916話 渡しません!
コンコンコン。
子供達がラットルアさんの言葉で笑顔になった時、扉を叩く音が聞こえた。
「失礼します。自警団の者ですが」
グルーフさんの表情が少し険しくなる。
「どうぞ」
「怪我の状態はどうですか? おや? この子供達は、もしかしてグルーフさんの?」
「えぇ、そうです」
何だろう、笑顔なんだけど……嫌な感じがする。
ブルブルブル。
ブルブルブル。
えっ?
そっとソラ達が入っているバッグを見る。
こんなに激しく揺れたのは初めてだ。
お父さんの傍に寄って、服を引っ張る。
私を見たお父さんは、微かに頷くと鋭い目で自警団員さんを見た。
「会えたのですが、良かった。そうだ、子供達ですが面倒を見てくれる方がいましたので、ご安心下さい」
ブルブルブル。
ソラ達が入っているバッグをそっと撫でると、振動が止まる。
コンコンコン。
「ヌーガだ」
「どうぞ」
ラットルアさんが応えると、ヌーガさんが部屋に入って来る。
そして自警団員さんを見て首を傾げた。
「ヌーガ、彼が子供達のお父さんでグルーフさん。そっちの彼は、自警団員だ。グルーフさんの様子を見た来たらしい」
ラットルアさんはグルーフさんを紹介したあと、自警団員さんに視線を向ける。
「そうか。2人はジナルがちょうど来たから、預けてきた」
「分かった」
「それで?」
ヌーガさんが自警団員さんを見る。
その視線に、微かに体を震わせて自警団員さん。
「今、子供達の事で話をしていたんです」
グルーフさんはヌーガさんに軽く頭を下げると、自警団員さんに視線を向けた。
「すみませんが、子供達の面倒を見てくれる方が見つかったんです」
「えっ?」
あっ、頬が少し引きつった。
よく見ていないと分からないけど、お父さん達も気付いただろうな。
「子供達を助けてくれた冒険者の方達にお願いする事にしました」
チラッと自警団員さんがお父さんやラットルアさん達を見る。
「彼等とは知り合いですか?」
「いえ、知り合いではないです」
「それでしたら、我々の方がいいと思います。プロの方に子供達の面倒を見てもらうので、子供達もきっと安心すると思いますよ」
「子供達は、助けてくれた彼等を信用しているみたいなんです。自分がこんな状態なので、子供達が少しでも安心する方に預けたいです。それに、彼等は快く受け入れてくれたので」
「そうですか」
あっ、不服そう。
ラットルアさんは笑いそう。
「安心してくれ。俺達がしっかりと面倒を見るから」
「あぁ、何処かに消える事がない様にな」
ラットルアさんの言葉にヌーガさんが続く。
「えっ? あぁ、最近この町で問題になっているという噂の事ですか? でもあれは根も葉もないただの噂ですから」
完全に動揺している。
その態度は、何かあると言っているようなものなのに。
「噂か? 本当に? カシメ町に着いて、ここに来るまでに3人の行方が分からなくなっているという話を聞いた。自警団員なのに把握していないのか? 自警団員の癖に?」
ヌーガさんの嫌みに、自警団員さんの表情が引きつった。
それにしても3人?
門番さんとグルーフさんの知り合い。
あと1人は何処で聞いたんだろう?
うわっ、自警団員さんの視線が凄い事になってる。
誤魔化す気はないのかな?
「なんだ?」
「あははっ。いえ。なんでもありません。では子供達は彼等が面倒を見るという事でいいですか?」
「えぇ」
グルーフさんがチラッとヌーガさんを心配そうに見る。
「分かりました。では」
バン。
扉が勢いよく閉まる。
その音に子供達がビクッと体を震わせた。
「大丈夫でしょうか? 今の対応で彼は、あなたに怨みを持ったみたいですが」
グルーフさんがヌーガさんを見る。
「問題ない。さっきのやり取りで、子供達より俺達の方に意識が向いたはずだ」
あっ、分かりやすく嫌みを言ったのは、そのためだったのか。
「そう上手くいくかな?」
お父さんが私の頭をポンと撫でる。
「大丈夫。奴は思いあがった性格の様だから」
思いあがった?
