908話 弓の練習
弓を構え、的に視線を向ける。
矢の方向を確かめて、弦を引いて弓をしならせる。
「ゆっくり深呼吸して……」
シファルさんの言葉に従って、ゆっくりと息を吸い、吐く。
体から無駄な力が抜けたのを感じた。
「よしっ」
シファルさんの合図で弦から指を放す。
「……凄いな。方向も力の入れ方も問題ないのに、ここまで外れるのか」
放たれた矢は、的から右に大きく外れ地面に刺さる。
「お父さん達の方に飛ばなくて良かった」
「いや、アイビー。ドルイド達は、真横にいるからな」
そうだけど。
シファルさんが言った様に、方向も力加減も間違いないのに的から右に大きく外れた。
という事は、ありえない事が起きるかもしれない。
「前に飛ばして横に飛んだら、ある意味凄いな」
ジナルさんの言葉に、セイゼルクさん達が笑う。
うん、それは確かに凄い。
「それにしても、弦を放す直前まで問題ない様に見えた。それなのに、どうして右に逸れたんだ?」
シファルさんが、私と地面に刺さった矢を見て眉間に皺を寄せる。
やはり、弓を習得するのは難しいかな?
「アイビー、俺が腕を支えるからもう一度矢を放ってくれないか?」
「うん、分かった」
矢を構え、弦を引いて弓をしならせる。
シファルさんの手が、腕を支えるために添えられる。
「少しやりにくいかもしれないが、このまま矢を放ってくれ」
シファルさんの言葉に頷くと、的に向かって矢を放つ。
あれ?
矢を放った瞬間に、シファルさんの手に腕が強く当たったみたい。
「なるほどね」
何かに納得した様子のシファルを見る。
彼は自分の手を見て、険しい表情をしていた。
「シファル。どうした?」
シファルさんがジナルさんを見る。
「矢を放つ瞬間、腕が動いた。しかも支えていた俺の手を思いっきり押した」
えっ、本当に?
的を狙ってからは、動かさない様にしていたのに。
「アイビーは腕が動いた事に気付いたか?」
シファルさんの言葉に首を横に振る。
「そうか。もう一度、腕の動きを意識して矢を放ってくれ」
「うん」
的に向かって弦を引く、そして矢を放つ。
矢は、的から左に外れ傍にあった木に刺さった。
自分の両手を見る。
動かさない様に凄く注意したのに、矢は外れた。
つまり、腕が動いたって事だよね。
これが「制限」の力?
ちょっと怖いかも
「大丈夫だ。しっかり構えも出来ていたし、力の入れ方も良かった。弓の習得は出来ると思うぞ。まぁ、腕が勝手に動く状態を制御する必要があるから、少し大変だろうけどな」
シファルさんの言葉に、ちょっと笑ってしまう。
たぶん「少し大変」ではなく「結構大変」が、正解だろうな。
でも、私が不安な表情をしたから問題ない様に言ってくれたんだろう。
「アイビー、どうする?」
お父さんの質問に首を傾げる。
「弓を練習するか? それとも雷球にするか?」
あぁ、そうか。
どちらかに決めて集中的に練習した方がいいんだよね。
実際に弓を使ってみて気付いたけど、雷球の方が早く習得出来そう。
実戦で既に使った経験もあるし。
でも、弓の方がお父さんの助けになる。
「弓を使える様になりたい。シファルさん、これからも練習を見てもらえますか?」
シファルさんを見ると、笑顔で私の頭を撫でる。
「もちろん。アイビーが弓を使える様になるまでしっかり教えるよ」
良かった。
「ありがとう。えっと、これから宜しくお願いします」
シファルさんに向かって頭を下げる。
「任せろ。今日は、もう少し練習してから終わろうか」
「うん」
シファルさんに、勝手に動く腕を支えてもらいながら矢を放つ。
そのお陰なのか、少しだけ的の傍に矢を射る事が出来た。
まぁ、的には当たっていないけど。
