破滅への序曲を回避せよ
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マイザーに奴隷制についての改善を命じた翌日、マナーの授業を受けている最中に扉がノックされた。
未だに幼い俺は国王という立場にあっても、実際の政に携わる機会はほとんどない。
そのため、基本的に俺の下を訪れる人間は多くないので、用がある人間は朝と夕方のいずれかに面会するのが常だった。
習い事の最中に来るのだから、よほど緊急で俺に伝えなくてはならないことがあるのかもしれない。
俺は教師でもあるアンジェリカに目配せをしてから許可を出した。
「入れ」
「……失礼いたします」
扉を開いたのは腹黒宰相ことマイザーだ。
それはおかしくもないが、わざわざ習い事の最中にやってくるほど焦った様子は見られない。
いったいどうしたのかと首をひねっているとマイザーは一礼してから俺の前に紙の束を置いた。
「奴隷に関する改善案をお持ちしました」
「はぇ!?」
え? 早くない?
まったく予想してなかったから、思わず素で変な声出しちゃったよ?
改善しろって言ったの昨日じゃん。
仕事早すぎだろ。
「マナーを学んでいる最中とは存じておりましたが、陛下の気を煩わせていた問題ですので、急ぎ報告に参上いたしました。こちらがその内容でございます」
マイザーの説明を聞きながら、自分の目でも書類を確かめていく。
けっこう量は多いな……なになに?
まず最初は、奴隷所有者への義務か。
労働契約を結ぶ義務、衣食住の保証の義務、健康管理の義務、労働内容に応じた賃金支払いの義務など、奴隷を物ではなく人として扱う上で必要なことを義務づける内容が並んでいる。
次は、奴隷商の認定制度の導入?
ふむ……店舗で扱う奴隷は店主が暫定的な所有者であるため、奴隷に対する義務を負う……と。
義務を正しく全うしている奴隷商には国から奴隷商としての認定証を授ける。
認定証のない店舗は一律で違法商となり、違法商の奴隷は犯罪奴隷を除き、即時奴隷身分から解放される。また、奴隷入手経路が明確でない奴隷を扱った場合も違法となる。
入手経路が明確でない場合ってのは……ああ、誘拐とかそういう系かな?
んで……その次が奴隷購入時における労働契約内容についての原案……って、これマジ?
え? どんだけ奴隷の権利向上させてんの?
労働時間の上限を設けて、十分な休憩を与えることにもなっている。
その数字が、俺の記憶通りなら日本の労働基準法並の数字になってる気がするんだけど?
すでに所有している奴隷とも改めて労働契約を結ぶ必要があって、条件が合わない場合は奴隷商にて新しい奴隷と交換する必要があるとかなんとか……
支払われた賃金を貯めて、きちんと自分を買い戻して自由民に戻れる制度もきちんと形になっている。
国家事業での奴隷使用の案とかも出てるし、専門機関を設けての取り締まりの実施案もある。
支払われる賃金は労働内容によって変わるし、おしなべてかなりの薄給だけど税を払えないで奴隷落ちした経済奴隷なら、遅くとも20年くらいで自由民に戻れる。しかも、自由民に戻った後も双方が合意していれば継続して自由民として改めて雇い入れることを奨励する制度も設けることで、経済的な理由で再び奴隷に戻らないよう対策だってされている。
20年と言ったらずいぶん長く感じるかも知れないが、20年もかかるのは小間使い程度の仕事しかしない場合だ。
普通の仕事をすれば期間はもっと短縮されるし、肉体労働を伴う仕事をすればさらに短くなる。加えて、奴隷身分にある間は所有者が寝床と衣服、日に三度の食事――つまり衣食住と健康維持の全てを面倒見てくれるのだから条件としては決して悪くない。
「また、現在我が国では奴隷が増加傾向にあります」
「なに?」
「原因と対策については、こちらでございます」
そう言って、マイザーが新しい書類を差し出してくる。
えーと、なになに?