自分の能力を過信しているという事?
「奴の視線は笑えたな」
確かに何か起こしそうな視線だったよね。
「わざとだったんですね。驚きました」
グルーフさんがお父さん達を見て小さく笑う。
「お父さん」
「どうした?」
グルーフさんが、一番上の男の子を見る。
「怪我はどれくらいの治るの?」
「あと少しで動ける様になると言われている」
「そっか。あと少し」
「あと少しは、何日?」
女の子の言葉にグルーフさんが困った表情をする。
「えっと、10日?」
あっ、女の子が寂しそうな表情になった。
「いや、8日……も掛からないかな。うん5日ぐらいだ」
「本当?」
「あぁ……たぶん?」
グルーフさんの困った表情に気付かず子供達が嬉しそうに笑う。
いや、一番年上の男の子は嬉しそうだけど心配そうな表情をしている。
「えっと、頑張るよ」
グルーフさんの言葉に、お父さんとラットルアさん達が苦笑する。
お父さんがチラッと私を見る。
それに首を傾げると、お父さんが肩から提げているマジックバッグを指す。
あっ、もしかして怪我だからソラのポーション?
頷くと、お父さんが嬉しそうに頷いた。
「さて、そろそろジナル達と合流したいし、宿も決めないとな。それに、お父さんも休ませてあげないと駄目だから、行こうか」
ラットルアさんが子供達を見ると、チラッとグルーフさんを見たあと頷いた。
「お父さん、明日も来ていい?」
「それは……」
女の子の言葉に、困った表情になるグルーフさん。
「大丈夫だ。明日もお父さんに会いに来るぞ」
「「「やったぁ」」」
子供達の笑顔に、ラットルアさんが笑う。
「ありがとうございます。子供達を宜しくお願いいたします」
グルーフさんがラットルアさん達に深く頭を下げる。
「任せて下さい。では明日」
子供達の手を引きラットルアさんとヌーガさんが部屋から出る。
皆に続いて部屋を出て振り返ると、お父さんがグルーフさんに小さな瓶を渡すのが見えた。
不思議そうにその瓶を見た彼は、驚いたあと不安そうな表情になる。
そんな彼にお父さんが何か言うと、グルーフさんは真剣な表情で頷いた。
「では、宜しく」
「はい。動ける様になったら協力します」
お父さんが部屋から出て来る。
「何を渡したんだ?」
ラットルアさんからは、渡した物は見えなかったんだ。
凄く小さな小瓶だもんね。
「治療効果が強いポーションを持っていたから渡した。動ける様になったら、色々協力してもらう事にした」
お父さんの言葉に、ラットルアさんとヌーガさんが私を見る。
それに頷くと、2人が笑った。
「5日も掛からず動けるな」
「あぁ。だが急に動ける様になると目立たないか?」
ラットルアさんの言葉に笑顔になるが、ヌーガさんの言葉にちょっと不安になってしまう。
確かに、急に動ける様になったらおかしいよね。
「大丈夫。その点についても言っておいたから。3日後から徐々に動ける様になるはずだ」
さすがお父さん、抜かりがないね。
病院を出るとジナルさんがいた。
「ジナル」
彼は私達と一緒にいる子供達を見て首を傾げた。
「面倒を見る事になった」
「そうか。彼等のお父さんの容体は?」
「あぁ、大丈夫だろう」
ジナルさんの質問に、ラットルアさんがチラッと私を見る。
それに気付いたジナルさんが、納得した様子で頷いた。
「そっちは?」
「色々と話がある。宿は『あすろ』に取る予定だ。シファルとセイゼルクが、開いている部屋があるか聞きに行った。こっちだ」
宿は「あすろ」か。
ジナルさんの属している組織が管理している宿だから、子供達も安心だね。




