(11)
「目を閉じればいいのか?」
そう言うと彼女は小さく頷いた。
溜息を一つついて(この行動に深い意味は無い。簡単に言いなりになるヤツだと思われるのが癪だっただけだ)それから僕は目を閉じた。
それは不意の出来事だった。
僕は彼女に腰を掴まれた。正確には僕のベルトの両サイドを彼女が掴んだ。
そして次の瞬間、僕の右の胸の……つまり心臓が無い側の……乳首のすぐ下あたりに柔らかいものが押し付けられる感覚があった。
え!?
こんな感触を受けて目を閉じたままでいられるほど僕の「好奇心」……ではなく「危機管理能力」は摩耗してはいない。いくら目を閉じるのが約束事だったとはいえ不測の事態が発生したとなれば柔軟に対応するのが当然だ。
僕は目を開いた。
すると発生していたのは不測の事態どころかハルマゲドン級のエマージェンシーだった。
あろうことか天津眼が僕の腰に手をかけ、体をホールドしながら僕の胸に口を当てていたのだ!
もう少し正確に表現するなら、僕の胸にキスをしていたのだ!!
もっと詳細にエクスプレッションするなら、僕の胸にディープキスをしていたのだ!!!
いやいやいやいや、有り得ないだろ!!!!
こんなのは有り得る筈がない。
僕の網膜には全く別の光景が映っていて脳内で異常変換されてるのだと言われた方がまだ信じられる。
なんだ?
この桃色展開?
そんなフラグがいつ立った?
伏線もへったくれも無しかよ。
彼女は相当にきつく吸いついているようで皮膚が痛い。
(こんなことされたら痕が付くんじゃないか?)
二人の身長がほぼ同じなので、彼女は低いポジションを得るために頭を横に倒して僕の胸に唇を押し当てていた。そのせいで表情の一端が垣間見える。目を閉じて静かに口を付けている様は相変わらずの無表情ぶりである。うなじが丸見えで、きれいな首筋だなぁとか思ったりした。背中がゆっくりと動いていて呼吸をしている様子も手に取るように分かった。背中が沈む時に息を出す。その度に吐息が当たってくすぐったい。
言葉にすると何やら不埒なワンシーンのようだな。
しかし内心は恐怖で一杯だった。
確かにここまでの天津眼の一連の行動は想定外の連続だったし、僕が後手に回って翻弄されていたことは認めよう。
けれど想定外というのは、あくまで想定される外側の事象を指す。言ってみれば想定という判定の基準がはっきりしている物の対比でしかない。
ところが今のこの状況はどうだ?
想定どころかこんなの規格外じゃないか!
型破り、いや掟破りだ!
なるほど彼女が目を閉じろと言ったのは正解だった。
もし彼女が胸に口を当てる様子を視覚で感知していたなら僕は抵抗した筈だ。逆にこの状況になってしまってから目の当たりにしてしまうと体が硬直して身動き一つ出来ない。
つまり動きを封じられてしまったのである。




