177話
誰も人がいない王都内の大通りの中で月夜によって照らされた銀色の髪が煌めき、大多数の人が美しいというであろう女性が歴戦の相棒であるレイピアを片手に持ち立っていた。
そしてもう1人その場にはおかっぱ頭の誠実そうな青年であるが、残念ながらその男は見た目に反して重い犯罪を犯してしまった元冒険者。
「いや~まさか可愛い女の子とデートなんて最高っす!」
「よく喋りますね」
「僕は女の子は大好きっすからねぇー」
話している限り、先程の3人の中で選ぶとリィンという男はまともそうに見えるが他の人物と同じ様に一癖も二癖もあるので実際はまともな人物ではない。
リィンの簡単に生い立ちを説明するとしたら出自はアルトマード王国の貴族であり、その貴族は調薬に長けていた為に多くの民を救い慕われていた。
彼が17歳の頃だろうか。王国内にあった小さな村で新しい病が発生し、その貴族が治めている場所からは遠くもなかった為、治療へと向かうことになった。
しかしその小さな村で発生した病の明確な治療ができずに寧ろその村に居た多くの人は救えずに死んでしまい廃村となって病が他の場所で流行らないように焼き払われてしまう。
そしてその小さな村が焼き払われると同時に彼以外の家族が謎の不審死を遂げることになった。
王国が死因を調べた結果、小さな村で発生した新しい病と同じ症状であり、リィンは唯一1人だけ別行動して家にいなかった為に新しい病へ罹らずに済んだとされていた。
そんなリィンは家族が全員死んでしまった為に貴族としては衰退していき、屋敷も焼かれ没落貴族となってしまうが迷わずに冒険者として生きていくこととなる。
一見、悲惨な人生だと思われるが実は全ては彼の自作自演であり、村を廃村にして家族を不審死させたのは彼が作り出した毒で実験したことによって起こった出来事であった。
死人に口無し。そんな残虐な行為は誰も知らずリィンは持ち味である調薬そして調毒を駆使して魔物を殺しという名の実験を行っていると、いつしか名声を得た高ランク冒険者へと到達する。
しかし高ランク冒険者になってしまうと基本的に依頼されるのは重要な物の運搬や要人の警護などの依頼が多く、毒を魔物で実験できた頃は欲求が満たされていたのだが、彼は次第に不満が溜まっていく。
すると今度はその地位を利用して新人女性冒険者を騙し、自身の作った毒を試しながら殺して死体を毒で溶かそうと証拠隠滅を図っていたところを見られてしまい冒険者の権利を剥奪され、追われる身となる。
「あなたは確か女性を13人殺してるらしいですね」
「なぁんだ...僕のこと知ってるんすね」
イザベルが知っているとなると目つきがスッと変わって誠実そうな青年からガラリと雰囲気を変えた。
「君は確か白薔薇騎士団の団長さんなんすよね?君を餌にすれば何人楽しめるっすかね~」
リィンの計画としては捕らえたイザベルを誰かに渡した後、イザベルを餌にして白薔薇騎士団の団員を騙し、今までしてきたことと同じ様に自身で作り出した新しい毒を試そうと目論んでいた。
「捕縛の予定ですのであなたをこの手で始末できないのは残念ですね」
「それは僕もっすよ!」
腕についているクロスボウにいつの間にか矢が装填されており、不意打ちの様に放たれた矢は一直線にイザベルへ飛んでいくがヒュンと一瞬だけ風を切る音が鳴るとともに矢は地面へ撃ち落とされる。
リィンは半歩後ろに下がって移動しようとするが逃さないようにイザベルは風の如く、一気に距離を詰めて捕縛するために腕や足をレイピアで狙うが全ての剣撃は隠してあったであろうナイフ1本で受け止められた。
「なっ...!」
「距離を詰めたら勝てると思ったんすか?」
リィンという男は過去の冒険者記録だと後衛タイプで罠を駆使して戦っていた冒険者だとイザベルは記憶していた。
そのため距離を詰めればすぐに決着がつくと思っていたが、近接戦闘が得意な方である自身が繰り出した全ての剣撃を受け止められることに驚きの表情をしてしまう。
