側には大きな城壁が都市を取り囲み、城門の前では多くの人々が入城検査を受けていた。
「うわあぁぁぁ!! 凄い大きな街だね! こっから見ても街並みは凄く綺麗な所だし、それにあの木もでっかいなー! 御神木様とどっちがでかいかな〜?」
「ほら、はしゃいでないでさっさと行くぞ。入城検査は絶対時間かかるからな」
はしゃいでいるレイを窘めたソニアは、馬を急がせ、一行は城門前に急いだ。
城門に着くと、多種多様な種族の商人や旅人で溢れかえっていた。最後尾から城門までは大分遠い。またはしゃぎ出しているレイを横目にソニアは嘆息した。
「まあまあソニア。王都であればこれ程賑わっているのも無理はなかろう。気長に待とうじゃないか」
「まあ仕方ないね」
城の方から、鐘の音が三つほど聞こえた頃。太陽は真上を通り過ぎ、西に折り返していた。
自分たちの番が来たレイ達は、待ちくたびれた様子で、レイに至っては荷車でボーッとしていた。
「レイ! ぼーっとしてないで書状を出しな。アタシらの番だよ!」
「…………ん? あっ! 了解!」
「ほら、書状だよ、これを渡せって言われたね」
若干イライラしつつも、ソニアは受付の兵士に書状を渡した。
「うむ、…………フムフム、お前達はミレニアの者か……。……これは! デュラン騎士団長殿の書状か!」
「あ、ああそうだよ。」
兵士がいきなり大声を出したので、少しビックリしたソニアであったが、
「……そうか、あの夜は災難であったな。怪我人だけで済んだのは僥倖であった。宿は、森閑亭を使うと良いと書かれている。デュラン団長自ら話をつけてくださったそうだ。お礼を言っておくと良いぞ。門を抜けたら四つめの角を右に曲がれば見えてくるはずだ。」
「そうかい、あの団長さん中々いい所あるじゃないか。ありがとよ。」
デュランの粋な計らいにより、宿を取る手間が省けた為ソニアとレイは機嫌よく門を抜けた。
一方シャルは、ローブを深く被りながらも、
「……これだ」
「うむ…………これは…………!…………失礼しました。お通り下さい。」
「ああ、火雀亭とはどこかな?」
「はい。ここを真っ直ぐ進み五つめの角を左に行った、鍛冶屋の隣にあります」
「そうか、ありがとう」
こちらも問題なく入城出来たようだ。しかし、ソニアはそのやり取りを横目で見ていると、
「………………」
「姉さん? どしたの?」
「いや、何でもないさ。さっさと行こう。腹が減っちまった。」
「そうだね! 何食べる!? 王都には色々あるらしいけど、アレが食べたい! この前言ってた蜂蜜焼き!」
「分かった分かった……お前は少し落ち着け……」
シャルと兵士のやり取りに思うところあったものの、弟のはしゃぎぶりにため息するのであった。
「シャルーー! ご飯食べに行こう!!」
「そうだな、もう昼過ぎだ。適当にそこらに入って腹を満たすのも良いだろう」
「にしても、まず荷物を置いて来なきゃだねえ。飯はその後だ」
「それもそうだね」
「では、あそこの噴水広場で待ち合わせはどうだろうか?」
「よし、わかった。じゃあレイ、行くよ…………っとそういえば、シャルは宿決まってんのかい?」
「ああ、この先の火雀亭というところだ、そう遠くはないな」
「分かった、じゃあ後で落ち合おうかい」
三人は待ち合わせを決めると、各々の宿に向かっていった。
レイ達は、森閑亭に着くと荷車から荷物を出し、馬を下男に任せると、待ち合わせの噴水広場に向かった。広場には、沢山の人が思い思いに休んでいたが、白いローブを深くかぶっているシャルはすぐに見つかった。
「シャル。待たせたねぇ」
「いや、私も今来たところだ」
「よし! 二人とも早く行こう! 早く早く!!」
「フフフ……レイ、どこにいっても昼飯は逃げないから安心しろ」
「まったく……このお上りさんが……」
二人はレイに呆れつつも、適当に昼食を取れるところを探しに王都内を散策する。
活気溢れる出店の並び。買い物に来た主婦や軽武装の冒険者。人族から獣人族ドワーフ、中には珍しいエルフ族などの姿も見える。
行き交う人の多さに、レイは目を丸くしつつも、定食屋の前で止まると、
「ここなんてどう!?」
「ああ、いいんじゃないか?」「うむ、異論はない」
「よし! じゃあここで!」
店に入っていった。外と中に食べるスペースがあり、天気も良く綺麗な街並みなので、折角だから外で食べようという話になった。
「はい、らっしゃい! ウチの店に良くきたね!! アンタ達なににするんだい!」
恰幅の良い気の良さそうなおばさんが注文を取りに来ると、
「オススメはなんですか!?」
「ウチのオススメは開店以来からずっと二色鳥の照り焼き定食だい!」
「じゃあそれで!」「じゃあアタシもそれで」「私もそれを頂こう」
