196話
コウ達の周りにはいつの間にか囲うように観客が出来ていた。
多くの人が行き交う大通りの中央でこんなことをしていれば注目を集めて人集りができるのは当たり前である。
そんな多くの観客が見ている中、ライラが右肩をぐるぐると回して木樽の前に立つと待っていた男は深くため息をつく。
「情けねぇそんな男なんざ捨てちまえよ」
「む〜その言い方は何か腹が立ちますね〜」
肩肘を木樽の上につくと男の片手を握り、今の言い方が気に食わなかったのか若干ライラは不機嫌になる。
「その手袋は魔道具だろ?俺の嵌めてる手袋も同じだからわかんだよ」
流石はBランク冒険者。ライラの手袋は魔道具ということを既に見抜かれていた。
とはいえ見抜かれたといってもライラの実力が見抜かれた訳ではないのでこちら側としては問題ない。
「俺の手袋も似たようなもので取り付けた魔石によって効果が変わるもんだ」
ライラの手袋を見ても勝負に乗ってきた理由はそれなりに良い魔石を指出し手袋に取り付けているからだろう。
「因みにオーガの魔石だから降参するなら今のうちだぜ?」
「問題ないですから早く終わらせますよ〜」
反対側の手にも指出し手袋を装着しており、手の甲に取り付けている魔石をチラリと見せ、威圧してくるもライラは臆することはない。
「後悔すんなよ?俺が勝てばお前らは数日好き勝手にさせてもらうぜ〜?」
「いいですよ〜そのかわり私が勝てば〜その腰袋をもらいますから〜」
獣人の男は舌なめずりをしながら2人の全身を舐め回すように見てツェリはコウの後ろへと身を隠す。
そしてお互いに賭けるものが決まったのを合図として腕に力を込めるとミシミシと木樽が悲鳴を上げていく。
見た感じお互いの手はどちらかに寄ることはなく、拮抗しているがその拮抗がいつ破られるのか観客側からしたらわからない。
拮抗しているためか周囲を囲んでいる観客達は盛り上がっており、いつの間にか賭け事などをしている者までいた。
「やるじゃねぇか!本気を出させてもらうぜぇ...むぅん!」
拮抗しているように見えたが、獣人の男はまだ本気を出していなかったらしい。
獣人の男が太い腕へ更に力を込めると血管がぼこりと浮き出し、拮抗は傾き始めたようでライラの手の甲は徐々に木樽へと近づいていく。
「にゃにゃにゃ...不味いにゃ!」
「大丈夫だ。見てればわかる」
ライラの手の甲は徐々に木樽へと近づきつつあったが、あと木樽から5cmといったところでピタリと止まった。
「ふんっ...!ふんっ...!」
獣人の男は何度も何度も身体を傾けて体重を乗せながら何とかして木樽へライラの手の甲を押し付けようとするがビクともしない。
(何故だ!何故この女は余裕そうなんだ!)
ライラの表情に変わりはないが獣人の男の額には力を込めているためか太い血管を浮き出させ、更には汗がびっしりと噴き出している。
「あら〜もう少しだったのに残念ですね〜」
そして劣勢であったライラはにっこりと笑うと盛り返すように手の甲は木樽から徐々に離れていき、腕相撲が開始した位置までへと戻っていた。
すると周りにいる観客達の盛り上がりは加速していき、それを見た通行人はなんだなんだと興味を持って近づくため更に人集りは多くなっていく。
「ライラ!人が多くなってきたから早く終わらせてくれ!」
「わっかりました〜!」
流石に人通りのある場所でこれ以上観客を集めてしまうと通行の邪魔になるため早く終わらせるように伝えると軽快な返事が返ってくる。
「じゃあ終わりにしますね〜」
その一言を告げると獣人の男は必死な形相で木樽の端を掴み、踏ん張っているも手の甲は徐々に傾きながら木樽へ近づいていく。
そしてライラが嵌めている手袋は魔力を少しづつ込められているためか装飾として付いている十字架は小さく光輝いていた。
「はい〜おしまいです〜」
とんっ と手の甲は軽く小さな音をさせながら木樽へ触れて呆気なく勝負はつくと同時に観客から歓声がわっ!と湧き上がる。
「コウさん〜!勝ちましたよ〜!」
勝利のVサインを見せながらライラはコウに振り返り、負けた獣人の男は余程ショックだったのか地面に手をついて項垂れて意気消沈しているがフォローを入れる者は誰もいない。
「お疲れ様 流石ライラだな」
「見ててハラハラしたにゃ...」
「丁度欲しかったんですよね〜収納の袋〜♪」
ライラの手にはいつの間にか腰袋を持っており、機嫌が良さそうにこちらへと戻ってくる。
どうやら獣人の男の腰袋は収納の袋だったらしく確かにライラは持っていない物であった。
「じゃあ終わったし案内してくれ」
「あたしに任せるにゃ!」
無事に腕相撲に勝利したので王宮に向かうためツェリに案内を頼み、項垂れている獣人の男横を通ろうとするとゆらりと立ち上がる。
「待てよ...俺ァまだそのガキには負けてねぇぜ」
ライラには負けたのだが、コウにまだ負けてないと未練がましく、目の前へ立ち塞がってきたのだ。
「今度はお前の...あだっ!誰だ石を投げた奴は!」
獣人の男の頭に何処からか投げられた石が当たり投げてきた方向を見ると鬼の形相をした屈強な観客達であった。
「てめぇーが負けたせいで金が無くなったじゃねーか!」
どうやら賭けをしていた観客達らしく、獣人の男が負けたため怒りの矛先が向けられているようだ。
逆にライラへ賭けていた者達はホクホクであり、感謝の印としてコウ達の前へ守るように立ちこの場から抜け出す通り道を作ってくれていた。
「大丈夫なのか...?あいつには手袋の魔道具があるんだろ?」
獣人の男の手袋は魔道具でオーガの魔石が付いている筈なので如何に屈強な男達であっても勝てないだろうと心配になる。
「大丈夫ですよ〜ほら〜」
ライラは収納の袋の中に手を入れて取り出したのは先程、獣人の男が見せびらかしていた魔石であった。
つまり今現在あの獣人の男が嵌めている手袋はなんの効果を持たない手袋となるので乱闘騒ぎになったとしてもそこまで大事になることはない筈だ。
「じゃあ任せていくか」
「そうしましょ〜」
「こっちだにゃ!」
コウ達は巻き添えにならないようにその場から離れると後ろから怒号が飛び交い、乱闘が始まったようだが振り返ることはない。
そして暫く街中を談笑しながら歩いていると途中で何人か急いでいる警備兵とすれ違ったりしたのできっと騒ぎを止めに行ったのだろう。
まぁ1番の騒ぎとなった原因は隣にいるツェリだがコウ達も加担したようなものなので、すれ違う警備兵達に心の中で謝りつつ、王宮へ向かうのであった...。
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