ここ数年で戦い方を変えたのかと思って様子を窺うためにその場から距離を取り、リィンを見据えると先程まで黒い瞳だったのが赤く充血した状態で肌は青白く変化し、いつの間にか大通りにはリィンの腰元にあった瓶と似た空瓶がころころと転がっている。
「見つめられると恥ずかしいっす!」
「なるほど...そういえば調薬と調毒が得意でしたね」
「正解っす!これは知り合いのヴァンパイアの毒を調薬した物なんす!服用すると身体能力が大幅に上がるんすよ!」
リィンは自慢するかの様にべらべらと口がよく回ってどういった物なのかを説明してくれた。
どうやら知り合いから貰った毒を使用して自身の身体能力を向上させた為、イザベルの剣撃を防ぐことが出来たようである。
しかしその薬を作り出すのあたって何人の善良な人々が犠牲になったのだろうか。
ちなみにヴァンパイアというのは昔は魔物として扱われていたが、今は獣人やエルフ等と同じ扱いとなっていたりする。
「後はこれを塗ってと...じゃあそろそろ捕縛するっすよ!」
手腰元にある小瓶から取り出した物を小指でスッとナイフの刃部分に塗り終わると先程まで目の前で立っていたリィンの姿を消す。
別にイザベルは目を離した訳では無い。
瞬きをした瞬間にリィンは死角から背後を上手く取ると手に持っている毒が付着したナイフで複数箇所を切りつけようとする。
しかしイザベルは経験と感を頼りに身体をくるりと反転させ、手に持っているレイピアで軽い音を鳴らし打ち合う。
他の人から見たら速さはほぼ五分の戦い...ただし近接戦闘慣れしているイザベルのが若干有利だろうか。
「速さは五分五分っすけど流石に近接で勝つのは難しそうっすね!」
後ろにある建物の上に飛び移るように下がりつつ、手に持っているナイフを投げつけて更に腰巾着から小さく尖った針を10本追加で投げつける。
勿論、どれもこれもリィンのことだから毒が塗られているだろう。
「速さが五分五分?面白いこと言いますね」
飛んでくるナイフや針を躱そうとせずイザベルはその場で立っていると周囲の風が巻き上がって飛来してきた物が風によって目の前で弾かれ地面へと刺さる。
イザベルは足に風を纏わせ地面を蹴ると先程いた場所は陥没し、後方まで下がっている最中のリィンへ瞬きすら間に合わない速度で追いつくと鳩尾に向かって指をさす。
「大風弾」
「はや――!」
空中で身動きが取れない状態であり、イザベルが放つ魔法は避けることは不可能だろう。
放たれた魔法は爆風を周囲に撒き散らしながら、風の塊がリィンを押し潰す様に進んで青果店だったであろうと思われる場所の壁を壊し、屋内へ吹き飛んでいく。
「あっ!ついやりすぎてしまいました...弁償しないといけませんね」
ふわりと地面へ着地すると自身が使用した魔法によってやりすぎてしまった事に少し後悔する。
とはいえ魔法を直撃させたリィンは気絶しているだろうかと思い、先程空けた壁穴から奥が真っ暗な店の中へと入っていく。
開けた壁は空気の通り道となっており、果実店だったためなのか奥から風と共に甘い匂いが吹き抜ける。
「いやぁ...流石に効くっす」
「意識を失ってないんですね」
「身体能力を向上させるって言ったっすよ。それよりも良いんすか?吸っても」
「何を...?」
吸うとは?何の話だかわからず意味を考えるとハッとした表情を浮かべた。
イザベルは急いで息を止めるも痺れて身体の動きが次第に悪くなっていき、前のめりに身体が地面へ落ちていく。
「どうっすか?痺れてきて動けないっすよねぇ...」
不覚だ。この青果の甘い匂いに混じって隠れ潜んでいたのは毒であり、リィンは自身が毒を吸わないように屋内の奥で立って待っていたのだ。
あと一歩のところまで追い詰めたが、元々リィンは罠を駆使して戦うタイプの冒険者だということを思い出し、形勢逆転したイザベルは窮地に立たされることになってしまった...。
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