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その女子生徒はいつも後ろの隅にある自分の席に静かに座っていた。高校生であるにも関わらず小学生にも見えてしまいそうな華奢な肉付き。童顔で黒髪のボブショート。制服姿でなければ少年と間違われることだってあるかもしれない。
不思議なことに彼女は学園が指定する制服ではなく、まるで喪服のように真っ黒な独自の制服を着用していた。指定のセーラー服には襟と胸あてと袖とに白線が入っているのだが彼女のものにはそれが無く、代わりに暗い灰色の装飾レースが施されている。タイリボンの色も白ではなく暗い赤鉄色だ。
それは明らかな校則違反なのに教師達は彼女に対して何の注意も与えようとはしない。
不可解なことは他にもある。
たとえば彼女は授業で指名されるということがない。律儀に出席番号順に回答を求めていく実直な老教師でさえ、彼女の順番を飛ばしてしまうのだ。まるで彼女は存在しないと言わんばかりに。彼女が授業に遅れようが無断で退出しようが誰も咎めない。
察するに彼女は全ての教師から特別扱いをされているようなのだ。
もちろん理由は分からない。
その上、彼女は誰とも話すことがなかった。
もし誰かが語りかけようとすれば右手を自分の顔の前にかざして「聞きたくない」とでも言いたげなポーズで相手を制す。それは随分と失礼な態度なのだが、そういう時の彼女は独自の威圧感があって誰も逆らうことができないのだった。
彼女の名前は天津眼凪という。
ずいぶん珍しい名字だと思うが、それも彼女をミステリアスに感じさせる一つの要因になっているような気がする。
ともあれ彼女は生徒の間ではミステリーと目されており、誰も接点を持とうとはしない。
触らぬ神に祟り無し、と言うではないか。
だから天津眼はクラスから孤立している状態だった。
かく言う僕も彼女とはいささか状況が異なるものの、クラスから孤立していた。二人は同じ孤立者だった。ただし、そこに何らかの接点は無い。ただ、コミュニティから隔離してしまった者という共通項があるだけだ。
彼女は何者とも交わらない。
そして僕は誰からも相手にされない。
交わらない者と相手にされない者。
まるで対岸に居て接点の持ちようのない二人の筈だった。
しかし或る事をきっかけに僕らは……というよりも僕は、思いもよらない奇怪な世界に足を踏み入れてしまうことになってしまったのだ。