181話
「...ふん」
片手で受け止められた氷槍はそれなりに魔力を込められて硬度が高い筈なのだが、ルッチが手のひらに力を込めるとジュッと音を立てながら溶かしつつ、全体にヒビが入っていくと最後は粉々に散っていく。
真紅の鎧からは湯気のように薄っすらと赤い煙が出ているので相当な熱を持っているのが分かる。
「それが切り札ってやつだな?」
コウの問いかけに何も答えないということは切り札に近いもの若しくはただ単純に手の内を明かさないだけなのか。
目を離さぬように警戒しているとルッチはコウに向かって一歩足を前に運んだ瞬間、目の前まで迫っており、両手に構えた縫い針で貫くモーションに入っていた。
(嘘だろ!?あの一瞬で!?)
警戒はしていた。コウにとってはただの一歩に見えたが、これは縮地の応用に近いものでルッチは一瞬で距離を詰めてくる。
「...死ね」
「くっ!」
人体の急所である頭、首、心臓に目掛けて連続の突きが放たれるがコウも必死にやられまいと一手一手正確に対応するようサンクチュアリをくるくると操りながら弾き返す。
最初は暗殺者としての戦い方のが強いと思っていたが、寧ろこちらの近接戦闘のが得意なのではないか思ってしまうほど攻勢は激しい。
「おらっ!」
なんとか連続で繰り出される縫い針を下から掬い上げるように打ち上げるとルッチは仰け反り、真紅の鎧を纏っている胴体が晒された。
そんな晒された胴体に向かってコウは一撃で仕留めるためにサンクチュアリへ魔力を込めると先端の穴からジェット噴射の様に吹き出させ、速度が加速した全力の突きをがら空きの胴体に向かってお見舞いする。
全力の突きを受けたルッチはくの字に身体を曲げながらそのまま吹き飛ぶと建物へぶつかって壁を破壊し、ガラガラと砂埃を舞わせながら崩れ去る。
「手応えはあったけどどうだ?」
コウにとってはそれなりの一撃だと思って放った攻撃は確かに手応えはあれど砂埃が舞っているためルッチの姿が見えない。
もしかしたら気絶してしまっているのではないかと思っていると舞っている砂埃の中から縫い針がコウに向かって鎖を伸ばしながら飛んできたのでルッチは先程の一撃でまだ気絶してないようである。
「あれで倒れないのか!よっ...と」
縫い針はコウの背後にある壁へ刺さると、鎖はピン張り状態になり、舞っている砂埃の中へ今度は引っ張られるように戻っていくとルッチは砂埃の中から肩を回しながら姿を現した。
コウが繰り出したはずである全力の突きをお見舞いした胴体部分の鎧は少し凹んでいたが、あれぐらいならほぼ無傷といってもいいだろう。
「...まぁまぁだな」
(まぁまぁだって...?どんだけあの鎧は硬いんだ!)
コウからしたら中々に良い一撃だと思っていたものがまぁまぁで終わってしまったので鎧に対して文句の一つでも言いたくなってしまう。
それにしても一歩足を前に運ぶだけで目の前まで迫っていたルッチの速度は異常だ。
真紅の鎧を纏ったために動きが格段に良くなったと思っていたが、横薙ぎの一閃を振るった時から動きは良かったのを思い出す。
つまりあの真紅の鎧は防御に特化しているだけで動きが良いのはまた別に何かがあるのだろう。
「とりあえず相手が素速いならこれだ!氷矢!」
ルッチを全方向から狙い定めるように冷気を放つ氷矢を作り出すと一気に降り注ぐ形となった。
「...血濡れの大盾」
全方向から降り注ぐ氷矢を防ぐようにルッチは全方向に向かって赤い煙を出す半球状の真っ赤な結界を作り出し、降り注ぐ氷矢を防いでいく。
しかしコウはその行動に違和感を覚えた。あの恐ろしく硬い真紅の鎧があれば態々真っ赤な結界を作らずに氷矢を防がずとも弾きながらこちらへ向かってくることが出来たのではないかと。
氷矢を受け止めた真っ赤な結界をよく見ると氷矢の刺さった真っ赤な結界部分は何故か硬度を維持できずにどろりと液状に変わりつつあった。
(もしかして寒さに弱かったりするのか?試して見る価値はありそうだ)
「氷牢結界」
水球を花火の様に夜空に向かって打ち上げるといつも通り、途中で破裂させてコウとルッチを囲うように氷のカーテンは降りていく。
「...なんだこれは?」
「お前を逃さないために作ったんだよ」
はっきり言うとこれはブラフだ。
