910話 あと少しなのに
「「「「「はぁ」」」」」
「あはははっ」
皆が嫌そうな表情で溜め息を吐くから、つい笑ってしまう。
「アイビー」
ジナルさんの言葉に、またちょっと笑ってしまう。
「ごめん。だって皆が同じ表情をするから」
私の言葉に、皆が顔を見合わせる。
そしておかしそうに笑った。
「あと少しでカシメ町なんだけどな」
「そうだな」
シファルさんの言葉にヌーガさんが頷く。
「でもこの気配は……あぁ、絶対に問題が起こっているよな」
ラットルアさんの言う通り、私達が進む方向から不穏な気配を感じる。
しかも複数。
「ソラ達はバッグに戻ろうか」
私の言葉に、ソラ達が傍によって来る。
「ごめんね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
ソラ達も不穏な気配を感じているのか、小さく鳴くとすぐにバッグに入ってくれた。
「近くまで行って、様子を見るか」
ジナルさんの言葉にセイゼルクさん達が頷くと、微かに感じていた皆の気配が分からなくなった。
「さすがだ」
私も負けてられないよね。
ゆっくり深呼吸をして、森の中に溶け込むように気配を周りに紛れ込ませる。
うん、上手くいった。
「二手に分かれよう。俺とドルイドとアイビーは右から、セイゼルク達は左から。合図が確実に見える距離を保ちながら移動する事」
「「「「「分かった」」」」」
ジナルさんの言葉に全員が頷くと、すぐに移動を始める。
感じる気配は、15人。
いや、気配の薄い者がいるみたいだから約18人?
多くの気配が何処か殺伐としていた。
気になるのは、18人の中に怯えた気配が混ざっている事。
気配が混ざり合っていて分かりにくいけど、おそらく3人。
ややこしい問題でなければいいけど。
ジナルさんの手が上がると、止まって周りの気配を探る。
隠れている者がいないか見つけるためだ。
「いないな。ゆっくり行こう」
不穏な気配に近付くと、笑い声が聞こえて来た。
そして何かを殴るような音。
「馬鹿めが、逃げられると思ったのか?」
「ぎゃははははっ、わざと逃がしたんだよ」
もの凄く、嫌な感じがする。
「ははははっ。一度は夢が見れただろう? 逃げ切ったって。兄弟を守れたってな」
「それがどうだ? また捕まった感想は?」
「馬鹿が。俺達はその顔が見たかったんだよ。本当に楽しい表情をしてくるよなぁ」
バキ。
バキッ。
バキバキバキ。
近くで聞こえる枝が折れる音に視線を向けると、ジナルさんとお父さんがちょっと太い枝を折っていた。
「さて、これからお前達がどうなるか教えてやろうか?」
「妹と弟だけは!」
「ぎゃははっ。本当に馬鹿だな。金になるのに誰が逃がすかよ。これからお前達は、金持ちのおもちゃだ。ぎゃはははっ」
バキバキバキ。
少し離れた所から、枝の折れる音が聞こえた。
私達の視線の先。
そこには3人の子供を取り囲む、大人達の姿があった。
男性が11人、女性が4人。
身なりは冒険者のようだが、気配は殺伐とした嫌な感じだ。
少しだけ後退し、セイゼルクさん達と合流する。
「複数の気配が近付いているな」
お父さんが、カシメ町がある方向に視線を向ける。
犯罪者達と被害者を確認したあたりから感じた、気配。
最初は無関係かと思ったけど、どうやら関係者のようで近付いて来ている。
「どう動く?」
ラットルアさんが、ジナルさんとセイゼルクさんを見る。
「こちらに来ている者を確認してから、動こう。子供たちの救出が最優先。助けたら……それぞれ自由に動いたらいいんじゃないか?」
ジナルさんの目がスッと細まる。
うわ、怖い。
「彼等は、助かったと思わせてから地獄を見せるのが好きみたいだったな。あぁ、シエル」
シファルさんはシエルを見ると、頭をゆっくりと撫でた。
「ちょっと協力してくれる?」
「にゃっ」
小さな声で鳴くシエル。
「子供たちを救出したら、汚く笑う奴がいただろう? あれを襲ってくれるかな? そいつの周りにいた3人も」
「にゃっ」
あぁ、わざと逃がした笑い方が汚い人と彼等の中心にいた偉そうな人。
それに、「夢が見れただろう?」と言った人に感想を聞いた人か。
「彼等が恐怖に震えたら、逃がしてくれ」
「にゃっ?」
不思議そうにシエルがシファルさんを見る。
それに楽しそうに笑って、
「彼等がホッとした様子を見せたら、少し本気で襲っていいよ。死ななければ、何をしてもいいから」
何をしても?
