296話
声を掛けられたので誰だろうと思い後ろを振り返ると、そこには魔法使いのようなローブを羽織り、丸眼鏡を掛けたウェーブパーマの髪型をした若い男がこちらに急ぎ足で草を踏み締めながら歩いてきていた。
「はぁ...はぁ...ちょっと...」
「あー...一旦落ち着いたらどうだ?」
「あぁそうだね...ふぅ〜...」
舗装された道には馬車が駐車され、コウ達の元までは少し距離があり、急ぎ足で歩いてきたためか声を掛けてきた男は息が切れており、一旦呼吸を整えた方がいいのではと提案すると、すぐにその場で深呼吸をしだす。
「いやーやっと落ち着いたよ!ありがとう!」
「あぁそう。で...あんたは誰なんだ?」
「僕は...ベンって名前だよ。魔塔で研究者として働いているのさ」
自身を名乗るのに一瞬、詰まったベンという男はメークタリアの中心部に聳え立つ空へ真っ直ぐ伸びた塔に向かって指をさす。
しかし名乗るのに一瞬だけ詰まったということは明らかに偽名のような雰囲気を感じ取ってしまう。
もしかしたら塔で働いているのも嘘なのかもしれないので、コウとライラは2人して疑惑の視線をベンと名乗る男に向けると必死になって弁明し出す。
「いやいや!嘘じゃないよ!?ほら!これが魔塔へ入るための魔道具!」
とはいえ魔塔へ入るための魔道具と言われ、見せられたところで果たして本当にその魔道具が魔塔という場所に入るのに必要な物なのかコウ達には判断出来ないので、疑惑の念は晴れない。
「まぁいいや。で...そのベンさんは俺達に何の用なんだ?」
「うぅ...本当なんだけどなぁ...。えぇっとたまたま馬車で通り過ぎる時に君達の魔道具が目に入ってね」
どうやらこのベンという男はコウ達が身に付けている魔道具がたまたま馬車に乗って窓から外を眺めていると視界に入り、気になったとのこと。
キラキラと目を輝かせながらコウ達の魔道具を物欲しそうに見ているのは、まるでショールームに飾られた武器や防具に憧れる少年の様である。
「言っておくけど売るつもりは無いからな」
「むぅ...そうなのかい?」
念の為、今身に付けている魔道具は売らないということを先に公言しておくが、どうやら案の定、コウ達の魔道具が欲しかったようで残念そうに項垂れる。
「うーん...だったらどんな魔道具か見たり触ったりするのは駄目かな?」
流石にコウ達に魔道具を売ってもらうことについては諦めた様子であったが、今度は見たり触ったり出来ないかと言われる。
正直、まだ出会ったばかりの見ず知らずの人に自身が普段から身に付けて使っている物をベタベタと触られたりするのは、普通の人の感性からすれば、あまり良い思いをする人はいないだろう。
勿論、コウもそういった感性を持っているため、すぐには頭を縦に振ることは出来ず、ライラをチラリと横目で見ると同じように苦い顔をしていた。
「じゃあ...「良い加減にして下さいませ」
「痛い!痛い!」
また別の提案をするのか何かを言いかけると同時に女性が叱る声がし、ベンの頭が左斜め下に向かって傾き始める。
ベンの後ろにはお堅いメイドの格好をした栗色の女性が立っており、その女性は呆れた表情をしながらベンの耳たぶを片手でギュッと摘み、餅を伸ばすかの様に引っ張っていた。
「痛いよミリー!僕が悪かったから耳から手を離して!」
「畏まりました」
ミリーと呼ばれたメイドはギュッと摘んでいた耳たぶから言われた通り、手を離すと、そのまま前にベンは前に向かって倒れ込み、地面に膝をつくと痛みのため目に涙を溜めながら自身の耳たぶが取れていないかを擦って確認していた。
「この度はベン様がご迷惑をお掛けしました」
ペコリと一礼深く頭を下げながら謝罪をするミリーというメイドはしっかりとしている印象を受けてしまい、果たしてどちらが主人なのだろうか...。
いや...寧ろ出来の悪い息子の母親というものに見えてしまう。
「ベン様?この方達に言うことがあるのではないでしょうか?」
「分かってるさ...知り合いでもないのに迫ってすまなかったね」
ベンは先程からしつこく迫ったことに対して、しっかりと反省しているのか頭を深々と下げて謝罪をしてくる。
まぁコウ達からすればとりあえず分かってもらえればそれでいいのだが、どうしてそこまで魔道具に固執していたのか気になるところではある。
「それにしても何でそんな魔道具に拘るんだ?」
「う~ん...魔道具を収集するのが好きなんだ。特に知らない魔道具とかね」
「なるほどな。まぁ良い趣味なんじゃないか?」
「そう言ってくれると嬉しいよ!あぁそうだ!これも何かの縁だし今から僕の研究室に遊びにこないかい!?」
あわよくば仲良くなればコウ達の魔道具を見たり触ったり出来るのではないかというベンの思考が若干見え透いているが、魔塔自体は普通の人は入れず、関係者若しくは招待された者しか入れないのでこれはこれで良い機会かもしれない。
もしあの高い塔から街を見下ろすことが出来れば、景色の良い光景を見ることが出来、良い思い出にもなるのだから。
「どうするライラ?」
「私はいいですよ~色々と試せましたから~」
まぁある程度、ライラへ渡した指輪の魔道具についてもそれなりに色々と試すことが出来たので十分とのことであった。
そのためコウは研究室に行くことを承諾し、運動と称して大空を飛び回っているフェニが戻ってくるまで一旦、その場で雑談でもしながら暫しの時間を潰すのであった...。
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