284話
夕日が既に大地へ半分ほど沈みかけており、街には街頭に近しい魔道具へぽつぽつと光が灯り始め、歩く道を照らしている時間帯。
そんな時間帯に大通りでどんと構えている酒場はどこも混み合っているが、現在コウ達が向かっている魔食堂はきっと昼頃と同じ様に閑古鳥が鳴いているに違いない。
いや...寧ろ閑古鳥が鳴いていないと困るのだ。
態々、多くの知り合いを誘っているのに魔食堂へ入れないとなると急遽、新しい店を探し回らないといけなくなってしまう。
だから魔食堂に悪いが、今日だけは閑古鳥が鳴いてもらっていた方がコウ達にとって都合が良い。
「もう来てますかね~?」
「どうだろう。少し早かったかもな」
多くの人達で栄える大通りを通り抜け、人通りの少ない路地裏に入って歩き続けると、1つだけぽつんと置かれた街頭が路地裏を照らす薄暗い中に、大きな看板が掲げられた魔食堂が見えてきた。
あいも変わらず店の周りには誰もおらず、人通りも無いが穴だらけの暖簾の隙間からは店の中の光が漏れているので、もう営業しているということだけは分かる。
「キュイ?」
「あれ~?誰もいないですね~」
「まだ来てないみたいだな。先に中で待ってるか」
まだ誰も来ていないのか?と思いながら店の中に入ると、そこには昼頃に誘ったサーラやジールなどギルド職員や解体倉庫の人達が先に到着していたのか、既に席について談笑していた。
「おう!来たようだなコウ!ここは良い酒を取り扱ってるな!」
「もう飲んでるのか...」
「あたりめぇよ!」
最初に話しかけてきたのはジールであり、既に注文したと思われるつまみと一緒に酒を飲み、1人で自由気ままに楽しんでいるようだ。
とはいえ昼頃から酒を飲んでいたためか、瞼には重りが付いているのか重そうにしており、時折あくびを噛み締めたりしていたりするので、寝てしまうのは時間の問題かもしれない。
「あっ!コウさんお疲れ様です!入る時は躊躇しましたけど中はこんな素敵な店なんですね!」
「あら?コウ君じゃないの。サーラも言ってるけど良いお店ね」
「それはここの店主にでも言ってやってくれ」
そして次に話しかけてきたのはサーラであり、ミラや仲の良い他のギルド職員と一緒に座っているので、きっと色々な人に声を掛けたりしたのだろう。
まぁどれだけ人が増えたところで、ここの食事代を支払ってもらおうと思っている人物は1人で酒を飲みながら楽しんでいるギルドマスターのジールなのでいくら楽しんでもらっても問題はない。
とりあえず昼頃から食事という食事をしていないので、腹を空かせながら誰も座っていない場所に座ると同時に笑顔のリクトンが調理場から出て、コウ達の元へ歩いてくる。
「俺様の店へこんなに多くの客を呼んでくれて感謝するぜ!」
「まぁ約束だからな」
「マッドロブスターの料理が楽しみです~!」
「キュイ!キュイ!」
リクトンが両手を大きく広げながら感謝の言葉を述べながらニコニコと笑顔を浮かべているので、多くの客が訪れたことは相当に嬉しいのだろう。
そんな嬉しそうにしているリクトンと話をしていると、机の上にはいつの間にか水が八割ほど入ったコップが置かれていた。
一体誰が置いたのだろうか?リクトンは調理場から出てくる際にはコップを持ってすらいなかった筈である。
「急に飲み物が出てきて驚いたみたいだな!」
誰がこの水が八割ほど入ったコップを置いたのだろうと不思議そうな顔をしていると、リクトンはそんなコウ達を見て察したのか自慢げな表情で口を開く。
「まぁ確かに飲み物がいつの間にかあったのに驚いたけども...」
「いつ置いたんですか〜?」
「俺様の店には1人だけ従業員がいるんだぜ!だからついでに紹介しとくぜ!リリー!」
パンパンと手で2回叩いて、自身の雇っているであろう従業員を呼び出すとリクトンの背後からウェイトレスの格好をした真っ白な髪を持つ1人の可愛らしい少女が幽霊のように姿を現す。
年齢は大体、ミルミートの看板娘であるリネッタと同じぐらいだろうか。
確か昼頃に来た際、店の中へ入った時はこのような少女はいなかったと思うが、きっと今のように姿を隠していたのだろうか?それとも純粋に買い物でも行っていたのかもしれない。
「よろしくお願いしますです。リクトンはさっさと料理を作れです」
「こいつが俺の店の従業員のリリーだ!口は悪りぃが仕事は出来んだ!」
リリーと呼ばれる少女はぺこりとコウ達に軽くお辞儀すると、自身の雇い主であろうリクトンに向かって無表情で棘のある言い方をしながら仕事をしろと促していた。
そんなリクトンはリリーの言葉に何ひとつ気にせず、笑っていたりするのでお互いの仲は悪く無いのだろう。
「んじゃ俺様はこれから注文された料理を一気に作るから待ってな!」
リクトンはそう言うと調理場へと戻っていき、隣に立っていたリリーも自分の仕事に戻ったのか、いつの間にか姿を消していた。
いつの間にか水を置いたり、消えたりするのはまるで忍者のような少女であり、リクトンは一体何処でそんな少女を従業員として雇ってきたのやら。
そしてリクトンがマッドロブスターの料理が作り終えるまで暫くの間、空腹を紛らわすために周りの人達と談笑しながら待っていると、調理場から香ばしく良い香りがふわりふわりと漂ってくるのであった...。
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