270話
「誰だっ!」
大きな木の根元にあった暗い穴の中を収納の指輪の中に入っていたランタンで照らしながら進んでいくと、警戒心を持った聞き覚えのある声が聞こえてきた。
穴の奥まで到着すると、そこには長剣を震える両手で持ち警戒しているジャンが立っているではないか。
「意外と元気そうじゃないか」
「ってコウか?どうしてここに...?」
「リリアに用があってな。全然戻ってこないから探しに来たんだよ」
「その...リリアは怪我をしちまってる...そこまで難しい依頼じゃなかったのに...」
ジャンは悔しそうな表情をしながら奥に視線を向けるので、コウも同じように奥へ目線を向けた。
するとそこにはランタンの光で照らされたリリアと見知らぬ冒険者が大きな敷物の上で、額に汗を掻きながら苦しそうに横たわっており、側には看護としてなのかサラや他にも数名の見知らぬ顔ぶれが見える。
全身を見ると2人とも足を怪我しているのか太股部分にいくつもの切り傷ができてはいるが塞がりつつあるので出血はしていない。
ただし沼地という悪辣な環境のためか、怪我をしている部分に泥が入り込んでしまったようで化膿してしまっているようだ。
「どうしてこんな事になったんだ?」
「それは...」
ジャンに詳しい話を聞いてみると、どうやら今回の依頼はそこまで難しい依頼ということなので、ここ最近知り合ったばかりの新人冒険者達と一緒に依頼を受けたらしい。
そして沼地に到着し、大量発生していたコーラスフロッグの討伐自体は他の新人冒険者と行っていたため、時間は掛からず順調に進んでいたのだが、突然の地響きと一緒に沼の底から新手の魔物が現れ、討伐対象であったコーラスフロッグを次々と食い散らかしてきたとのこと。
その際にリリアと一緒に依頼を受けた新人冒険者は新手の魔物がコーラスフロッグを食い散らかしていた余波で足を怪我してしまい、人を抱えてローランまで逃げ切れる状況ではなかったため、偶々この大きな木の根元にあった穴へと逃げ隠れたということであった。
「どんな魔物だったんだ?」
「赤くて大きな鋏を持った見たこともない魔物だった...」
「あー...じゃあどれくらいの数がいたんだ?」
「急いでその場から逃げたしわからないんだ...すまねぇ」
うーむ...情報を聞いても話してくれた内容が大雑把すぎるため、正直言ってどんな魔物なのか?どれくらいいたのか?についてさっぱり分からない。
ただこの場所に来るまで赤くて大きな鋏を持つ魔物に1体も出会っていないし、そう言えばジャン達の討伐対象であったコーラスフロッグも見当たらなかった。
もしかしたらコーラスフロッグを全て食べつくしてしまったため、ここから別の狩り場へと移動してしまったのではないだろうか。
「今ならローランに帰ることが出来るんじゃないんですか~?」
確かにライラの言う通り、今がローランに帰るチャンスなのかもしれない。
「俺はもう一度様子を見てくる!怪我人を担いででもローランに帰るからな!」
ジャンは新たに現れた魔物がいないか状況を確認するため、1人でそのまま外に走り去っていってしまった。
「怪我人を担いでいくのは無理だと思うけどなぁ...」
怪我人を担いでこの場所からローランに帰るのは流石に骨が折れ、もしも途中で新手の魔物と出くわしてしまったらたまったものではない。
「しょうが無いな...」
このまま怪我人を放置するのも良くはない...かといってこの場から安全にローランへ帰るには色々と厳しいものがあるので、コウは意識はあるものの横たわって苦しんでいるリリア達に近づいていく。
そして収納の指輪の中から残りの数少ないハイド特製のポーションを取り出して蓋の代わりとなっているコルクを取り外すと化膿してしまっている傷口へとかけ流す。
すると化膿している傷口部分の肉がモコモコ盛り上がって、傷一つ無い綺麗な白い太腿の姿へと元通りに変化し、痛みに苦しんでいたリリアともう1人の新人冒険者は何事もなかったかのように起き上がって怪我をした部分を確認していた。
「これで歩けるはずだ」
「すごい...傷が無くなっていますぅ」
「本当だ...あれだけ怪我をしていたのに綺麗に治ってる...」
さて...これでわざわざ怪我人を担いでローランに戻る必要はない。
とはいえ先程まで怪我をしていたということなので、歩くたびに多少なりとも違和感を感じることとなるだろう。
貴重なポーションを使用したため、感謝のお礼を貰っていると、いきなり地響きが鳴り始め、リリア達の表情に雲が掛かっていく。
「またあの魔物が現れちまった!」
そして地響きが収まると先程、外の様子を見に行っていたジャンが必死な表情で戻ってきて外の状況を報告をしてくるので、コウ達は不安そうなリリア達を置いて再び現れたという新手の魔物を確認しに行くのであった...。
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