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勝負は始まる前こそが勝負

01

「やっと着いたぁ!」


 馬車から降りたジョンが両手を天に突き上げながらそう叫んでいる。

 名前を決めるプレイヤーがいないこの世界では、彼の名前はデフォルトの名無しの権兵衛ジョン・ドゥだった。


「ヘレン、見てよ。人がいっぱいいる。この人達みんな僕らと同じ新入生なのかな?」

「そうね。ほとんどの人はそうなんじゃないかしら? もう。ジョンったらはしゃぎすぎよ?」


 私は、好奇心が抑えられないのか無邪気な笑顔で周囲を見回しているジョンにそう言って笑いかける。

 そう。15才になって成人した私たちは物語ゲームが始まるドコカーノ学院へとやって来た。

 フォウアード戦記の世界観は、王や貴族がいることからも分かる通り中世ヨーロッパ風――だって言うのに、農民が成人してから学院に通うって言うのは前世の知識で考えればおかしいことだと思う。

 普通に考えれば、農民の子どもはよくて村にある教会や村長に本当に初歩的な算数と文字の読み書きを教えてもらえば良い方って感じじゃないかしら? それも、農作業が終わった後の短い時間や農作業が出来ない冬の間とかって制限がつくでしょうしね。

 恵まれている方でもそんなものだって言うのに、15才になってから学院に通うのは変でしょ。

 まぁ、いくらゲームとは言え、そう言った点にも一応理由付けはされてるんだけど、こじつけとしか思えない。

 まず第一に、学院は誰もが通えるわけじゃない。

 だったら誰が通えるかと言えば、貴族と騎士階級が主で、その他が入学を希望した商人と私たちのように魔法が使える農民ね。

 貴族や騎士階級と言う通り、この世界において騎士は貴族に含まれないし、貴族が騎士になることもない。

 設定上、騎士階級は兵士の総称ってことになっているの。

 この世界では、兵農分離が進んでいて、戦争が起こっても農民が徴兵されるなんてことはありえない。

 役割的に農民は戦う力も畑仕事以外の知識も必要ないから学院に通う必要はないってことね。

 だったらなんで私とジョンが学院に通うのかと言えば、5才の時に行った聖別の儀式で魔法が使えると分かった農民は学院への入学が強制されて、騎士階級になることが義務づけられる。

 5才で判別できるのになぜ入学まで10年も待たされるのか疑問と言えば疑問だけど、これにも一応理由付けがされているわ。

 1つ。農村では、子どもも立派な労働力であること。

 15才になる――つまり、成人すれば親の畑を継ぐか新たに開墾して自分の畑を持つことになるので、一人っ子でもない限り、このタイミングならば実家を出ても問題が起きない。

 1つ。子どもは分別がない。

 成人していれば、ある程度は常識を学んでいることが望める。特に貴族は(貴族としての)常識を学ばずに集団生活をする訳にはいかない。入学前に常識を叩き込まれるわけね。

 その他。

 これらが理由にされているけど、まぁ、普通に考えて5才の子どもが主人公だとゲームが面白くないから、やっぱりただのこじつけじゃないかしら?

 そもそも、そんな理由付けをするくらいなら、聖別の儀式を成人と同時に行うって設定にしておけば良いと思うのよね。


「うわぁ……こんなにいっぱい人がいるんだから、友達出来るかな?」


 どうでもいいことを考えている私の隣で、ジョンがそんなアホなことを宣っている。

 そんな当たり前のことを口に出すなんて本当にジョンはアホの子だわ。


「ジョンは明るくて優しいからきっと人気者になれるわよ」


 それはもう、特大の人気者にね。

 大貴族のご令嬢に、留学生のお姫様、国一番の大商人の一人娘だって、今は魔法が使えることしか価値がない農民のあなたに惚れる。

 だけど、もうそんなことはどうでもいいわ。


「ジョンが人気者になったら私なんて相手にしてもらえなくなっちゃうかしら……」

「そ、そんなことないよ! 僕がヘレンと離れることなんてない! 僕はヘレンを一生守るんだから」

「うふふ。ありがと」


 ジョンの反応からも分かる通り、勝負はすでに決しているのよ。

 なにせ私たちは婚約しているんだもの。

 そう、私たちはすでに婚約しているのだ!

