つかれているわたし
わたしはつかれている。つかれているわたし。
今日も遅くまで仕事をこなし、日付を跨いだ時間に帰宅。身体は鉛のように重いが、最近越してきたマンションの我が家には彼女が居て、素振りも見せず。
「おかえりなさい」
ドアを開けると、今日も彼女は出迎えてくれた。こんな時間に、こんな時間だから。笑顔も魅力の彼女、わたしももちろん返す。
ただいま。
深夜である。音もなく、静かである。彼女はすっと奥へ移動する。わたしも続く。脱いだ上着をハンガーに掛け、リビングのソファに着席すると、彼女の顔は見上げた位置。
微笑みはそのまま、だが、はかなく憂いを感じさせるのも魅力の彼女。日に当たっていない透き通る白磁の肌。紅を引いた唇が朱く映え、深みを湛えた滑らかな黒髪は指ですいてみたくなるが、手に取る訳にはいかない。あやうくもどかしい。彼女が居てくれて、替えがたい、何ものでも。
はぁーっと、噛み締める。長々と。
「なあに?」
別に、なんとなく。いいなと思って。
「そう」
半周して、後ろから首にまとわりついてきた彼女。乗せられた肩はいくらかだる重い。
「肩叩きしてあげようか」
どこから取り出してきたのだろう。彼女はハンマーを持ち上げていた。それだと強すぎない?
「やさしくできるから。痛くない、痛くない」
ニタァと嗤うのもなんとも似合う彼女。受け止める。
トントントン、トントントントン、刻むラップ。
「ね、気持ちいいでしょ?」
うん、いい感じ。
「じゃ、これでおしま~い」
うっ。
イタタ、ラストは強めだった。エヘヘ、満足気。茶目っ気も楽しい。たわいもないことで浮かれる彼女。色んなことを置きざりに、過ぎる時間、忘れそう。そろそろ食事にしようか、と伝える。
「あなたは外で食べてきたんでしょ。痩せてきてるけど大丈夫?」
大丈夫。
心配そうな目でわたしを覗き込んでくる彼女。近い、息を吐けばすぐ当たるくらい、とても近い距離。気遣いは本当の気持ち、囚われではない。だから離れない、離れられない。ことわりは全て無視して、彼女の紅い唇に今日も合わせる。
深く、深く求めたい、求められたい。昨日以上に、それ以上に。吸う、吸い取られて。
はぁーっと、息を継ぐ。漸くと。
仰向けに倒れ込んだわたし。身体は鉛を通り越して重い。見下ろす形になった彼女。
「ごちそうさま。おやすみなさいあなた、また明日」
やがて、視界は閉じ、残像もすぅっと消えていく。
また明日。
落ちるように、わたしは眠りについた。
わたしはつかれている。つかれているわたしの日常。