うわ、マジか……
ドーコカーノ王国……つまりこの国の隣にフラタス王国ってのがあるんだが、そこには獣人が多く暮らしている。
このフラタス王国もカロン公爵領と同じく昨年の大雨によって甚大な被害を受けたのだそうだ。
しかも、ドーコカーノ王国はカロン領と近隣のいくつかの領地で被害を受けるに留まったが、フラタス王国はほぼ全域が被害を受け、大飢饉とも言っていい状態になってしまっているらしい。
本来ならば、そうなった時のために国や貴族は税の一部を備蓄しておき、被害者への援助などに当てるなど民を助けるなど苦労を負うものなのだろうが、あろう事かフラタス王国は苦労を国や貴族ではなく獣人の民に押しつけた。
まともに農作物の収穫も出来なかったというのに通常通りどころか増税、さらに臨時の徴税まで行い、税が払えない場合は身売りを強制して奴隷が大量産されたのだ。
さらに言えば、なんとか税を支払おうとしても農作物は取れない。ならば、あるところから取るしかない。しかし、国内のどこに行っても農作物は取れないので、自然と国外――つまりうちの国なんかへ野盗と化した獣人が押し寄せた。
野盗化した獣人によってうちの国もいくつかの村が被害を受けたが、無事に大半を捕縛した結果、犯罪奴隷としてうちの国に獣人が溢れることとなった。
あぁ……ほんとマジかよ……
ゲームで国内に大量の奴隷がいた原因は、うちの国じゃなかったのか? てっきり大々的に奴隷狩りでもしてるのかと思ってたわ。
いや、ゲームのように酷い扱いを受ける理由は、もともとうちの国で奴隷が酷い扱いを受けるのが普通だったからだろうけど、今回の計画書が実行されればその扱いは至極真っ当なものに変わる。
強制的に奴隷にされてうちの国に流れてきた場合は、先ほどの権利関係に加えて温情措置で条件面も優遇するって書いてあるから、今回の改革が実行されれば彼らの待遇もよりよいものになるだろう。
「まさか、たった1日でこれほどのものを用意するとはさすがだな、マイザー。褒めてつかわす」
「もったいなきお言葉です」
いや、ほんと、マジですごいっす。
ゲームの状況になったのって、本当にマイザーが黒幕だったのか?
やっぱり、ルードが原因の気がするってぐらいすごいわ。
ん? いや、待てよ……
「しかし、大丈夫なのか?」
「大丈夫……とは?」
「いささか改革が性急すぎるように感じる。これほどの変革を民が――いや、今回の場合は奴隷を多く所有する大商人や奴隷商、貴族連中が受け入れるのか?」
自分たちの利益が脅かされて黙っている馬鹿はいない。
特にその相手が力を持っている大商人や貴族なんかだと反発も大きいものになるだろう。
そうな反発があるのに大きな改革を断行してしまえば、不平不満が貯まるし、下手をすれば俺への敵対心となってしまう。
……実はそれが狙いなんじゃないのか?
「ご懸念はもっともでございます。しかし、今なお民が奴隷となり苦しむことで陛下のお心が乱されることの方が問題でございます。そう言った陛下のお心をお守りするのが臣下たる者の勤め。貴族は皆、陛下のお考えを受け入れるでしょう。貴族が揃って陛下の命に従うというのに逆らう商人はおりません」
いや、そう言うおべっかみたいな理由は良いから。
そんなん面従腹背になるのが目に見えてるでしょうに。
やっぱ、俺の我儘ってことにして、貴族連中に反乱の種を蒔いているのか?
「なるほど。貴族は表面上は従うかも知れん。そうなれば、表向き商人も従うだろう。しかし、内心はどうだ? お前の言い分では不満を押し殺せと命令しているようなものではないか」
「たしかに商人たちに不満はあるでしょう。しかし、全ての者が平等に利益を享受することなどあり得ませぬ。一時の不満は、別の機会に利益を与えることで解消するのが得策というものでございます」
言ってることはもっともだと思えるんだが、なんかのらりくらりと躱してるだけなんじゃないのか?
やっぱ、俺が奴隷をゲームのようにならないよう対策を立てたら、別の方向から反乱の火種を用意しているように感じるのは考えすぎなのか?
ダメだ。頭パンクしそう……
まぁ、これ以上ツッコむことは出来そうにないし、納得しておくしかないんだけど、やっぱりマイザーのことは注意せんと……
「ふむ。それが政治というものか。勉強になったぞ。マイザー、奴隷のことはお前に任せる。奴隷もまた我が国の民であるという我が考えの下、民を守る者としての勤めを果たせ」
「かしこまりました」
まただよ。
マイザーの黒い笑み……アンジェリカが見てても出るってことは、やっぱりこいつもマイザーの息が掛かってるってことなのか?
あぁ……くそ。
俺も信頼できる部下が欲しい。