まぁ、自業自得だから……いいか。
「にゃっ」
シエルはシファルさんの作戦を理解したのか、尻尾が楽しそうに揺れる。
お父さん達も止めない。
まぁ、かなり怒っていたからね。
止めるわけが無い。
「アイビーは、救出した子供たちの傍にいてあげて欲しい。大人が傍にいるより安心するだろうから」
「分かった」
大丈夫かな?
かなり怯えていたけど。
ジナルさんが私の頭をポンと撫でる。
「傍にいるだけで良いよ」
「うん」
「俺も子供たちの傍にいるよ。混乱して、逃げようとするかもしれないし」
ラットルアさんは、子供たちの扱いがうまい。
私よりの彼が傍にいた方がいいかもしれないな。
「分かった」
「アイビー、スノーを頼む」
セイゼルクさんから、スノーが入ったバッグを受け取る。
そっと中を覗くと、様子がおかしい事に気付いているのか少しそわそわしていた。
「大丈夫だよ。すぐにいつも通りになるからね」
ジナルさん達は各自の動きを決めると、子供たちを救出するために移動した。
全員が、犯罪者達を囲うように身を潜めると近くで馬車の止まる音がした。
私とラットルアさんは少し離れた場所から、全体の様子を見る。
「おい、来たぞ」
男性の視線の先を見ると、身なりのいい服を着た女性が彼等に近付くのが見えた。
「あの女性が、買い手だな」
女性は、子供たちを見るとニヤッと笑う。
その表情に子供たちが怯えた。
「何所から?」
「王都から来た冒険者夫婦の子供です。親は始末しているので問題ないです」
「そう。気に入ったわ。買いましょう」
「ありがとうございます」
「にゃあ~」
シエルの声が森に響く。
「なんだ? 魔物か?」
馬車がある方から悲鳴が聞こえると、大きく木々が揺れる。
そしてゆっくりとシエルが姿を見せた。
「あ、アダンダラだと! くっそ」
武器を持ってシエルの方に向かう犯罪者達。
勢いは良いが、その表情は恐怖に歪んでいる。
「いや、うそ。どうして?」
シエルを見た瞬間、尻もちをついた女性はそのまま頭を抱えて震えだした。
混乱を極めた場所に、シファルさんとヌーガさんがそっと近付く。
そして3人の子供たちを抱えると、さっとその場を離れた。
「あっ、くそっ、子供が!」
誰かの声が聞こえた瞬間、ジナルさん達が一気に攻撃を仕掛けた。
「頼むね」
シファルさんとヌーガさんから3人の子供たちを預かる。
子供たちは、何が起こったのか分からないのかぶるぶると震えながら私とラットルアさんを見る。
「もう、大丈夫だよ。助かったんだよ」
私の言葉に、一番年上の男の子が目を見開く。
「う、そ。うそだ。だって……また、また」
「聞こえるか?」
ラットルアさんが、ジナルさん達が戦っている方を指す。
子供たちは、武器がぶつかっている音に気付いたのかビクリと体を震わせた。
「俺の仲間はもの凄く強い。本当に最強だ。だから、君達を傷付けた者達は絶対に倒す。というか、既に倒したみたいだな」
時間にして2分か3分。
既に武器がぶつかる音はしない。
「終わったぞ」
ジナルさんの声に、ラットルアさんが子供たちの肩を優しくポンポンと撫でる。
「助かったんだよ。よく耐えたな。頑張ったな、偉いぞ」
ラットルさんの言葉に、子供たちはホッとした表情を見せる。
そしてぽろぽろと泣き始めた。
やっぱり私より、ラットルアさんだね。
「大丈夫そうか?」
お父さんが子供たちの様子を見来たので頷く。
「シエルは?」
「楽しそうに追い掛け回しに行ったぞ。シファルとヌーガも」
あぁ、それはまた。
あっ、悲鳴が聞こえた。
「あれは?」
一番幼い女の子が私を見る。
「えっと、悪い事をした人に罰が下ったんだと思うよ」