「意識しているからかな?」
シファルさんに視線を向けると、ポンポンと肩を軽く叩かれた。
「最初の時より、支えている手を押す力が弱まっているみたいだ」
「本当に?」
「あぁ、間違いない」
腕が動いている感覚をまだ掴めないけど、意識して練習すればいいのか。
なんとなく、どう頑張れたいいのか分かった様な気がする。
練習を再開し、10本目の矢を放つ。
矢は、今までで一番的に近い場所に刺さった。
「終わろうか」
シファルさんの言葉に頷くと、地面や木に刺さっている矢を回収する。
「後で、矢の手入れ方法を教えるよ」
矢は消耗品ではなく繰り返し使う物だから、お手入れが大切なんだよね。
「うん。お願いします」
道具を片付けると、お父さんの傍に行く。
「お疲れ様。腕は疲れていないか?」
「大丈夫だよ」
お父さんが私の腕に触る。
「熱はないから冷やす必要はないか」
「そこまで疲れさせていないよ」
シファルさんの言葉にお父さんが頷く。
「今日の練習で、教え方の方向が分かったのは良かったよ」
シファルさんの言葉に、お父さんが嬉しそうに笑う。
「初日からいい結果だな」
「あぁ。まぁ、今からそうとう頑張る事になるけど、アイビーだったら大丈夫だろう」
シファルさんが私を見るので、力強く頷く。
「頑張る」
絶対に弓を習得してみせる。
人より多くの時間が必要らしいけど問題はない。
「カシメ町に行ったら、弓と矢を見に行かないとな」
お父さんの言葉に、シファルさんが頷く。
「俺の練習用だと、アイビーの体には合っていない。少し練習する程度ならいいけど、使い続けるなら練習用からしっかり体に合った物を使った方がいい」
そうなんだ。
でもシファルさんに借りた弓でも、特に違和感がなかったけどな。
「シファルとアイビーでは身長にかなり差があるからな」
ラットルアさんの言葉に「あぁ、確かに」と納得する。
「自分の身長に合った弓を使えば、体に掛かる負担も減るから」
「そうなんだ。あっ、でも私の身長は毎年変わっているけど」
心配していたけど、少しずつ身長は伸びている。
同い年の子に比べると、まだ小さいみたいだけど。
「それなら毎年、新しい弓を買えばいい」
お父さんの言葉に、目を見開く。
「えっ」
それは、少し勿体ない様な気がするな。
「アイビー、合わなくなった弓は買取してもらえるんだ」
「そうなの?」
シファルさんが、笑って頷く。
「買取で出来たお金を、新しい弓を買う資金にしたらいい。それに、身長が落ち着くまでは、練習用とそれに少し手を加えた安めの弓を使うのが常識だから」
それなら、心配するほど散財はしないかな。
私がホッとした表情をすると、お父さんが眉間に皺を寄せる。
「アイビーは、お金について厳しすぎる。少し贅沢をしても、問題ないぐらい資産はあるぞ」
それはお父さんが教えてくれたから、知っている。
シエルが連れて行ってくれた洞窟で得た魔石や宝石などを売った代金に、果実や薬草の代金。
それに、ソラやフレムがくれたポーションや魔石の代金。
あと焼きおにぎりのソースで得た代金など、知らない間に結構な資産になっていた。
「分かってはいるんだけど……」
目の前でその資産を見たわけではないので実感がない。
いや、商業ギルドで口座を確かめた時に、私の資産が幾らなのか見た。
そして予想外の金額に、他人の口座を覗いた気分になったんだよね。
「武器にはそれなりにお金を掛けた方がいいからな」
「分かった」
お父さんの言葉に神妙な表情で頷く。
「当分は、俺が選ぶよ」
シファルさんの言葉に、笑顔が浮かぶ。
そんな私を見たお父さんとシファルさんが苦笑したのには、気付かないふりをした。




