293話
「...坊主。それは収納の指輪か?」
「えっ?」
金貨を一枚一枚丁寧に数えていた目の前にいる白髪の老人からまさか声を掛けられるとは思ってもいなかったコウは咄嗟のことのため反応できず、つい聞き返す言葉が口から溢れる。
「それは収納の指輪かって聞いてんだ」
「あぁそうだけど...それがどうした?売る気はないぞ」
すると白髪の老人は間髪入れず、もう一度不満そうに先程コウに向かって問いかけてた言葉を再び投げかけてきた。
しかし何故、今更になってコウの指に嵌めている収納の指輪が気になったのだろうか?
ここは指輪など多くの装飾品を扱っている魔道具店なのだからもしかしたら売って欲しいとでも言うのだろうか?
もしそうだとしたら売る気はないので、先にこの収納の指輪は売らないと断りだけを言っておく。
「欲しい訳じゃねぇ...ここは魔道具に詳しいやつが多い。言い寄られたりするかもしれないからこれで隠してろ」
白髪の老人はカウンターの上に置かれた金貨の枚数を数え終わると、何処からか取り出した黒い手袋を購入した指輪と共に手渡してくる。
「あー...ありがたいけど何故そこまでしてくれるんだ?」
「ふん...うちの商品を買ってくれたからな。ちょっとした気まぐれだ」
白髪の老人はくるりと態勢を変えて猫のように丸まった小さな背中を見せながら、気まぐれだというがきっと彼なりの優しさなのだろう。
まぁ木のボードに詳しく指輪1つ1つの説明を書いたりと、店の中には細かい気遣いがチラホラと見受けられるので、なんとも面倒くさい爺さんである。
購入した指輪と好意として渡された手袋を受け取り、購入した指輪はライラへと手渡していく。
そして貰った手袋を実際に嵌めてみるとコウが普段から嵌めている収納の指輪や魔力を隠すための指輪などがすっぽりと隠れてしまい、これならば他の誰かに見られることはないだろう。
「いや待てよ。もしかしたらこの外套とかも見られてるのか?」
「あ~かもしれないですね~。どれも魔道具ですもんね~」
今思えば、もしかしたらコウが身に纏っている外套やブレスレット状のサンクチュアリも分かる人が見れば良い物だと分かってしまうのではないか?
だったらこの店の外へ出る前に外套などを収納の指輪の中へと仕舞い込んでしまえば、もう周りの魔道具に詳しい人達から視線を向けられることはないかもしれないのではと思いつく。
物は試しだということで、コウは身に纏っている外套などを脱いで、まとめて収納の指輪の中へと仕舞い込むと、普段外套で隠れていた部分が顕になっていく。
傍から見ればコウは美少年に見えるので、これはこれでもしかしたら街の人達から注目を集めてしまうかもしれない。
「じゃあな爺さん。また来る」
身に付けていた魔道具達を収納したコウはお礼を言いながら店の外へと向かうと白髪の老人から返事はなく、背中を見せながら煙管を吹かしてるだけであった。
店の外に出て再び魔道具を取り扱っている店が多く並んでいる通りを歩いていると、先程まで周りから感じていた視線は殆ど無くなっており、平和な観光が訪れることとなる。
まぁ時たま変な視線が飛んでくるも、それは決して最初に感じていた視線とは違う訳なのだが...。
「次はどこに行きますか~?」
「そうだな...腹も減ったしご飯でも食べるか?」
「お〜いいですね〜!どこの店にしますか〜?」
「キュイ!」
知らない街へ観光に来て、外せないものと言えば名物料理である。
現在の時刻は昼頃となり、昼食を取るには丁度良い時間帯と言ったところだろうか。
一緒に行動しているライラとフェニに昼食にするかどうかを聞いてみると、コウと同じように腹が減っているのか乗り気の様子であり、賛成の声が返ってくる。
「ルーカスからおすすめの店を聞いてるからそこへ行くか。まぁ場所は聞きながらになるけど」
実は前日の内にルーカスからメークタリアにあるおすすめの料理店の場所を何軒か候補として聞いており、コウの中でどこの店に行くのか既に決まっていた。
しかしおすすめの店の場所を聞いているとはいえ、慣れない土地なので道行く人達に尋ねながら向かうこととなるが、これもまた醍醐味の1つだろうか。
「あそこにある魔道具屋を右に曲がるんだよ」
「このまま真っ直ぐ行くと良いさね」
「ふむぅ...その店なら...」
街の人達からしてみれば、コウ達はどうやら姉と弟の関係に似たものなどに見えるようで、その料理店までの道について街の人達に尋ねると殆どの街の人が優しく、目的の店がどこにあるのかを教えてくれた。
そして目的の料理店がどこにあるのか道ゆく人達に尋ねながら街中をのんびりと歩き、ルーカスから聞いていた料理店へとなんとか到着することが出来たのであった...。
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