(29)
好意ということであれば固辞するのも悪いような気がするので代金は後で凪に相談するとして、この場は着用させてもらうことにしよう。
「うん、いいね。似合ってるよ。まあ、この手のシャツはそれほどデザインに違いは無いから似合うとか似合わないという基準も曖昧だけど、少なくともサイズはぴったりだ。僕も調べた甲斐があったというものさ」
「それ、どこで調べたんですか?」
「知りたいかい?」
シニカルな微笑を湛えて鶫が言う。
「まあ、身体測定の情報だとしたら学園の保健室あたりでしょうが……」
「残念ながら外れ。答えはレーザーでスキャンしたのさ」
「は、はい?」
何か今、とんでも無いことを言わなかったか?
「エレベーターに乗った時にこっそりとね」
「エレベーター?」
「この部屋に来る時に乗っただろ」
あのエレベーター? そんな仕掛けがあった?
てか、なぜそんな仕掛けが必要なんだ?
やっぱりセキュリティの一貫なのだろうか?
だとしても話が大げさ過ぎないか?
「どうしてそんな仕掛けがあるんだ、と不思議に思ってる?」
「それは、まあ」
一瞬、心の内を読まれているかのような居心地の悪さを感じた。
「このフロアの主様は大変な立場にある方だからね。セキュリティは幾重にも対策が講じられているんだよ」
「主様って凪さんのことでしょ? なんかその言い方ってお兄さんにしてはおかしくないですか?」
しかし彼はそれには答えなかった。
「さて、僕はそろそろお暇しなくちゃいけないんだけど、君に一つ忠告しておきたいことがあってね。わざわざ君の帰りを待っていたんだよ」
「何でしょうか」
「君が陥った現象とやらが終わった後の話なんだけどね。アレの側からは離れた方がいい」
「どういう意味です?」
「そのままの意味さ。アレの側にいると仇をなす。必要が無くなったら離れることさ」
「…………」
その命は本人からも受けている。
現象が終結したら二度と私に声をかけないこと、とは彼女の言葉だ。兄妹で同じ意味のことを言うのだから、よほどの忠告なのかもしれない。
しかし、その内容があまりに不健全だと僕は思った。
特定の人物に近付かないというのは日常の中ではよくある話だろう。しかし一度近付いておきながら、ある瞬間に敢えて離れろというのはやはり異様性を帯びてると言わざるを得ない。
確かに凪には特殊な能力があるらしい。
離れなければならない原因はそこら辺にあるのだろうか?
「あ、そうそう。最後に面白いことを教えてあげるよ」
さも思いついたような素振りで鶇が言った。
「アレの本当の年齢は十四歳だ」
「……え? だったらまだ中学生じゃ?」
「そう。本来なら中学生なんだよ。君よりも三つ下だ」
「まさか。中学は義務教育だし……、そんな馬鹿な話が……」
「あるのさ。アレに関しては治外法権だからね。それに見た目はあんな風だけどおつむの出来が違う。そこら辺の大人よりはよっぽど優秀だと思うよ」
本当にそんなことがあり得るのだろうか?
日本には義務教育の飛び級は無かったはずだぞ。
「アレはあらゆる意味で規格外なのさ。だから周囲を不幸にする」
「え?」
「事実さ。噂や迷信の類いではなく真実だ。アレの側にいると、案に違わず悪夢のような悲劇に襲われることになる。そうなる前に離れた方が賢明だろ?」
彼はそう言って一瞬だけ眼光鋭く、しかし皮肉めいた笑みは浮かべたままで僕の返事も待たずに部屋を出て行った。
残された僕は呆気にとられた。




