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「あなたは誰?」

 突然の声で僕は覚醒した。

 いや、体は動かないのだけれど意識が覚醒した。

 いや、覚醒した気がしただけで実はまだ眠っているのかもしれない。なぜなら僕の目は閉じられたままなのだ。それなのに、どういう訳かぼんやりと部屋の様子を伺うことが出来る。しかし体を動かすことは出来ない。声を出すことも出来ない。一体、僕はどうなってしまったというのだろう。それなのに不思議と焦燥感は無かった。気分は落ち着いていて妙な安らぎさえある。

「あなたは誰?」

 もう一度、天津眼が言った。

 僕は何とか応えようとするが少しも体が反応しない。

 しかし、その時、誰かの声がした。

「わたし……は誰?」

 僕の声では無いしもちろん天津眼のものでも無い。

 聞いたことも無い女の声だった。

 僕と天津眼の二人だけじゃないのか?

 他に誰の姿も見えない。

 では一体誰の声だ? 

 何気にすごいイリュージョンではないか。

 天津眼は声色も変えずに繰り返す。

「あなたは誰?」

 再び誰かの声が応えた。

「私は誰?」

 二つの声がリピートする。

「あなたは誰?」

「私は誰?」

「あなたは誰?」

「私は誰?」

「あなたは誰?」

「私は誰?」

「あなたは誰?」

「私は誰?」

「あなたは誰?」

「私は誰?」

「あなたは誰?」

「私は誰?」

 同じことを繰り返すうちに何だか異様な雰囲気が場を支配した。

 いわゆる機が熟すって奴だろう。ついに女の声が回答した。

「私は……マナコ」

 その瞬間、僕の前に誰かが立っていた。

 突然現れたというような感じではなかった。

 いつからそこに居たのかは分からない。けれど、一瞬前には居なかったのだ。

 この矛盾した感覚を説明するのは難しい。

 とにかく、そこに誰かが居たのである。

 薄明かりの中で見えた人物は黒髪のロングヘアーにセーラー服姿だった。背を向けた状態なので表情は分からない。それにそのセーラー服はうちの学校のものでは無いようだ。何というか、少しダサいというか古くさいというか。目立つところではスカートの丈が長過ぎる。

 天津眼はこの状況にも関わらず全く動じる気配が無い。

 こういう者が現れることをまるで予期していたようだ。

 彼女は相変わらずの平坦な口調で交渉とやらを開始する。もっとも会話の内容は交渉とはほど遠い雰囲気だった。

 それはまるで幼い子供の相手をするようだった。

「あなたはマナコ?」

「そう……マナコ。どういう字を当てるのかは……もう憶えてない。でも、みんなからマナコと呼ばれていた」

「マナコという名前だった」

「そう。でも心ない人は……ナマコと呼んで私を……馬鹿にした」

「誰かがあなたを馬鹿にした」

「そう」

「悲しかった?」

「うん……悲しかった」

「学校でいじめられた?」

「うん……そう」

「あなたはいつ死んだ?」

「……思い出せない」

「どうして死んだ?」

「……分からない」

「いつから”そこ”にいた?」

「……ずっと前から」

「ずっと前から”そこ”に居た……」

「十年か……二十年かずいぶんと長いこと……動けずに……いた。そこから一歩も……動けずに直立不動のまま……灰色の壁ばかり……眺めてた」

 謎の少女がたどたどしく答える。喉も枯れており、まさに振り絞るように声が鳴る。しかしそんなことはお構いなしとばかりに天津眼は会話を続けた。

「動けなかった」

「うん……指の一本も。動かない……動かせない……ずっとそのままで……長いこと。壁に……向かって立ちっぱなし」

 その時だった。

 不意に女が振り返った。

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