ルッチを逃さないためではなく、戦っている最中にこの空間の熱を奪っていくことを悟られないように言った真っ赤な大嘘である。
「ほら。来いよ」
「...後悔すると良い」
挑発するように指でくいくいと安っぽい挑発に対してルッチは鼻で笑い飛ばしながらも乗ってくれたので多少なりともこの空間の熱を奪う時間が稼げるだろう。
「...血飛沫」
両手に持っている縫い針を地面に刺し、真紅の鎧を纏った腕を交互にコウへ向かって振るうと飛ばした血の飛沫が空中で形状を変えてヤマアラシが持つ様な細い針が大量に飛んでいく。
あんなものを食らってしまえば針山になってしまうので自身の目の前に防御として分厚い氷の壁を作り出して対応する。
「氷壁!」
氷の壁に阻まれて飛んできた針は次々と刺さっていく中、ルッチはいつの間にか背後へと移動しており、2本の縫い針がコウの背中を狙うように迫っている。
視界の端でルッチの姿を捉えていたコウは片足のつま先で凍っている地面を叩くと背後に向かって凍っている地面から氷の針山が姿を現し、近づかれないようにしていく。
暫くの間、魔法を駆使してなんとか時間を稼いでいるといつからかコウの口から息を吐く度に空間がある程度冷却されたため白い息が出てきていた。
「そろそろか」
外套に魔力を込めているお陰で身体の温度を調節してくれているので周囲の気温が下がっていることに気づきにくい。
ただ目の前にいるルッチには変化があったようで少しづつだが、魔法で攻撃していると動きがいつもより遅くなって反応も鈍くなっていたのが目に見えて分かる。
これを好機だと感じたコウは一気にルッチへ詰め寄るとサンクチュアリを上下左右に振り回しながら近接戦闘を仕掛け始めた。
「...ちっ」
先程から身体に違和感を覚えていたルッチは守りに徹していたコウがいきなり攻勢に出てきたので鬱陶しそうに舌打ちをして攻撃を捌いていくも周囲の気温が更に下がっていく。
お互いに激しい打ち合いをしていると遂に均衡が破れたかのかルッチの右腕にサンクチュアリの横薙ぎが刺さって吹き飛ばされることになる。
何度も跳ねながら吹き飛んだルッチは凍った地面の上を左手でがりがりと削りつつ、勢いを殺して体制を整えてその場に立つが真紅の鎧で纏った右腕はひしゃげていた。
そして左腕以外にも真紅の鎧の表面はどろりと飴細工のように溶け出して凍った地面の上を真っ赤に濡らしていく。
「終わりだな」
「...終わり?」
不気味に笑うとルッチは近くある建物の屋根に上って怪我を負っていない左腕を空高く伸ばして月に向かって手のひらを掲げた。
自身を纏っていた真紅の鎧や周囲の凍った地面の上に撒き散っている血。
そして怪我をしている右腕から空高く伸ばしている左腕の手のひらに向かって集まっていき、空に浮かぶ月の中心に巨大な紅い十字架が現れる。
「これが本当の切り札ってやつか!」
「...お前は強かった。血濡れの十字架」
「それなら...集え水よ。全てを飲み込み喰らい尽くせ――水神・八岐大蛇!」
凍っている地面を水に戻すとコウは8つの頭を持つ水龍を作り出し、空から降ってくる巨大な紅い十字架に向かって水龍は8つの頭を伸ばて全てを飲み込んでいくと水龍は真っ赤に染まっていく。
そして8つの頭を持つ水龍と巨大な紅い十字架はその場で大きく破裂し、ここら一帯に赤い雨が降り注ぐ。
「逃がすか!凍れ!」
自身の切り札に近いものが相殺されたため、ルッチその場から離れようとするが逃がすまいと、降り注いだ赤い雨を凍らせて身体を凍結させると飛び上がって一気に距離を詰め寄る。
「...っ!」
「これで本当の終わりだ!」
ルッチの鳩尾に向かって石突を突き出すとめり込んで口から赤い血を吐き出し、だらりと両腕を伸ばして縫い針を落とすと力を失ったかのように前へ倒れ込む。
足でごろりと仰向けにして確認すると失神しているようで当分は動き出すような感じはしない。
いつの間にか吹いていた強風も収まっており、なんとかして勝利を掴めたので残り少ない魔力を使って氷の鎖でルッチが起きても大丈夫なように拘束しつつ、ある程度体力が回復するまでその場で身体を休めるのであった...。
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