「あいよ! 二色鳥の照り焼き定食三人前ね! ところでアンタら、他所から来たのかい??」
「そうですよ!」
レイが答える。
「そうかい……魔の夜は大丈夫だったのかい……?」
「ああ……結構大変でしたけど……でも幸い死者も出ずに乗り切れました。いきなり空が赤くなってビックリしましたけどね」
「そうかい! 他の所では、大変な被害が出てるらしいからね。死者が出なかったのは何よりだね。王都にもここ最近で、復興金や支援物資をもらいに来る人が増えてきてね。良くない話を聞くのさ」
「やっぱり、他の所も大変だったんですね…………そういえば王都は大丈夫だったんですか?」
「ああ! 勿論!ここは、アクアウルグのお膝元だからね。騎士団がいくつもあるし、城壁の守りも硬いから、魔物一匹入れやしなかったよ!」
「へええ……さすが王都って所かねぇ」
「まあね! そう簡単には、ここの守りはどうこうならないだろうねえ…………おっと、そういえばアンタ達腹が減ってたんだね。待ってな! すぐ作ってくるからね!」
そういうと、女主人は店に入っていった。
「どこも大変みたいだねぇ……そういえばシャル、アンタ魔の夜は大丈夫だったのかい? 旅の途中だったんじゃないかい?」
「ああ、あの時は大変だった……私も最初は何がなんだか……空が赤くなる事など聞いたこともなかったからな。実は他の仲間と一緒だったのだが、それが原因で散りじりになってしまった。はぐれた仲間とは王都で落ち合う手筈になっている」
「そうだったのかい…………悪い事を聞いたねぇ……」
沈痛な面持ちで喋るシャルは、その時の事を思い出したのかぎゅっと拳を握りしめていた。
「…………大丈夫ですよ!! 落ち合う予定なんですよね! きっと会えますよ!! 」
「…………ああ。ありがとうレイ。君は優しいな」
レイはシャルを励ますと、シャルは大きく澄んだ金色の双眸でレイをを見つめると、ニコリと微笑んだ。
シャルに微笑まれたレイは、顔がカッと赤くなる。
「……レイ。リリアに言いつけておくからな」
「っふぇ! えええ! そんなんじゃないって!!」
「鼻の下が伸びてたね、シャルは相当美人だからねぇ」
「……フフフ」
そんなやりとりをしていると、店の横の通りから声がかけられた。
「おや、もしかしてレイ君とソニア君ではないか??」
「あっ!! デュランさん!!」
「おやあ、奇遇だねぇ、巡回中かい?」
「ガッハッハ! 今仕事を終えて、これから報告に行く所だ! 各地でまだ魔物の残党がひしめいていてな! ところで、二人ともいつこっちに来たんだ?」
「ほんとについさっきさね、そういえば宿も手配してくれたみたいで助かったよ、恩に着る」
「な〜に! きにすることはない! 国からの復興予算の内だ。それはそうと、二人とも明日あたりに騎士団詰所に来られるか? 話したいことがあるのだが」
「ああ、特に問題ないよ。二週間ほどは滞在する予定だからねぇ」
「そうか! それは重畳。できれば、各々の獲物を持って来てくれ」
「獲物……? 話だけじゃあない感じかい……?」
「ガッハッハ! まあ来てからのお楽しみだな!」
「獲物って……何するんですか…………」
ソニアはニヤリと笑って答えているが、レイは対照的にゲンナリした様子になった。
「……ん……おや、そちらのお嬢さんは?」
「王都に来る途中で知り合いまして、王都まで一緒に来たんですよ!」
「おお、そうかそうか。…………ん? …………どこかで私と会ったことはないか?」
デュランは、シャルの顔を見ると、首を傾げながら尋ねた。
「…………いや、気のせいでしょう」
シャルはわずかに顔を逸らしながら答えた。
「ふむ……そうかそうか、これは失礼した」
「団長……そろそろ」
「おお、それでは報告に戻るとしよう。では明日使いの者をよこす! また会おう!」
「はい! また!」
そう言うと、騎士の一人に促され報告に戻っていった。
その後、やってきた二色鳥の照り焼き定食に舌鼓をうちつつ、三人は昼食を楽しんだのであった。
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「もうまもなくだ。幾星霜を経て……この世界は再び赤に染まる…………しかしまだ足りない。もっとだ……もっと…………」
僅かな蝋燭にの光に照らされ、暗い部屋で黒いローブの人影が揺らめく。
「まだまだ足りない。お前たち……分かっているな」
「…………ッハ」
黒いローブの男の前には幾人ものフードを被った者たちが、主人を前に平伏している。
「行け」
「…………ッハ」
男が命じると、フードの男達はいつのまにかどこかに消えていった。
「間もなくだ……まもなくこの世界を……」
男はフードの男達が行ったのを確認すると、そう呟きながら暗闇が広がる通路へとゆっくり消えていった。