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二十分ほど走った後、車は人工島エリアに入った。
人工島はこの地域の港湾機能の強化と宅地開発の為に湾の一部を埋め立てて作られたものだ。もっとも景気の後退により開発は大幅に縮小され、土地の大半は空き地のままで当初の計画は見る影も無い。
どうやら車は人工島にある超高層マンションを目指しているらしい。
なぜそう思ったかって?
近辺にはそれしかないからだ。それはあまりに巨大な建物なので湾を挟んだ対岸からもその姿がはっきりと見てとれる。
その高層建築物は人工島のランドマークとして建造されたものの、周囲の公共施設や交通網の整備が頓挫した為に一般的な人気は低かった。しかしながらマンションそのもののグレードは最高級だったし、加えて都市部に隣接する立地条件から特定の富裕層からの需要はあるらしい。つまりベタな生活環境としては不便だが、市井の生活とは無縁な人にとっては渋滞を気にすることなく都市部にアクセスできるので、かえって便利ということになるそうだ。ちなみにその最上階には国民的人気若手女性歌手の別邸があるという噂もあった。そしてその噂はあながち嘘でも無いように思われた。なぜならマンションの屋上にはヘリポートがあり、ヘリコプターを利用すれば空港からのアクセスは十分もかからない。超人気アーティストともなれば、それくらいのことはやっていそうだし、実際に時々ヘリコプターがマンションの屋上に離発着しているのを学校からも遠目に確認することが出来た。
他にもこの湾に面した海浜公園では夏に数十万人を集客する大規模な花火大会が行われていて、マンションの高層階ではそれを特等席で見ることが可能なのだ。仕掛け花火の全容を上から眺めるなんて、いかにもセレブが好みそうなシチュエーションではないか。
以上、ワイドショーからの受け売りではあるが、そういう下世話な噂も含めてこの超高層マンションは地元ではそれなりに認知されている。
しかしだ。
天津眼はどうしてこんな場所に来たというのだろう?
僕はてっきり病院とか研究所とかその手の施設に行くものと思っていたのだが。
指を差して尋ねてみた。
「あれは?」
返事は簡潔だった。
「家」
まさか同級生がそこに住んでいるとは思わなかった。
そういう所は「生活臭のしない世捨て人」的なセレブが住むのだろうと勝手に想像していたし。
まあ天津眼が「そう」だと言われればそういう気もしないではない。
(しかし本当に周りに何にも無いんだな)
コンビニもスーパーも銀行も……マンション以外の建築物が見当たらない。
恐ろしく綺麗に整備された道路と低い雑草が生えた空き地が広がるばかりである。遊び盛りの女子高生の住環境としてはいささか寂しい気がする。もっとも、天津眼に(遊び盛り)という形容はまるで似合わないけれど。
そうこうするうちにマンションに到着した。
セキュリティゲートをくぐり抜けると、ガレージ型の駐車場と普通の駐車場の二種類が見えた。しかし僕らの乗った車はそのどちらでも無く、まるで正面からは隠されているような場所にあるスロープを使って地下へと降りた。そこには車が五台ほど駐車できるだけの小さなスペースがあって、一番端に僕等の乗った車は停められた。
運転手は相変わらず何も喋らない。どうやら彼は車からは降りないようだ。
駐車スペースの一角に一基のエレベーターがあった。建物の規模に比べると随分と狭いエレベーターに思える。
天津眼に促されて一緒にそれに乗り込んだ。
何だか不思議なエレベーターだった。まず、降りる階を指示するためのボタンが無い。替わりにタッチパネルが備わっており、それがボタンの替わりをするらしい。他にも、何階なのかを示す表示が無い。つまりこのエレベーターが今、何階付近にいるのか見当を付けることが出来ないのだ。ボックスの大きさは五人も乗れば満員という感じだった。
この大きさなら地下とエントランスまでを結ぶためのものだろう、と思った。しかし、いくら待ってもドアは開く気配を見せない。かれこれ動いたまま三分近くは乗ってるんじゃないだろうか。そんなに昇り続けるエレベーターというものに僕は乗ったことがなかった。
このままだと屋上を突き破って空に飛び出すのではないか、などと冗談半分に考え始めた頃、やっとのことでエレベーターが停まってドアが開いた。
そこはだだっ広い部屋だった。
玄関もエントランスも無い。強いて言えば、全体が玄関とリビングの役割を果たす構造になっているような部屋だった。中にはモダンなテーブルセットや馬鹿でかいソファ、よく分からないアンティークな調度品などが点在するように置いてある。床は光沢のある大理石だった。夏は涼しげだが冬はさぞかし寒かろう、と思った。