 婚約しているから大丈夫なんて油断はしたりしない。

 インターネットの小説みたいに悪役令嬢がざまぁされるようなこともありえないわ。

 婚約なんて中途半端な関係でいるから悪女がちょつかいをかけてくるのよ。

 そんな悪女対策もあって、入学式が終わったらこの王都にある教会で結婚することまで決まっているの。

 もうすぐ私はヘレン・ドゥになる。

 どうしてこうもあっさりと勝負をつけられたかと言えば、ゲームの知識が役立ったからね。

 ゲームではヘレンと主人公はお互いに恋心を持っていたけれど、その恋心を自覚していなかったので、ちょっと思わせぶりな態度を取ったり、雰囲気を作ってあげればころっと落ちたわ。

 それに加えて、農民は貴族より結婚年齢が低いことも大きな理由ね。

 貴族や騎士階級は、学院があることもあって成人してから卒業するまでの3年から4年くらいは結婚しないのが普通だけど、農民は私たちのような例外を除いて学院に進むことはないため、成人後すぐに結婚することが圧倒的に多い。

 貴族や騎士階級の人たちと違って、農民は老若男女問わずに健康面の問題から死亡率が高い。

 魔法の中に治癒魔法なんて言う病気から怪我まで対応できるものがあるおかげで、この世界では医学が未発達なのよ。そのせいで風邪を引いただけでも命の危険に及ぶことだってありえるくらいだもの。

 であるからこそ、早く結婚して早く子どもを産むと言う意識が強い。

 数年前に私たちの村にも教会が出来たおかげで、貴族や騎士階級みたいに治癒魔法の恩恵に与れるようになったので、今後は平均寿命も大きく伸びるだろうけど、世間の意識はまだまだ変化する兆しはない。

 そのおかげで、私のジョンは農民としての常識から早い内に結婚しようと考えている。

 せっかく王都に行くのだから、結婚は王都の教会で行おうと決めたので、入学式が終わり次第すぐに教会へ行き、手続きを済ませる予定になっている。

 世界観的に一夫多妻や一妻多夫は認められているけど、農民は知識としてその制度を知っていても経済面などの問題もあって一夫一妻が当たり前。

 農民としての常識のようなものなので、経済的な余裕があっても2人以上の伴侶を求めると言う意識が働かないし、むしろ忌避感を覚えるらしいのよね。

 だから、他のヒロイン候補に勝機はない。まぁ、万が一の可能性を考えて、フラグは徹底的につぶさせてもらうけどね。


「でも、学院か……勉強なんて僕に出来るのかな?」

「わかるまで一緒に頑張りましょう? それに勉強が出来なくたって、私たちみたいな農民組は勉強より実技を頑張れば良いのよ」

「そうかな?」

「ええ。もちろん」

「そうだね。頑張るよ。あ、あの人も新入生なのかな?」

「あれはさすがに保護者の方じゃないの? 身形が良いからきっと貴族様よ。ジョン、覚えてるわよね?」

「う、うん」


 私の言葉にジョンは緊張した様子で頷いた。

 この世界にはガッチガチの身分制度がある。

 貴族とそれ以外で分けられ、貴族以外が貴族に逆らうことは許されていない。騎士階級や商人でも、農民でも貴族以外は全員平等で、貴族だけは特別。

 そんな世界なので、ほとんどの貴族はもうびっくりするぐらい絵に描いたようなお貴族様って感じのやつばっかり。

 まぁ、ゲームではそんな価値観のキャラを攻略する面白さもあったし、中には例外と言っていいキャラもいたわね。

 少数派でもそんな貴族がいるなんて言って油断したりはしない。

 下手をすれば死刑になっちゃうこともあり得るんだから、ジョンには絶対に貴族と関わらないようそれはもう強く言い聞かせてある。

 男性貴族キャラも最終戦で使えなくなるけど、これで貴族の女キャラがジョンに近づき辛くできる。それに、男性キャラは騎士階級の方が強いキャラクターが多いから、貴族はそこまで必要ない。

 欲を言えば、後ろ盾となるメインパートナーキャラだけはどうにか味方につけたいところだけど、こいつが一番の難敵なのが痛いのよね。

 エリザベート・マカルファ公爵令嬢。

 曾祖父が3代前の王弟という腐りきった王家の血を引いていながら、この世界の腐った貴族とはまったく違う本物の貴族と言える女性。

 貴族が幅をきかせる学院の中で、平民に対しても分け隔てなく接し、何かとトラブルに関わることとなる主人公の後ろ盾という非常に重要なポジションを占めているんだけど、非常に大きな問題がある。

 何が問題って、このキャラクターは主人公を女性にした場合登場しないのだ。その代わり、女性主人公の時にはエリック・マカルファ公爵令息が登場する。

 そう。ヘレンと同じく主人公の性別に左右されるたった2人のうちの1人で、主人公の頼れる相棒パートナーとなる人物。どういうことかと言えば、愛情度が最大のキャラクターがいない場合、ストーリーのラストで王妃には彼女が収まっていると言うキャラクターなのだ。

 後ろ盾は欲しい。しかし、彼女とジョンを近づけるのはどうにも危険な気がしてならない。

 ああ、何という板挟みなのかしら。


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